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【小説化】陰陽のすヽめ  作者: 秋田


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13/16

13.特急天筒走行

「だーかーらー、ワシはただノクトが人を殺してたから"ちょっかい"かけただけなんだって!! 捕まる道理が()ー!」


 ノクトは、手錠の掛かった両手をブンブン振り回す。


 警察署、その玄関を潜り、地下を進み、最奥――そこはノクト専用の留置所だ。四方を分厚いコンクリート壁に囲まれ、扉は剛鉄。


 お情け程度のチープな机と椅子だけが置かれた極悪空間で、ノクトの声が空しく反響していた。


「はぁ〜あ、冤罪者をこんな仕打ちか……警察も落ちたもんだな〜。ちなみにワシ女なんだけどこれ女性軽視じゃないか?」


 ノクトは椅子で図々しくふんぞり返る。

 支給された受刑者のような薄い服がほつれ、胸がこぼれそうになっていた。


『お疲れ様、お迎えが来たよ』


 不意に、どこからか女性の声が聞こえた、おそらく壁に埋め込まれたスピーカーだろう。


「お迎えっ!」


 ノクトは嬉々として椅子から立ち上がった、ちょうどその時、不動に思えた剛鉄の扉がゆっくり開かれた。


「――私はお前の保護者じゃね〜んだよぉ」


 ノクトは躊躇いなく机を踏み越え、天筒を抱きしめに行った。


「リーダーーーー――ッブ!」


 天筒はノクトの顔面を鷲掴んだ。


「リーダーってなんだよアホがぁ……ったく、帰るぞ」


「もがが――おーい見たか無能共、これがワシのリーダーだ! お前ら全員殺されるぞ!?」


 天筒は、くだらんと鼻で一笑し歩き出した。ノクトは子供のように無邪気に喜び、その背中をついていくのだった。


***


 カチリと、自動的に解錠された手錠は、塵になって消えていく――。



「いやー助かった、ありがとうママ!」


「助けてねーし、二度とそう呼ぶな」


 警察署を出てから、近くのベンチに腰掛けることにした。もうすぐ日が沈む。空は茜色から藍色に変わっていく。


 天筒は自販機で買った水を、ゴクゴク喉に流し込み、一息ついた。だらりと体を沈ませる、今日は一段と疲れた。


「あらワシの分は……?」


「あそこにあんだろ」


 天筒の視線の先には、ジョウロで花壇に水をやる女性がいた。ノクトはポンと手を叩く。


「なるほど、じゃあ花に紛れて水貰ってこようかな!」


「やめとけ変質者、また捕まるぞ」


「いやお前が提案したんだろ!」


「いやいや、私が言ったのは泥水な」


「なんでだよっ!! そっちの方が完全に変質者だろ!」


 ノクトは立ち上がり正面からツッコんだ。天筒は、ノクトの沈んだ気を一ミリも感じせない雰囲気を見て、呟いた。


「……警察に捕まったのに元気だな」


「――? 出れたからな。……しかし、ワシノクト殺そうとしただけなのに、なんで捕まったんだ? 法律でオッケーなのに」


 ノクトは、前橋に髪を切ってもらっていた時の言葉を覚えていた。

 『人を殺していないノクトを殺して良い法律はない――』、散髪の途中、そんなことを教えられたのだ。


「お前には"特許"がねーだろ、無免許運転みたいなもんだ」


 天筒は水を飲もうと蓋を開ける。


 全く、お前には関係ないことだろうに……。


「特許〜? ダルっ! それ何処で取れんだ? ワシでも取れるよな?」


「………………」


 天筒はペットボトルを口元から離して、チラッとノクトを見る。


「……お前、ノクト殺したいの?」


 問われ、ノクトは一瞬キョトンと首を捻ってから、すぐ笑った。



「おお、楽しそうでい〜や!」



 天筒は閉口した。


 ノクトと戦うということは、自ら死地へ向かう狂行だからだ。大日本猟闇会にも、ノクト駆除を楽しむという輩はほぼ居ない。みんな、怒りだ。


 こいつがノクトだからと言っても、ノクトと戦うことには十二分に死の危険があるはず。


「……お前――」


 頬を紅潮させ朗らかに笑う、そんな場違いな無邪気さに、天筒はただ単に、気圧されたのだ。



「――髪切った?」



 その時、太陽が完全に沈み、世界は暗闇に飲まれ始めた。


「え? なにも噛み切ってないけど?」


「違ぇよ……ほら、初めて見た時より髪短いよなぁ」


 天筒はノクトの後ろ髪を撫でる、ノクトはやっと理解すると同時に、半目を向けた。


「え〜……髪切ってもらったの昨日だよ? 女の子の変化に気づけないのはモテないよ?」


「――――昨日? 何処で、誰に切ってもらった」


 天筒は目を見開いてズイッと顔を近づけ詰問する。ノクトは天筒と目を合わせたまま、若干引きつつ答える。


「え、あ、ベランダでポニーテールの女に……それがなんだよ」


 ポニーテール――前橋か……ベランダ、昨日と言っても夜中だったから二十四時間も経ってない……。


 天筒は体を戻して、ぽっかり口を開けて固まる。思考を巡らす時特有の、気の抜けた表情。


「おいなんだよ!」


 ノクトに肩を揺らされても、天筒は無視して、スマホを取り出した。ノクトは覗き込む。なにをするかと思えば、徐に前橋に電話をかけ始めた。


 天筒はスマホを耳に当てる。


 プルルルルと、着信音が繰り返される。


「おま、そんなにこの髪に文句あるのかよ! ひっでぇな!!」


