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【小説化】陰陽のすヽめ  作者: 秋田


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6.人間の肥溜め"東京"

 "東京"――尊厳を捨てた人間の終点を、人はこう呼ぶ。


 十年前までは普通の中枢都市だった。しかし、ここ数年ノクトの死傷者数の劇的な増加に伴い、『明るく人口が多い所が安全』と誤解する人間が東京に集中するようになった。

 ――しかしノクトは日本中、明るさや人口に関わらず現れると徐々に知れ渡ると、普通に生きてもノクトに殺されるという恐怖が人間を諦観、やがて「どうせ死ぬなら好き勝手やろう」と暴徒化させ、漸次的にかつての"日本の顔"は見るも無惨な無法都市へと様変わりしていった。

 道にはゴミが散乱、落書きは見飽きるほど点在し、外にも関わらず至る所に眠る人間。何処からか、悪虐な笑い声や悲壮な泣き声が高いビル群で反響して、響き渡る。――ここは、修羅だった。


 しかし、かつての中枢都市であった名残として多くの企業や組織の本部がここにあるため、東京で働く一般人が多く存在することも然りだった。人口が多いゆえ売ればすぐ売れることもあり、ショップも多かった。


 このように、明るさと悍ましさを同時に孕む異様な都市が、東京であった。


 そんな都市に取り残されたある組織の本部の前に二つの影が、並んであった。


「これが人の住む街かぁ?」

「あんたが住んでた古屋よりマシだけどね〜」


***


 女の子は『大日本猟闇会』と彫られた石碑を見やりつつ、ビルに入っていく天筒の背中についていった。タバコを咥える天筒は自動ドアを潜り、本部に踏み入った。


「あの! すみません!」


 すると受付に立っていたスレンダーな女性が手を伸ばして天筒を静止させた。二人が振り向く。

「なに?」

「申し訳ありませんが、敷地内禁煙となっておりまして」

「プププ、注意されてやんの〜、クールぶって恥ずかし〜!」

「…………はぁー」

 天筒は俯いてため息のように紫煙を吐き出した、受付嬢は嫌そうな顔をして天筒を睨み、口を強く結んだ。


「君、寝る?」


 天筒が言った。


「は? ……まぁそれは……」


 予想外なことを問われ、受付嬢は眉を顰めて懐疑的に頷いた。

 天筒は受付嬢と視点を合わせず目を細めて、言った。


「君は眠らずに生きていけるの……?」


「――っぷギャハハ!! なんじゃそりゃ! 洒落てんなぁ!! ヤニ吸ってるとポエマーになるんだなぁ!!」


 女の子は声を上げて笑ったが、受付嬢は至極真剣そうな天筒の表情を鑑みて、この人から奪う代物ではないと、大日本猟闇会(ここ)の受付嬢だからこそ育まれた審美眼で見事、見抜いた。その判断は正解だった。

「――分かりました。失礼致しました、()()()()

 受付嬢は頭を下げて謝罪した。

「えぇなんで!?」

「黙れ。……行くよ」

 天筒は振り向いてエレベーターに向かっていった。それを見送りつつ受付嬢は思い出す。

 あの人は確か、三年前急に秋田に異動した、名前は天筒……階級は()()()……それまで東京で勤めていたのに、突然自ら秋田へ異動を所望した……。

 一体何が……。


***


 ポーンと柔らかい音と共に体が軽くなる。

 エレベーターは最上階で止まった。


 建物内にはラフな格好をしている大人たちが、書類運搬やデータ入力など、何か雑務に追われていた。天筒は懐かしい本部の様子を見渡しながら、会長室へ足を運ぶ。その様子は周りの人間から姿を隠しているように、女の子には映っていた。


