16.生命の爆発
噴き出た吐血は、壊れた噴水のように舞い上がり、部屋の一角を真紅に染めていった。
「…………」
力なく倒れるノクト、半開きの瞳と口、合わない瞳孔、生気はない。
天筒の心はとうとう崩れ落ち、気力を完全に放棄した。
「最後まで、捻りのない奴だったな」
安高はノクトから離れ、肩を上げて失笑した。
それからフィッと向き直り、天筒のいるベランダに、ダンスするような奇怪なステップで近寄っていった。
ばん! とガラスに顔を押し付ける。
「どーーだっタァ!? 死んじゃったねぇ! 無様に負けちゃったねぇ! また守れなかったねぇええぇ!!」
「…………」
やっと聞こえた声、天筒の耳には入らない。既に悪意を受け入れるスペースは残っていない。
トントンと、安高が床を蹴ると、ライトが消えた。
世界は再び暗闇に包まれた。一メートル先も見えない暗闇、夜目に長けた天筒でさえ、すぐに順応するのは不可能だった。
安高は完璧に見えている。
「ぐぎゃ!! やっと殺せる」
安高は拳を握りしめて、振りかぶる。熱も生も感じない真顔に狙いを定めて、
「――シュ!!」
拳を繰り出した――。
「やめろよ」
その拳は天筒に、ガラスにすら届かなかった。殴る瞬間、後方に引っ張られたからだ。
「な、なんだト!?」
動揺している間に後ろにぶん投げられて、壁に背中から激突した。背骨の痛みを感じながら、額に触れて目を見開く。
は? は? は? おかしいだろ、ノクト核潰しただろ……!! なのになんで、なんで――
「なんで死んでねぇんだよ!! お前もう負けただろ!!」
確かに先ほど殺したはずの相手が、平然と立っている。血痕はそのままだが、怪我や傷は全て治っている。
「――――」
天筒は窓の外から、段々と見えてきた視界でその背中を見た。それが誰かを理解した時、心の炎が灯り始めた。
ノクトは貫かれたはずの腹に触れて、何か考えたあと、股間に触れた。
「!?」
「ワシのノクト核、こっちにあるっぽい」
「!?」
こ、こいつ何言ってんだ!? そこにあるのは――。
「千載一遇を失ったなモンキー!! もう絶対ワシを殺せねぇぞ!!」
「意味が分からんこと言いやがって、テメェはもう一回俺に負けてんだよ! 変なトリック使ったって、雑魚は雑魚なんだよ!」
安高は立ち上がりながら、低い姿勢でノクトに接近していく。
「ギャハハハハ!! 顔真っ赤だぜ赤モンキー! こうやったらよく見えるぜ!?」
ノクトは拳を構える。その拳は、闇を切り裂くように、鮮烈に、輝いていた――。
……いや、普通に光ってる!?
何故ここで初めて能力を!? どういう能力だ!? 知らんが、もう止まらん! このままぶち抜いてやる!!
「おらぁぁぁあぁあぁぁあぁあ!!!!」
「あくびが出るぜその速度!!」
ノクトは繰り出された安高の拳に合わせて、その拳を殴り返した。
――その瞬間、光が爆ぜた。暗黒の中、紅や緑、金、銀と多色で成された炎の煌めきが、至極優麗で夢幻の、美しさを放っていた。
「――ぐああああぁぁぁぁぁぁッ!! う、腕が!?」
その爆散する光に触れた部分が、削り取られたように消滅した。安高の右腕は二の腕ほどまで消し飛ばされ、慄いて尻餅をついた。
「な、なんだよこれ! なんで腕が!!」
「こういうのが一番効くだろ? "ノクトを殺すためだけの能力"、お前のおかげで思い出せたよ、あの感覚」
人間とノクトが混ざり、新しい生命体となったおかげで、"過去"の判定が昨晩からという認識になっていた。
安高の能力によって、ノクトの心を束縛した感情は、明日香に負けた時の感情――。
それはつまり、熱だった。
「ワシの『生きる』を叩き込んでやる」
ノクトがギュッと拳を握ると、再び光を纏う。爆発寸前のようにバチバチと火花を散らしていて、安高は理解した。
死の光だと。
「おぉぉぉい!!」
血の気を引いて、安高は叫ぶと床をバンバンと蹴った。ノクトは察する、また光をつける気だ、バッと走り出し拳を繰り出す。
しかし、拳が当たる瞬間、部屋のライトが点灯してしまい、殴った頬は少し溶ける程度に留まった。