「黙れ分かんだろ、ノクトの切り離された部位は、普通塵になって消える。けどもし、お前の髪が消えずに残ってるなら――」


「――――」


 ノクトは目を見開いて硬直した。


 そして目を細めて、天筒から視線を逸らして辺りの風景を眺めた。

 落胆。その表情は物悲しげであった。


 どいつもこいつも馬鹿みたいに、ノクトなのか人間なのか――。


 その時、スマホから鳴り響いていた着信音がプツリと止まった。


「もしもし? 昨日アイツの髪切って――」




『――もヒもヒ?』




 天筒の脳は空白になった。よもや、その声は前橋ではなく、他三人の誰でもなかった。


 天筒は眉を顰める。

 男だ。嫌に滑舌が悪く、耳障りな甲高い声音。全神経を耳に傾け、その声の主を特定することに注いだ。


 この声……知ってるぞこの声――


「お、お前――」


「あの隣人じゃん」


 ノクトが言った。スマホに耳を寄せて、勝手に盗み聞いていたのだ。


 すると、向こう側から


『……ア〜お前アレか、こいちゅらの飼い主か? チョーどよかった、お前いつ帰ってくんのヨ、はよしろ』


「お、おまえ、前橋は、どうした……なんでお前が出る……」


『まえはし? いや、どれだよ! まぁ早く家に来チャ方がいいぜ――』


「……? ふぅむ……」


 ノクトは耳を凝らしてその声を聞く、それはノクトにしか分からない、"同種にしか分からない"相手の雰囲気――。


 こいつ――。


「――ノクトだ」


 ボソリと呟き、天筒は息を呑んだ。



『娘たちが首を長くして待ってるぜ〜、ケヒッ、クククッ――』



 天筒はがむしゃらに走り出した。見えるはずのない電話先のノクトを射殺さんと、瞳は大きくひん剥かれる。


「お、おまえっ……あの子たちに手ぇ出したら――」


『警察に通報したら全員殺ス、あくしろよ』


 そう言い残すと、無慈悲に電話が切られた。天筒の怒りにより、スマホがミシミシ軋む。


「……ッ、ふぅ……」


 なんとか腹の虫を収め、ポケットにしまう。


 不甲斐ない。あんな近くのノクトに気付けないなんて、人間として悔しい……。


「ッおい! 帰んのー!?」


「…………」


 追ってきていたノクトが息を切らしげに叫んだ――天筒は気に留めることはなく、ずっと先を走り遠ざかっていく。


 返事はない、しかし彼女の必死さを見て、ノクトは、三日月を口に浮かべた。


「ギャヒ! ワシも行こ!!」



 天筒はチラリと背後を見やると、ノクトはパンと手を叩いて、随分楽しそうだった。


 よかった、お前を信じて――。


 ノクトをここには置いていけない、しかし猟闇会本社に届ける時間もない。怒りに駆られた天筒が0.2秒で下した決断は、不服にもノクトの加虐性を利用するものだった。


 ――ノクトは必ず、騒動に首を突っ込む。


 ノクトの速度は彼女に比べるとだいぶ遅い――そもそも天筒の速度が人間を凌駕している――が、天筒はそれでへこたれるような奴ではないと信じて、足に力を込めた。


 最速で、東京駅に到着する。秋田着の新幹線が発つまで、残り十分を切ろうとしていた。


「――フッ――フッ」


 天筒の速度が加速する。大通りを走る自動車を次々縫うように通り抜けた。

 ルールもモラルも法律も、全部抜き去って行く。


「ギャハハハハッ、緊急、事態だもんなぁ!! 仕方ないよなぁ!! はぁ、はぁ」


 そう言って、だいぶ後ろのノクトも、天筒が通ったルートを走るのだった。


***


 天筒は持ち前の速さで人の荒波をすり抜けていく。大きな交差点に差し掛かる。


 ――よし、間に合う――


 東京駅の入り口を見つけた――が、その瞬間、目の前のルートが塞がれてしまった。帰宅するサラリーマンや大学生――人間の壁だ。


「うわあああぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


 誰かが悲鳴をあげる、避けようがない、ぶつかる。


「「――痛ッ!?」」


 ――その日、人々は目撃した。


 ある人は妖怪と云い、ある人は幽霊と云う。後に都市伝説として語り継がれると知らず、写真に収める余裕すらなく、その"颯爽"を目に焼き付け惚けることが、目一杯だった。


 翔んだのだ。跨ぎ超えたとは言えない、正しく人間の頭上を跳び越えた。


「――あ、失礼」


 天筒は少し足が触れてしまった青年に片手を構えつつ、楽々飛び越え先へ走っていった。目にも止まらぬ速さ、天筒の姿はすぐ人影に紛れていった。


 青年はひたすら、この現実にキャパオーバーしていた。



「――っはぁー、っはぁー、っはー、んっぷっ……く、くるじぃ……脇腹いたぁ……」


 ノクトは息絶え絶えに、地面に膝をついた。ポタポタ汗と唾が滴り、体中が悲鳴をあげている。

 周りから白い目で見られる。


「……し、仕方ない……!」


 ノクトは立ち上がると、方向転換し、街灯やネオンサインの届かぬ、真っ暗な路地裏に、フラフラ入っていった。



「しゃああああああ!! ワシ復活ぅー!!」



 ノクトにとって光は死の象徴――闇こそ生命の源、命の象徴。ノクトは闇の中で輝く。


 暗闇で消耗した体力を再生したノクトは、すっかり元気になり、また天筒を追いかけ始めた。

ご精読ありがとうございます!


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