表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【小説化】陰陽のすヽめ  作者: 秋田


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/16

1.まだ生きてる

「まだいきてる」


 女は落胆の色を隠さず、大きなため息をついた。


 大きな懐中電灯で、"部屋"を照らす。


 トタンの壁は朽ち錆び、コンクリートの地面はヒビの隙間から雑草がウネウネと伸びてきており、脛に当たると気持ち悪い。


 極め付けに、糞尿の悪臭が至る所に染みつき、瞬時に吐き気を覚え、女は鼻を人差し指で塞いだ。


「…………」


 女の右手には、冷め切ったパンが一つと、水の入ったコップが一つ、乗ったトレイがあった。


 女は古屋に踏み入る。


 部屋の中心で腰掛ける、死人のような、しかし微かに胸を浮き沈みさせる青年に近寄っていった。


「……ヒュー……ヒュー……」


 身体中から骨が浮き出て、骨と皮しか無いような肉体。

 縮れた黒髪は埃を被り、今や地面に届きかけている。

 着ている服も、埃塗れで糞尿塗れ、服の意味を成していない。


 女は徐に、慣れた手つきで懐中電灯を右脇で抱えて、空いた左手でコップの縁をカサカサの唇に当てた――とくとくと注がれる冷たい水が、青年の口と喉を潤していく。


「…………」


 青年は流れ込んでくる水を、半分くらい溢しながら飲んでいるようだった。


 それからパンを口に当てる、青年はゆっくりパンを噛み切り、モソモソ食べた。飲み込んだのを見てから、再びパンを口に当てる――。


 完食すると、女は青年に虫を見る目を向けた。怖いもの見たさ、というものだろう。こいつは昨日と、お昼ごろと同じなのかという好奇心であった。


「…………」


 青年は満足そうに、笑っていた。カピカピに乾いた肌に皺を寄せて、それはそれは筆舌に尽くし難し微笑である。


 女は、人間がこんなふうになっても生きようと足掻く様に毎度、戦慄を覚えるのだった。


***


 青年にとって、それが全てだった。


 生まれ付き"目"が機能せず、光を一切認識できなかった。


 故に、世界も知らず、己が何なのかも知らず、『生きる』ということに関してもまるで分からない。


 ただ眠くなったら眠り、たまに聞こえる音と口の感触を頼りに飯を食う、それだけが『生きる』だった。


 青年の生き甲斐は、過去を思い出すことだった。昔聞いた音をよく思い出していた。


 そこでは、自分に物語を語ってくれる音があった。――おじいさんやおばあさん、とり、おに、もも、ねずみ、かみ、はら、たいよう、め、し、いきる――。


 青年はその内容を何一つイメージ出来なかったが、そんなことよりも、その音が聞こえる時だけは胸が安いだ。

 内容よりもそのことが心地よく、その音が聞こえると嬉しくなった。



 しかし、数年前からその音は聞こえなくなった。


 代わりに、もう少し違う音で「まだいきてる」と毎回聞こえるようになった。


 この音も好きだった。


 この音が聞こえると、空っぽを満たしてくれたから。


 満たされると腹部の痛みがなくなるので嬉しかった。


 前の音の時はもっと、もっと満たされるものが欲しいと考えるものだったが、些細なことだった。


 自分に与えて満たしてくれるだけで、満悦の感謝の極みであった。


***



「あ゙あ゙あ゙あ゙づーーい゙い゙いィッ!!!!」



 ――――ある時、いつもより大きな音が聞こえた。

 それは一度も経験のない音と、匂いだった――。


 全身が燃え盛る()()は、床を転がってまとわりついていた炎を鎮火させた。

 それから地面に寝転んだまま、ギリギリと歯を噛み締め、怒り任せに地面をバンバンと四肢で叩いた。


「あんのぉ女ぁ……!! 本気にしすぎじゃろぉッ、クールぶってる癖にヨォ……!! ッ……ぎゃはは、だがワシゃまだ生きてる、まだまだ生きてやるぞ……ぎゃはは……!」


 少女が這いずる音が聞こえる。青年はまた知らない音だったが、飯が来るかもと、口を開けておいた。



「なにここ、くっさー」



「――ッ!」


 すると、また違う音が小さく聞こえた。


