7.柳川くん
ゾロゾロとデモ隊が解散していく。その流れに紛れるように、ノクトも適当に街を歩くことにした。
「はぁーあ! 面白かった! あんな行事があるなら毎回参加してたのに! 言えよ! ――さて、他におもろいものないかなぁ」
***
いない。いない。いない。いない。
天筒は街を小走りに走り回って、通行人一人一人に目をやる。しかしノクトの姿はどこにもなかった。
そもそもこの人が波のように蠢く東京で、"たった一人の人間"を見つけることは愚かだった。
「どこ行った……病院か? 精神科的な――」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁあ゙あ゙あ゙!!!!」
突如響いた突き刺すような女性の悲鳴、天筒は反射的に振り向き、ゾッとした。
周囲の通行人は一切気にしていなかった。スマホに目を落とし、友達と談話し、いつもと変わらぬ日常を過ごしていたのだ。
……三年前より、ずっと酷い――。
"触らぬ神に祟りなし"。
"知らぬが仏"。
問題が起きても自分じゃなければ問題じゃない。ここはそういう所なのだ。
天筒は悲鳴の方に歩き出した。あのノクトはこういう展開に引き寄せられると踏んだ。
一つ路地に入るだけで人の姿はドッとなくなる。煌びやかな雰囲気とは打って変わり、鬱蒼とした生々しい生活感が漂う路地裏は、先ほどとはまるで違う国に来たみたいに感じられて、天筒はふぅと胸元をぐいと引っ張って空気を中に入れた。
やっぱり人混みは嫌いだ……。
少しして、天筒は誰もいない静かな道を歩き出した。
「ノクト核破壊完了……っと。ったく、少しはスマートにできないもんかねー!」
しばらく、車一台分の道を歩いていくと、二人のスーツ姿の男の姿が見えた。一人はフェンスに寄りかかりスマホを触り、もう一人は道の真ん中に立っていた。さらに近寄っていくと、その男の足元に一人、十代くらいでワンピースの女性が倒れている。ひとまず例のノクトはいないようだった。
「――スマートにか……」
倒れた女性の傍らに立つ男の右手には"平バール"が握られていた、工具道具の一つで理由が分からなかった、しかしポタッと、バールの下げている方の先端から血が滴ったのを見て全てを察した。
殴り殺したのかぁ……バールで〜?
「ねぇ女の子見なかったー?」
バール男が振り返る。随分目鼻立ちの整った美形で、だというのに覇気のない気怠げな表情で魅力は感じられず、なんとも気難しそうな人物だと、天筒は一目で思った。
男はバールを持つ右手で、天筒を指した。
「女の子なら目の前にいるけど」
「いや〜、私のわけないでしょ〜」
「ああ間違えた、"女の子"じゃなかった」
「いきなり失礼だなぁ――」
「こんガキゃ何晒しとんじゃーー!!」
横からもう一人の男が割り込んできて、バール男の左頬に蹴りを浴びせた、バール男はそのまま吹っ飛び、フェンスに激突した。
「すみません天筒さん! お久しぶりです! 下野です!」
下野はビシッと背筋を正して、手を太ももに揃えてお辞儀した。まるで軍兵のような規律の良さである、天筒は満更でもなく顎をしゃくって下野を見る。
「…………あぁお前か。髭なんか生やしてどうした〜似合ってね〜ぞ〜」
「マジやめて下さいよー! 後輩に舐められないようにしてんすよー! 来週には墨入れる予定です!」
「はは、マジでやめとけ」
彼は三年前、まだ天筒が東京で活動していた頃の知り合い、つまり大日本猟闇会の後輩だった。
下野は笑顔のまま、少しあたりを見渡した後言う。
「本当すみません、今新人研修してまして、今年から入った柳川って奴っス。こいつ相当キレて、最強なんて謳われてるんスよ。だからか分かんないスけど、これがまた生意気な奴で」
「そりゃ大変なこって。で、女の子見なかった?」
天筒は全く興味なく一蹴し、再び問うた。下野はその質問に苦笑して耳の裏あたりを人差し指でポリポリ掻いた。
「ど、どんな女の子っスか?」
「えぇ〜どんな〜?」
「なんでそっちが不服そうなんスか……」
天筒は腕を組む。
「スーツ着てて、長い黒髪で、子供みたいな性格で、ノクトなんだけど――」
