表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
City Of Fury  作者: Mateo
19/23

第19章 - 血に潜む影

午前十時を告げる壁掛け時計の音が、藤本カイトの事務所に静かに響いていた。ブラインド越しの淡い光が机に散らばった資料を照らす。だがカイトの視線はそこにはなく、心は遠い場所をさまよっていた。


星野ユメが姿を消してから、胸の奥に言葉にならない空虚が残っている。それは愛でもなく、狂おしい執着でもなかった。ただ、確かに痕跡を刻んで消えない影のような存在。冷徹に生きてきた彼の心に、一瞬の隙を作った女だった。


そのとき、中村アイコが二つのカップを手に入ってきた。カイトの様子を一瞥し、黙って机に一つを置く。

「はい。ダブルシュガー、いつもの。」


カイトはわずかに口元を緩めた。

「ありがとう、ナカムラ。」


彼女は正面に腰を下ろし、しばらく言葉を探すように彼を見つめる。

「疲れてるみたいね。本当に大丈夫?」


カイトは深く息を吐いた。

「……大丈夫だ。ただの積み重なった疲れだよ。案件と報告書ばかりでな。」


アイコは目を細め、彼の嘘を見抜こうとするようだった。

「あなたは強い。でも、強い人間ほど無理をするの。全部一人で背負う必要なんてないのよ。」


その言葉にカイトは一瞬言葉を失った。彼女がユメのことを知っているわけではない。ただ、同僚として彼を心配しているだけ。だがその声色には、隠しきれない温かさが滲んでいた。


――その空気を破ったのは電話だった。山本レイコの冷徹な声が受話器越しに響く。

「新しい現場よ。女性が自宅で殺されていた。侵入の形跡なし。すぐ来て。」


――――――――――――――


静かな住宅街に立つ宮沢ハルカのマンション。すでに警官たちが周囲を封鎖し、野次馬が集まっていた。管理人は青ざめ、事情を話している。


カイトとアイコ、そしてレイコが室内に入る。居間は整然としたまま、争った痕跡もない。寝室の床に被害者が横たわり、蒼白な顔に半ば開いた瞳が虚空を見ていた。


「玄関も窓も無理やりこじ開けた跡はありません。」若い警官が報告する。「被害者が自ら招き入れた可能性が高いです。」


カイトは屈み込み、遺体を確認した。腹部には不自然な切開痕。縫合も雑で、素人が真似事をしたかのような跡だった。

「……普通の殺しじゃないな。」


アイコは鼻を覆いながら覗き込む。

「強盗? でも部屋には何も荒らされた様子がない。」

「違う。」カイトは低く答えた。「狙いは別にある。」


近所の老人が目撃証言をした。前夜、ハルカはスーツ姿の男と一緒に帰宅したという。紳士的で、まるで実業家のように見えたと。彼女も安心した様子で、怪しむ様子はなかった。


――だからこそ、抵抗なく男を部屋へ入れたのだろう。


さらに室内から見つかったノートパソコンには「モデル事務所」を名乗る相手とのやり取りが残されていた。海外での仕事を餌にした誘い。アイコが指摘する。

「これ……完全に詐欺ね。」


カイトは黙って端末を技術班に渡した。


――――――――――――――


検死所。白衣の法医が重い口調で告げる。

「腎臓が一つ、摘出されていました。技術は稚拙ですが、臓器目的と見て間違いないでしょう。」


カイトの目が鋭くなる。

「腎臓……臓器売買か。」


医師は頷いた。

「闇市場では需要があります。珍しい話ではありません。」


アイコは血の気が引いた顔で呟く。

「そういえば数か月前、同じように若い女性が行方不明になった事件が……見つかってないわ。もしかして……。」


カイトは彼女を見据え、静かに答える。

「誘い、失踪、そして臓器。全部繋がる。」


アイコは身震いした。

「……臓器売買組織。」


背後で聞いていたレイコが険しい表情で言った。

「単独犯じゃない。金と人脈を持つ組織よ。」


その場の空気が凍りついた。カイトは改めて遺体に視線を落とした。ハルカは一人の犠牲者にすぎない。この怪物のような歯車に飲み込まれた多くの命を思うと、胸の奥が鈍く痛んだ。


――――――――――――――


解剖室を後にし、夜の空気を吸い込む。雨が降り出し、京都の街を静かに濡らしていた。アイコが傘を差しながら隣を歩く。


「カイト……一つだけ約束して。絶対に一人で背負わないで。」


彼は驚いて彼女を見た。その瞳には、ただの同僚以上の思いが宿っていた。答えを言葉にすることはなかったが、彼の心の奥で何かが確かに揺らいでいた。


車に乗り込むと、雨粒が窓を叩き続けた。新たな事件は、彼らをさらなる深い闇へと引きずり込もうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