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第5話:陰謀の影

石の迷宮攻略から一週間が経った。


ミナトは『王都の星亭』の個室で、朝の光を浴びながら新しい装備を確認していた。ダンジョンで手に入れた《観察の指輪》と《知力向上のアミュレット》は、《観察》スキルの精度を格段に向上させていた。


細かい部分まで見える範囲が広がり、魔法的な痕跡や隠された情報まで読み取れるようになっている。まるで世界が高解像度になったような感覚だった。


「おはようございます、ミナトさん」


部屋のドアがノックされ、セリスの声が聞こえた。


「おはようございます。どうぞ」


扉を開けると、セリスとレックスが立っていた。しかし、二人の表情はいつもより深刻に見える。


「どうかしましたか?」


「実は、少し気になる情報があるんです」


セリスが部屋に入りながら言った。


「王都で不審な動きがあるという話を聞きました」


「不審な動き?」


三人は部屋の中央のテーブルに座った。レックスがバックパックから地図と資料を取り出す。


「最近、王都の各地で魔族の目撃情報が増えているんだ」


レックスが説明した。


「といっても、攻撃的な魔族ではない。むしろ、こっそりと何かを調査しているような行動パターンだ」


「調査?」


「ええ。王城周辺、魔法研究所、ギルド本部、重要な神殿。どれも王国の中枢に関わる場所ばかりです」


セリスが地図に印をつけながら説明した。


「私の元同僚から聞いた話では、魔法研究所でも最近、機密文書の管理が厳しくなっているそうです」


ミナトは地図を見つめた。確かに、印をつけられた場所には一定のパターンがある。


「何かの前兆でしょうか?」


「可能性があります。魔族が王都の情報収集をしているとすれば、何らかの計画があると考えられます」


「でも、なぜ僕たちがそのことを?」


「実は、ギルドから非公式の調査依頼があったんです」


レックスが説明した。


「表向きは《王都周辺の魔物生態調査》という名目ですが、実際は魔族の動向調査です」


「報酬は?」


「金貨5枚。ただし、極秘任務のため、口外は厳禁です」


金貨5枚は高額だが、それ以上に内容が気になった。王都に迫る危険があるかもしれないのだ。


「やってみましょう」


ミナトは決断した。


「《観察》スキルなら、普通では気づかない手がかりも発見できるかもしれません」


「それでは、今日から調査を開始しましょう」


セリスが立ち上がった。


「まずは目撃情報の多い王城周辺から調べてみます」


王城は王都の中央に位置する巨大な建造物だった。


高い城壁に囲まれ、四つの角に監視塔が立っている。城門では王国騎士団の兵士が厳重な警備を行っており、一般市民は近づくことすら困難だった。


しかし、三人は冒険者として正当な理由があれば、城の周辺を調査することは可能だった。


「魔物生態調査の許可証です」


レックスが城門の衛兵に書類を見せた。


「《蒼き観察者》パーティによる調査活動です」


「分かりました。ただし、城壁から50メートル以内には近づかないでください」


衛兵が許可を出した。


三人は王城の周囲を調査し始めた。ミナトは《観察》スキルを最大限に使って、魔族の痕跡を探している。


「何か見つかりますか?」


「今のところ…あ、待ってください」


ミナトは城の北東角で異常を発見した。


「ここに魔法的な痕跡があります」


地面に目を凝らすと、普通では見えない魔法の残滓があった。新しい装備のおかげで、より微細な魔法の痕跡まで感知できるようになっている。


「どんな痕跡ですか?」


「転移魔法の跡のようです。誰かがここに魔法で移動してきて、またどこかに消えたようです」


「転移魔法?それは高度な魔法ですね」


セリスが眉をひそめた。


「一般的な魔族では使えない技術です」


「つまり、相当な実力者が王城周辺に侵入していたということですね」


レックスが警戒心を強めた。


ミナトは更に詳しく痕跡を調べた。《観察》スキルで魔法の残滓を分析すると、興味深いことが分かった。