「これから会長にお前の処罰を決めてもらう。お前と喋るのも最後かもしれない、だから言っとくよぉ〜……――嫌いだったよあんたのことー」

「最後になんちゅーことをぉ〜……」

 トストスと絨毯の廊下を歩くこと暫し、厳かな木造の扉が真横に来て、天筒はやっと見つけたという感じに肩を落として、少し間を置いてからノックした。

『入れ』

 そう聞こえ、天筒は扉を開いた。


「暗っ」


 女の子は思わず呟いた。部屋のライトは点けられておらず、遮光カーテンが締め切られ、太陽光も入ってこない。光は蝋燭が一本、会長の座る大きな机で揺らめいているだけだった。

 絶対的光量不足の部屋、入ることすら憚れるほどだが、天筒は当然のように入っていく。女の子も合わせて扉を潜ろうとしたが、天筒におでこを手で押し返される。

「お前は外で待っていろ」

「えぇ!? なん――」

 女の子が抵抗する間もなく、天筒は扉を閉め切った。ピタリと音が止んだ、女の子が耳を扉に当てるが、室内の音は全く聞こえない。


***


「お久しぶりです、相生(あいおい)会長」


「ご無沙汰じゃな天筒よ!! 東京に戻ってくる決心がついたのか!?」


 大きな革の椅子に座っていたのは、まだ十五もいかない幼い女の子だった。くるんと外に巻かれた短い黒髪がふんわり揺れる。

 相生は屈託のない笑顔を天筒に真っ直ぐ向けて、期待に満ちた眼差しを輝かせた、それは齢十も数えない子供が親に期待する目の輝きのそれと差異なかった。天筒はクスと微笑んで、十五度ほど首を傾けてそれとなく否定した。


「そうか、まぁ天筒が嫌なら仕方ない……それよりほれ、約束通り――」

 会長は少しシュンと項垂れたかと思えば、パッと顔を上げて笑顔を見せた。そして流れるように、自身の机の引き出しから取り出した何かを天筒に投げ渡した。

「……?」

 常人には闇に紛れ見えないが、天筒にはしっかり目視できていた。小さいそれをキャッチすると、手のひらを開く。

 それは一本の煙草だった。

「三年前お主から奪ったセブンスターじゃ、また会う日までワシが持っておく約束だったじゃろう」

 そういや、秋田に異動する新幹線のホームでそんなやり取りをしたっけ〜……もう二度と会うことないって忘れてたのに……相変わらずだな、この人は……。


 突然――


「こらー! そんな暗い部屋に引きこもってないで出てきなさい! 虐められてるのー!? 学校に行きなさーい!! 小学生は学校の時間だぞー!!」


 分厚い扉の向こうからそんな茶番じみた台詞が聞こえた。扉越しの篭った声音で人物は連想できないが、こんなことをする存在は一人しか思い浮かばなかった。天筒は苦虫を噛み潰した顔を浮かべながら、とりあえず煙草をポケットに入れた。


「……何やら元気ですね、外は」


 そう冷たく皮肉口に呟いたのは、ずっと部屋の隅で石像のように動かず佇んでいた女性だった。彼女の名は烏丸(からすま)、会長の専属秘書である。可憐なルックスで、長い黒髪は後頭部で一つにまとめられている。無論、凡人ではないことは彼女の放つ近寄りがたいほどの凛然さで悟った。


 その時、ガチャと扉がほんの少し開き、女の子が顔を覗かせた。


「かあさんっ、あたし学校に行くよ!!」(泣)


「あ、お前がそっち側なんですか」


「失せろ」

 前橋が後ろ蹴りで扉を閉めた。女の子は扉と一緒に外に吹っ飛ばされ、反対側の廊下の壁まで転がり頭を打ちつけた。

「ぐわーー!! ――ッいった〜……」



「――すみません、ゴミが無礼を働いて」

 前橋が会長に頭を下げると、彼女は快く笑った。

「ははは、なぁに構わん。それより天筒の事情を察するに……今の奴がここへ来た要因かの」

 会長は机に肘をついて、天筒に得意げに指を向け、言った。天筒はゆっくり顔を上げ、コクと頷いた。

「さすが会長」


***


 女の子はちょっかいを飽き、廊下の先にあった大きな窓から東京の街並みを眺めることにした。



 ――会長室。


「No.315、『人を乗っ取る能力』……最初の殺人は五十年前、最後の殺人は去年で、合計五十人か――これはなかなか……ふむ」


 会長は手元の一枚の資料を読み込み、その遍歴に憂いを孕みつつ呟いた。天筒が説明すると、その情報から烏丸が迅速に資料をプリントアウトしてきたのだ、数多のノクトが登録されているにも関わらず、実に早い仕事に天筒は驚いた。

