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【小説化】陰陽のすヽめ  作者: 秋田


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14/16

14.もう殺して

「あああぁぁあ〜疲れたぁ〜!!!!」


 ギリギリで乗り込んだ二人、新幹線は幸運なことに空いていた。

 ノクトは胸元をパタパタ仰いで、ダラっとシートに沈み込む。周りの乗客から冷ややかな視線が向けられるが、もちろん、気にすることなく大声で喚く。


「おい、これで大したこと無かったらただじゃおかねぇからな! ……おい無視すんな!!」


 窓側に座る天筒は、ただジッと窓の外を睨んでいる。肘杖をついて目元に皺を寄せ、怒りと不安が緊張となり、シンと空気が張り詰めていた。

 騒ぎ立てるノクトは視界の外、完全に自分の世界に入っているように見える。


「…………へぇへぇ、分かりましたよ……はぁ」


 ノクトはつまらなそうにため息をついて、瞼を閉じたのだった。


 ……もっと人生、愉しめば良いのに。


***


 秋田市は生憎豪雨が直撃していて、停車する新幹線は弾けるような雨と強風に晒されていた。



「はぁはぁはぁ――」


 天筒は依然として走っていた。街路灯が等間隔に並ぶ一本道、立ち並ぶビル群は雨から身を守るようにシンと沈黙している。既に時刻は、深夜零時を回ろうとしていた。


「ッはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ――」


 雨に濡れた衣服がうざったい。

 雨と風で本気で走れない。

 動揺と緊張で、息が出来ない。


 ブツブツとノイズが走る視界と音。まるで世界全部が自分を邪魔している気がして、腑が煮えくり返る。


 だが、どうすることもできないのだ。

 天筒はただ走ることしかできないのだ。


 ――お願い、神様、神様、どうか……。


***


 数十分、全力疾走して、とうとう自宅があるマンションに到着した。まるで永遠に感じる数時間だった。


「――チッ」


 エレベーターの時間も惜しい。天筒は生垣を飛び越えて、マンションの廊下の腰壁によじ登り、ついで二階三階と、壁を飛ぶように登っていく。


「――はぁ、はぁ、はぁ、やっと、ついたっ……」


 六階に到達した天筒は、息を整える暇も顔を伝う雨水を拭う暇もなく、小走りで部屋に向かいつつ、電話をかけるべくスマホを取り出す。


「チッ……」


 雨で濡れて反応が鈍い。ストレスが止まない――彼女は知らなかった、限界がもうすぐそこに迫っていることに――。


『おかけになった電話番号はただいま通話中で――』


 なんでだよ……!