「この魔法には、特殊な『隠蔽』の効果が付加されています」


「隠蔽?」


「はい。通常の警備や魔法的な探知をすり抜けるための技術のようです」


「それは…かなり高度な技術ですね」


セリスが驚いた。


「王国の魔法研究所でも、そこまで精密な隠蔽魔法は研究段階です」


「ということは、魔族の中にも相当な魔法使いがいるということか」


レックスが分析した。


三人は王城周辺の調査を続けた。他にも数カ所で転移魔法の痕跡を発見したが、どれも同じ技術によるものだった。


「同一人物の仕業のようですね」


「ええ。しかも、かなり計画的に行動しています」


調査を続けていると、城の西側で新たな発見があった。


「あそこに何かあります」


ミナトが指差した先には、城壁の影になった場所に小さな紙切れが落ちていた。


「魔族が落としたものでしょうか?」


セリスが紙を拾い上げて調べた。


「古代魔族語で書かれています。『計画順調、次の標的は研究所』と書かれているようです」


「研究所?魔法研究所のことですか?」


「おそらくそうでしょう。私の元職場が狙われているかもしれません」


セリスの表情が険しくなった。


「急いで研究所に向かいましょう」


王国魔法研究所は王都の学術地区にある巨大な建物だった。


五階建ての石造建築で、屋上には魔法実験用の塔がいくつも立っている。建物全体が魔法的な結界で守られており、許可のない者は立ち入ることができない。


「セリスさんの元職場ですね」


「ええ。ここで5年間、魔法理論の研究をしていました」


セリスは複雑な表情を見せた。


「今でも、研究所の仲間たちのことは心配しています」


研究所の正面入り口には警備員が立っており、出入りする研究者たちをチェックしている。しかし、三人は研究者ではないため、内部に入ることはできない。


「外周から調査しましょう」


レックスが提案した。


三人は研究所の周囲を調べ始めた。ミナトは《観察》スキルで魔族の痕跡を探している。


「ここでも転移魔法の痕跡があります」


研究所の裏手で、再び魔法の残滓を発見した。しかも、今度は複数の痕跡があった。


「複数の魔族がここに現れたようです」


「何人くらいでしょうか?」


「3、4人といったところでしょうか。しかも、かなり最近の痕跡です」


「最近?」


「はい。おそらく昨夜から今朝にかけてです」


セリスが不安そうな顔をした。


「研究所の警備は厳重なはずなのに、なぜ気づかれなかったのでしょう?」


「隠蔽魔法の効果でしょう。かなり高度な技術です」


その時、研究所の建物から人が出てきた。白衣を着た研究者で、慌てた様子で走っている。


「あれは…マーカス博士!」


セリスが知人を見つけた。


「私の元同僚です。何かあったのかもしれません」


セリスはマーカス博士に声をかけた。


「マーカス博士!」


「セリス?君はもう研究所にはいないはずだが…」


マーカス博士は驚いた表情を見せた。六十代の老学者で、長年魔法理論の研究を続けている人物だった。


「今は冒険者をしています。実は、魔族の調査をしているのですが…」


「魔族?」


マーカス博士の顔が青ざめた。


「実は、今朝、研究所で大変なことが起きたんだ」


「何があったんですか?」


「機密研究室から重要な資料が盗まれたんだ。しかも、警備システムには一切痕跡が残っていない」


「盗まれた資料とは?」


「『魔王復活に関する古代文献』の写本だ」


三人は顔を見合わせた。魔王復活という言葉に、不吉な予感を感じる。


「詳しく聞かせてもらえませんか?」


「ここでは話せない。場所を変えよう」


三人はマーカス博士と共に、研究所近くの喫茶店『賢者の珈琲』に移動した。


学術地区にある店だけに、客層も研究者や学者が中心で、静かで落ち着いた雰囲気があった。


「盗まれた文献について、詳しく教えてください」


セリスが尋ねた。


「『魔王復活に関する古代文献』は、約1000年前の魔王戦争時代の記録だ」


マーカス博士が説明した。


「魔王がどのような方法で復活するのか、その条件や儀式について詳細に記されている」