「こやつが、()()()()()()()()()()()()と言いたいのじゃな」

 会長は先ほどおちゃらけていた女の子を思い出しつつ、微笑んだ。烏丸はフッと鼻で嘲笑った。


「はい、そこで私がお聞きしたいのは、()()()()()()()()()()()()()()です。会長のノクトを判別できる"目"を宛に、今日は伺いました」


「ノクトじゃよ」

「はい、ですのでどこか会長を匿いつつあれを一方的に観察できる所に……――え?」


「あやつはノクトじゃよ、見れば判る」


 会長は全く動じることなく、平然と言った。


 天筒は少しぼうっとした後、ハッと我に返った。


「じゃ、じゃあ殺すべきってことですか」


「無論、この殺人歴なら今すぐ殺しても誰も咎めんじゃろうぞ。なにか気にかかることでも?」


「……なんというか、ノクトに見えないんです。いざ目の前にすると、到底大量殺人鬼には――」


「はは、そんなのノクトなら当たり前じゃろ〜、ワシのこの"目"を持ってしても、ノクトの嘘を全て見抜くのは無理じゃぞ? たとえどれだけ人間の真似が上手くても、あやつはノクトで殺人鬼なのじゃ。それだけで殺して良いのじゃ」


「……はは。そうっ、ですよね。――じゃあすぐに殺して……」


 これは何の動揺だぁ……あれがノクトだと分かった、だから殺す、それだけだろ〜? ……でもこの感情は、このモヤモヤは、まるで私が――私がアイツに人間であって欲しかったみたいじゃね〜かぁ!


 天筒はボリボリ頭をかいて失笑して、踵を返そうと半分だけ振り向いた瞬間、会長が言った。


()()()()()()()()()()()()()、何故殺さなかった?」


「――――」


 『何故殺さなかった』、何故…………私は……。


()()()()()()()()()()()()? 自分に、()()は殺せないか……?」


 その言葉と音がズンと胸を締め付けて、絞れた涙が溢れそうになる。


『ママ――!!』


「――ッ!」

 天筒は咄嗟に口を強く噤んで嗚咽を封じ込めた。頭をよぎった子供の声、大嫌いな声だ。


 約束を守らない、すぐ嘘をつく、悪戯ばかりする、迷惑をかける、すぐにどっか行く、物を奪う、落書きをする、汚して片付けない、煩い、煩わしい……だから、死んだんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()


「…………まさか……ただ、人を殺しちゃいけないと学校で教わったので。失礼します」


 涙を飲み込んで、そんな強がりを口にしてからキビキビ逃げるように扉を開け放った。

 ――殺す、今すぐ、悪い奴は全員死ぬ、悪いことが悪い、ノクトと分かった今、躊躇しない……!


「……あれぇ」


 天筒は会長室を一歩分進んで、左右を見渡す。会長は椅子からそれを見て首を傾げる。


「どうかしたかー!?」


 遠くの天筒に呼びかけると、深刻そうにこちらを見た天筒が答えた。


「アイツ、いなくなってます」


***


 東京の一角、国会議事堂の前であるデモ活動が行われていた。ヘルメットを被ったシワが多く肥満気味な中年女性が拡声器を通して叫ぶ。


『日本政府かいたーい!!』


「解体しろー!! かいたーい!! ギャハハハハ!!」


 その中に、楽しそうに知らないおじさんたちと肩を組むノクトの姿もあった。

ご精読ありがとうございます!


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