3.普通じゃない!
何のために生きてるんだろう。
毎日毎日クソつまらん仕事して、家に帰って飯食って風呂入って疲れて眠るだけ、んで朝起きて出社する……こりゃ生き地獄だぜ。
午後十一時、今日も残業終わりのバスに揺られて帰路に着く。
流れる真っ暗な景色を見ようと窓に視線をやると、ふとガラスに映った自分の顔を見て、「死にたそうな顔」と思っては、長い溜息をついた。
よれたスーツ姿の三十代後半のくたびれた男は、眠い目を擦り、背もたれに深く沈み込んだ。
多くは望まないけど、何か面白いこと起きねぇかな……。
その時、プシューとドアが開いた。
男は思わず頭を上げて開いたドアの方を見た、こんな夜中に自分以外の客と鉢合わせるのはとても珍しかったからだ。
「神ーーーー!!!!」
「!?」
男は吹き出した。
子供のように叫び乗り込んできたのは、真っ黒なスーツに身を包んだ女性だった、しかも四人、一人はまっ茶色に汚れた女の子を背負っている。
男は目を点にした。
な、なんだあいつら――ッ!?
さらにその後ろから火炎放射器を手にぶら下げた大きな女が乗り込んできた。もはや点どころか白黒させた。
男が仰天しているのを他所に、女たちは薄汚い女の子と一緒に、バスの最後尾に向かっていった。
え、いや、は、意味が分からん……! いやいや完全にやばいだろ、火炎放射器? もそうだけど、あの背負われてるほとんど裸の女の子? なんか……反社のなんかか? これから山に埋めに行くのか? こわっ!? はぁ〜?
「…………」
バスが発車して数分、恐怖心は徐々に好奇心に代わり――覚悟を決めてから、チラッと、後ろの彼女たちを覗いた。
「ぐがーー」
「…………」
全員、爆睡していた。女らしからぬ無防備でズボラな寝相で、お互いに絡まり合うように眠りこけている。
真ん中に座る女の子、長い髪を垂れさせて全身泥や土で汚れている不潔さはさることながら、あの状態で平然と真顔でいられるそのメンタルが最も畏怖の念を抱く要因であった。
男は視線を前に戻して、手を合わせ拝んだ。
……神様、平穏をください――。
***
「おんどりゃあー!」
「いってーー!! それが家族に対する扱い方かぁ!? クズ!」
「うっせー! 嫌なら自分で歩けこのデブ!」
扉が開いたエレベーター、有紗は背負っていた女の子を投げ入れた。
ガシン! と機械が軋む音が夜中のマンションに響き渡った。有紗の後頭部を前橋が小突いた。
扉が閉まり、がたんがたんと上っていき、ぽんと六階の電気が灯って、扉が開いた。再び有紗が女の子を背負って、エレベーターを降りた。
「須藤、鍵開けてきます!」
「うん」
天筒に報告してから、須藤が駆け出して606号室の扉の施錠を解き、扉を開けて待機する。犬みたい、と女の子はおんぶされながら馬鹿にした。
五人はぞろぞろ入室していき、最後、天筒が扉に鍵とチェーンをかけた。
***
「いやくっせーー!!!!」
数年間放置されていた体は勿論、尋常じゃない激臭を放っていた。
なので、まず通されたのが風呂場だった。
有紗が率先して女の子の体を洗うと言い出した、他のものは「私ご飯やります」「掃除します」「寝ます」と口々に宣い、やりたがらなかった。
有紗はスーツから部屋着に着替え、やれやれと三人にジト目を向けながら、女の子をバスルームに連れていった。
狭いバスルーム、女の子を風呂椅子に座らせて背中からシャワーをぶっかけた。
女の子の長ったらしい髪でシャンプーが泡立っていく。有紗は自分の髪を洗う感覚で、とりあえずゴシゴシ擦っていると、茶色い水がどんどん流れていった。
「ねぇくさすぎ! 自分でやってよー!!」
「いったー、さっき投げられた時、腕痛めたかなー、あー腕いてー!」
「わざとらし!」
女の子は棒読みで言い、ただ髪を洗われていた。
タオルで背中をゴシゴシ洗い終えると、言う。
「はーい前洗いますよー、腕あげてくださーい」
「はいはいはいはいはい!!!!」
「授業じゃねぇんだよ!! 腕動いとるやんけーー!!」
何なのコイツ! 気持ち悪いなぁ! でも天筒さんが助けた人だし、きっと助けるべき奴なんだよね、……あくまで天筒さんのためにね。
