第7話:仲間の絆と信頼の試練
エターナルサークルの第四遺跡『水の洞窟』の攻略は、予想以上に困難を極めていた。
洞窟内部は複雑な水路で構成されており、水位が一定の周期で変化する仕組みになっている。ミナトの《観察》スキルで仕掛けの概要は把握できたが、完全な攻略法はまだ見つかっていなかった。
「水位変化のパターンが複雑すぎます」
ミナトが分析結果を報告した。
「6つの制御装置が連動して、水位を調整しているようです。しかも、それぞれの装置に古代文字のパズルが組み込まれています」
「6つの装置を正しい順番で操作する必要があるということですね」
セリスが推理した。
「でも、間違った順番で操作すると、どうなるのでしょう?」
「おそらく、洞窟全体が水没するような仕掛けがあると思います」
レックスが慎重に指摘した。
「一度間違えれば、全員溺死の可能性があります」
一行は水の洞窟の入り口で作戦会議を開いていた。既に3日間、様々な方法を試したが、決定的な解決策は見つからない。
「俺たちの連携に問題があるのかもしれない」
カイルが自省した。
「《雷光の剣》と《蒼き観察者》の合同チームとしては、まだ経験不足だ」
「そうですね」
エミリアが同意した。
「お互いの戦闘スタイルは分かってきましたが、複雑な謎解きでの連携はまだ完璧ではありません」
確かに、戦闘では問題なく連携できるが、知的な作業では各パーティの個性が衝突することがあった。《雷光の剣》は直感的で積極的なアプローチを好み、《蒼き観察者》は慎重で分析的なアプローチを重視する。
「もう一度、基本に戻りましょう」
ミナトが提案した。
「それぞれの得意分野を明確にして、役割分担を再検討しませんか?」
「良いアイデアですね」
しかし、その時、予想外の事態が発生した。
洞窟の奥から、複数の人影が現れたのだ。
現れたのは、見知らぬ冒険者たちだった。
5名のパーティで、リーダーらしき男は30代半ばの精悍な戦士だった。ダークグレイの鎧に身を包み、背中には大きな両手剣を背負っている。
「お疲れさま」
リーダーが声をかけてきた。
「俺たちは《鋼鉄の刃》パーティだ。リーダーのガロン・ブラックスミスという」
《鋼鉄の刃》は王都でも有名なBランクパーティだった。実力派として知られているが、同時に他のパーティとのトラブルも多いという噂があった。
「《蒼き観察者》と《雷光の剣》の合同チームですね」
ガロンが興味深そうに見回した。
「最近話題の組み合わせだ」
「こんなところで何をされているんですか?」
セリスが警戒しながら尋ねた。
「同じ依頼を受けているんですよ」
ガロンが依頼書を見せた。
「《エターナルサークル総合調査》、第四遺跡以降の攻略を依頼されました」
「同じ依頼?」
「ええ。依頼主の王国考古学会から、『現在の調査チームが苦戦しているので、追加の支援パーティを派遣する』と連絡がありました」
ミナトたちは顔を見合わせた。確かに3日間も足踏みしているが、支援要請をした覚えはない。
「少し話が違うようですね」
レックスが困惑した。
「私たちは支援要請をしていません」
「そうですか?」
ガロンが意外そうな顔をした。
「でも、依頼書には確実に書いてあります。『現在の調査チームと協力して、遺跡攻略を完了せよ』と」
《鋼鉄の刃》の他のメンバーも、それぞれ得意分野を持つ実力者のようだった。魔法使い、僧侶、盗賊、弓使い。バランスの取れた編成だ。
「まあ、せっかく来たのですから、協力しましょう」
ガロンが提案した。
「11名の大部隊になれば、攻略の可能性も高まるでしょう」
「しかし…」
カイルが躊躇した。何となく不安を感じていた。
「問題ありませんよ」
ガロンが笑顔を見せた。
「俺たちは協力的ですから」
《鋼鉄の刃》の参加により、攻略チームは11名の大所帯となった。
ガロンは積極的にリーダーシップを発揮し、新しい攻略プランを提案してきた。