「ノクトかよ! え、取り逃したんスか!?」
「……ま、まぁ言い様によっては、ね」
天筒は顔を逸らして言った。下野はいくら天筒がズボラな性格をしているからと言っても、ターゲットを逃すなんて失態犯すわけないと、尊敬を裏切られたような気がして、ショックを受けた。
「そうスか……まぁそれで言うなら、俺らは見てないスね、スーツで子供みたいな女の子は目立ちますし」
「ソッカー、じゃー他をあたるヨー」
「はい……頑張ってくださいね、一応俺も探してみます」
天筒が踵を返した時、道の端の少しの段差にしゃがんでいた柳川が、杖のようにしているバールを少し傾けて
「――あんた強いの?」
不意に天筒に聞いた、抑揚のない平坦な声音だった。
「……別に〜?」
天筒はさっさとノクト探しに焦っていて、柳川の聞きたい言葉を承知の上で、あえてその逆をいった。
「あーそー――」
その適当でぞんざいな返答に、柳川もぞんざいな返事だった。興味を無くしたのか、顔を俯かせる柳川を横目で見て、天筒は大通りに戻ろうと歩き出した。
「――――まぁ、女だしな……」
「なんだってぇぇええええ? このガキぃい」
柳川が囁いた言葉に天筒は踵を返した。ズンズンと迫ってくる天筒を見て、柳川は立ち上がり相対した。
「なんスか――」
「女性蔑視は良くないよね柳川くぅーん。私も先輩だし、直々に教えてあげるよー」
柳川は戯言が聞かれてしまい顔を顰めた。説教ほど身にならない時間の無駄はないと考え、チラッと下野を見てから頭を下げた。
「先輩は下野先輩だけっス、教えられるなら下野先輩がいっす――」
「いーや良い機会だ、教えてもらえよ柳川」
チッ。
「天筒さんはヘッドだ、ヘッドの方と話せることなんて、そうそうないことだぞ?」
「――ヘッド?」
「だからお前……大日本猟闇会にはそいつの実力を区別するために三段階の階級があるんだ。下から、足を表す"フット"、手を表す"ハンド"、頭を表す"ヘッド"の三つだ」
「――――」
柳川の目の色がはっきりと変わったのを、天筒は見ていた。下野は教えることが楽しいのか、さながら教壇に立つ教授のようにペラペラと続ける。
「さらにあるぞ? フットはノクト駆除の際に――」
「――つまりあんたを叩き潰せば俺はヘッド以上か――」
その瞬間、柳川が明確な攻撃の意思を孕んだ眼光を天筒に向けた。
「って聞かんかいボケぇ!!」
「話なげーよ下野ー――柳川くんさぁ、そーやって敵ぃ舐め腐ってんのが、お前が舐められてる原因なんだぞぉ〜?」
「――――」
天筒は柳川の瞳をじっと見つめる。
ノクトを舐めている人間はいつだって瞬殺される、今みたいに女性だからとか子供だからとか何だからとか……そのような偏見は自死にしか繋がらない。猟闇会のルールなんかより、そういうことを教えないといけないのだ。
そういう意味を待たせつつ、普通に女性蔑視の分、痛めつけてやる。
天筒は腕を構えて攻撃の型を取る。
「急いでるからね、早めに終わらせよう」
「心配すんな、すぐ終わる」
柳川もバールを右手で構えて、天筒を捉える。
その瞬間から、場の空気が一変したのを下野は真横で見ていて感じ取った。ジワっと肌がひりつく。
ほんの少しでも介入すればその瞬間、研ぎ澄まされた均衡が崩れて壊れてしまうような緊張感、下野は歯噛みした。
――ああ、この人たちは、有象無象とは違うんだな……。猟闇会で長年働いてると時折感じることがある、あっち側とこっち側の差、絶対的圧倒的な差ってやつを、俺はただフィジカルに自信があっただけで猟闇会に入った。――だから無い、熱エネルギーが。
最強と謳われる期待の新星"柳川"と、猟闇会史上最も多くのノクトを屠った人間"天筒さん"――どちらが勝っても、違和感はない。
ノクト戦は先制攻撃で仕留めないと大体長引いてめんどくさくなるからぁ……仕留めるならおよそ、三秒――。
「じゃ、いくよ〜」
「――ふん――」
静寂、風も虫の音もピタリと止んだ緊張。
下野の固唾を飲む微かな音すら、二人の耳に届いた。
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