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City Of Fury  作者: Mateo
16/23

第16章 - 盗人の逃走

美術館の静寂は、カイトがホールの奥へ一歩踏み出すごとに濃くなった。

そこにいた――数か月もの間、影のように追跡をかわしてきた女。

磨かれた床を踏むブーツの音は落ち着き払っており、その姿勢は緊張とは無縁で、むしろ優雅ですらあった。

唇に浮かぶ笑みは挑発的で、まるで「勝負は始まる前から私のもの」と告げているかのようだった。

カイトは鋭い視線を彼女に向け、声を低く放つ。

「終わりだ。もう逃げ場はない。投降しろ。」

盗人は片眉を上げ、微かに笑った。

「投降? なんて味気ない響き。――本当にそう思ってるの?」

その声は柔らかく、遊び心すら感じさせたが、同時に冷たい嘲りが混じっていた。

「ふざけるな。」カイトは一歩近づき、体勢を崩さない。「やったことは分かっている。トンネルも、カメラも、絵画も……今夜で終わりだ。」

女は芝居がかった溜息をつき、肩をすくめた。

「ごめんなさい、でも私はそんな簡単には捕まらないの。」

言葉の直後、彼女は動いた。

猫のような俊敏さでカイトの顔を狙い、鋭く一撃を放つ。

だがカイトは身をひねり、寸前でかわすと同時に手首をがっちりと掴んだ。

彼女は身を捩って逃れようとするが、警察で鍛えた彼の握力は鉄のように固い。

体勢を変え、今度は蹴りを放つ盗人。カイトは前腕で受け、力を計算して押し返した。

大きなダメージは与えず、あくまで制圧するための動きだった。

女は数歩よろめき、驚きの表情を浮かべる。

「……速いわね。バッジを失った人にしては。」

「経験は消えない。」カイトの声は平然としていた。

幾度かの攻防が続く。

彼女はフェイントを織り交ぜ、しなやかに攻める。

カイトはそれを受け流し、かわし、最低限の力で反撃する。

やがて決定的な瞬間が訪れ、カイトの押しで彼女は後方へ弾かれ、床に崩れ落ちた。

髪が広がり、大理石の上で光を反射する。

息を整えつつ、カイトは慎重に近づいた。

「……終わりだ。」

だが次の瞬間、彼女はジャケットの内ポケットから銀色の小型スプレーを引き抜き、ノズルを押した。

「くっ……!」

カイトの目に唐辛子の炎が走り、視界が焼ける。

「ぐああっ!」

女は軽やかに立ち上がり、挑発的な微笑みを再び浮かべた。

「ごめんね、ハンサムさん。」

そして駆け出す。足音が遠ざかり、暗闇へと消えた。

________________________________________

数秒後、アイコが側面の入口から駆け込む。

「カイト! 一体何が――」

「……追え……逃がすな!」

カイトは痛みに顔を歪めながらも、指先で奥の廊下を示した。

アイコはためらわず走り出した。

響く足音が古びた廊下を導くように連なり、ついに視界の先に盗人の背中を捉える。

「止まりなさい!」

叫びながら追い詰めるが、女は振り返らずに笑みを見せた。

そしてベルトから円筒状の物体を取り出し、床に投げつける。

次の瞬間、白い煙が濃く広がり、視界を覆った。

アイコは咳き込みながら前へ進むが、霧が晴れた時には――もう姿はなかった。

しかも、壁の展示ケースの中は空。高価な絵画がいくつも消えていた。

アイコは拳を柱に打ちつけ、悔しさを押し殺す。

「……やられた。」

________________________________________

翌朝。山本レイコのオフィスには重苦しい空気が漂っていた。

カイトは罪悪感を滲ませながら報告を終える。

「……また逃した。」

レイコは静かに首を振り、厳しい声で言った。

「自分を責めすぎないで。この女は想像以上に手強い。でも次こそ仕留める。」

アイコも悔しさを滲ませながら、強くうなずいた。

________________________________________

そしてその日の夜明け。

カイトは美術館の静まり返ったギャラリーに立っていた。

日曜で閉館していることが、唯一の救いだ。

無線からユウジの声が届く。

『カメラの改ざんはまだバレてない。今のうちだ。』

「了解。」

カイトの目が、別の彫像に刻まれた円形の跡を捉えた。

「また同じ手口か……。」

彫像を動かすと、隠された通路が現れる。

懐中電灯を灯し、地下へ降りると――そこには広大な空間が広がっていた。

壁に沿って並ぶのは、これまで盗まれたすべての絵画。

さらにいくつもの扉が続き、それぞれが別の美術館へと繋がっているようだった。

カイトの胸が高鳴る。

「……ついに。」

無線に手を伸ばしたその時、闇の奥から声が響いた。

「素晴らしい働きね、探偵さん。」

カイトが振り向くと、あの女が再び姿を現した。

唇に浮かぶ笑みは、初めて出会った夜と同じ――挑発的で、謎めいていた。




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