「まず、俺たちが洞窟の全体構造を詳細に調査します」
「でも、僕たちも既に3日間調査しているんです」
ミナトが説明した。
「制御装置の位置や仕掛けの概要は把握しています」
「そうでしょうが、俺たちにはベテランの経験があります」
ガロンが自信を見せた。
「《鋼鉄の刃》の盗賊ロックは、古代遺跡の罠解除のエキスパートです」
確かに、ロックという盗賊は熟練した技能を持っているようだった。40代の細身の男で、鋭い目つきをしている。
「《観察》スキルも悪くありませんが、実際の罠解除には経験が必要です」
ロックが少し偉そうに言った。
「素人が下手に触ると、危険な罠が作動する可能性があります」
「素人って…」
ミナトは少しむっとした。確かに罠解除の専門技能は持っていないが、《観察》スキルで詳細な分析は可能だ。
「ロック、言い方に気をつけろ」
ガロンが注意したが、その口調には本気度がない。
「まあ、それぞれの得意分野がありますからね」
微妙な空気が流れ始めた。《鋼鉄の刃》のメンバーは、明らかに自分たちの方が上だと考えているようだった。
「とりあえず、協力して調査を続けましょう」
セリスが仲裁した。
「11名の知恵を集めれば、きっと解決策が見つかります」
しかし、実際の調査が始まると、問題が次々と発生した。
《鋼鉄の刃》は独自の判断で行動し、《蒼き観察者》と《雷光の剣》の意見を軽視する傾向があった。
「ここの制御装置は俺たちが担当します」
「でも、《観察》スキルで調べた結果では…」
「大丈夫、経験がありますから」
ロックがミナトの分析を無視して、勝手に装置を操作し始めた。
「危険です!」
ミナトが警告したが、時既に遅し。間違った操作により、洞窟の一部で水位が急激に上昇した。
「うわあああ!」
水流に巻き込まれそうになったエミリアを、カイルが間一髪で救出した。
「何をやってるんだ!」
カイルが怒った。
「ミナトの分析を聞いていれば、こんなことにはならなかった」
「すみません」
ロックが謝ったが、反省している様子はない。
「でも、素人の分析を信用するのも危険ですよ」
「素人じゃない!」
ミナトがついに怒りを爆発させた。
「僕の《観察》スキルは、これまで多くの実績を上げているんです」
「実績?猫探しのことですか?」
ロックが嘲笑した。
「古代遺跡の調査とは格が違います」
チーム内の対立は日に日に深刻になっていった。
《鋼鉄の刃》は表面上は協力的だったが、実際は《蒼き観察者》と《雷光の剣》を見下していた。特にミナトの《観察》スキルに対する軽視は露骨だった。
「やはり戦闘スキルでない能力は、実戦では使えませんね」
ガロンが暗に批判した。
「理論は立派でも、結果が伴わなければ意味がありません」
「でも、これまでの成功例もたくさんあります」
エミリアがミナトを擁護した。
「王都の陰謀を阻止したのも、《観察》スキルがあったからこそです」
「それは運が良かっただけでしょう」
《鋼鉄の刃》の魔法使いマリアが言った。
「古代遺跡の攻略には、より実践的な技能が必要です」
対立の影響で、攻略作業は完全に停滞していた。11名もいるのに、むしろ6名だった時より効率が悪くなっている。
「このままではダメですね」
セリスがため息をついた。
「チームワークが全く取れていません」
「《鋼鉄の刃》の連中が原因だ」
レックスが苛立った。
「最初から俺たちを馬鹿にしている」
「でも、向こうも実力のあるパーティです」
カイルが冷静に分析した。
「協力できれば、大きな戦力になるはずなんですが…」
問題は、《鋼鉄の刃》がプライドの高いパーティだったことだった。Bランクの実力に自信を持っており、最近話題の若手パーティを内心では軽視していた。
「俺たちで解決策を考えよう」
その夜、《蒼き観察者》と《雷光の剣》の6名だけで密談を行った。
「このままでは攻略どころか、事故が起きかねません」
「《鋼鉄の刃》に帰ってもらうのが一番ですが…」
