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【小説化】陰陽のすヽめ  作者: 秋田


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11/16

11.世界で一番強い

 ノクト核を破壊された明日香は、煤のように溶けていった――。


***


 右腕だけでバールを振りかぶった柳川(やなかわ)は向かってくる天筒(あまつつ)の眉間を狙った。


 天筒は目を細める。


 ――隙だらけ。

 関節技を決めるべく、ガラ空きの胴体に抱き着こうとした。


 三秒も掛からな――。


 ――血の匂いに釣られて蚊が飛んでいた。


 次の瞬間、蚊は弾け飛んだ――運悪くバールの軌道上を飛んでいたせいで、粉々に粉砕されたのだ。


「――――」


 バールの速度は想像を優に超え、あろうことか路地に突風が吹き荒れた。草木が揺れ、洗濯物が靡く――天筒の巻き上がる髪の隙間から覗かれる表情、それは驚愕の表情であった。


「なんて速度ッ」


 人間が振った棒でこんな風なんて――けどッ!!


 柳川は驚いていた。


 ――避けられた……明日香《さっきの人》相手と同じくらい、手加減した気はねぇけど。


 天筒は低い態勢で、今度こそ確実に技を決めにいく。


 これはいける――


 柳川の全身の筋肉が躍動する。


「――ッッ!」


 天筒はもはや本能的に体を引いて、二メートルほど距離を取った。――柳川はバールを逆に振り返し、再び空気を裂いて見せた――突風が路地を吹き荒らした。



「「………………」」



 風が止み、音が止む、遥か遠くの話し声すら聞こえる静寂。暫時両者、距離をとって目を見開き合う。


 ――まさか二回目も避けるなんて、猫みたいに動くなこの人。距離取られたし……。


 ――バールを振る速度もそうだけど、振り切った後からの、逆方向に移るまでの切り替えの速さも尋常じゃない……そこらのノクトよりよっぽど強……。


「…………」


 先の一瞬の衝突を傍から見ていた下野(しもつけ)は、腕を組んで手を顎に添える。その頬に汗が伝う。


 良かった〜! ありがとう天筒さん! ……もしかしたら避けられないんじゃとか思ってたけど、よし! そのまま柳川分からせちゃって下さい!


 天筒は下野の熱い視線に気がつかない。

 狙われたこめかみにそっと手で触れる、バールは触れていないのに、ジリジリ麻痺している。

 視線を巡らして、柳川の動きを俯瞰して思い出す。


 ……こいつ、左手を動かさなかった……!


