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【小説化】陰陽のすヽめ  作者: 秋田


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15/16

15.パキ

 地響きが走る雷鳴と閃光、それが号砲だった。


 初めに動き出したのはノクト、安高に向かい真正面から拳を振りかぶる。対して安高は防御姿勢を取りつつ、違和感に感じていた。


 ――こいつ!!


 安高は反射的にジャブを打った。


「――ッブっ!?」


「よわっ!?」


 クリーンヒット、と言わざるを得ないほど綺麗に、ノクトの頬を打ち抜いた。ノクトは衝撃で頭を大いに揺られて、ととと……と後ずさった。


「なにお前、猟闇会がなんだっテ? なにが俺を殺すって?」


 安高はハッと口端を上げて、首の骨を鳴らす。ノクトは殴られた頬を摩りながら、ジッと睨み返す。


「お前……なにか()()()やがるな……」


 あの動き、ボクシングか――。


「別になんも齧ってねぇよ、お前がてんで弱いだけだろ」


「!? 嘘吐くんじゃねぇよ! じゃあワシはなんで殴られたんだよ今!! どーゆうマジックだよ!!」


「ジャブだろ! バカかお前!」


 安高が一気に距離を縮め、間合いに侵入する。ノクトが反応できる前に、その脇腹に重い拳をぶち込んだ。


「ウグッ! ――ぐはっ!!」


 ノクトは胃液を垂らしながら横に吹き飛び、本棚に激突した。バラバラと本が崩れ落ち、周りの愛らしい人形や模型、電化製品が飛び散った。


 辺りが闇に包まれたノクトは身体能力を増す。痩せ干せた筋肉も、光源が一切絶たれた状況なら何十倍の力を発揮する。


 埃が舞うが、暗がりで見えない。ノクトは頭に触れながらヨロヨロ立ち上がる。


 あ、あの野郎……!


「"シャブ"だとぉ!? ズリーぞドーピング屑モンキーがぁぁ!!」


「"ジャブ"だよこのカス! チョケンのもいい加減にしろヤ!」


 次の瞬間、安高は拳を振りかぶり、ノクトに踏み入った。その動きに、『警戒』は既に省かれていた。



「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!」



「ああああぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁあッ!!!!」


 安高の強烈なラッシュ、ノクトが落下することなく絶え間なく打ち込まれる拳は、ノクトの体中の骨を砕き、内臓を潰し、血液を爆散させていく。


「オッラァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」


 終に、安高はノクトごしにマンションの壁を打ち砕いた。ボロボロとなったノクトは、壁の破片と一緒に、隣の部屋に転がり飛ぶ。


「はぁ、はぁ、はぁ……で、なんだっけ、サンドバッグちゃん」


「……ゲホッ、げほ……壁壊せて満足か? 曲芸お疲れお猿さん」


「闇で傷は治るっつっても、んな轢かれたカラスみてぇなナリで煽られたら、効きたくても効けねぇよ!」


 ノクトの体はじわじわと、治っていく。ノクトはバッと跳ねるように立ち上がると、ニンマリ笑って見せた。


「へーんだ、ワシ"わざと"だもんねー!」


「?」


 その右手には、どこから出てきたのかミリタリーナイフが握られていた。


「へへへ、これでお前はしまいじゃあ、刺し殺しアッ」


「いや自分で舌切ってんじゃねぇヨ、あるあるなネタやってんじゃねぇよ……」


「このナイフ辛っ!?」


「いや味付いてるわけねぇだろ舌切ってんだよバカ!!」


「おいモンキー! かかってこいよ!」


 ノクトはナイフを振りかぶり走り出す。安高は先ほどより少し警戒して腕を構え、闇の中で煌めく刃を見つめる。


「うおらぁ!!」


 ノクトはナイフを突き刺した――安高は易々と避け、その右腕を叩いてナイフを落とした。カランカランと音を当てて、フローリングを転がる。


「あ」


「マジかっ」


 次の瞬間、顎を蹴り上げられノクトは天井まで吹っ飛んでシーリングライトを割ってから、床に激突した。安高は「ぐわぁ」と呻くノクトと、シーンと鎮座するナイフを交互に見て、少し戸惑った。


 いくらなんでも、弱すぎる。



「お前、つまんな」



「――――」


 ノクトは目を見開いて、硬直した。


 敵ながら呆れた安高は、顎に手をやって目を閉じ黙考する。


「…………。よし」


 そう呟くと、唐突に電話をかけ始めた。闇の中、スマホのライトに照らされた安高の白い横顔が、ぼうっと浮かび上がる。

 ノクトは体を治すことに集中しながら、その行動を見張る。



「合図したら電気つけて」



 安高はそう言った。電話口の向こうに誰が居るのか、ノクトには分からない。だがその内容が、ノクトの危機感を煽る最高級の一言であることは、全身を駆け巡った鳥肌が示していた。