「でも、同じ依頼を受けている以上、勝手に帰らせるわけにもいきません」
難しい状況だった。
「僕に考えがあります」
ミナトが口を開いた。
「《観察》スキルで、水の洞窟の完全な攻略法を見つけ出します。そして、実際に成功させて《鋼鉄の刃》に認めさせるんです」
「でも、3日間調査して分からなかったのに…」
「今度は一人で集中して調査します」
ミナトは決意していた。
「《観察》スキルの真価を証明してみせます」
翌朝、ミナトは一人で水の洞窟の最深部に向かった。
《鋼鉄の刃》のメンバーは冷ややかな視線を送ったが、ミナトは気にしなかった。
「一人で何ができるっていうんです?」
ロックが嘲笑した。
「素人が一人で古代遺跡の謎を解けるわけがない」
「まあ、好きにさせておきましょう」
ガロンが余裕を見せた。
「失敗すれば、俺たちの価値がより明確になります」
しかし、セリスとレックス、そしてカイルたちは心配していた。
「大丈夫でしょうか」
「ミナトなら何とかしてくれるはずです」
「でも、危険すぎます」
洞窟の最深部で、ミナトは《観察》スキルを最大限に集中させた。新しい装備の力も借りて、これまで以上に詳細な分析を行う。
6つの制御装置、水位変化のパターン、古代文字のパズル。全ての要素を総合的に観察し、隠された法則を見つけ出そうとした。
「必ず解ける。必ず…」
時間が経つにつれて、徐々に全体像が見えてきた。
制御装置は単独で動作するのではなく、特定の組み合わせで連動している。そして、古代文字のパズルは数学的な公式を表現していた。
「これは…古代エルヴァナ文明の『調和の理論』ですね」
セリスの元同僚で、古代文明研究者のマーカス博士から聞いた話を思い出した。古代エルヴァナ文明では、自然界の調和を数学的に表現する理論があった。
「水、土、火、風、そして時間。5つの要素の調和…」
ミナトは《観察》スキルで、5つの遺跡全体の魔法的なつながりを感じ取った。エターナルサークル全体が一つの巨大な魔法装置になっており、各遺跡が特定の役割を持っている。
「第四遺跡は『浄化』の役割を担っているんだ」
水の洞窟の真の目的は、魔法的なエネルギーを浄化し、調和させることだった。制御装置は浄化の過程を制御するためのものだった。
「正しい順番は…」
古代文字の公式を解読し、制御装置の正しい操作順序を導き出した。しかし、一人では全ての装置を同時に操作することができない。
『仲間の協力が必要だ』
ミナトは洞窟の入り口に戻った。
「皆さん、攻略法が分かりました」
ミナトが興奮して報告した。
「6つの制御装置を特定の順序で操作すれば、水位制御システムを停止できます」
「本当ですか?」
セリスが驚いた。
「どうやって分かったんです?」
「《観察》スキルでエターナルサークル全体の構造を分析しました。各遺跡は独立しているのではなく、一つの大きなシステムの一部なんです」
ミナトは詳細な説明を始めた。古代エルヴァナ文明の調和理論、5つの要素の相互作用、制御装置の真の目的。
「素晴らしい分析ですね」
カイルが感心した。
「さすがミナトです」
しかし、《鋼鉄の刃》のメンバーは懐疑的だった。
「理論は立派ですが、実際にうまくいくかどうかは別問題です」
ガロンが否定的に言った。
「失敗すれば、全員が危険にさらされます」
「でも、このままでは永遠に攻略できません」
エミリアが反論した。
「ミナトさんの分析を信じてみませんか?」
「信じる?」
ロックが鼻で笑った。
「素人の憶測を信じて命を賭けるなんて、正気の沙汰じゃありません」
「素人じゃないって言ってるでしょう!」
ミナトがついに声を荒げた。
「僕の《観察》スキルを何だと思ってるんですか!」
「所詮は最弱スキルでしょう?」
マリアが冷淡に言った。
「戦闘にも使えない、実用性のない能力です」
「それは間違っています」
セリスが立ち上がった。