「なぜそんな危険な文献を研究していたんですか?」


「魔王の復活を防ぐためだよ。敵を知らずして対策は立てられない」


確かに、それは理にかなった話だった。


「しかし、その文献が魔族の手に渡ったとすれば…」


「魔王復活の手がかりを与えてしまったことになります」


レックスが深刻な表情で言った。


「他に盗まれたものはありませんか?」


ミナトが尋ねた。


「『聖なる封印の理論』という文献も一緒に盗まれた。魔王を封印するための魔法理論についての研究資料だ」


「復活の方法と封印の方法、両方ですか?」


「そうだ。これで魔族は、魔王を復活させる方法と、それを阻止する方法の両方を知ったことになる」


状況は予想以上に深刻だった。


「研究所の警備はどうなっていたんですか?」


「それが不思議なんだ。警備魔法、監視装置、警備員。全ての防御システムが正常に作動していたにも関わらず、侵入の痕跡が一切ない」


「内部の人間による犯行の可能性は?」


「それも調べたが、機密研究室にアクセスできる人員は限られている。全員にアリバイがあった」


セリスが考え込んでいた。


「マーカス博士、最近の研究所内の政治的な状況はいかがですか?」


「相変わらず軍事利用派と平和利用派の対立が続いている。むしろ、対立は激化しているとも言える」


「軍事利用派が主導権を握りつつあるのですか?」


「そうだ。最近、王国上層部から軍事的な魔法研究への予算が大幅に増額された」


ミナトは《観察》スキルでマーカス博士を詳しく見た。嘘をついている様子はない。本当に心配している表情だった。


「魔族の狙いについて、何か心当たりはありませんか?」


「一つ可能性があるとすれば…」


マーカス博士が声を潜めた。


「3日後に『魔法学会の年次総会』が開催される。王国の魔法研究者が一堂に会する重要な会議だ」


「それがどう関係するのですか?」


「総会では、今年度の重要な研究成果が発表される。その中に、『新たな封印技術の開発』という発表も含まれている」


「新たな封印技術?」


「魔王を永続的に封印するための、革新的な魔法技術だ。もしこれが完成すれば、魔王の復活は二度と不可能になる」


つまり、魔族にとっては絶対に阻止したい技術ということだった。


「総会で何かが起こる可能性があるということですね」


「その通りだ。しかも、総会には王国の重要人物も多数参加する予定だ」


状況は予想以上に複雑で危険だった。


喫茶店を出た三人は、緊急作戦会議を開いた。


「魔族の目的が見えてきましたね」


セリスが分析した。


「魔王復活の方法を知り、それを阻止する新技術を破壊する。魔法学会の総会が狙われる可能性が高いです」


「問題は、どう対処するかだ」


レックスが言った。


「俺たちだけでは荷が重すぎる。王国騎士団や他の冒険者との連携が必要だ」


「でも、証拠がないのが問題です」


ミナトが指摘した。


「転移魔法の痕跡や盗まれた文献だけでは、総会襲撃の確証とは言えません」


「それに、研究所内の政治的対立もあります」


セリスが補足した。


「軍事利用派の中に、この状況を利用して平和利用派を排除しようと考える人がいるかもしれません」


複雑な政治状況が、事態を更に困難にしていた。


「まずは、より確実な証拠を集めましょう」


ミナトが提案した。


「《観察》スキルで、魔族の行動パターンを詳しく調べてみます」


「どうやって?」


「転移魔法の痕跡を辿って、魔族の移動ルートを特定するんです。そうすれば、次の行動も予測できるかもしれません」


三人は王都の各地を回り、魔族の痕跡を詳しく調査した。王城、魔法研究所、ギルド本部、重要な神殿。それぞれの場所で転移魔法の痕跡を発見し、時系列で整理していく。


「パターンが見えてきました」


ミナトが地図に線を引きながら説明した。


「魔族は王都の重要施設を順番に調査しています。最初は王城、次に研究所、そして…」


「次は?」


「おそらく『聖光大神殿』です」


聖光大神殿は王都最大の神殿で、王国の宗教的中心地だった。重要な儀式や国家行事が行われる場所でもある。