 青年にとって、二つの"音"を同時に聞いたのは初めてで、取り乱した。しかし身体は動かず、ただ鼓動が速くなるのと、汗が浮かぶだけだった。


「さっさと諦めてくれねーかなー……前々から思ってたんだけどさぁー、なーんでお前ら『ノクト』は生きたがりが多いんだぁ? なんか大義でもあんのかー?」


 煙草を咥えたその女はフードを被っており、『大日本(だいにほん)猟闇会(りょうあんかい)』と刺繍されている。


 右手には大きな火炎放射器をぶら下げて、月光を背負い、這い蹲るノクトを見下ろしていた。


 女の口からふぅーと紫煙が吹かれた。


 ノクトは体を仰向けに翻して、純然たる悪意の笑みで言い返した。


「はは! やっばり人間は滑稽じゃなぁ! 人間はすーぐ意味を持たせたがる――意味なんかなくても生きるのが"生きもん"じゃろがーー!!」


「――良かった、じゃあ難しいこと考えずにぶっ殺せるや」

 次の瞬間、女は何の躊躇もなくノクトに火炎放射器を放った。


 同時に、青年の感じたことのない熱が眼前に迫った。呼吸をすると肺が焼けた。青年は本能的に助けてと、昔聞こえた音に向かって、何度も何度も、願った。


「あああづっづい――――けどっ! ぎゃはは! ワシをここまであづ、逃したのはあづ! 失態だったようじゃなぁーー!!」


 次の瞬間、青年はグイッと胸ぐらを引っ張られた。


「お主、まだ生きておるな」


 ――想像を絶する痛みが青年の脳内を満たした。


 ノクトは容赦なく、青年の眼球を取り出した。


 血管が繋がっており、びよんと伸びる。

 噴き出る血が自分の体を濡らしてもお構いなし。


 取り出した眼球の瞳孔を見つめて、目を見開いた。


 刹那、少女の瞳孔が大きく拡大した――。


「――チッ、死体だと思ってた!」


 女は咄嗟に火炎放射器から豪炎を放ち、古屋は一瞬にして炎に包まれた。

 ――それが一般的な火炎放射器よりも、炎の威力や大きさや速度が段違いなのは、誰の目から見ても明らかだった。



 パチパチと木や雑草が燃えて、古屋の中は黒い煙が充満し、女は古屋から退避した。


「……」


 燃え盛る古屋を注視して、女は火炎放射器を構える。

 すると、


「ぎゃははははハハハ!! 滑稽じゃの〜! 追い詰めて追い詰めて、爪が甘かったの〜!」


 轟々と燃え盛る炎を中から、()()を盾にする、先ほどまで死に体だった青年が現れた。


 骨と皮だけだった体は肉と筋肉が付き、生気がなかった顔に皮肉顔という色がついていた。


 やられた、()()()()()()()……。


「ん? さすがクールキャラ、スカした顔も真っ青じゃな! ギャーハハハハハハハ!!」


「――――」


 女は火炎放射器を青年に向け、トリガーに指をかけた。咄嗟に、ノクトが手のひらを向けて制した。


「まだこの人間は生きておる!!」

 その一言に、女はピクッと固まった。


「ギャヒ! お前ら人間の社会じゃ同族殺しは大罪なんじゃろ? プププ、そーやって指咥えて眺めておればよいのじゃ、同族贔屓する下劣な生物が」


 ノクトはわざとらしく腕を頭の後ろで組んで、体を捻る。


 カチ。


「――ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!! あっっっぢぇぇ!!??」


 女は躊躇うことなく燃やした。また炎に包まれたノクトは地面を転がる。火の粉が散る。


「き、貴様、人を燃やすのかァ!? この人殺しがぁ!! 鬼かッ、畜生がぁ!!」


「いやー、報告書にお前に乗っ取れた人は死亡扱いって書いてたからねー。つーかそもそも、その人もう死んでるようなもんでしょー」


 女は更に炎を放つ。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!! ――生きとる! この人間は生きとる!! 生きとると言っとるじゃろがぁぁぁぁぁあ!!!!」


「赤の他人の命より、お前を殺す方が大切だよ」


 このドクズがぁぁ!! こいつ人間じゃない、何か必要なもんが外れておる! 人の形して、人の声して、人みたいに苦しんでるのに……あんな平然と燃やせるなんて、鬼畜以外なんでもないんじゃあ!!


