18.ドン! ドン! ドン!
「うわー!! やっべぇぇぇええ!!」
家の近くでやっていた花火大会、河川敷で行われるそれは、正式な会場に入らなくとも見ることは可能だった。
同じように考えた人たちがまばらに鑑賞する、会場の反対側の岸にて、一人の男の子が真っ暗闇に咲く花火を見上げて、満面の笑みではしゃいでいた。
ドン! と、心を揺さぶる振動が駆け巡る。
「綺麗だけど、静かにね!」
浴衣姿の天筒は、男の子を嗜めつつ、花火を見上げた。
「見にきてよかったぜ! おかーさんも見ろよ!」
男の子は花火に見惚れながら、言った。天筒はやれやれと、呆れまじりに答える。
「別に花火なんて……私はいいよ」
「仕方ないから送ってやるかー。これ見たら喜ぶだろうなー!」
「……え?」
男の子はスマホを取り出し、花火を撮影し始めた。天筒はポカンとして男の子に目をやった、じっと見つめて、その様子を見る。
「け、圭?」
恐る恐る、その肩に手を伸ばした。恐る恐る? どうして恐れているんだ? ……違う、私は、知っているから。
撮影を終えた男の子が、動画を母親に送信したその時、
ジャリ。
砂利を踏む音が聞こえて、男の子は振り返った。振り向く過程で天筒を視界に入れたはずなのに、気にする様子は全くない。
天筒は軋む筋肉を無理やり動かして、男の子の視線を先を見た。
これは夢だ。
何もかもを飲み込む暗闇が、口を開けて待ち構えていた。
ドン!
花火の音が響く。
「……待って、ダメッ、行っちゃダメ!!」
ドン!
男の子はフラフラと、その闇に向かって歩き出した。天筒が引き止めても反応がない、触れられない、爆発音が連続して響く。
ドン!
「――行かないで!!」
ドン!
ドン!
ドン!
***
「――…………? ……ッ!」
目を覚ました天筒は、行き詰まった現状を思い出した。水で満たされた閉鎖空間、身動き一つ取れない狭い空間、脱出は不可能。
今、死にかけた!
――ドン!
その時、脳が揺れる衝撃が走った。じわじわと内臓が揺れて気持ち悪いが、おかげで事態を理解した。
そうか、この振動で目を覚ましたのか……いや、何の振動だこれ。外から、殴っている?
「おらぁぁ!!」
その瞬間、鈍い破壊音と共に、浴槽の壁に穴が開いた。真っ暗な空間に、一筋の淡い光が差し込んだ、死んだ精神が蘇る。
流れだ――天筒はその拳サイズの穴から、水を溢れていく流れを感じる。
「しゃおらぁ! 穴が空いたぜーー!!」
――ノクトか!
希望が見えた瞬間、天筒の瞳に光が灯った。
「世話ねぇなぁ!!」
ノクトは再びハンマーを振りかぶり、浴槽の壁を叩いた。
「はい一丁!」
「もう一丁!」
「これでトドメだぁー!」
壊れた部分から連鎖的に穴は広がっていき――やがて、風呂場に水溜りができるほど水が溢れ出てきた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ、水も滴る良い男ってのはワシのことよ。おっと、生きてるー?」
ノクトはしゃがんで、開けた穴から天筒を引っ張り出した。
「――ゲホゲホゲホッ!! げほ、うえええええぇええええぇえエエ!!!!」
「う、うわー……」
びしょびしょの天筒は、胃に入った水をゲロのように吐き出してから、空気を肺いっぱい吸い込んだ。
狭い風呂場にノクトと天筒が密着する、二人とも息が荒い。
ピチョンと髪から滴った水が水飛沫を上げた。
「恥ずかしい」
天筒がボソリと呟いた。ノクトは腕を組んで、なんのこっちゃと眉を顰めた。
「今までこんなことなかったのに……人生一、情けないな私」
ああ、大家の攻撃で死にかけたことか。ノクトは満面の嘲笑を浮かべて、天筒をツンツン突っつく。
「プププ、ホントにね! あれだけスカしといて死にかけたなんて、恥ずかしくて仲間に顔向けできないよねぇー!」
「まさかノクトに助けられるなんて……人として恥ずかしい」