「ミナトさんの《観察》スキルは、これまで多くの奇跡を起こしてきました」
「猫探しや指輪探しが奇跡ですか?」
「王都の陰謀を阻止したのも、古代遺跡を攻略したのも、全てミナトさんの《観察》スキルがあったからこそです」
レックスも加勢した。
「俺たちはミナトの能力を信頼している」
「俺もだ」
カイルが断言した。
「ミナトの《観察》スキルは、確実に結果を出してきた」
しかし、《鋼鉄の刃》は頑として認めようとしなかった。
「感情論では古代遺跡は攻略できません」
ガロンが冷静に言った。
「俺たちはもっと安全で確実な方法を取ります」
チームは完全に二分した。
《蒼き観察者》と《雷光の剣》はミナトの分析を信じ、《鋼鉄の刃》は独自の方法を主張した。
「ならば、別々に行動しましょう」
ガロンが提案した。
「俺たちは俺たちの方法で攻略します。あなたたちはあなたたちの方法でどうぞ」
「分かりました」
カイルが同意した。
「どちらが正しいか、結果で証明しましょう」
競争することになった。《鋼鉄の刃》は力押しで制御装置を破壊し、物理的に水位制御を停止させる作戦を選んだ。
一方、ミナトたちは古代文明の意図に従って、正しい手順で謎を解く作戦だった。
「本当に大丈夫ですか?」
エミリアが心配した。
「失敗すれば…」
「大丈夫です」
ミナトが自信を見せた。
「《観察》スキルの分析に間違いはありません」
6人は水の洞窟の最深部に向かった。制御装置は洞窟の各所に配置されており、同時操作には綿密な連携が必要だった。
「セリスさんは第1と第2装置、レックスさんは第3と第4装置、カイルさんとエミリアさんは第5と第6装置を担当してください」
「君は?」
「僕は全体の制御タイミングを調整します」
ミナトが《観察》スキルで各装置の状態を監視しながら、操作のタイミングを指示する作戦だった。
「準備はいいですか?」
「はい」
「開始します。第1装置、古代文字『調和』を選択してください」
セリスが指示通りに操作した。
「第3装置、『浄化』を選択」
レックスが操作する。
「第5装置、『循環』を選択」
カイルが操作した。
「第2装置、『安定』を選択」
「第4装置、『統合』を選択」
「第6装置、『完成』を選択」
全ての操作が完了すると、洞窟全体に変化が起きた。水位が徐々に下がり始め、制御システムが正常に停止した。
「成功です!」
6人は抱き合って喜んだ。
一方、《鋼鉄の刃》の力押し作戦は失敗に終わっていた。制御装置を破壊した瞬間、緊急システムが作動し、洞窟の一部が完全に水没してしまった。
「まずい!」
ガロンたちは慌てて脱出したが、彼らの作戦は完全に破綻していた。
第四遺跡の攻略成功により、《蒼き観察者》と《雷光の剣》の株は大きく上がった。
一方、《鋼鉄の刃》は面目を失い、プライドを大きく傷つけられていた。
「認めたくないが…君の分析は正しかった」
ガロンが渋々と認めた。
「俺たちの判断ミスだった」
「《観察》スキルを軽視していました」
ロックも謝罪した。
「素人扱いして、申し訳ありませんでした」
しかし、ミナトたちは勝ち誇るようなことはしなかった。
「協力してこそ、より大きな成果が得られます」
ミナトが手を差し出した。
「これからは本当の意味で協力しませんか?」
「…ありがとう」
ガロンがその手を握り返した。
「俺たちの偏見が間違いだった」
こうして、11名のチームは真の結束を得ることができた。
第五遺跡『火の祭壇』の攻略では、《鋼鉄の刃》も積極的にミナトの分析に協力した。彼らの豊富な経験と《観察》スキルの組み合わせにより、攻略は順調に進んだ。
「《観察》と経験の融合ですね」
セリスが分析した。
「お互いの長所を活かせば、どんな困難も乗り越えられます」
そして、ついに5つの遺跡全ての攻略が完了した。
エターナルサークルの中央に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。古代エルヴァナ文明が残した最後の謎が、ついに姿を現したのだ。
