第6話:勇者カイルとの対立
王都の陰謀を阻止してから二週間が経った。
ミナトは『王都の星亭』の個室で、新聞を読みながら朝食を取っていた。『王都日報』の一面には、魔族の陰謀を阻止した《蒼き観察者》パーティの記事が大きく掲載されている。
『《観察》スキルの新たな可能性』『最弱から最強へ』『戦闘以外での冒険者の価値』
様々な見出しが踊っており、ミナトの名前も何度も言及されていた。
「有名になりましたね」
セリスが部屋に入ってきて、新聞を覗き込んだ。
「少し照れくさいです」
「でも、《観察》スキルの重要性が広く認知されたのは良いことです」
確かに、この二週間でミナトへの見方は大きく変わった。ギルドでも「調査のエキスパート」として一目置かれるようになり、依頼の内容も変化している。
「今日の依頼は何でしたっけ?」
「《古代遺跡の再調査》です」
レックスも部屋に入ってきて説明した。
「一ヶ月前に別のパーティが調査した遺跡で、重要な見落としがあった可能性があるとのことです」
「見落とし?」
「ええ。《雷光の剣》パーティが調査したのですが、どうやら隠し部屋や秘密の通路を見逃したようです」
《雷光の剣》——勇者カイルたちのパーティだった。最近の彼らは、王都の陰謀阻止で活躍した《蒼き観察者》に対して複雑な感情を抱いているという噂があった。
「カイルたちとは最近、話していませんね」
「ああ。何となく距離を置かれているような気がする」
レックスが困った顔をした。
「あれだけ感謝されたのに、急に態度が変わったんだ」
ミナトは心当たりがあった。最近、《雷光の剣》パーティは依頼の成功率が下がっているという話を聞いていた。戦闘では無敵に近い実力を持つ彼らだが、調査や探索では《蒼き観察者》に劣ることが明らかになってきた。
「プライドが傷ついているのかもしれませんね」
セリスが分析した。
「勇者として転生した彼らにとって、最弱スキルの転生者に遅れを取るのは屈辱的でしょう」
「でも、それぞれに得意分野があるのは当然のことです」
「理屈では分かっていても、感情的には受け入れ難いのでしょう」
三人は遺跡調査の準備を整えて、ギルドに向かった。
冒険者ギルドのロビーは、いつものように活気に溢れていた。
しかし、ミナトたちが入ると、微妙な空気の変化があった。一部の冒険者たちが注目の視線を向けている。好意的な視線もあれば、複雑な表情の者もいる。
「《蒼き観察者》の皆さん、おはようございます」
受付のリリアが明るい笑顔で迎えてくれた。
「今日の《古代遺跡再調査》の件ですね。詳細をご説明します」
リリアは資料を取り出して説明を始めた。
「『風の谷遺跡』という古代エルヴァナ文明の遺跡です。一ヶ月前に《雷光の剣》パーティが調査しましたが、期待されたほどの成果が上がりませんでした」
「具体的には?」
「古代文献によれば、遺跡には重要な魔法具が眠っているはずなのですが、発見されませんでした」
「それで再調査の依頼が出たということですね」
「はい。ミナトさんの《観察》スキルなら、見落とされた要素を発見できるのではないかと期待されています」
報酬は金貨5枚。かなりの高額依頼だった。
「依頼主は?」
「王国考古学会です。学術的価値の高い発見を期待されています」
その時、ギルドの入り口から《雷光の剣》パーティが入ってきた。
勇者カイル、聖女エミリア、《大魔法使い》と《神速》の転生者4名。彼らの表情は以前とは明らかに違っていた。
「あら、《雷光の剣》の皆さんもいらっしゃいました」
リリアが気づいて声をかけた。
「今日は何のご用件ですか?」
「《風の谷遺跡》の件で話がある」
カイルが冷たい口調で言った。
「俺たちが調査した遺跡を、わざわざ再調査するって聞いたが」
「はい。学術的価値の高い発見を期待して…」
「つまり、俺たちの調査が不十分だったってことか」
カイルの声に明らかな不満があった。
「そういうわけでは…」
「いや、そういうことだろう」
カイルはミナトの方を見た。その視線には、以前の友好的な雰囲気はなかった。
