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【小説化】陰陽のすヽめ  作者: 秋田


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17.扉開けて

 ノクト核を破壊された安高は、じわぁとチリになって消えていく。――訪れる静寂、ノクトは随分久しぶり、雨音を聞いた気がした。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 天筒は息を絶え絶えにして、項垂れる。安高の能力の後遺症が残っていた。マイナスとプラスを兼ね備えた心は、とても重い。


「…………」


 ノクトは汗を垂らして、視線を逸らす。


 ……き、気まずい……。


 四人の首吊り死体を見て、なんと声をかけて良いか迷う。


「……?」


 ふと、不思議に思った。前ならこんな時でも普通に天筒を煽っていたはずなのに、何故気まずいなんて考えてるんだろう。


 そう思考に耽っていると、天筒がゆっくり立ち上がり、娘たちに歩み寄っていった。


 ――改めて俯瞰すると、部屋がぐちゃぐちゃになっていた。まるで彼女たちの想い出を粉々にするように。それを見て、また何も言えなくなった。


 天筒は四人を紐から下ろすと、床に寝かせる。それは生前そうしていたように、重なり合う家族のように。


 天筒は弔うつもりでその傍らに正座し、瞳を閉じた。


「……ごめんなさい、守れなくて」


 その声音は凪いでいて、後悔や罪悪感は依然として苛ままれていたが、一切迷いはなかった。


 鋭く柔い声音が継がれる。


「ごめん、私はまだそっちにいけない、今やらなきゃいけないことがあるから。――あれを送り出さないといけないから」


 天筒は、その言葉を、やっと口にできた。



「愛してる」



***


「…………」


 弔いが終わったのか、天筒は静かに立ち上がった。


「あ、えー、ご愁傷――」


 ノクトが頭に触れてながら言った――瞬間、天筒は聞いてないように無視して、ノクトを抱きしめた。


「あ、え、あ、あ」


 ノクトは目を白黒させてドギマギする。生前から抱きしめられたことはおろか、優しく触れられたことなんてなかった。脳裏によぎる、温み。


「生きてて良かった」


 ――温かい。


「…………ギャハハ! 誰に何を言ってんだ、ワシが死ぬわけないだろが! お前の助けがなくても余裕だったっつーの! ギャハハハハ!!」


 ノクトは抱きしめられたまま強がりを言う。


「そーかい……さて、後始末をしようか」


 天筒は優しく微笑みつつ離れると、首の骨を鳴らして振り返った。


「後始末?」


「もう一人の協力者を殺す、猟闇会として、見過ごせない」


「え!? 誰だよ、そんな奴いたか!? わかんねぇよ!! 安高が電話してた相手か!?」


「普通に分かってんじゃねぇか」


 天筒は近くをキョロキョロ見渡して、床に落ちた散乱物から何かを探す。ノクトは腕を組んで、体を傾ける。


「でもその相手が誰か分かんなきゃどーにもなんね〜よ……そうだスマホの履歴から――って、あー!! あいつ死んどるやん!!」


 スマホがあっても、フェイスロックを解除できないと意味がない。ノクトは膝をついて地面を叩いた。


「実は最初から違和感があった、お前には分からんだろうがな」


「え?」


 天筒は散乱物の中からなにかを拾い上げ、ノクトに見せた。ノクトは目を凝らして、そこに書かれている文字を読む。


「……『ママって呼んで』……?」


「んなこと書いてねーよアホ、『家賃』だよ」


 その封筒には『家賃』と、マーカーペンで大きく書かれていた。ノクトはなんのこっちゃと眉を寄せて天筒を見つめる。


「この封筒は普段引き出しにしまってある、それが机の上になぜか置かれていた、入ってた金も出されて目立つように。それを知ってんのは彼女たち(あいつら)しかいない、こんなことをした理由は一つ――大家が協力者だからだ」


