13.特急天筒走行
「だーかーらー、ワシはただノクトが人を殺してたから"ちょっかい"かけただけなんだって!! 捕まる道理が無ー!」
ノクトは、手錠の掛かった両手をブンブン振り回す。
警察署、その玄関を潜り、地下を進み、最奥――そこはノクト専用の留置所だ。四方を分厚いコンクリート壁に囲まれ、扉は剛鉄。
お情け程度のチープな机と椅子だけが置かれた極悪空間で、ノクトの声が空しく反響していた。
「はぁ〜あ、冤罪者をこんな仕打ちか……警察も落ちたもんだな〜。ちなみにワシ女なんだけどこれ女性軽視じゃないか?」
ノクトは椅子で図々しくふんぞり返る。
支給された受刑者のような薄い服がほつれ、胸がこぼれそうになっていた。
『お疲れ様、お迎えが来たよ』
不意に、どこからか女性の声が聞こえた、おそらく壁に埋め込まれたスピーカーだろう。
「お迎えっ!」
ノクトは嬉々として椅子から立ち上がった、ちょうどその時、不動に思えた剛鉄の扉がゆっくり開かれた。
「――私はお前の保護者じゃね〜んだよぉ」
ノクトは躊躇いなく机を踏み越え、天筒を抱きしめに行った。
「リーダーーーー――ッブ!」
天筒はノクトの顔面を鷲掴んだ。
「リーダーってなんだよアホがぁ……ったく、帰るぞ」
「もがが――おーい見たか無能共、これがワシのリーダーだ! お前ら全員殺されるぞ!?」
天筒は、くだらんと鼻で一笑し歩き出した。ノクトは子供のように無邪気に喜び、その背中をついていくのだった。
***
カチリと、自動的に解錠された手錠は、塵になって消えていく――。
「いやー助かった、ありがとうママ!」
「助けてねーし、二度とそう呼ぶな」
警察署を出てから、近くのベンチに腰掛けることにした。もうすぐ日が沈む。空は茜色から藍色に変わっていく。
天筒は自販機で買った水を、ゴクゴク喉に流し込み、一息ついた。だらりと体を沈ませる、今日は一段と疲れた。
「あらワシの分は……?」
「あそこにあんだろ」
天筒の視線の先には、ジョウロで花壇に水をやる女性がいた。ノクトはポンと手を叩く。
「なるほど、じゃあ花に紛れて水貰ってこようかな!」
「やめとけ変質者、また捕まるぞ」
「いやお前が提案したんだろ!」
「いやいや、私が言ったのは泥水な」
「なんでだよっ!! そっちの方が完全に変質者だろ!」
ノクトは立ち上がり正面からツッコんだ。天筒は、ノクトの沈んだ気を一ミリも感じせない雰囲気を見て、呟いた。
「……警察に捕まったのに元気だな」
「――? 出れたからな。……しかし、ワシノクト殺そうとしただけなのに、なんで捕まったんだ? 法律でオッケーなのに」
ノクトは、前橋に髪を切ってもらっていた時の言葉を覚えていた。
『人を殺していないノクトを殺して良い法律はない――』、散髪の途中、そんなことを教えられたのだ。
「お前には"特許"がねーだろ、無免許運転みたいなもんだ」
天筒は水を飲もうと蓋を開ける。
全く、お前には関係ないことだろうに……。
「特許〜? ダルっ! それ何処で取れんだ? ワシでも取れるよな?」
「………………」
天筒はペットボトルを口元から離して、チラッとノクトを見る。
「……お前、ノクト殺したいの?」
問われ、ノクトは一瞬キョトンと首を捻ってから、すぐ笑った。
「おお、楽しそうでい〜や!」
天筒は閉口した。
ノクトと戦うということは、自ら死地へ向かう狂行だからだ。大日本猟闇会にも、ノクト駆除を楽しむという輩はほぼ居ない。みんな、怒りだ。
こいつがノクトだからと言っても、ノクトと戦うことには十二分に死の危険があるはず。
「……お前――」
頬を紅潮させ朗らかに笑う、そんな場違いな無邪気さに、天筒はただ単に、気圧されたのだ。
「――髪切った?」
その時、太陽が完全に沈み、世界は暗闇に飲まれ始めた。
「え? なにも噛み切ってないけど?」
「違ぇよ……ほら、初めて見た時より髪短いよなぁ」
天筒はノクトの後ろ髪を撫でる、ノクトはやっと理解すると同時に、半目を向けた。
「え〜……髪切ってもらったの昨日だよ? 女の子の変化に気づけないのはモテないよ?」
「――――昨日? 何処で、誰に切ってもらった」
天筒は目を見開いてズイッと顔を近づけ詰問する。ノクトは天筒と目を合わせたまま、若干引きつつ答える。
「え、あ、ベランダでポニーテールの女に……それがなんだよ」
ポニーテール――前橋か……ベランダ、昨日と言っても夜中だったから二十四時間も経ってない……。
天筒は体を戻して、ぽっかり口を開けて固まる。思考を巡らす時特有の、気の抜けた表情。
「おいなんだよ!」
ノクトに肩を揺らされても、天筒は無視して、スマホを取り出した。ノクトは覗き込む。なにをするかと思えば、徐に前橋に電話をかけ始めた。
天筒はスマホを耳に当てる。
プルルルルと、着信音が繰り返される。
「おま、そんなにこの髪に文句あるのかよ! ひっでぇな!!」
「黙れ分かんだろ、ノクトの切り離された部位は、普通塵になって消える。けどもし、お前の髪が消えずに残ってるなら――」
「――――」