「これは…」
ミナトが《観察》スキルで魔法陣を調べた。
「時間と空間を操作する究極の魔法理論です」
「究極の魔法理論?」
「はい。過去、現在、未来を自在に観測し、空間を操作する技術です」
それは古代文明の叡智の結晶だった。
「しかし、これほどの技術がなぜ失われたのでしょう?」
カイルが疑問を口にした。
「おそらく、強力すぎて危険だったからでしょう」
ガロンが推測した。
「悪用されれば、世界を破滅に導くかもしれません」
「だからこそ、5つの遺跡に分散して封印されていたのですね」
エミリアが理解した。
「この知識を悪用されないよう、厳重に管理する必要があります」
一行は魔法陣の詳細な記録を取り、王国考古学会に報告することにした。同時に、この技術の危険性についても警告を含めることになった。
エターナルサークルからの帰路、11名のチームは和気あいあいとした雰囲気だった。
最初の対立と不信は完全に解消され、互いの能力を認め合う関係になっていた。
「ミナト、君の《観察》スキルは本当に素晴らしい」
ガロンが感心して言った。
「俺たちベテランでも見落とすような細かい部分まで分析できる」
「ありがとうございます」
ミナトは嬉しかった。
「でも、皆さんの経験と知識があったからこそ、攻略できたんです」
「そうですね」
ロックも認めた。
「《観察》スキルと実践経験の組み合わせは、想像以上に強力でした」
「これからも協力していきましょう」
マリアが提案した。
「《鋼鉄の刃》と《蒼き観察者》《雷光の剣》の合同依頼があれば、ぜひ参加したいです」
こうして、新たな協力関係が生まれた。
王都に戻ると、エターナルサークル攻略の成功は大きなニュースとなった。特に、《観察》スキルの重要性が改めて認識され、多くの冒険者パーティから協力の申し出があった。
「《観察》スキルの価値が広く認められましたね」
セリスが嬉しそうに言った。
「最初は最弱スキルと言われていたのに、今では多くの人が重要性を理解しています」
「でも、まだまだ学ぶことが多いです」
ミナトは謙虚だった。
「《観察》スキルの可能性は、まだ完全には解明されていません」
「それでは、次の冒険でさらに技術を磨きましょう」
レックスが提案した。
「俺たちのチームなら、どんな困難も乗り越えられる」
「はい」
三人は固い握手を交わした。
その夜、ミナトは『王都の星亭』の個室で、今回の冒険を振り返っていた。
《鋼鉄の刃》との対立は辛い経験だったが、結果的に大きな成長につながった。《観察》スキルの価値を証明し、新たな協力関係を築くことができた。
「仲間の信頼が何より大切なんだな」
セリスとレックス、そしてカイルたちが自分を信じてくれたからこそ、最後まで諦めずに挑戦できた。
窓の外では、王都の夜景が輝いている。多くの人々が平和に暮らしている光景だ。
「この平和を守るために、もっと強くなりたい」
ミナトは新たな決意を抱いていた。《観察》スキルをさらに極めて、世界の平和に貢献したい。
しかし、ミナトはまだ知らない。この世界には、《観察》でしか発見できない真の脅威が隠されていることを。
やがて現れる魔王ゼル・エンブリオは、通常の方法では観測することができない特殊な存在だった。彼を「観察」できるのは、ミナトだけなのだ。
最弱と呼ばれたスキルが、実は世界を救う唯一の希望。その真実が明らかになる日は、もうすぐそこまで来ていた。
翌朝、ミナトはいつものようにギルドに向かった。
エターナルサークル攻略の成功により、《蒼き観察者》の評判は更に高まっていた。ギルドの依頼板には、調査系の高額依頼が多数貼り出されており、どれもミナトたちの参加を前提としたものだった。
「おはようございます、ミナトさん」
受付のリリアが明るい笑顔で迎えてくれた。