「最弱スキルが最強スキルより優秀だってことを証明したいんだろう?」
「カイル、そんなつもりじゃ…」
「黙れ」
カイルがミナトの言葉を遮った。
「俺は勇者だ。神に選ばれた特別な存在だ。なのに、なぜお前ごときに遅れを取らなければならない?」
ギルドのロビーが静まり返った。多くの冒険者たちが、この異様な状況を見守っている。
「カイル、落ち着いて」
聖女エミリアが仲裁しようとしたが、カイルは聞く耳を持たない。
「エミリア、お前も分かっているはずだ。俺たちは世界を救うために転生したんだ。それなのに、こんな雑用みたいな調査で負けるなんて許せない」
「雑用って…」
ミナトが思わず反応した。
「調査も立派な冒険者の仕事です。人々の役に立っているんです」
「人々の役に立つ?」
カイルが嘲笑した。
「お前がやってることは所詮、猫探しの延長だろう。俺たちのように魔物と戦って、命をかけて人々を守るのとは格が違う」
「そんなことありません!」
ミナトの声が大きくなった。
「僕だって、仲間と一緒に危険な任務をこなしているんです。王都の陰謀だって…」
「ああ、あの件か」
カイルが鼻で笑った。
「たまたま運が良かっただけだろう。魔族相手に真正面から戦ったわけじゃない。こそこそと隠れて情報収集しただけじゃないか」
「カイル、それは言い過ぎだ」
レックスが割って入った。
「ミナトの功績を軽視するのは間違っている」
「お前も黙れ。Cランクごときが勇者に意見するな」
カイルの傲慢さが露骨に表れていた。
「俺は《勇者》スキルを持つ転生者だ。この世界で最も重要な存在だ。それを理解しろ」
ギルドのロビーの緊張は極限に達していた。
多くの冒険者たちが固唾を呑んで見守る中、ミナトは拳を握りしめていた。カイルの言葉は明らかに一線を越えている。
「カイル、君は勘違いしている」
セリスが冷静な口調で言った。
「勇者であることと、人格的に優れていることは別問題です」
「何だと?」
「あなたの言動は、勇者にふさわしくありません。傲慢で、仲間を見下し、他人の努力を軽視している」
セリスの指摘に、カイルの顔が紅潮した。
「エルフ風情が、勇者に説教するのか?」
「風情?」
セリスの表情が険しくなった。
「あなたこそ、転生者であることに胡坐をかいているだけでは?」
「黙れ!」
カイルが剣に手をかけた。
「その口の利き方、実力で教えてやる」
「カイル、やめろ!」
エミリアが必死に止めようとしたが、カイルは聞かない。
「ミナト、お前も戦え。最弱スキルの実力を見せてみろ」
「僕は戦闘はできません」
「できないじゃない。やらないんだろう?逃げてるんだ」
カイルの挑発に、ミナトの心が揺れた。
「戦闘だけが冒険者の価値じゃありません」
「綺麗事を言うな。この世界は力がすべてだ」
カイルが剣を抜いた。
「俺と戦え。勇者の実力を思い知らせてやる」
「やめてください!」
ミナトが叫んだ。
「ギルドで喧嘩なんて…」
「喧嘩じゃない。決闘だ」
カイルが宣言した。
「ギルドの決闘規則に従って、正々堂々と勝負しよう」
ギルドには確かに決闘規則があった。冒険者同士の争いを解決するためのシステムで、双方が同意すれば合法的に決闘を行うことができる。
「どうした?まさか逃げるのか?」
カイルの挑発に、ミナトは追い詰められた。
「分かりました」
「ミナト、だめです」
セリスが止めようとしたが、ミナトは決断していた。
「やりましょう。でも、条件があります」
「条件?」
「僕が勝ったら、《観察》スキルの価値を認めてください。そして、他の冒険者を見下すような発言をやめてください」
「面白い。じゃあ、俺が勝ったら、お前は二度と調査系の依頼を受けるな。戦闘系の依頼だけを受けろ」
「それは…」
戦闘系の依頼だけでは、ミナトは生きていけない。
「どうした?やっぱり逃げるのか?」
「分かりました」
ミナトは条件を受け入れた。
「では、ギルドの訓練場で決闘を行います」
ギルド職員が決闘の手続きを始めた。
「武器の使用は可、魔法の使用も可。ただし、致命傷を与えることは禁止です」