ノクトは目を見開いて硬直した。
そして目を細めて、天筒から視線を逸らして辺りの風景を眺めた。
落胆。その表情は物悲しげであった。
どいつもこいつも馬鹿みたいに、ノクトなのか人間なのか――。
その時、スマホから鳴り響いていた着信音がプツリと止まった。
「もしもし? 昨日アイツの髪切って――」
『――もヒもヒ?』
天筒の脳は空白になった。よもや、その声は前橋ではなく、他三人の誰でもなかった。
天筒は眉を顰める。
男だ。嫌に滑舌が悪く、耳障りな甲高い声音。全神経を耳に傾け、その声の主を特定することに注いだ。
この声……知ってるぞこの声――
「お、お前――」
「あの隣人じゃん」
ノクトが言った。スマホに耳を寄せて、勝手に盗み聞いていたのだ。
すると、向こう側から
『……ア〜お前アレか、こいちゅらの飼い主か? チョーどよかった、お前いつ帰ってくんのヨ、はよしろ』
「お、おまえ、前橋は、どうした……なんでお前が出る……」
『まえはし? いや、どれだよ! まぁ早く家に来チャ方がいいぜ――』
「……? ふぅむ……」
ノクトは耳を凝らしてその声を聞く、それはノクトにしか分からない、"同種にしか分からない"相手の雰囲気――。
こいつ――。
「――ノクトだ」
ボソリと呟き、天筒は息を呑んだ。
『娘たちが首を長くして待ってるぜ〜、ケヒッ、クククッ――』
天筒はがむしゃらに走り出した。見えるはずのない電話先のノクトを射殺さんと、瞳は大きくひん剥かれる。
「お、おまえっ……あの子たちに手ぇ出したら――」
『警察に通報したら全員殺ス、あくしろよ』
そう言い残すと、無慈悲に電話が切られた。天筒の怒りにより、スマホがミシミシ軋む。
「……ッ、ふぅ……」
なんとか腹の虫を収め、ポケットにしまう。
不甲斐ない。あんな近くのノクトに気付けないなんて、人間として悔しい……。
「ッおい! 帰んのー!?」
「…………」
追ってきていたノクトが息を切らしげに叫んだ――天筒は気に留めることはなく、ずっと先を走り遠ざかっていく。
返事はない、しかし彼女の必死さを見て、ノクトは、三日月を口に浮かべた。
「ギャヒ! ワシも行こ!!」
天筒はチラリと背後を見やると、ノクトはパンと手を叩いて、随分楽しそうだった。
よかった、お前を信じて――。
ノクトをここには置いていけない、しかし猟闇会本社に届ける時間もない。怒りに駆られた天筒が0.2秒で下した決断は、不服にもノクトの加虐性を利用するものだった。
――ノクトは必ず、騒動に首を突っ込む。
ノクトの速度は彼女に比べるとだいぶ遅い――そもそも天筒の速度が人間を凌駕している――が、天筒はそれでへこたれるような奴ではないと信じて、足に力を込めた。
最速で、東京駅に到着する。秋田着の新幹線が発つまで、残り十分を切ろうとしていた。
「――フッ――フッ」
天筒の速度が加速する。大通りを走る自動車を次々縫うように通り抜けた。
ルールもモラルも法律も、全部抜き去って行く。
「ギャハハハハッ、緊急、事態だもんなぁ!! 仕方ないよなぁ!! はぁ、はぁ」
そう言って、だいぶ後ろのノクトも、天筒が通ったルートを走るのだった。
***
天筒は持ち前の速さで人の荒波をすり抜けていく。大きな交差点に差し掛かる。
――よし、間に合う――
東京駅の入り口を見つけた――が、その瞬間、目の前のルートが塞がれてしまった。帰宅するサラリーマンや大学生――人間の壁だ。
「うわあああぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
誰かが悲鳴をあげる、避けようがない、ぶつかる。
「「――痛ッ!?」」
――その日、人々は目撃した。
ある人は妖怪と云い、ある人は幽霊と云う。後に都市伝説として語り継がれると知らず、写真に収める余裕すらなく、その"颯爽"を目に焼き付け惚けることが、目一杯だった。
翔んだのだ。跨ぎ超えたとは言えない、正しく人間の頭上を跳び越えた。
「――あ、失礼」
天筒は少し足が触れてしまった青年に片手を構えつつ、楽々飛び越え先へ走っていった。目にも止まらぬ速さ、天筒の姿はすぐ人影に紛れていった。
青年はひたすら、この現実にキャパオーバーしていた。
「――っはぁー、っはぁー、っはー、んっぷっ……く、くるじぃ……脇腹いたぁ……」
ノクトは息絶え絶えに、地面に膝をついた。ポタポタ汗と唾が滴り、体中が悲鳴をあげている。
周りから白い目で見られる。
「……し、仕方ない……!」
ノクトは立ち上がると、方向転換し、街灯やネオンサインの届かぬ、真っ暗な路地裏に、フラフラ入っていった。
「しゃああああああ!! ワシ復活ぅー!!」
ノクトにとって光は死の象徴――闇こそ生命の源、命の象徴。ノクトは闇の中で輝く。
暗闇で消耗した体力を再生したノクトは、すっかり元気になり、また天筒を追いかけ始めた。
ご精読ありがとうございます!
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