「――ハッ」


「――……? なんか可笑しかったか?」


「いんや〜……可笑しくなっ、ふふ……ごめんっ、なんか……嬉しくてねぇ」


 口に手を当ててクスクス笑う天筒。柳川は目を細めてバールを下げた、頭の上に『?』が浮かぶ顔だ。


「まだ負けてないぞ俺」


「そりゃそうだよ……――もう戦わない、柳川、合格だよ」


 天筒は穏やかに微笑むと、煙草を吸い始めつつ言った。


「えぇーー! ちょっと待って下さいよ天筒さん! この舐めてる奴に教えるんじゃ無かったんですか! 業界の鉄則ってやつを!」

 横から下野が割り込んできて、天筒に言い寄った。天筒はうざったそうに顔を顰めて離れた。


「私がムカついたのは弱いくせにイキがることにだ〜……ふぅー、だから、私が強いと認めた以上戦う意味はなくなったんだよ〜」


「そ、そんな……女性蔑視の件はどうするんですか!?」


「許した、強いから」


「……………………」

 下野は顔を顰めて絶句した。


「あいつはもうヘッドの実力がある、研修期間なんて要らね〜よ。変なこと教えてあの力が失われる方がおっきな損失だ……それに、お前にゃ扱えねぇ代物だよ。――誰にもな」


「――んな自主性ないけど」


 柳川は後頭部に手を当てて、顔を背けた。照れ隠しだった――が、彼は表情が乏しく、二人ともそれに気づかなかった。


「ったく! まぁ今回は天筒さんがそう言うなら仕方ない……が! 強いからって無礼はないように! 少しは社会人としての自覚を持ってだな――――」


「…………」


 天筒は紫煙を吐き出して、コンクリートに阻まれた狭い茜色の空を仰いだ。暫しぼうっと考えた後――説教垂れる下野に話しかけた。



「下野、この仕事辞めろ。向いてねーよ」



 再び静寂、しんと無音、空気が凍った。

 天筒は沈黙する下野の背中を見つめる。柳川は予想だにしない暴言に目を丸くして、下野の反応を待った。


「…………」


 しばらく経った(のち)、下野はゆっくり振り返る。風が吹き、青葉がふわりと六枚、落ちた。



「仕事を辞めるのはあなたですよ、天筒さん」



「――――」


 天筒は目を見開いて唖然とした。


「悪いことは言いません、あなたは隠居して下さい。タバコも殺しも辞めて……全部忘れて生きて下さい」


「――ハッ、なんでだよー……ってか、オメーにそんなこと言われる筋合いはね〜だろが」


 天筒は取り合わないのを示すため、顔を背けて煙草を吸った。しかし下野は気を引かず、悠然と言った。


「あります。これはこの世で俺だけしか言えないことです、俺だけが――――」

 下野はそこで言葉が途切れた。迷っていた。言うか、言うまいか。


「……?」


『――本日からよろしくお願いします――』

 懐かしい言葉が、じんわり心に残っている。やはり、伝えるべきだ、そう信じて言葉を継いだ。



「――あなたの弟子の、唯一の生き残りだからです」



 ポトっと、火のついたタバコが落下し、灰が散った。天筒は真っ黒な瞳で、地面を見ていた――下野の顔を見れなかった、顔を見せられなかった。


「…………下野」


「はい」


 天筒はぽそりとその名を呼び、ゆっくり歩み寄る。下野は精神の痩せ細った恩師を見て、心を痛めた、過去の生き生きしさは消え去り、余熱だけで生きながらえているような儚さが、心苦しかった。



 ――下野が飛んだ。

「――っうぐッッ!!」

 唾液を吹き出し白目を剥いて、二メートルほど宙を吹っ飛んだ。


「……私が育てた五人、お前以外みんな死んだ。なんの動物だったかな、弱いクセにノクトに突っ込んでいくような……ああ、馬と鹿か!」


 ――ノクトなんて、柳川(あいつ)みたいに強いやつが殺せばいいのに――。


 天筒は下野の鳩尾に突き刺した二本の指を見せつけて、怒気を孕んだ針のような声音で言う。


「私は怒ってんだぞ下野ぇ〜、天国でクソ説教してやる気だ――なにの、なんで私が猟闇会を辞めないといけないんだよぉォ〜! 辞めるべきは弱いオメーの方じゃねーのかぁ〜ッ!!」


 青筋を浮かべる天筒は、咳き込み苦しむ下野に怒鳴る。傍から見ている柳川ですら"触らぬ神になんたら精神"で目を背けていた。――それでも、下野は真正面から睨み返した。


「――ゲホッ……嘘つかないで下さい」


「嘘だと」


 下野は揺らぐ視界の中、天筒の般若の顔だけはしっかり見えていた。全く、恐れはなかった。


 あなたは……俺が憧れたあなたは、死んだ仲間を馬鹿にする人じゃない。


「俺にはッ、確かに、ノクトを殲滅させようなんていう、志は持っていません、すみません……」


 下野の汗が滴る――光を反射して輝いた。澄んだ空のように広大で明朗な笑みを浮かべ、天筒の瞳を見つめた。


「――その代わり、俺は、"大切な人を大切にする気持ち"を世界で二番目に強く持ってます。だから、何があっても、俺はあなたを大切にします」


「――――」



「その気持ちが世界で一番強いのが、あなたですから」



 微風が二人を包んだ。太陽のような笑顔に天筒はグッと唇を噛み、痛みで心を紛らわせた――でなければ涙が溢れてしまう。彼の優しさが胸をズキズキ刺す。


「……東京に来るまでは忘れてたのに……」


 天筒はボソリとつぶやいて振り返った。振り返った先で気まずそうにする柳川と目があって、さらにバッと顔を横に向けた。


「もう行く……悪かった、お腹いけるか?」


「イヤッ、まぁ、こんなの、全然、痛くな、いですよ!」


「句読点多いな……わ、悪かったって」


 天筒が居た堪れなさから、逃げ出そうとした――が、閑静な路地のそんな空気を壊すように電子音楽が鳴り響いた。初期設定そのままの着信音、天筒はすぐにポケットからスマホを取り出した。


「はいもしもし」


『おーおー天筒、今どこにおる?』


 電話越しに聞こえた猟闇会の会長である相生(あいおい)の声はやけに落ち着いていた。その舌足らずな声を聞いて、天筒も不思議と安らかになった。


「今〜、そんな遠くない路地ですよ、どうかなされましたか」


『あのノクト、見つかったぞ』


「本当ですかッ? どこですか?」


 天筒は少し慌てて訊く。身を乗り出して、答えを聞く前に歩き出していた。


『警察署じゃ』


「捕まんの早」


 天筒は顔に影を落として本音をこぼした。

ご精読ありがとうございます!


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