決闘は30分後に行われることになった。
ギルドの訓練場は地下にある大きな円形空間だった。
石造りの床と壁に囲まれ、天井には魔法の照明が設置されている。普段は冒険者たちの練習に使われる場所だが、今日は決闘の舞台となった。
観客席には多くの冒険者たちが集まっている。《勇者》対《観察》の異例の対決に、皆興味津々だった。
「大丈夫ですか、ミナト?」
セリスが心配そうに尋ねた。
「正直、不安です」
ミナトは戦闘用の軽装備に身を包んでいたが、武器は短剣一本だけだった。
「でも、やるしかありません」
「無理はしないでください」
レックスが忠告した。
「カイルの実力は本物です。《勇者》スキルの戦闘能力は圧倒的です」
「分かっています」
ミナトは《観察》スキルでカイルを分析していた。確かに、戦闘能力は桁違いだ。しかし、同時に弱点も見えてきた。
「傲慢さが弱点になるかもしれません」
「どういうことですか?」
「カイルは僕を完全に見下しています。そのため、油断や隙が生まれる可能性があります」
「なるほど」
「それに、《観察》スキルで相手の動きを予測できれば、回避に専念することはできるかもしれません」
勝つことは困難でも、負けない方法はあるかもしれない。
「では、決闘を開始します」
審判役のギルド職員が宣言した。
「制限時間は10分。どちらかが戦闘不能になるか、降参した時点で決着とします」
カイルは自信満々の表情で剣を構えた。《勇者》スキルの効果で、その剣は淡い光を放っている。
「せいぜい楽しませてくれよ、最弱」
「始め!」
審判の合図と共に、決闘が開始された。
カイルは最初から全力で攻撃してきた。《勇者》スキルによる超人的な速度と力で、容赦なく剣を振るってくる。
ミナトは《観察》スキルで相手の動きを予測し、必死に回避した。新しい装備の《敏捷性向上の指輪》の効果もあり、何とか致命的な攻撃を避けることができている。
しかし、攻撃する手段がない。短剣でカイルに攻撃を仕掛けても、《勇者》スキルの防御力で弾かれてしまう。
「どうした?攻撃してこないのか?」
カイルが嘲笑しながら攻撃を続けた。
「やっぱり最弱は最弱だな」
ミナトは《観察》スキルで周囲の環境を詳しく調べた。訓練場の構造、床の材質、壁の配置。何か利用できるものはないか。
すると、訓練場の床に興味深い発見があった。
「魔法の訓練用に、床に増幅回路が組み込まれています」
「増幅回路?」
「魔法の威力を高めるための装置です。特定の場所で魔法を使うと、効果が増大します」
しかし、ミナトは魔法を使えない。この発見をどう活用するか。
その時、カイルが大技を仕掛けてきた。
「《雷光剣》!」
《勇者》スキルの必殺技で、剣に雷の力を纏わせた強力な攻撃だった。
ミナトは《観察》スキルで攻撃の軌道を予測し、増幅回路の上に誘導した。
雷の力が増幅回路と反応し、予想以上の爆発が起きた。
「何?」
カイルが困惑する間に、ミナトは反撃のチャンスを得た。
爆発の煙の中で、ミナトは《観察》スキルを最大限に活用した。
カイルの位置、体勢、次の行動パターン。すべてを詳細に分析し、最適な行動を選択する。
煙が晴れると、ミナトはカイルの死角に回り込んでいた。
「なぜそこに?」
カイルが驚いた。《観察》スキルによる精密な位置予測は、《勇者》スキルでも対応困難だった。
ミナトは短剣でカイルの急所を狙ったが、やはり《勇者》スキルの防御力で阻まれた。
「無駄だ!」
カイルが反撃してくる。しかし、今度はミナトが先手を取っていた。
《観察》スキルで攻撃パターンを完全に読み切り、最小限の動きで回避している。まるでカイルの動きを事前に知っているかのような完璧な回避だった。
「どうして俺の攻撃が当たらない?」
カイルが苛立ち始めた。
「《勇者》スキルの俺が、なぜ最弱ごときに…」
その苛立ちが、さらなる隙を生んだ。冷静さを失ったカイルの攻撃パターンは単調になり、《観察》スキルで読みやすくなっている。
ミナトは訓練場の地形を利用して、カイルを巧妙に誘導した。壁際に追い込み、行動の選択肢を限定させる。
