1.恋にブチ上がる
『恋に落ちる』って表現がどうにも気に入らない。
なにせ僕の初恋は、打ち上げ花火みたいな、ドカンって感じの一目惚れだったんだもの。
身体がふわふわ〜っと軽くなって、手放した風船みたく、落ちてきやしない。そんな感じの──。
──小日向エンマは、パジャマ姿で登校してきた。
中学校入学初日、初めて顔を合わせるクラスメイト達。
どこか浮ついた教室の空気感を、一掃してみせる予感と共に。
ガラリと扉を開け放って、肩で息する少女が一声。
「おはようございます! 小日向エンマです!」
始業時間に間に合わせるため、着替えをキッパリ諦めてしまえる感性に惹かれたんじゃない。
「小日向さん!! なんて姿ですか!?」
「先生。わたし、校則を精読してきました。パジャマで登校してはいけないなんて、一文字も書いていませんでした」
「でもパジャマはないでしょう」
我が校は制服がいらない自由な風紀を謳っている。つまり先生は、手前勝手な不文律でもって、小日向さんを叱りつけているのだ。
それにガンとして向き合う、あけすけな胆力に惚れたんじゃない。
「は、ハゲやー!!」
お調子物が叫んだ。
その言葉は、教室の全員が同様のものを抱いていた。
小日向さんは禿頭だったのだ。
どころか、眉もまつげもありゃしなかった。
失礼な感想を抱く、色白で、お月様みたいだなぁって。
どこか儚げな相貌も、印象に拍車をかけていた。
その症状には心当たりがあった。
『先天性無毛症』
うまれつき、毛が極めて生えてきづらい人たちを指す病気だ。程度の差こそあれど、彼女みたく一本も生えてこない人も中にはいる。
実際に見たのは初めてだった。
小日向さんは咄嗟に頭を抑えつけた。
「帽子忘れた──」
みるみる赤くなって。
『あ、そこは恥ずかしがるんだ』って驚く。
小日向さんはチラリと僕をみた。
テコテコとこちらへ近づいてくる。
「あ、あの」
「初めまして、木洩日じぞうです」
「初めまして、小日向エンマです。木洩日くん、帽子、貸してくれないかな」
これは運命でない。
頭を隠すものが必要になり、たまたまクラスで僕だけが帽子をかぶっていたにすぎない。
分かっているのに動悸した。
ほとんど半泣きの彼女をみて、スッと差し出せたらかっこよかったのに、脱げなかった。
僕は頭を隠すためのキャップを被らせてもらっている。なぜか。
ストレスからくる後天性の円形脱毛症を患っているためだ。ようは十円禿げである。
「貸して……」
不甲斐ない。
己の卑劣さを思い知らされる。
彼女の方が問題は深刻なのに、手前のコンプレックスを晒すのが怖いのだ。
「うん……」
どうにか嫌悪を理性で押しやり、帽子を脱ごうと──。
「やっぱいい!」
つばを両手で押さえつけられた。
彼女との距離がグッと近づいて、ほのかに火照りの温度を感じた。
「ごめんね、嫌なこと頼んじゃった」
ハッとさせられた。僕は愚かにも、この子のことを変な奴だと決めつけていた。ノータリンだと。
違う。
この人はちゃんと、他者の気持ちを汲み取れるだけの感受性を持ちあわせている。
僕の嫌な顔をみて遠慮してくれたのだ。
気を使わせてしまった。
「おーい! 帽子が欲しいんやったらこれ被れやー!」
さっきのお調子者が赤白帽子を投げた。
「あ、あ、ありがとう」
どうにかキャッチして、凍りついていたクラスがドっと賑やかになった。
「ちょっとタカシ! 赤白帽って。アンタまだ小学生のつもりなの?」
「え! 中学って赤白帽被らんの!?」
お調子者はべつに、悪い奴なんかじゃない。すこし正直すぎるだけだ。
笑い声が響く教室の中で、「木洩日くんもありがとね」と、小さな感謝。
どうしてだろう、それが僕にだけ送られた宝物のように思えた。
「いえ、別に自分は何も」
本当に何もしていない。そのくせ、嬉しさは律儀に受け取るのだ。
結果、パジャマ姿で赤白帽子の女の子が爆誕した。
ひゅるひゅるヒュー。
ドカン。
僕はもう、彼女から目が離せなくなっていた。
辞書を引くまでもなく、髄で理解している。
あー、これ、恋ってやつだと。
小日向さんの何に惹かれたのだろう。
まだわからない。
けれど一つだけ確かなこと。
ドキドキが鳴り止まない。
僕は恋にブチ上がった。




