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【小説化】陰陽のすヽめ  作者: 秋田


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4.闇に咲く命

「その長ったらしい髪、切ったげる」

「ん?」


***


 阿鼻叫喚の風呂を上がり、女の子は有紗から渡されたピンク色の半袖短パンのルームウェアに着替えると、ギザバサミをクルクル回す前橋に言われた。彼女は自然に笑っていた。


 ベランダの扉を開けると夏の熱気が少し肌を伝った。アパートのベランダは狭いが、その空間にパイプ椅子がポツンと置いてあった。

「部屋じゃ散らかっちゃうからね、どうぞお客さん」

 前橋はその椅子の背もたれの後ろに立ち、着席を促した。

「ん? あの光は……」

 女の子がふとマンションから夜景を見ると、遠くの街が煌々と輝いて、沢山の黒い影が蠢いているのが見え呟いた。前橋もそれを見て、「ああ、今日は花火か……」と、自分も今思い出したのか、小さく呟いた。

「へ〜、楽しそー」

 女の子は片頬をあげ、いじらしそうに嗤った。

「それ絶対馬鹿にしてるでしょ〜! まぁまぁ、ささどうぞ座って、お客さん?」

「へぇへぇ。こんな暗いところ切れるなんて、凄いなー」

 女の子は皮肉口で言いながら、ドスっと椅子に腰掛けた。

「私ら猟闇会の奴らは夜目が効くからね、真っ暗でも結構見えたりするんよ」

「……ハッ」

 前橋は女の子にクロスをかけつつ、得意げに答えた。女の子は皮肉が空振り面白くない、面白くないのもソレはソレで面白く、ニヤニヤ笑った。


 ふと、遠くから拡声器を通した掠れ声が聞こえた。それは先の花火大会の誰かが発しているものだと、直ぐに察した。

『それ――! オモノガワ花火大会20――スタート!!』

 その瞬間、夜の闇に一つの火球が打ち上がった。髪の毛で視界が覆われてよく見えない中、その光になぜか目を奪われた。


「とりあえず前髪切るね、はいチョッキリ」

 そう言うや否や、女の子の前髪をバッサリ切り落とした。


「――――」


 どがアん――!!

 晴れた夜空に"命"が咲いた。たちまち女の子の視界は黄金と白銀、色とりどりな流れ星に彩られた。その星々はばらばらと音を立てて、地に降り注ぎ、やがて朽ちる。息を呑むほど途轍もなく大きな煌めきは、夢のように儚い、しかし、夢と語るには到底不可能な鮮烈さを放っていた。

 少し遅れてきたインパクト、音の衝撃と空気の振動、まるで視界で受け止めた感動を脳に、記憶に、忘れないよう釘を打ち込むかの如く胸を打ったインパクト。胸が、脳が、目、魂が揺れる。

 続々と菊、牡丹の花が咲き、覆輪が抱き、光露がテカり、残光を追う。赤青黄色、輝きの明滅に飽きない。

 女の子は口を結んで目を見開いた、その瞳はこれまで見せたことのない煌めきを灯していた。

 ああワシは――――。


 前橋は女の子の人生の転機ともなる沈黙に気づかず、カットを進めていく。花火が止んで暫しの閑静、それはいつもの夜よりスンと静かに思えた。

 ふと、前橋は美容師への憧れからなのか、雑談が口から勝手に溢れていた。


「そういえばお客さん、おちんちんがあるそうで」


「…………ん? あぁ、まぁ」

「まぁって、それって所謂ふたなりってやつなのかな……で、結局男なの? 女なの?」

「ふたなりが何なのか知らないけど、別に、性別なんて生きてく上で意味ある? 飯食って寝るだけなのに」

「それは生きてるって言うのかな〜?」

 前橋はたははと愛想笑った、ふわりと風が吹いて髪の切れ端が飛んで行った。彼女は暫し黙考してから言った。


「生きるってのは、"人と関わること"だと思うけどね〜。性別って、この世の全人生を二つに分ける力を持つくらい大事なこと、どっちかなのか、どっちもなのか、それが分かんないと関わろうにも関わりにくいよ」


「生きるって大変だなー。んー、性別ってどっちが楽なの?」

「究極の質問来た……自分が生きたい方じゃない?」

「ふーーーん」

 女の子は生半可な返事をして、ヘッと片頬を上げ失笑した。生きたい方などと言われてもピンとこないし、人と関わるというのもピンとこない。

 ワシが生きたい方は死なない方だし、人間と関わるのは甚振るためだし……分かんね。


 前橋は長ったらしい後ろ髪を短く切り落としていく。

「関わるといえば、名前もまま大切かな。と、言うわけで名前、教えて」

「なまえ?」

 女の子は眉を傾けて聞き返す。

 無論、名前はなかった。青年に名前を呼ばれた記憶はない、というのも当時名前の概念を知らなかったので仮に名を呼ばれたとしても、記憶に残らないのは当然だった。

 同時にノクトにも、定まった呼称はなかった。

「うん、名前」


「呼ばれ方なら、確かノノとかアイカとか、ヒナタ、メイ、サラ――最後はユイだったけ?」


 その知り合いを語るかの如くペラペラ羅列した名前は、かつてこのノクトが乗っ取ってきた人間の名前だった。その数、約五十年でおよそ三十人余り、極刑なのは誰の目から見ても明らかだった。