 人気のない山中の一村、その一角にある物置小屋前。

 そこだけが夜闇の世界の中、業火の光で明るく灯っていた。


 響くのは炎の燃える音と悲鳴だけ。


 ――い、いつまで続くんじゃこれは……あれの燃料切れを待たずワシが先に……いや、ワシは死なん、ワシゃ"闇"じゃ、闇は不滅じゃ。じゃ、じゃがその前に痛みでどうにかなっちまいそうじゃ。


 っか、かく、かくなる上は――――。


***


「…………? やーっと生きるの諦めくれたかー?」


 しばらくして、ノクトは動かなくなった。


 女は火炎放射器を肩にかけ、しばらくノクトが動かないのを目視で確認してから、「じゃ、いいよー」と声を上げた。


 ゾロゾロと、背後の森林の闇から女の仲間が現れた。全員が女性で、厳かで、目立たない黒いスーツに身を包んでいる。


「ご苦労様です! 天筒(あまつつ)さん!」

「今日はしぶとい奴でしたね、ですがあそこまで焼けば流石にもう大丈夫でしょう」

 天筒さん……かっこいい……。


 天筒は女たちからの慰労を聞きながら、紫煙を吐き出す。


「けど一応手早く始末して、ノクト(そいつ)の気が変わるかもしれないからね。…………」


「わっかりました! 有紗いきます!」

「あっ! 抜け駆けするな! 須藤いきます!」

「さは、佐原いきまーす!!」

「あんたらホント……じゃあ天筒さん。前橋、いきます」


 スーツの女たちはすっかり焼け焦げ仄かに煙が登る、血塗れのノクトに駆け寄って取り囲むと、われ一番と駆け出した有紗が仰向けに寝かせた。


 煤になった服を手で払い、ノクトの腹を露わにする。狙いは腹ではなく鳩尾(みぞおち)にあった。


 ノクトを殺すには、鳩尾に埋まっている核なるものを破壊しなければいけない。核はピンポン玉のような形状をしており、正確に破壊するために、ノクトを行動不能状態に陥らせることが推奨されている。


「あっ、有紗! ノクト核発見しました!」


 有紗は鳩尾あたりに触れ、僅かなしこりを探り当てると手を挙げ、嬉しそうに笑って報告した。


 すると二人の女が前に出て、ポケットから取り出した小刀を振りかぶり、そのウィークポイントを狙った。


「わたしっ、須藤いきます!」

「ちょ待、佐原いきまーーーーーーー――――」

「有紗、ありっ、有紗いきます!!」

「お前は誘導役だろ!?」


 三人が小刀を構えて諍い合っているのを、前橋は静観していた。毎回恒例のイベント、見慣れた風景に安らいでいると、ふと、違和感を感じた。

「…………」


 このノクト、屈曲していない……。


 通常ノクトが動かなくなる時、完全に燃え尽きた状態、つまりファイティングポーズの格好で停止するし、それからノクト核を破壊する。しかし、このノクトは全身が伸び切ったまま、停止している。


 ……それはつまり、まだ死に切れてないっていうことだ。この違和感を表すなら、山中ある地点だけ枯葉が無くて土の色が違うーみたいな、なんか裏っ(かわ)に大きな謀りがあるような……そんな不気味な違和感だ。

 そうか、だからさっき天筒さんも懐疑的な顔をしていたのか…………マズイ、この私前橋、二十五年分の違和感は、論ずるまでも無く『危険』!


「みんな! 早く仕留め――」


 次の瞬間、ノクトの火傷が、修復されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