「ノクトとか置いといても普通に性格悪いねあんた」
有紗は口を尖らして言うと、女の子の前側に手を回した。
ふと、腹を洗っているとしこりに触れた、ノクト核である。
「…………」
有紗は口を一文字に結んで視界を曇らせた。脳裏に過ぎる暗い過去、普段静かに燃えているノクトに対する怨恨の炎が、ふわりと揺らめいだ。
――殺せる。
有紗はしこりに人差し指と中指を揃えて、尖らせた指先を当て、確信した。このまま突き刺せばノクト核を破壊できる、このノクトは無抵抗だし、不意をつけば簡単だ。
「あんたらノクトは狡猾、人間のフリしてみんなを騙してるかも……天筒さんが見逃してる内は私もあんたを受け入れる……けどもし嘘をついて人を誑かすなら……私が殺す」
「…………」
有紗が喉を刺すような声音で脅してみたが、女の子は黙っていた。日和っているわけでも、慄いているわけでも、凄んでいるわけでもなく、ただただ体が洗われるのを待っているようだった。
そんな女の子の顔を、風呂の鏡の反射で見て有紗は不思議な感情を抱いた。目と鼻の先にいるのは憎き敵のはずなのに、妙に胸がスッと落ち着くのだ。
変な奴……敵意はない、のかな……ううん、でも油断しちゃダメ、ノクト相手に油断なんて冗談じゃない。
――てか。
有紗はガラスに映る女の子の顔を見て、ジト目を浮かべた。
いい面してるなぁ、ノクトのくせに。顔小さくて目ぇ大きくて、泥を落としたら肌白いし、肌もきれー……はっ、普通に感心しちゃってた。
有紗は女の子の大きな胸を洗いながらブンブンと頭を振った。この大きな胸も整った形と張りで、同性として思わず見惚れてしまいそうであった。
言ったそばから堕ちかけてるじゃん! コイツは敵、殺人鬼、悪魔、てかクズ!!
有紗は般若の目をして自分を戒めていると、
「ん、なに――」
ふと右手に妙な感触を覚え、横から覗き込んだ。
***
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァッ!!!!』
突如バスルームから響いた叫び声、キッチンでご飯の準備をしていた須藤が聞こえた刹那、動き出した。
――やはり、殺人鬼を信用なんて――。
「き、貴様ァァーー!!!!」
扉を蹴破り風呂に飛び込んだ須藤は、それを目撃した。
――棒立ちする女の子には棒が付いていた。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあッッ!!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
「ギャハハハハ!!!!」
叫んだ須藤の声に有紗が驚き叫び、女の子は膝を叩いて爆笑した。
「な、なななんであんた、そ、ソレが付いてんだよぉ〜!!」
須藤が膝を抜かしながらプルプル震える指で女の子の股を指した。
女の子は首を傾げる。
「なに〜? もっと近くで見たいって〜?」
「言ってねぇわ!!」
「ほれほれ!」
「近づいてくんなぁ〜〜ッ!!」
「普通にキメー!!」
「ギャハハハハハハハハハハハハ!!!!」
二人の反応がよほどツボに入ったのか、『女の子』は風呂の床に膝をつき、四つん這いで腹を抱えて哄笑を上げる。
女たちは現実が受け入れられず目を白黒させる。
顔、体、胸! 股以外は女のはずなのに……顔、体、胸!! 股!?
有紗は体を観察してさらに動揺する。
「いや、冷静に考えるとこの性格って、男子によくありそうなクソ餓鬼具合じゃない……?」
「……! そう言われてみれば……」
二人は顔を青くしてよろよろ立ち上がる。
理解した――こいつは普通のノクトでも、普通の人間でもないらしい。
「お前ら面白すぎるてッ、ギャハハハハハハハッ、ハハハー!!!!!!」
「すげー笑ってる……」
「き、キモい……」
と、その時背後から佐原の声が聞こえた。
「――何があっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
「「三人目ぇ!!」」
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