「今日も多数の依頼が届いています。特に《古代文献解読》と《遺跡調査》の依頼が人気ですね」
「ありがとうございます」
ミナトは依頼書を眺めながら、ふと気になることがあった。
「リリアさん、最近変わった依頼はありませんか?」
「変わった依頼?」
「《観察》スキル以外では解決困難な、特殊な案件とか…」
「そういえば…」
リリアが奥から一枚の依頼書を取り出した。
「この依頼は少し特殊で、まだ公開していないんです」
依頼書のタイトルは《消失する村の謎》だった。
「王都から東に200キロの『ウィローブルック村』で、奇妙な現象が起きているそうです」
「奇妙な現象?」
「村の一部が、定期的に『見えなくなる』らしいのです」
「見えなくなる?」
「はい。建物や人が物理的に消失するわけではないのですが、視覚的に認識できなくなるそうです」
興味深い現象だった。まさに《観察》スキルの出番かもしれない。
「詳しく聞かせてください」
「依頼主は村長のトーマス・ウィローです。2週間前から現象が始まり、日に日に範囲が拡大しているとのことです」
「他の冒険者は調査していないんですか?」
「何組か派遣されましたが、皆『異常は発見できなかった』と報告しています」
つまり、通常の方法では原因を特定できない謎の現象だった。
「この依頼、受けてみたいです」
「分かりました。セリスさんとレックスさんにも確認してから、正式に依頼を成立させましょう」
その時、ギルドの入り口から慌てた様子の男性が飛び込んできた。
「大変です!王国騎士団の方はいらっしゃいませんか!」
「どうされましたか?」
リリアが対応した。
「ウィローブルック村から来ました。村が…村が大変なことになっています!」
「ウィローブルック村?」
ミナトが反応した。まさに今、依頼を検討していた村だった。
「現象が急激に悪化して、村の半分が見えなくなってしまいました!」
事態は予想以上に深刻だった。
緊急事態を受けて、《蒼き観察者》は即座にウィローブルック村に向かうことになった。
セリスとレックスも状況を聞いて、すぐに出発に同意した。村からの使者であるトーマス村長と共に、馬車で村に向かった。
「現象はいつ頃から始まったんですか?」
道中、ミナトが詳しく聞いた。
「2週間前の夜からです」
トーマス村長は50代の温厚そうな男性だった。
「最初は村の外れの1軒だけでした。家はそこにあるのに、なぜか見えないんです」
「触ることはできるんですか?」
「はい。物理的には存在しています。でも、視覚的に認識できないんです」
奇怪な現象だった。
「その後、現象は拡大していったんですね」
「ええ。日に日に範囲が広がって、今朝ついに村の半分が見えなくなってしまいました」
「住民の方は?」
「見えない区域にいる人とも会話はできますが、姿が見えないので非常に混乱しています」
「他の冒険者が調査したそうですが…」
「《炎の騎士》《風の狩人》《鋼の守護者》、3つのパーティが来ましたが、皆『異常なし』と結論づけました」
つまり、通常の感覚や魔法では検出できない現象だった。まさに《観察》スキルが必要な案件かもしれない。
「魔法的な調査はしましたか?」
セリスが尋ねた。
「はい。魔法使いの方も何人か来ましたが、『魔法的な異常は感じられない』とのことでした」
「物理的には存在し、魔法的な異常もない。それなのに視覚的に認識できない」
レックスが分析した。
「一体何が原因なんだろう」
「到着したら、《観察》スキルで詳しく調べてみます」
ミナトは決意していた。この謎を解くことができれば、《観察》スキルの新たな可能性が開けるかもしれない。
夕方、一行はついにウィローブルック村に到着した。
しかし、村の光景は衝撃的だった。確かに村の半分が「見えない」のだ。建物の輪郭がぼやけ、まるで霧がかかったように不鮮明になっている。しかし、近づいて手を伸ばすと、確実に建物に触れることができる。
「これは…」