 天筒は眉間を寄せて、電話を叩く様に切ると、扉を思いっきり叩いて叫んだ。



「来たから入るぞ!」



 返答が来るより先に、天筒はノブに触れた。


「…………」


 天筒はピタッと止まった。理性で誤魔化していた"理解"が、その手を止めたのだ。

 刹那の静止、呼吸を浅くして覚悟を決め、ゆっくり扉を開ける。ギィぃいいと錆びた音が嫌に耳に残った。


「おい、あの子達は――――」


 部屋は真っ暗だった。しかし夜目に長け、暗闇に慣れた天筒の目にはしっかり、


 しっかりと、


 はっきりと、


 その"シルエット"が、見えた。



 四人の影が、ちゅうぶらりん。



「――は。ぁ、あっ」


 視界が狭窄してぐるぐる回るのに、その影は中心にある。


 雨音も風音も、彼女たちの声も聞こえない――自分の心音だけが、体内で響いていた。


 その時、動揺を煽るように、高い声が響き渡った。


「――そんな驚くなヤ、言ったじゃん、みんな『首を長くして待ってる』ってヨォ!!」


 ひょこっと現れた隣人の安高(あたか)は、『冗談決めたり』と、唾を飛ばして、生理的不快な歪な笑顔で言った。その裏に無尽蔵の嘲弄があるのは、自明の理である。


 天筒はおぼつかない足取りで、靴も脱がぬまま歩き出した。瓦解する心はガラガラと音を立てて、足元に落ちていく。


「…………」


 須藤、佐原、有紗、前橋――彼女達は部屋の真ん中で、首を吊っていた。――枯れた花や萎んだ蕾と同様、彼女たちはもう二度と、前を向くことはない。


 未来は、闇に閉ざされた。


「――――」



 パキッ。


 沈んだ闇に、そんな音が響いた。


 ――瞬間、木の破片が空に散っていた。天筒が踏み込んだ衝撃によりフローリングが凹み、破片が飛び散ったのだ。


 ――殺す――


 拳を振りかぶった天筒は、安高を狙う。その"高速"は、コンマの領域に達していた。黒より暗く悍ましい怨嗟と殺意、身体の全部が闇に飲まれていた――。


「――へっ、雑魚やん」


「――――」


 対して、安高は余裕綽々と、不敵な笑みを浮かべてみせた。


 安高の細い目と、目が合う。


 その瞬間、彼の瞳孔が拡大した――。


 ――天筒は安高を通り過ぎ、掃き出し窓はバラバラに砕け散った。ベランダに飛び出した天筒は、腰壁に激突すると、地面に寝そべったまま動かなくなった。


 安高が避けた、というより、天筒の力が抜けたのだ。むしろ安高は攻撃は当たらない……否、出来ないと確信していて、猫背のまま、平然と棒立ちしていた。


 雨に打たれる天筒は、抜け殻のように動かない。大粒の雨が痛いほど体に打ち付けられる、強風が木々や電線を揺らす、ゴロゴロと雷が唸り始めた。


「…………ッ」


 ――負けることは分かっていた、あのノクトの対面してから、とっくに三秒経っているのだから。


「強いっしょ俺! いやお前が弱いだけかッ! てか、やっっっパ人間って雑魚だよねぇー! トラウマ一つで泣いて喚いて苦しんで、死んだりしてっ!」


 安高はペラペラ一人で語り始める。天筒はそれを聞いて合点がいく、この憂鬱はそれが原因かと。だから、体が、脳が、動かないのかと。


 安高は瞳に手を当てると、目と口を三日月のようにひしゃげて、醜悪で下卑た嘲笑を浮かべた。


「お前っ、惨めだなぁ! ケヒッ、ケヒッ! 男に捨てられ、子供が死んで、弟子も死ぬ、終いにゃ最後の救いを求めた娘達も全員自殺してッ――お前、なに一つ守れてねぇじゃん!! キャハハハハ!!」


「――ッ!!」


 天筒は口を結んで、目を見開いた。じわっと目頭が熱くなって、雨と一緒になにかが流れた。


「……して、」


「ああ〜? なんだって?」


 腕で目を覆い隠した天筒が囁き、安高は耳を近づけて聞き返した。


 天筒の脳裏――じゃない、そんなわけがない。ずっと思い出の"一番前"に居るあの子達の姿から、目を離せない。


 いつまでも、後悔が消えない。


 天筒は我慢の限界に達し、ついに本音を溢した。か細い声だった。



「もう殺して」



 精神的リミッターを超えたのだ。


「キャハハハハ! おい虫ケラ、おい、お願いされなくたって殺すわ阿保! ずっと殺したかったんだからよ、このスカシが。こんな簡単ならもっと早くに殺しとけばよかったゼ! くぎゃぎゃっ!」


 安高は、汚い靴で天筒の頭を踏み潰しながら言うと、突然、鬱憤を晴らすように力一杯、その腹を蹴り上げた。


「――うグッ!」


 天筒は反射的に呻き声を漏らした。安高は何度も何度も腹や胸、顔を、蹴り、踏み躙る。常識を知らない子供のように、容赦なく、徹底的に。


 ――オモロ! 最強とか呼ばれてたから手ぇ出してなかったのに……殺してって! ゲロ雑魚じゃん!!


 安高は徐にスマホを取り出すと、動画を撮影し始めた。もちろん後で見返すための物である。


 グイッと天筒の顔を映して、瞳を覗き込む。


「さぁ、お前は何回で自殺するかな」


「――――」


 ノクトとは何百と戦ってきた、電話がかかってきた時から分かってた、あの子たちが、もう"ダメ"なことくらい。


 私はきっと、ここに死にに来たんだ。


 天筒が息を飲んだ――その瞬間、雨音をかき分けて、ギィイィと錆びた音が夜闇に響いた。


 二人は揃って振り向く。



「何事かと思ったら、赤猿が一匹暴れてるみたいだなぁ」



「…………お、お前……」


 天筒は思わず、声が漏れていた。


 真っ暗な闇の先、その玄関には、膝に手をついて息を上らせ、汗だくびしょ濡れのノクトが、屈託のない笑みを浮かべて、立っていた。


 風だ。あの子は夏嵐だ。"出現"、それだけで、この圧迫していた空気を、吹き飛ばした。


「間に合った、とは言えないな……」


 ノクトは、首を括った四人を一瞥して言うと、土足で上がった。

 散歩するみたいに呑気に歩み寄ってくるノクト。安高は細い目をカッ開いて、バッと立ち上がる。


「おまえっ、昨日の……!!」


 安高は指差して唾を飛ばす。ブワッと怒りがぶり返して、血管が浮かび顔が真っ赤になる。


「よぉ、今日は謝んねーぞ」


 ノクトは濡れた髪をかき上げ、白い歯を見せて笑う。両目は惑うことなく、正面の安高を睨んでいる。


「待てっ、逃げろ! お前まで死んだら――」


 天筒が掠れ声で叫んで――雷が落ちて声がかき消された。閃光と轟音が辺りの空気を区切り、新しい空気を作った。



 安高とノクトが戦う。



「……ま、待って」


 天筒は、言うことを聞かない体を引きずってノクトに近づいていく。怖かった。娘達を失った今、最も失いたくないのはあのノクトだからだ。


 今だった。たったこの瞬間、天筒は気がついた。


 どうしてあの時、殺さなかったのか――。


「お前は、弱いだろ!!」



 安高は徐に電話をかけ始める、何か文言を伝えると、天筒の目の前にガラスが現れた。

 天筒の衝突によって壊れたはずの掃き出し窓が、時を巻き戻したように元通りに直っていた。


『――! ――!!』


 外に追い出された天筒の声は、雨と風と雷の音に遮られ聞き取れない。ただその顔は悲哀に濡れていて、自分を止めていることは理解していた。


 ――しかし、それで止まる奴ではない。


「ラストショーだ、お前の死体をあいつに見せつけてから殺ス!!」


「やってみろよモンキー、猟闇会としてお前を殺してやんよ!」


 二人は狭く暗い部屋の中で睨み合う。ざあああと雨音だけが響く静寂、互いの些細な動きを見逃さない緊張感――。


 ――――。


 それは一つの落雷の閃光で、破られた。

ご精読ありがとうございます!


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