「――チッ――っぶはっ!」
安高はノクトの腹を蹴った。ノクトは脚をもつれさせて、フラフラ下がったあと堪えた。
「それがなんだよ、素の力は変わってねぇだろがアホ、またボコボコにしてやるよ」
「ボコボコにされてたのはお前だろ?」
「いやどこがだよ!!」
バッと安高は走り出した、その速度は暗闇時と比べて、大人と子供の差のように遅かった。しかしそれはノクトも同様、勝敗は――。
「ブッ!」
ノクトが殴られて、また負ける。
負けじと拳を繰り出すが、全て避けられてカウンターを入れられる。鼻血が吹き出して、歯が折れ、目がジンジン傷む。
「やっぱりお前は負けてんだ! カスが何したって無駄なんだよ! 聞いてんのかクソカスがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
安高は容赦なくノクトをタコ殴りにする。
「――ッ!」
ノクトが見極めた隙をついて、安高の股間を蹴り上げた。安高はグフっと吃って、股間を押さえて二、三歩退いた。
ノクトは窓にもたれ掛かって、安高を睨んだ。
――ベランダ、天筒はノクトの拳にガラス越しに手を合わせた。
「――はぁ、はぁ、負け負け、うるせぇ、勝ち負けがしたいなら、スポーツでもやってろ……」
「あぁ……!?」
「確かなワシは弱い、何度も負けてる、これまでもずっと負けてきた……ワシの負け犬っぷりはワシが一番知ってんだ」
ノクトは一瞬顔に影を落とした――が、パッと顔を上げて、大きな口で笑った。
「でもワシは生きてる!! 今までノクトと何回も戦って負けてきた! でも最後にはワシが生きてきた!!」
天筒の心臓がドクンと跳ねた。風が吹いた気がした、実際の風じゃない、心に浸入して暗雲を晴らすような温かい春一番のような――。
「ワシは死なねぇ!!!!」
「――――」
天筒の炎は燃え盛る。
「ガハハハ!! 残念だったなゲホゲホ! つまりレッドモンキー、お前はゼッテーワシを殺せねーってことだよ〜!」
「――現実見えてねーのかよ雑魚っ!!」
安高が顔を真っ赤にして駆け出した。
もう殺す、ぶち殺す、あの能力は光があれば恐るるに足らないものだということは分かった、目を潰して喉を掻っ切って、嬲り殺す!
その時、雷鳴がなった。一瞬の空白、脳をショートさせる閃光、魂を揺らす轟音――それに混ざるガラス音。
天筒が、ガラスを突き破った。
その表情に陰はなかった。
「――――」
それは安高にとって最も危惧すべき事態であった。天筒を無力化するには能力を使うしかないが、光を消せばノクトの能力が来る。
かと言ってこのまま消さなければ、天筒に一瞬で殺される。
どちらにしても――。
「――っざっけんなぁぁぁぁぁぁ!!」
安高はノクトを狙った、ここまで予定が狂ったのはノクトのせいなのだから、この怒りを発散するために、最後の抵抗だった。
ガクッ。
しかしその瞬間、その思考は肯定された。
「――――ック……」
天筒が膝から倒れ始めた。まだ全盛期には治らない。
勝った!! 雑魚が!!
安高は拳を振りかぶり、ノクトの股間めがけて繰り出した。ノクトを信じるわけじゃないが、最後の抵抗として狙ったのがそこだった。
その時、転びつつある天筒が、体を捻って何を指で弾いた。それはスキバサミ。刹那とも表せない一コマ、瞬間移動のような速度でハサミは突き進み――
ぱりん。
部屋のライトを割った。部屋は三度、暗黒に――ならない。
「ガハハハ!! 最高じゃん天筒!!」
「ぶちかまして」
全てを照らす煌めきが、三人を包み込む。ある者には命の灯火に、ある者には救いの輝きに、ある者には死の煌めきに、見えていた。
「やめろおぉぉぉぉぉぉぁッ!!!!」
「うおらぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
ノクトは全力で、安高の顔面をぶん殴った――光は爆ぜて、体を消滅させ、その一つの光線が、安高のノクト核を、貫いた――。
ご精読ありがとうございます!
「続きが気になる!」という方は是非ブックマークや☆をお願いします!