「神殿に何があるのでしょうか?」


「神殿には『聖なる封印石』が保管されています」


セリスが説明した。


「古代から伝わる神聖な石で、魔王を封印するための重要なアイテムの一つです」


「つまり、魔族は封印石を狙っている可能性がある」


「そういうことになります」


三人は急いで聖光大神殿に向かった。


聖光大神殿は王都の宗教地区にそびえ立つ巨大な建造物だった。


白い大理石で作られた美しい建物で、高さ50メートルの尖塔が天に向かって伸びている。正面には巨大なステンドグラスがあり、陽光を受けて美しく輝いていた。


神殿の周囲には多くの信者が祈りを捧げており、神聖で平和な雰囲気が漂っている。とても魔族が侵入するような場所には見えなかった。


「ここでも調査してみましょう」


三人は神殿の周囲を調べ始めた。ミナトは《観察》スキルで魔法の痕跡を探している。


「ここでも転移魔法の痕跡があります」


神殿の裏手で、予想通り魔族の痕跡を発見した。


「しかも、これは今夜のもののようです」


「今夜?」


「はい。おそらく数時間以内の痕跡です」


つまり、魔族は既に神殿に侵入している可能性があった。


「急いで神殿内部を調べる必要があります」


「でも、どうやって?」


神殿内部に入るには、正当な理由が必要だった。


「私が交渉してみます」


セリスが神殿の入り口に向かった。


「魔法研究所の元研究員として、学術的な調査の許可をもらいます」


しばらくして、セリスが戻ってきた。


「大司祭様が会ってくださることになりました」


三人は神殿内部に案内された。内部は外観以上に荘厳で、高い天井に美しい装飾が施されている。祭壇の前には『聖なる封印石』が安置されており、神聖な光を放っていた。


「ようこそ、聖光大神殿へ」


現れたのは七十代の温厚そうな老人だった。大司祭マクシミリアンという名前で、長年神殿を守ってきた人物だった。


「セリス様から、魔族の調査をされているとお聞きしました」


「はい。王都で魔族の不審な活動があることを確認しています」


「それは心配ですね。神殿の警備は万全ですが、念のため確認させていただきましょう」


大司祭の案内で、三人は神殿内部を調査した。ミナトは《観察》スキルで魔法の痕跡を探している。


そして、祭壇の周辺で異常を発見した。


「ここに隠蔽魔法の痕跡があります」


「隠蔽魔法?」


「はい。何者かが祭壇に近づき、『聖なる封印石』を詳しく調べたようです」


大司祭の顔が青ざめた。


「そんな…警備には細心の注意を払っていたのに」


「相当高度な隠蔽技術です。通常の警備では発見困難でしょう」


ミナトは更に詳しく痕跡を調べた。すると、恐ろしい事実が判明した。


「封印石に微細な魔法的干渉の跡があります」


「干渉?」


「はい。封印石の力を弱めるための工作が行われているようです」


「それは大変だ!」


大司祭が慌てた。


「封印石の力が弱まれば、魔王の封印も弱くなってしまいます」


事態は予想以上に深刻だった。魔族は既に魔王復活のための準備を進めているのだ。


「すぐに王国騎士団に報告しなければなりません」


大司祭が決断した。


「この事態は国家の危機です」


「でも、証拠が不十分では信じてもらえないかもしれません」


セリスが心配した。


「魔法の痕跡は、専門家でなければ理解困難です」


「それに、政治的な思惑も絡んでいるでしょう」


レックスが指摘した。


「研究所の軍事利用派が、この状況を利用する可能性もあります」


ミナトは考え込んでいた。証拠は確実にあるが、それを信じてもらうのは困難だ。しかも、時間がない。


「大司祭様、3日後の魔法学会総会には、どなたが参加される予定ですか?」


「王国の主要な魔法研究者、王族の方々、そして各国の使者も参加されます」


「つまり、王国の中枢人物が一堂に会する」


「そうです。もし総会で何かが起これば…」


想像するだけで恐ろしい結果だった。


「私たちだけでも、できる限りの対策を取りましょう」


ミナトが提案した。