「《雷光連撃》!」
カイルが連続攻撃を仕掛けてきたが、ミナトは既にその動きを予測していた。
攻撃の隙を突いて、ミナトは短剣でカイルの武器の握りを狙った。完璧なタイミングで手首を攻撃し、カイルの剣を弾き飛ばした。
「なっ!」
武器を失ったカイルは、一瞬動きを止めた。その隙に、ミナトは短剣をカイルの喉元に突きつけた。
「勝負あり」
審判が決着を宣言した。
訓練場が静寂に包まれた。誰もが信じられない光景を目にしていた。
最弱スキルの《観察》が、最強の《勇者》を倒したのだ。
「馬鹿な…」
カイルが呆然とした。
「俺が負けるなんて…ありえない…」
「《観察》スキルは戦闘でも有効だったということですね」
ミナトが短剣を下ろした。
「相手の動きを完全に予測できれば、回避と反撃が可能です」
観客席からどよめきが起こった。
「まさか本当に勝つなんて」
「《観察》スキルって、こんなに強かったのか」
「戦闘の概念が変わるな」
しかし、カイルは現実を受け入れられずにいた。
「認めない…俺は認めない…」
「カイル…」
エミリアが心配そうに近づいてきたが、カイルは突き飛ばした。
「離れろ!俺は勇者だ!最弱なんかに負けるはずがない!」
カイルは錯乱状態になっていた。
決闘後、カイルは姿を消した。
《雷光の剣》の他のメンバーが探したが、どこにも見つからない。エミリアは涙を流しながら心配していた。
「カイルの心が壊れてしまったみたい」
「大丈夫です。時間が解決してくれるでしょう」
ミナトは慰めたが、実際は不安だった。カイルの様子は尋常ではなかった。
「俺たちの勝利が、あいつを追い詰めてしまったのかもしれない」
レックスが自責した。
「そんなことありません」
セリスが否定した。
「カイルの問題は、彼自身の傲慢さです。いつかは直面しなければならない現実でした」
確かに、カイルの傲慢さは以前から問題だった。今回の件で、それが表面化しただけかもしれない。
「でも、僕たちにも責任があります」
ミナトが言った。
「もっと上手に関係を築けたかもしれません」
「ミナトさんは悪くありません」
エミリアが涙を拭きながら言った。
「カイルが変わってしまったのは、最近の成功で調子に乗ったからです」
「それでも…」
その時、ギルドの職員が駆け寄ってきた。
「大変です!《雷光の剣》のカイル・ロンドが、単独で危険な依頼を受けてしまいました」
「危険な依頼?」
「《魔物の巣窟討伐》です。Aランクの依頼で、通常はパーティでなければ受けられません」
「そんな無茶な…」
エミリアが青ざめた。
「カイルは一人で行ってしまったんですか?」
「はい。『勇者の実力を証明する』と言って…」
事態は深刻だった。Aランクの依頼を一人で受けるなど、自殺行為に等しい。
「場所はどこですか?」
「『死の森』の奥にある『魔狼の洞窟』です」
死の森は王都から北に100キロほど離れた危険地帯で、高レベルの魔物が多数生息している。魔狼の洞窟は、その中でも特に危険な場所だった。
「急いで追いかけましょう」
ミナトが立ち上がった。
「でも、危険すぎます」
「放っておけません。カイルがこうなったのは、僕との決闘がきっかけです」
「ミナト…」
「皆さん、一緒に来てもらえませんか?」
ミナトは《雷光の剣》の残りのメンバーに頼んだ。
「《蒼き観察者》と《雷光の剣》で連携して、カイルを救出しましょう」
「お願いします」
エミリアが頭を下げた。
「カイルを助けてください」
急遽編成された救援パーティは、死の森に向かった。
《蒼き観察者》の3名と《雷光の剣》の3名、合計6名での緊急ミッションだった。
「カイルはどのくらい前に出発したんですか?」
「3時間ほど前です」
エミリアが答えた。
「馬で向かえば、2時間ほどで死の森に到着するはずです」
「急げば追いつけるかもしれませんね」
一行は馬を駆って死の森に向かった。道中、ミナトは《観察》スキルで周囲を警戒している。
「魔物の気配が強くなってきました」
「ここからが死の森の入り口ですね」
