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小日向さんはハゲてても可愛い  作者: 海の字
木洩日くん視点
1/8

1.恋にブチ上がる

『恋に落ちる』って表現がどうにも気に入らない。


 なにせ僕の初恋は、打ち上げ花火みたいな、ドカンって感じの一目惚れだったんだもの。


 身体がふわふわ〜っと軽くなって、手放した風船みたく、落ちてきやしない。そんな感じの──。

 


 ──小日向エンマは、パジャマ姿で登校してきた。

 


 中学校入学初日、初めて顔を合わせるクラスメイト達。

 どこか浮ついた教室の空気感を、一掃してみせる予感と共に。


 ガラリと扉を開け放って、肩で息する少女が一声。


「おはようございます! 小日向(こひなた)エンマです!」


 始業時間に間に合わせるため、着替えをキッパリ諦めてしまえる感性に惹かれたんじゃない。


「小日向さん!! なんて姿ですか!?」


「先生。わたし、校則を精読してきました。パジャマで登校してはいけないなんて、一文字も書いていませんでした」


「でもパジャマはないでしょう」


 我が校は制服がいらない自由な風紀を謳っている。つまり先生は、手前勝手な不文律でもって、小日向さんを叱りつけているのだ。


 それにガンとして向き合う、あけすけな胆力に惚れたんじゃない。


「は、ハゲやー!!」

 お調子物が叫んだ。

 その言葉は、教室の全員が同様のものを抱いていた。


 小日向さんは禿頭だったのだ。

 どころか、眉もまつげもありゃしなかった。

 失礼な感想を抱く、色白で、お月様みたいだなぁって。 

 どこか儚げな相貌(そうぼう)も、印象に拍車をかけていた。


 その症状には心当たりがあった。

 

『先天性無毛症』

 うまれつき、毛が極めて生えてきづらい人たちを指す病気だ。程度の差こそあれど、彼女みたく一本も生えてこない人も中にはいる。

 実際に見たのは初めてだった。


 小日向さんは咄嗟に頭を抑えつけた。

「帽子忘れた──」


みるみる赤くなって。

『あ、そこは恥ずかしがるんだ』って驚く。


 小日向さんはチラリと僕をみた。

 テコテコとこちらへ近づいてくる。


「あ、あの」

「初めまして、木洩日(こもれび)じぞうです」


「初めまして、小日向エンマです。木洩日くん、帽子、貸してくれないかな」


 これは運命でない。

 頭を隠すものが必要になり、たまたまクラスで僕だけが帽子をかぶっていたにすぎない。

 分かっているのに動悸した。


 ほとんど半泣きの彼女をみて、スッと差し出せたらかっこよかったのに、脱げなかった。

 僕は頭を隠すためのキャップを被らせてもらっている。なぜか。

 ストレスからくる後天性の円形脱毛症を患っているためだ。ようは十円禿げである。


「貸して……」


 不甲斐ない。

 己の卑劣さを思い知らされる。

 彼女の方が問題は深刻なのに、手前のコンプレックスを晒すのが怖いのだ。


「うん……」


 どうにか嫌悪を理性で押しやり、帽子を脱ごうと──。


「やっぱいい!」


 つばを両手で押さえつけられた。

 彼女との距離がグッと近づいて、ほのかに火照りの温度を感じた。


「ごめんね、嫌なこと頼んじゃった」


 ハッとさせられた。僕は愚かにも、この子のことを変な奴だと決めつけていた。ノータリンだと。


 違う。

 この人はちゃんと、他者の気持ちを汲み取れるだけの感受性を持ちあわせている。

 僕の嫌な顔をみて遠慮してくれたのだ。

 気を使わせてしまった。


「おーい! 帽子が欲しいんやったらこれ被れやー!」

 さっきのお調子者が赤白帽子を投げた。


「あ、あ、ありがとう」

 どうにかキャッチして、凍りついていたクラスがドっと賑やかになった。


「ちょっとタカシ! 赤白帽って。アンタまだ小学生のつもりなの?」

「え! 中学って赤白帽被らんの!?」


 お調子者はべつに、悪い奴なんかじゃない。すこし正直すぎるだけだ。


 笑い声が響く教室の中で、「木洩日くんもありがとね」と、小さな感謝。


 どうしてだろう、それが僕にだけ送られた宝物のように思えた。


「いえ、別に自分は何も」


 本当に何もしていない。そのくせ、嬉しさは律儀に受け取るのだ。


 結果、パジャマ姿で赤白帽子の女の子が爆誕した。


 ひゅるひゅるヒュー。

 ドカン。


 僕はもう、彼女から目が離せなくなっていた。

 辞書を引くまでもなく、髄で理解している。

 あー、これ、恋ってやつだと。


 小日向さんの何に惹かれたのだろう。

 まだわからない。


 けれど一つだけ確かなこと。


 ドキドキが鳴り止まない。

 僕は恋にブチ上がった。

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