「いやそっちかよ! 恥ずかしがるところ違うだろ!!」
「? エ? ナンカアッタ?」
「なんでカタコト!? 純日本人のくせに!」
「安心して、同じ轍は踏まない」
「急に慣用句使ってきた!! やっぱり日本人か!? いやてかワシに感謝は!! 助けてあげたんだぞ!!」
「アリガトー」
「足らねーよぉ! 酒と米と金を献上せい!!」
「お前は神か」
天筒は立ち上がり、辺りを見渡した。すると、木柄の長い大きなハンマーが、ノクトの傍らに転がっているのを見かけた。
「そんな都合のいいもんよくあったなぁ」
「ああ、ちょうどこの部屋にあったんよ、たまたまね。良かったなーたまたまこのハンマーがあって、たまたまなかったらお前死んでたぞ」
「そんな煽られても……ハンマーありきじゃなきゃ壊せねーお前が悪いだろ」
「なっ!」
天筒は風呂場を出て、リビングに向かう。
どこだこの部屋……同じマンションなのは構造的に確かだけど……。
家族写真やおもちゃ、学校の制服など、一般ながら個人のストーリーが窺える部屋模様に、天筒は一般人の部屋という認識で止めることにした。
窓から見える景色的に八階――最上階か……。
「お前、よく私の場所がわかったな」
天筒は窓に近づきながら、背後のノクトに訊いた。
ノクトは犬のように頭を振り回し、髪の水分を飛ばしていた。
「余裕だぜ、ワシもノクトなんだからよぉ」
「……?」
天筒が真顔で真意を問うと、ノクトはシッシッと手を振るポーズをして、ニンマリ笑った。
「敵はできるだけ自分から遠ざけてーよ」
ピコンと天筒は理解する。
「つまり、一階にいる大家の攻撃で間違いねーってことか」
「ああ、十中八九ってやつでね」
天筒は窓の鍵を外し、手をかけて力を入れた。
――やはり開かない。
「なにやってんの」
「どうやら、このマンション全体が大家の手中みてーだ。現にベランダの扉が開かねー。それに、さっき安高が地面を蹴った時自動で電気がついていた、あれも大家の仕業に違いねー。私の目の前で修復された窓もな」
「へー」
「大家はこの八階から降ろさせない気だ、窓が開いたら飛び降りれるからな、試しに玄関の方開けてみろ」
「あーいいよー」
ノクトはめんどくさそうに歩いて、玄関のドアノブを捻った。
「開かねーよー」
接着剤とか押さえられているとか、そう言う感じじゃなく――まるでもともと扉と壁が一体化していたような、コンクリートの壁を開けようとする"無茶"な感じである。
天筒は腕を組んで、ノクトを見つめる。
ノクトはリビングに戻って、天筒の行動を伺うが、一向に動く気配はない。ノクトはジトっと、半目を天筒に向ける。
「さて、これからどうする」
突然問われ、
「全部壊す」
ノクトは一切の吃りなく平然と答えた。
「大正解」
その刹那、天筒は拳を振りかぶって――床を殴りつけた。
「――は!?」
ノクトは驚愕して、後ろに倒れた。
フローリングはバキバキに割れて、コンクリートがあらわになった。天筒は続けて拳を繰り出し、コンクリートを発泡スチロールのように破壊していく。
「嘘つき! 人間じゃねぇーじゃんお前!」
天筒はやがて、空間が見えた。一個下の階に到達したようで、天井から落ちた。
ここが七階……いける。
天筒は空を落下中に、このまま大家の部屋まで辿り着けると確信した。
しかしその確信は、怠慢に繋がる――天筒が着地する寸前、足元に扉が現れた。ギィと開かれる先には、
「へぇ」
闇に慣れた目でも見えない暗所。
天筒は一直線にその扉に落ちていく――ことはない。空中で体を捻り、扉を避けて着地した。
次の瞬間、岩が崩れるような轟音が鳴り響く――考える暇もなく、再び床を破壊して下層階に向かっていった。
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