 きっと、私が到着する前に残してくれたんだ……。――このとき、荒唐無稽で馬鹿馬鹿しいと分かっているが、彼女たちの会話できたように感じて、天筒は嬉しかった。


 天筒の瞳には、確固たる自信が窺えた。全く疑う気はない、娘たちを信じ切っていた。


 ノクトもそれを信じることにした。


「ふーん、じゃ大家殺そ、どこにいんの」


「大家の部屋は一階の、一番エレベーターに近いところだけど…………行ってみるか」


 安高が死んだ時点で逃げたかもしれないが、ひとまず向かってみることにした。


 と、歩き出す前にノクトが口を開いた。


「てかお前、火炎放射器はどうしたんだよ! あれ使って安高殺せば良かっただろ! あれめっちゃ熱くてヤバいんだぞ!」


「さすが体験者は語るな。あれはタンスにしまってあるから取れなかったんだよ……それにここでは使いたくなかった」


 天筒にとってこの部屋は宝物――怠慢だとしても、燃やしたくなかった。


「けどま〜、大家はいくら燃やしても構わね〜や」


 そう言って、安高は火炎放射器を取りに行った。ノクトもその背中をついていく。


「人間とは思えねー畜生発言だな〜」



 その瞬間、天筒が消えた。



「――ッ!?」


 消えたのではない、視界から外れたのだ。


 天筒の足元に、なんの前触れもなく、扉が出現した。


 マンションの扉と同じ、アルミ製の扉、それがフローリング床に出現して――開いた。

 歩いている最中だった天筒は回避しようもなく、そのまま開いた扉の中に落下していった。


「お、おい!」


 ノクトが慌てて扉を覗くと、


「――なっ!? 風呂!?」


 床の下、扉の向こう側は暗い風呂場だった。それはこのマンションの風呂場と同じ作りだった。


 天筒はお湯が張られた浴槽に着水し、足を滑らせ頭からお湯に沈み込んだ。大きな水飛沫が飛び散り、ノクトの顔を濡らした。


 ――これが……!!


 ――やられたっ!


 瞬間、二人は同時に、これが大家の攻撃と決定付けた。


「おい!」


 ノクトは天筒から離れるのはいけないと、引き上げるべく、しゃがんで手を伸ばした。


 しかし、勝手に開いた扉が、これまた勝手に閉じ始めて、ノクトの手を押し返した。

 ノクトは扉をこじ開けようと上半身を投じて押し返すが、閉扉は止まらない。


「――ッ、閉めてんじゃねぇ!!」


 扉が閉まる寸前、ノクトは戸と枠組みのわずかな隙間に、己の腕を突っ込んだ。


 その瞬間、痛みが脳を飽和した。ブワッと冷や汗が溢れ出す。


 と、止められないッ!


 ギギ……と軋む音を立てて、ノクトの肉と骨がへこんでいく。


 バチん。


 ノクトの腕をぶった斬り、扉は閉まった。切断された腕からドバッと血が溢れ出した。


「天筒」


***


 浴槽に沈んだ天筒は水の中で、手を差し伸べてくるノクトを見つけ、手を伸ばした。


「――ッ!」


 ――暗闇、完全な漆黒だ。突然目の前が暗闇に閉ざされた、闇だけじゃない、何かに蓋され浴槽から出られない。


 水中に閉じ込められた……!


 天筒は息を止め、手探りで状況を確認する。


 この凸凹、扉か――


 郵便受けや些細な凹凸、覗き穴、ドアノブ、感触から、いつも触れているマンションの扉と判別した。


 内開き……開けられない。そもそも浴槽の途中で埋め込まれたみてーで、動かせねー。


 狭い――身動きが取れねー……そうだ。


 天筒は腕を無理やり背後に回して、栓を探す。この水を抜くことが最優先事項だ、このままだと溺れ死ぬ。


「……ッ、ッ……ッッ」


 な、ない! 栓がどこにもない! しかも変に腕を曲げたせいで戻らなくなった!


 だ、脱出できない……、


「ゲボッ――」


 天筒は空気を吐き出して、また口を閉じた。


 意識が朦朧として、心臓が激しく脈打つ。


 あの一瞬では、空気を吸い込む余裕がまるでなかったのだ。


 た、助け――


「ぶおぉッ――」


 天筒は我慢の限界が訪れ、とうとう最後の空気を吐き出した。

ご精読ありがとうございます!


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