森の中は薄暗く、不気味な雰囲気が漂っていた。木々の間から赤い目光が時折見え、魔物たちの唸り声が聞こえてくる。
「カイルの痕跡を探してみます」
ミナトは《観察》スキルで地面を調べた。馬の蹄跡、踏み荒らされた草、折れた枝。カイルが通った痕跡を辿ることができる。
「この方向です」
一行はカイルの痕跡を追って森の奥に進んだ。途中、数匹の魔物に襲われたが、6人の連携で難なく撃退した。
そして、ついに魔狼の洞窟に到達した。
洞窟の入り口は薄暗く、奥から低い唸り声が聞こえてくる。地面には戦闘の痕跡があり、カイルが既に魔物と戦ったことが分かった。
「カイルは中にいるようです」
「生きていますか?」
「分かりません。でも、戦闘音は聞こえないので…」
不安な予感が胸をよぎった。
「急いで中に入りましょう」
洞窟の内部は複雑に入り組んでおり、まさに迷宮のようだった。ミナトの《観察》スキルで道を見失わないよう、慎重に進んでいく。
途中、魔狼の群れに遭遇したが、これも連携で撃退した。しかし、カイルの姿は見つからない。
「奥の方に何かあります」
ミナトが異常を感知した。
「強い魔法の反応です。戦闘が行われているようです」
一行は急いで奥に向かった。
洞窟の最深部で、ついにカイルを発見した。
しかし、その状況は絶望的だった。カイルは巨大な魔狼の王——フェンリスに追い詰められていた。
フェンリスは体長5メートルの巨大な狼で、炎を吐く能力を持つAランクの魔物だった。その圧倒的な力に、カイルは満身創痍で立っているのがやっとの状態だった。
「カイル!」
エミリアが叫んだ。
「皆…なぜここに…」
カイルが驚いた表情を見せた。しかし、その隙にフェンリスが攻撃を仕掛けてきた。
「危ない!」
レックスの矢がフェンリスに命中し、攻撃を逸らした。
「連携します!」
セリスが《氷結魔法》でフェンリスの動きを鈍らせ、《雷光の剣》のメンバーが攻撃を仕掛けた。
しかし、フェンリスは予想以上に強敵だった。6人の連携攻撃も、なかなか効果的なダメージを与えられない。
「《観察》スキルで弱点を調べます」
ミナトはフェンリスを詳しく分析した。巨大な体、強固な毛皮、鋭い牙と爪。しかし、必ず弱点はあるはずだ。
「首の付け根に古い傷があります。そこが弱点のようです」
「分かりました」
レックスが弱点を狙って射撃したが、フェンリスの動きが素早く、正確に命中させるのは困難だった。
「動きを止める必要があります」
「どうやって?」
ミナトは洞窟の構造を詳しく調べた。天井、壁、床。何か利用できるものはないか。
「天井に大きな岩が不安定に吊り下がっています。あれを落とせば、フェンリスの動きを封じることができるかもしれません」
「でも、どうやって?」
「魔法で岩の支えを破壊します。タイミングを合わせてフェンリスを誘導してください」
「分かりました」
セリスが《風魔法》で天井の岩を狙った。同時に、他のメンバーがフェンリスを岩の真下に誘導する。
「今です!」
ミナトの合図で、巨大な岩がフェンリスの上に落下した。完全に下敷きになったわけではないが、フェンリスの動きが大幅に制限された。
「今がチャンス!弱点を狙ってください!」
レックスの矢が正確にフェンリスの首の付け根を射抜いた。セリスの《火炎魔法》が追撃し、《雷光の剣》のメンバーも必殺技を放った。
ついに、強敵フェンリスが倒れた。
「やったぞ!」
しかし、カイルは複雑な表情をしていた。
「また…またお前らに助けられた…」
「当然です。仲間じゃないですか」
ミナトが微笑んだ。
「僕たちはライバルかもしれませんが、敵ではありません」
「ライバル?」
「はい。お互いに切磋琢磨して、共に成長していく関係です」
カイルは沈黙していた。しばらくして、ようやく口を開いた。
「俺は…間違っていた」
「カイル…」
「勇者だからって、他の人を見下していいわけじゃない。お前の《観察》スキルは、確かに凄い能力だ」
カイルが頭を下げた。
「すまなかった、ミナト。俺の傲慢さで、皆に迷惑をかけた」
「もう終わったことです」
