第4章――武器と影の狭間で
事務所には淹れたてのコーヒーと冷えたタバコの匂いが漂っていた。
カイトは窓際に立ち、通りを眺めていた。
その背後で、上司の麗子が分厚いファイルを机に置く。
「その組に立ち向かうには、きれい事だけじゃ足りない」
カイトは視線を窓の外から動かさずに言った。
麗子は眼鏡の位置を直し、
「つまり、もっといい武器が欲しいってこと?」
カイトは小さくうなずく。
「こちらに有利な何かがな。」
返事をする前に、部屋の隅で書類を整理していた若い助手が顔を上げ、目を輝かせた。
「AK-47がいいです!」
まるで誕生日プレゼントをねだる子供のような口調だった。
カイトは皮肉を含んだ半笑いを浮かべる。
「おまえが撃ったら、その反動で後ろに吹っ飛ぶぞ。」
助手は頬をふくらませ、むっとした表情を見せる。
「そんな大げさじゃありません。」
麗子は二人の小競り合いを無視して腕を組んだ。
「用意できなくはないけど、自分たちで取りに行ってもらうわ。場所は後で教える。」
「わかった。」
カイトが即答すると、麗子は携帯を手に取り、部屋を出ていった。
助手はすぐに立ち上がる。
「じゃあ、荷物を取りに行って準備してきます。カイトさんも支度してください。」
「俺はもう準備できてる。」
「なら、勝手にすれば。」そう言い残して出ていった。
――その頃、廊下の奥で麗子は低い声で電話をかけていた。
「そっちに男女二人が行くわ。命懸けの仕事よ。できるだけいい物を渡してあげて。これ以上、人を失いたくないの。」
三十分ほどして麗子が戻ると、カイトはファイルを何気なくめくっていた。
「手配は済んだわ。」
麗子は住所の書かれた小さなカードを差し出す。
「任せろ。」カイトはそれをコートの内ポケットにしまった。
「彼女は?」
「準備中だ。」
ほどなくして助手が現れた。長いダークコートに身を包み、顔の半分を隠すつば広帽。
「顔を知られたくないので。」
カイトは小さくため息をつく。
「行くぞ。」
――――――――――
車内はしばらく沈黙が続いたが、助手が口を開いた。
「さっき、組を追うのを手伝わせてって言って…少し言い過ぎました。すみません。」
「気にするな。」カイトは視線を前に向けたまま答える。
助手は唇を噛み、少し間を置いてから続けた。
「子供の頃…父もあの男と同じギャンブラーでした。母に隠れて組から金を借りて、全部賭け事に使って…」
カイトは黙って聞いていた。
「ある日、父が大金を持ち帰ったのを見て、何も考えず母に話してしまって…それで二人は別れました。それ以来、父には会っていません。」
「…そうか。」カイトが静かに答える。
「カイトさんは?似たような経験は?」
カイトは一瞬も迷わず嘘をついた。
「いや。俺はずっと探偵になりたかった。」
――――――――――
住所が示す先は賑やかな通りだった。近代的なビルやネオンの間に、古い家を改装したらしいレストランがぽつんと建っている。
「本当にここですか?」
「ああ。中に入って、麗子に言われた名を出せばいい。」
二人が入ると、笑顔のウェイターが寄ってきた。
「お二人ですか?」
「いや。○○さんに会いに来た。」カイトが名を告げる。
笑顔がすっと消え、ウェイターは小声で「こちらへ」と案内する。
奥の扉の前で立ち止まり、
「中にいます。」そう言って去って行った。
助手が緊張の面持ちで唾を飲み込む。カイトがドアノブを回し、中へ入った。
そこには五十代ほどの男がソファに身を投げ、派手な化粧の若い女をはべらせていた。
「で、あんたら誰だ?」
「麗子の使いだ。」カイトが淡々と答える。
男は女を隣室へ行かせ、ゆっくりと立ち上がる。
「用意してある。」
机の裏からAK-47を取り出し、テーブルに置くと、助手の目が輝いた。
「かっこいい…!」
「もっと扱いやすい物を。」カイトが口を挟む。
助手は不満げに唇を尖らせた。
男は大きなキャビネットを開け、ずらりと並んだ武器を見せる。
「これだ。MP7 A1、二丁。お前らにちょうどいい。」
カイトは一丁手に取り、握り具合を確かめる。
「これにする。」
「麗子のツケにしとく。」男は頷き、さらにケースを手渡した。
「煙幕弾と、それを見通せる特殊ゴーグルだ。役に立つだろう。」
二人は礼を言い、店を後にした。
――――――――――
渡されたもう一つの住所は、紫の光と重低音が響くナイトクラブだった。
「ここで全員撃っちゃいます?」助手がわくわくした声を出す。
「ダメだ。狙うのはボスだけだ。」
「見分け方は?」
「スーツに帽子、それに黒服の大男二人を連れている。それが合図だ。」
助手はつまらなそうにため息をつく。
待つこと数時間、助手はついに居眠りを始めた。カイトが肩を軽く叩く。
「来たぞ。」
「じゃあ武器は…」
「まだだ。民間人がいる。」
三人組に近づいてきた男が一人。挨拶を交わすと、彼らは歩き出した。
「尾けるぞ。距離を保ってな。」
やがて一行は廃工場に入っていった。カイトは少し離れた場所に車を止め、トランクから拳銃を取り出す。
「麻酔弾だ。サブマシンガンは最終手段。俺は無闇に人を殺さない。」
助手は黙って頷いた。
入口には一人の見張り。
「こういう時のためだ。」カイトが拳銃を構え、首筋にダーツを撃ち込む。
見張りは声もなく崩れ落ちた。
「行くぞ。」
二人は静かに、工場の闇の中へと足を踏み入れた。