「……どうして君は、人を甚振るの?」

「まぁ暇だし」

「――へー……ノクトって、みんな、そうなのかな」

「どーだろ、ワシ友達いないし知らないな。――フッ、プププ、いやっ。……お前がその理由聞いてなんの意味が――」

 例えノクトにどんな大義があっても、人を甚振る悪行を許すわけでもなかろうに。そう煽ろうと振り返って前橋の顔を拝んだ時、呼吸が止まった。


「君を殺すか生かすか、考えられる」


 噛み締めたであろう唇から、鮮血が滴っていた。それは彼女が炎々と盛る怨讐が、箱から溢れないよう力を込めた証だった。ハサミがいつの間にか、ナイフを構えるように逆手で、自分に突き立てるように、強く握られていることに、女の子は気がついた。

『なにキレてんの!?』

 ノクトはそう言おうと口を開きかけたが、胸の何かがそれを制御した。結局、何も言わずに顔の向きを前に戻した。


「……私と、有紗と須藤と佐原はね、子供の頃ノクトに飼われてたんだ」

 氷のような声音から普段の口調に戻り、前橋は語り始めた。

「私たち施設育ちなの、みんな両親死んじゃって。そこの施設の一番偉い人? まぁよく覚えてないんだけど、そいつが実はノクトでね、私たちを色々虐めたわけですよ、殴り蹴り、真っ暗な部屋に一日中閉じ込めたこともあったかなー、まぁ一番最悪なのは、やっぱエロ関係だけど」

 まるで他人事のように語る前橋、それは当事者として無意識に、その出来事を思い出しても、それを受けた感情は思い出したくなく、第三者目線の語り口になっていた。


 雑談でもするかのように軽々言い放つ凄惨な過去、女の子は腹の中ではどうでもよいことと括りつつ、なぜか耳は傾いていた。

「三年くらい経ったある日、そこに天筒さんが来て、私たちを引き取ってくれたの。施設には他にも子供はいたけど、そのノクトに一番狙われてたのは私たち四人だったからかな。――だから、私たち、ノクトには全員死んで欲しいんだよね! うざいから!」

「へぇ、そのノクトは殺したん?」

「まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、日本には。そいつは天筒さんが警察に通報して捕まって……ムショに入ったらしいけど、詳しくは知らない、知りたくもない。あいつの顔を思い出すたび、血管が切れそうになる」

「…………」

 女の子は何と煽ろうかと黙考する。


 すると、ポンと肩に手を置かれた。

「はい! カット終わったよ〜。いやー、当てつけみたいになっちゃってごめんね、君は関係ないのに――――君は被害者の気持ちなんて、関係ないもんね」

 前橋はするりとクロスを外す。


「うん」


 女の子はあまりに平然と肯定した。

「…………」

 その何事もなき様に、前橋は目を見開いて絶句した。それは一重にノクトを憎み言葉を失っただけでなく、『ああ、本当に分かり合えないんだ』という、一縷の希望を断ち切った、隔絶の沈黙でもあった。


 ――やっぱり変だ、こんな害悪全部駆除すればいいのに――。


 クロスを取られた女の子は振り向いた。


「そンノクト、ワシがぶっ殺してやろうか」


「……え?」

 唐突。ザワと胸が動いた。人を揶揄った笑顔、嘘なのは百も承知だが、前橋には、()()()()()()()()()()()()()()()()という、えも言われぬ現実味が感じられていた。

「……あはは、出来るならね」

 前橋はなるべく冗談っぽく、あえてそのノリに乗っかってる様に見せてお願いしてみた。


「分かった」


 その一言で、前橋は確信した。

 コイツ、本気だ。それも、かなり程度の低い本気、まるで、コンビニ行くついでにアイス買ってきてと頼まれ時に返す『分かった』くらいに軽い本気。コイツにとって、殺しはそれくらい日常なんだ。

 私たちとは、別世界の生物。


 ――前橋は、怒っていた。

 先ほどまで明確な殺意を抱いていたはずなのに、今はその底知れぬ狂気が、とても心強く感じられて――心が僅かに高揚した己に、怒っていた。


 前橋が憤っていることを知る由もない女の子は、前橋に切られた髪を指先でジリジリ擦って、口を尖らす。


「びっくり、ドヤ顔してた癖に下手」

「マジで首にブッ刺したい」

「ギャハハハ!!」

 女の子は高らかに笑うと、ピョンとジャンプするように立ち上がりズカズカ部屋に向かっていた。女の子はジト目を向けながら、椅子を持ち上げ、自分も部屋に戻ろうとする。

 女の子がガララと窓を開けた時、突然言った。


「ありがとう、お前のおかげで視界が晴れたわ。ワシはこの瞬間のために生まれたのかもな! ギャハハハハ!!」


 女の子の笑う横顔が部屋の電灯に照らされる。前橋は生まれて初めて目撃した、ノクトが感謝の言葉を、何の皮肉も揶揄いもなく、純粋に感謝を述べるその姿を。

 女の子はそう言って、電灯で灯る部屋に入って行った。暫く、不意に言われたその言葉を呆然と咀嚼していると、何の気無しに、視線を真横にやった。

「――――」

 そこに広がるのは花火だった、別に毎年見ているものだった。しかし、前橋はそれをじっと見つめ、動けなかった。

 ――この瞬間のために、生きてきたのかも知れない。そう思ったのは女の子だけではなかった。

 ずっと暗然と膿んでいた心中に、一筋の光が爆ぜたようだった。

 その時、有紗の声が聞こえた。

「も〜、虫はいるから閉めてよね〜!!」


「閉めんな!!」


ご精読ありがとうございます!


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