ミナトがカイルの肩を叩いた。
「これからは協力していきましょう」
洞窟から脱出した一行は、死の森の入り口で休息を取った。
カイルの怪我をエミリアが治療し、皆で今回の件について話し合った。
「俺、本当に馬鹿だったな」
カイルが反省していた。
「勇者だからって、何でも一人でできると思い込んでいた」
「チームワークの大切さを再認識しましたね」
セリスが言った。
「一人一人の能力は限られていても、協力すればより大きな力を発揮できます」
「そうですね」
レックスも同意した。
「俺も最初はミナトの《観察》スキルを軽視していました。でも、今では不可欠な能力だと理解しています」
「皆さん、ありがとうございます」
ミナトは感謝していた。
「僕も皆さんから多くのことを学びました」
「これからは《雷光の剣》と《蒼き観察者》で協力していこう」
カイルが提案した。
「お互いの得意分野を活かして、より困難な依頼に挑戦しよう」
「良いアイデアですね」
エミリアが賛成した。
「私も皆さんと一緒に冒険したいです」
こうして、二つのパーティは協力関係を築くことになった。
王都に戻ると、フェンリス討伐の報告と共に、カイルとミナトの和解が話題になった。
「《勇者》と《観察》の協力」「最強と最弱の友情」「新しい冒険者の在り方」
様々な記事が新聞に掲載され、多くの冒険者たちに影響を与えた。
一週間後、ミナトは再び『王都の星亭』の個室にいた。
机の上には、新しい依頼書が置かれている。《古代遺跡群の総合調査》。規模の大きな長期プロジェクトで、複数のパーティが協力して行う調査だった。
「いよいよ本格的な協力ミッションですね」
セリスが言った。
「《雷光の剣》との連携が試されます」
「大丈夫でしょう」
レックスが自信を見せた。
「カイルも変わったし、お互いの能力を理解し合えています」
その時、部屋のドアがノックされた。
「入ってます」
扉を開けると、カイルとエミリアが立っていた。しかし、カイルの表情は以前とは明らかに違っていた。傲慢さは消え、代わりに謙虚さと決意が感じられる。
「ミナト、今回の依頼についてだが」
「はい」
「俺たちだけでは限界がある。君の《観察》スキルが必要だ」
カイルが率直に認めた。
「お互いの得意分野を活かして、最高のチームを作ろう」
「ええ、もちろんです」
ミナトは微笑んだ。
「皆で協力すれば、どんな困難も乗り越えられます」
「それと…」
カイルが少し照れくさそうに言った。
「君から学ぶことがたくさんある。《観察》の技術を教えてもらえないか?」
「もちろんです」
ミナトは嬉しかった。ライバルであり仲間でもあるカイルと、ついに真の協力関係を築くことができた。
「では、明日から新しい冒険の始まりですね」
エミリアが明るく言った。
「楽しみです」
その夜、ミナトは窓の外の星空を見上げながら考えていた。
『最弱スキルから始まった僕の冒険も、ここまで来たんだな』
《観察》スキルは確かに地味で、一見すると戦闘には向かない。しかし、使い方次第では他の誰にも真似できない価値を発揮する。
そして何より、仲間たちとの絆を深めることができた。セリス、レックス、そして今ではカイルたちとも。
『これからもっと大きな冒険が待っている』
ミナトは新たな決意を抱いていた。《観察》スキルを極めて、仲間たちと共にこの世界の謎を解き明かしていく。
しかし、ミナトはまだ知らない。この世界には、《観察》スキルでしか見ることのできない、隠された真実があることを。
そして、やがて彼の前に現れる真の敵——魔王ゼル・エンブリオは、「観測されない限り存在しない」特殊な魔王だということを。
最弱と呼ばれたスキルが、実は世界を救う唯一の希望だったのだ。
翌朝、《蒼き観察者》と《雷光の剣》の合同チームは、新たな依頼に向けて出発した。
古代遺跡群『エターナルサークル』の総合調査。五つの遺跡が円形に配置された謎の遺跡群で、これまで多くの学者や冒険者が挑戦したが、完全な解明には至っていない。
「それぞれの遺跡には異なる謎があります」
