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City Of Fury  作者: Mateo
17/23

第17章 - 泥棒の秘密

博物館の地下室の静寂は、壁そのものが息をひそめているかのように、息苦しいほどだった。

カイトと泥棒は向かい合い、互いの視線を一瞬たりとも外さずにいた。

彼の瞳は冷たく、長年犯罪者を追ってきた経験によって研ぎ澄まされている。

一方、彼女の瞳は悪戯めいて輝き、何か秘密を抱えているかのようで、

その一瞬一瞬を愉快に思っているようにも見えた。

時間がゆっくりと、耐え難いほどに遅く流れる。

カイトは自分の心臓の規則的な鼓動を聞き取り、

さらに盗まれた美術品を照らす仮設ライトから流れる微かな電気の唸りも感じ取った。

ついに、沈黙を破ったのは彼だった。

声は硬く、迷いは一切なかった。

「もう十分だ。ここで終わりだ。」

女は静かに微笑んだ。

落ち着き払っており、全く動じていない。

あの癪に障るほどの自信が、まだ瞳に宿っている。

彼女は一歩踏み出し、首をわずかに傾けた。

その仕草は不思議なほど優雅だった。

「終わり?」

彼女は囁くように言った。

「いいえ、探偵さん。これは始まりにすぎないわ。」

カイトは奥歯を噛み締め、衝動を押し殺した。

彼女が試しているのはわかっている。

彼の決意を曲げようとしているのだ。

彼はその魅力に屈するつもりはなかった。

彼女はゆっくりと進み出る。

一歩一歩が計算され尽くし、まるで催眠をかけるかのような動きだ。

唇には半ば笑みが浮かび、視線をじっと彼に向け続けた。

「せめて名前を教えてくれない?」

彼女の声には挑発的な好奇心が滲んでいた。

「幽霊と話すのは好きじゃないの。」

カイトは一瞬も迷わず、偽名を口にした。

「田中タケシだ。」

軽やかな笑い声が彼女の唇からこぼれた。

繊細で、どこか楽しんでいるような笑いだった。

「タケシ? そんな名前?」

彼女はわざと驚いたように言った。

「あなたみたいな男には、あまりにも普通すぎるわ。」

カイトは何も表情を変えなかった。

「いいわ」

彼女は続けた。瞳には楽しげな光がちらつく。

「じゃあ遊びましょう、田中タケシさん。冗談はやめて、本気を見せて。」

カイトは一瞬の隙を突き、手をマイクにかすめた。

低い声で素早く報告する。

「レイコ、絵画を見つけた。地下の部屋、トンネルで繋がっている。」

上司の声が緊迫して返ってくる。

「泥棒は? 見つけたの?」

カイトはほんの一瞬だけためらい、女を見た。

彼女の瞳は、すでに答えを知っているかのように輝いている。

「……いや。」

彼はきっぱりと答えた。

女の笑みが広がる。

すべてを聞かれていたのだ。

「ふふ、タケシ……嘘もつくのね。面白い。」

次の瞬間、彼女は一気に距離を詰め、唇を重ねた。

素早く、大胆で、唐突に。

カイトは動けなかった。

それは親密さゆえではなく、その無謀さに凍りついたのだ。

開いたままのマイクから、レイコの心配そうな声が飛び込んでくる。

カイトの名を呼び、居場所を問いただす。

我に返った彼は、鋭く息を吸い込み、背筋を伸ばした。

「次はない。」

冷たく言い放つ。

「次に出会ったら、逃がさない。」

彼女はくすりと笑った。

どこか満足げに。

「また会うわよ、タケシ。これは始まりにすぎない。」

去る前に、彼女はもう一度近づき、今度は右頬に軽く唇を触れさせた。

それは嘲るような別れの挨拶。

そして煙のように、トンネルの闇に消えていった。

残されたのは、かすかな香水の匂いだけ。

カイトはその場に立ち尽くし、闇を見つめ続けた。

脈は早鐘を打ち、呼吸も荒い。

追いかけたい衝動に駆られたが、

訓練が彼に思い出させた――

最優先すべきは、美術品の確保だと。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

間もなく、レイコが数人の捜査員を連れて到着した。

トンネルに響く足音。

やがて広間に足を踏み入れると、壁一面に並ぶ盗品を目にして、レイコは目を見開いた。

「信じられない……! 素晴らしい仕事をしたわね、カイト。」

カイトは盗賊が消えたトンネルをじっと見つめたままだった。

「だが、彼女はいない。」

淡々と言う。

レイコは唇を固く結ぶ。

「ええ、本当に残念。あの女はいつも逃げ道を見つける。」

二人とも知っていた。

芸術品を取り戻せたのは勝利だが、

本当の戦いはまだ終わっていない、と。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