ミナトは《観察》スキルを発動させた。すると、驚くべきことが判明した。
「見えます」
「えっ?」
「《観察》スキルでは、消失した部分もはっきりと見えます」
ミナトには、村の全体が鮮明に見えていた。建物も人も、すべて正常に存在している。
「どういうことですか?」
「これは視覚的な認識を阻害する特殊な現象のようです。《観察》スキルは通常の視覚とは異なる原理で動作するため、影響を受けないのかもしれません」
「原因は分かりますか?」
ミナトは《観察》スキルで村全体を詳しく調べた。そして、村の中央付近で異常な魔法的反応を発見した。
「村の中央に、古い石碑があります。そこから特殊な魔法的エネルギーが放射されているようです」
「石碑?」
トーマス村長が首をかしげた。
「そんなものありましたっけ?」
「《観察》スキルでは確実に見えます。おそらく、この現象によって石碑自体も見えなくなっているのでしょう」
ミナトは仲間たちを石碑の場所まで案内した。《観察》スキルで位置を正確に把握し、手探りで石碑を確認する。
「確かにあります」
セリスが石碑に触れた。
「古代文字が刻まれているようです」
「どんな内容ですか?」
ミナトが《観察》スキルで古代文字を読み取った。
「『観測者なき世界への扉』『真実を見る者のみが道を開く』と書かれています」
「観測者なき世界?」
「古代の隠蔽魔法の一種かもしれません」
セリスが推測した。
「特定の条件下で、存在を隠蔽する魔法です」
「でも、なぜ今になって作動したのでしょう?」
「石碑に何かの変化があったのかもしれません」
ミナトは《観察》スキルで石碑をさらに詳しく調べた。すると、石碑の表面に新しい亀裂があることが分かった。
「最近、石碑に損傷があったようです。それが原因で魔法が暴走しているのかもしれません」
「どうすれば元に戻せますか?」
「古代文字をもう一度詳しく調べてみます」
ミナトは石碑の全面を《観察》スキルで分析した。そして、重要な発見があった。
「『観測の眼を持つ者が真実を語る時、隠されし世界は再び姿を現す』という文章があります」
「観測の眼?」
「《観察》スキルのことかもしれません」
「つまり、ミナトさんが何かをすれば解決できるということですか?」
「可能性があります」
ミナトは石碑の前に立ち、《観察》スキルを最大限に集中させた。そして、石碑に向かって語りかけた。
「我は観測の眼を持つ者。隠されし真実を見通し、失われし世界の復活を願う」
すると、石碑から淡い光が発せられ、村全体を包み込んだ。そして、見えなくなっていた部分が徐々に姿を現し始めた。
「見えた!」
「建物が戻ってきました!」
村人たちが歓声を上げた。隠蔽魔法が解除され、村は完全に元の姿を取り戻した。
「やりましたね」
セリスが感嘆した。
「《観察》スキルでしか解決できない謎でした」
「ありがとうございました」
トーマス村長が深々と頭を下げた。
「あなたがたのおかげで、村が救われました」
こうして、新たな謎を解決した《蒼き観察者》パーティ。しかし、この事件は、やがて明らかになる更に大きな謎の序章に過ぎなかった。
「観測者なき世界」「観測の眼」。これらのキーワードは、ミナトの《観察》スキルと深い関係があるようだった。
そして、この世界には《観察》スキルでしか発見できない隠された真実が、まだまだ数多く存在していることを暗示していた。
王都への帰路、ミナトは考えていた。
『《観察》スキルには、まだ知らない可能性がある』
今回の事件で、《観察》スキルが単なる情報収集能力ではないことが判明した。古代魔法との相性、隠蔽された存在の発見、そして謎解きの鍵としての役割。
『もっと深く研究する必要がある』
ミナトは新たな研究課題を見つけていた。《観察》スキルの真の力を解明し、この世界の隠された真実を明らかにしていく。
それは、やがて訪れる世界最大の危機に対する、重要な準備となるのだった。
第7話 終