依頼説明を受けながら、ミナトは《観察》スキルで資料を詳しく調べていた。
「第一遺跡は『時の神殿』、第二遺跡は『空の塔』、第三遺跡は『地の迷宮』、第四遺跡は『水の洞窟』、第五遺跡は『火の祭壇』」
「五つの属性に対応しているんですね」
セリスが分析した。
「古代五元素理論に基づいた配置のようです」
「問題は、これまでの調査で第三遺跡までしか攻略されていないことです」
レックスが地図を指差した。
「第四、第五遺跡は謎に満ちています」
「だからこそ、僕たちの出番ですね」
カイルが自信を見せた。
「《雷光の剣》の戦闘力と《蒼き観察者》の調査能力を合わせれば、必ず謎を解けるはずです」
六人のチームは遺跡群に向かった。
道中、ミナトとカイルは並んで歩きながら会話していた。
「ミナト、《観察》スキルについて教えてくれ」
「どんなことを知りたいですか?」
「基本的な使い方から、応用技術まで全部だ」
カイルの学習意欲は本物だった。
「《観察》スキルは、対象を詳しく分析する能力です。物理的な特徴だけでなく、魔法的な性質や隠された情報まで読み取ることができます」
「隠された情報?」
「はい。例えば、魔物の弱点、罠の仕組み、古代文字の意味、人の心理状態など」
「すごいな。それは確かに戦略的に重要な能力だ」
「ただし、集中力と経験が必要です。最初は簡単な対象から始めて、徐々に複雑なものに挑戦していくのが良いでしょう」
カイルは真剣にメモを取っていた。
「俺も《観察》の技術を身につけたい。戦闘だけでなく、総合的な冒険者になりたいんだ」
「きっとできますよ。カイルさんは学習能力が高いですから」
二人の会話を聞いて、エミリアが微笑んだ。
「カイルが変わったのは、ミナトさんのおかげですね」
「いえ、カイルさん自身の努力です」
「でも、ミナトさんが示してくれた《観察》スキルの価値が、カイルの考えを変えたんです」
確かに、今回の対立と和解を通じて、両者は大きく成長していた。
エターナルサークルに到着した一行は、まず全体の構造を把握することにした。
「五つの遺跡が正確な円形に配置されています」
ミナトが《観察》スキルで全体を分析した。
「中央には何もありませんが、微細な魔法の流れがあります」
「魔法の流れ?」
「五つの遺跡から中央に向かって、エネルギーが集束しているようです」
「つまり、五つの遺跡をすべて攻略すれば、中央で何かが起こるということですね」
セリスが推理した。
「それが最終的な謎の答えかもしれません」
「では、順番に攻略していきましょう」
カイルが指揮を取った。
「第一遺跡の『時の神殿』から始めます」
時の神殿は既に攻略済みだったが、念のため再調査を行った。ミナトの《観察》スキルで、これまで見落とされていた細かい情報を収集する。
「時間に関する古代魔法の痕跡があります」
「どのような魔法ですか?」
「時間の流れを操作する魔法のようです。過去、現在、未来を観測する能力も含まれているようです」
興味深い発見だった。
第二遺跡の『空の塔』では、浮遊魔法と飛行技術に関する古代知識が発見された。第三遺跡の『地の迷宮』では、大地を操る魔法と建築技術の秘密が明らかになった。
そして、いよいよ未踏の第四遺跡『水の洞窟』に挑戦することになった。
「ここからが本番ですね」
「気を引き締めていきましょう」
六人のチームは、新たな謎に満ちた遺跡に足を踏み入れた。
水の洞窟は地下に広がる巨大な空間で、清らかな地下水が流れている。しかし、その美しさの裏には、複雑な仕掛けと危険が隠されていた。
「ミナト、《観察》スキルで何か分かるか?」
「水の流れに魔法的な制御が加えられています。単なる自然の洞窟ではありません」
「どんな仕掛けがあるのでしょう?」
「水位の変化、流れの方向の変更、温度の調節。様々な仕掛けが組み込まれているようです」
第四遺跡の攻略は、これまでで最も困難な挑戦となりそうだった。
しかし、《勇者》と《観察》が協力すれば、きっと謎を解くことができるはずだ。
新たな冒険の始まりに、六人は希望に満ちていた。
第6話 終