「――――」


 まだ修復が完了していない、ノクトは寝返りを打って、匍匐前進にもならない、ハイハイもままならない赤ん坊のように床を這いずり始めた。


「キッショ、どんだけだよ」


 安高はその首根っこを捕まえると、軽々と、元の部屋の方向にぶん投げた。部屋の中で風が吹いた。


 ――それと同時に床をトントンと叩いた。


「――――」


 白。


 空中を飛んでいる最中、ノクトの脳は痛いほどの白色に染まった。


 刹那、ノクトはよく開いた壁穴を通過して、テーブルに突っ込んだ。テーブルはバキバキっと轟音を立てて倒れて、コップやお金が散乱した。


「――――」



 声が出ない。痛い、痛い痛痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。



 ノクトは瓦礫の中で痛みに悶える。電球から放たれる煌々とした光が全身を包み込む。天井ど真ん中、あのまんまるの白色が、瞳のように見えた――。


「はい終了ー、お前負けー、カスのお遊戯会終演ー」


 ジャリ、ジャリ、と破片を踏みながら踏み寄ってくる安高はそう言って、拍手した。たくさんの人に拍手されている気がしたが――それは雨音が相まった幻聴だった。


 乾いたパンパンという拍手音だけが部屋に響く。


「…………」


「どの口であんな啖呵切れたんだヨ、逆におもろいわ。はぁーあ、じゃ、そろそろ敗者は死のっか」


 安高はボリボリ頭を掻いた、ちらほらフケが散る。そんなことどうでもよく――安高は拾い上げた机の脚を吟味してから、ノクトの鳩尾にスッと合わせた。


「――ッ」


「このまま体重かければ完全にお前の負け……ぐぎゃ! 見ろよ窓の外、蛆虫みたいにペタペタ窓叩いてルぜ!! ぎゃゃゃキモぉ!!」


 安高に言われた通りベランダを見ると、


「――――」


 天筒が、豪雨の中天筒がノクトを応援するように叫んでいた。ずぶ濡れでびしょ濡れ、威厳も尊厳もへったくれもない、惨めな姿で。



『頑張れ!!』



『死ぬな!!』



 そう、言っているんだと、何故か分かった。


「あいつ、お前も死ねばもっといい顔で死んでくれるよ……だから、もっと苦しそうに負けてくれよ」


 ――醜悪な笑顔。心の底から嘲弄で満杯なんだ。


 こいつに限った話じゃない、ノクトでも人間でも、他人をコケにして弄ぶのが最高の人生って考えてるやつは、山ほどいる。


 ワシだってそうだ。


 それがワシの『生きる』で、ずっとそうしてきた。


「じゃあ置き土産に、いいもん見せてやるよ」


 安高はそう言い、フードを被った。影を作るため、つまり、あの能力を使うつもりだった。


「――俺の目を見ろ」


 その瞬間、ノクトの心がある感情に束縛された。


「さぁ、お前はどんなトラウマを――」


 同時に安高の脳に流れ始める映画、ノクトが体験したトラウマ感情体験ムービーである。



『つまんな』



 これほど短い映画は初めてだった。この能力をノクト相手に使ったのは初めてで、ノクトは相応にお気楽なため、きっとノクトならみんな大したトラウマは掘り当てられないだろうとは考えていた安高だったが――。


「ぐぎゃゃゃ! お前、『面白くない』って言われるのが一番嫌なんだな!」


「――――」


 ノクトは目を見開いて、閉口した。図星を突かれたのか、ショックを隠せず、瞳は逆に泳がず安高を凝視していた。


「残念、お前は一から百までずっとつまんなかったよ、早く消えろってずっと思ってたヨ!」


 安高はだんだん、机の足に体重をかけ始める。腹の肉が凹んでいき、鈍痛がじわじわ大きくなり、口から唾液が溢れた。



「やめろおおおおおおお!」



 視界は打ち付ける雨で定まらず、吹き飛ばされてしまいそうな強風に煽られ――ガラス一枚先の光景で、精神に軋みが掛かっていく。


 弱い奴が嫌い、弱いとすぐ死ぬから。

 弱い奴が嫌い、弱いと守れないから。


「わた、私と戦えっ、おい……! お願いですやめてください、そいつは悪くないんです、殺さないでッ――」


 天筒はガラスを叩く。


「なんで、こんなことするの……」


 天筒の子供も、弟子も、娘たちも、みんな弱いから死んだ。


 弱いことが、悪い。



 ……そんなわけがない。弱いことが悪なんて、そんなことがあっていいわけがない。赤ん坊はみんな弱い、虫は弱い、弱いやつは弱い、弱いのは当たり前のこと。


 認めたくなかった、なんの罪もないあいつらが、無意味に殺されたことを。自分を騙す言い訳が欲しかった。


 ……私の精神は、罪悪感を支えられない。


 弱者を守れなかった強者(わたし)が最弱なのだ。


 だから、あのノクトまで死んでしまえば、精神は瓦解し、私は動けなくなるだろう。


 つまり守りたい。守らなければ。――そう考えれば考えるほど、怖くなる。

 あのノクトも弱いから、いつか死ぬんだ。私を置いて、死んでしまうんだ。


「……もううんざりだ……」


 天筒はガラスに顔を押し付けて、涙を流す。

 冷たいガラスが顔に染みる。


 ノクトの腹に机の脚が押し込まれていくと、徐々に、ノクトは苦悶の表情を浮かべて、なにか叫び始めた。

 痛いと、連呼しているようだった。


「――やめ」


 ぶしゃ。


 パキ。


 ノクトの鳩尾に脚が貫通して、ノクトは口から血を噴き出すと、人形のようにパタリと動かなくなった。


 光の部屋で、ノクトだけが真っ黒だった。

 

ご精読ありがとうございます!


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