その夜遅く、レイコのオフィス。

空気は疲労で重かった。

薄暗いランプが机に長い影を落とし、

カイトは書類をめくりながらも、思考は休まらなかった。

レイコは引き出しから新たなファイルを取り出し、机に置く。

「この案件も特殊なの。でも、任せられるのはあなただけ。」

カイトは片眉を上げた。

「レンジロウはどうした?」

レイコは首を振る。

「北へ行ったわ。緊急任務。いつ戻るかは分からない。」

カイトは沈黙で応じた。

レンジロウが直接知らせてくれなかったことが、胸に引っかかる。

レイコは重い口調で続けた。

「ここ数日で、何人もの子供が行方不明になったの。

親たちに聞き込みをしたけど、有力な情報はなし。

唯一の証言は、近くのレストランで働いていた料理人から。

銃を持った男たちが、子供の一人をバンに押し込むのを見たと言っている。

恐怖で、警察には通報できなかったそうよ。」

カイトの胸が締め付けられる。

「人身売買……それが相手か。」

レイコはゆっくりとうなずく。

「ごめんなさい、カイト。

でもまだ子供たちは移送されていないはず。

急がなければ。」

カイトは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

「必ずやる。子供たちは……絶対に渡さない。」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

翌日は徒労の連続だった。

カイトは悲嘆に暮れる家族を訪ね、

最後に目撃された場所を調べ、

あらゆる情報を洗い直した。

しかし成果はゼロ。

警察は廃工場や倉庫も捜索済みだったが、何も見つからなかった。

夜には疲労が重くのしかかり、苛立ちが決意を蝕み始める。

一時間、一分が過ぎるごとに、子供たちはさらに遠くへ連れ去られてしまう――

そんな焦燥が胸を焼いた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

車へ向かう途中、何かがカイトの本能を刺した。

背後に気配――影がついてくる。

最初は無視したが、歩調を速めると、影も速まった。

カイトは突然振り返り、尾行者を不意打ちした。

相手は逃げ出した。

追跡。

足音が夜の街を打ち、

ついに路地裏の袋小路に追い込む。

カイトはフードをつかみ、乱暴に引き下ろした。

衝撃が走る。

「……お前か。」

それは彼女だった。泥棒。

「なぜ俺をつけていた?」

問い詰める。

だが今回は微笑まない。

彼女の眼差しは真剣で、鋭い。

「ずっと追っていたのよ、タケシ。

……それとも、本当の名で呼ぶべきかしら。藤本カイト?」

カイトの動きが止まった。

なぜ本名を?

「私の名前は星野ユメ。」

彼女は落ち着いた声で告げる。

「あなたを助けたいの。」

「助ける?」

カイトの目が細まる。

彼女はうなずき、一切揺るがない。

「親族が、この人身売買の組織に巻き込まれた。

だから黙っていられない。」

彼女はポケットからくしゃくしゃの紙切れを取り出し、手渡した。

そこには座標が書かれている。

「早くしないと、子供たちは中国・山東へ送られる。

行ったら、もう二度と見つからない。」

カイトは紙を握りしめる。

疑念と焦りが胸でせめぎ合う。

「これが本当だと、どうやって信じろと?」

「好きにすればいいわ。」

ユメは淡々と答える。

「ただ、覚えておいて。」

沈黙ののち、カイトは短くうなずいた。

「……感謝する。」

彼女は一歩近づき、あの挑発的な笑みを浮かべた。

「一人じゃ無理よ、カイト。私に手伝わせて。」

彼の表情は険しい。

「危険だ。泥棒に巻き込まれてほしくない。」

彼女はやわらかく笑う。

どこか嘲るように。

「でも……あなた、上司に嘘ついたじゃない。」

カイトの顎が固くなる。怒りが湧き上がるが、言葉は出ない。

ついに彼は長いため息を吐いた。

「……好きにしろ。ただし、何かあっても責任は取らない。」

彼女の瞳が楽しげにきらめく。

「心配いらないわ、探偵さん。私、自分の身は守れるから。」

こうして二人は夜の闇へ歩き出した。

カイトの手には、座標が焼き付けられた紙。

疑念は消えぬままだが、ユメの情報が子供たちを救う鍵になるかもしれない――

それだけは否定できなかった。

こうして始まった奇妙で危険な協力関係。

信頼ではなく、ただ一つの決意――

邪悪な組織を、必ず打ち砕くという決意だけが、二人を結んでいた。



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