「魔族の行動パターンを更に詳しく調査し、総会での襲撃を阻止する準備をします」


「でも、僕たちだけで大丈夫でしょうか?」


「他に方法がありません。時間がなさすぎます」


三人は神殿を出て、緊急の作戦会議を開いた。


「魔族の目的を整理しましょう」


セリスが言った。


「魔王復活の方法を知り、封印石を弱体化させ、新しい封印技術を阻止する。そのために総会を襲撃する可能性が高い」


「問題は、どこから襲撃してくるかです」


レックスが分析した。


「総会会場は厳重に警備されるでしょう。正面からの攻撃は困難です」


「転移魔法を使って内部に侵入する可能性が高いですね」


ミナトが《観察》スキルで考察した。


「これまでの痕跡から、魔族は転移魔法に長けています」


「でも、総会会場には転移防止の結界が張られるはずです」


「通常の転移防止結界では、あの隠蔽技術を阻止できないかもしれません」


状況は困難だが、諦めるわけにはいかなかった。


「明日と明後日で、できる限りの準備をしましょう」


「具体的には?」


「魔族の隠れ家を探し出し、襲撃計画の詳細を把握します」


ミナトは決意を固めた。


「《観察》スキルを使って、必ず手がかりを見つけてみせます」


翌日、三人は王都の隅々まで調査した。


ミナトの《観察》スキルで転移魔法の痕跡を辿り、魔族の移動ルートを詳細に把握していく。新しい装備のおかげで、より微細な魔法の痕跡まで感知できるようになっていた。


「魔族の拠点らしき場所を発見しました」


王都の外れにある廃屋で、強い魔法の痕跡を発見した。


「複数の魔族がここを根城にしているようです」


「潜入調査しますか?」


「危険すぎます。まずは外部から観察しましょう」


ミナトは《観察》スキルで廃屋の内部を調べた。新しい装備により、建物の壁を透過して内部を見ることができるようになっていた。


「4名の魔族がいます。そのうち一人は相当な実力者のようです」


「指揮官クラスですね」


「それと…何か重要な資料を検討しているようです」


「総会の襲撃計画でしょうか?」


「可能性があります。もう少し詳しく調べてみます」


ミナトは《観察》スキルを集中させた。すると、魔族たちが話している内容の一部が読み取れた。


「『明日の夜、最終準備』『転移ポイントは予定通り』『封印阻止作戦開始』という言葉が聞こえます」


「やはり総会を狙っているのですね」


「詳細な計画を知る必要があります」


「でも、どうやって?」


その時、廃屋から一人の魔族が出てきた。フードを深くかぶった人影で、手に何かの書類を持っている。


「あの魔族を尾行してみましょう」


三人は慎重に魔族を尾行した。ミナトの《観察》スキルで相手に気づかれないよう、適切な距離を保っている。


魔族は王都の商業地区を抜け、最終的に『古書店エルドリッチ』という店に入っていった。


「古書店?」


「何か怪しいですね」


三人は店の外から様子を伺った。ミナトが《観察》スキルで店内を調べると、興味深いことが分かった。


「店の奥に秘密の部屋があります。そこで魔族と人間が会話しているようです」


「人間?」


「はい。王国の人間のようです」


「内通者がいるということですか?」


「可能性があります」


状況は予想以上に複雑だった。魔族だけでなく、王国内部にも協力者がいる可能性がある。


「会話の内容を聞き取れませんか?」


ミナトは《観察》スキルを最大限に集中させた。新しい装備の力も借りて、音声の読唇術を試みる。


「『総会での新技術発表を阻止する』『研究者たちを一網打尽にする』『魔王復活への最後の障害を除去する』」


「やはり総会が狙いですね」


「それに、人質を取る計画もあるようです」


事態は予想以上に深刻だった。


古書店での監視を続けていると、重要な情報を得ることができた。


「明日の夜、総会会場の地下に転移ポイントを設置する計画のようです」


ミナトが重要な情報を読み取った。


「地下から侵入する作戦ですね」


「それに、内通者が会場の警備配置を教えているようです」


「誰が内通者なのでしょうか?」


「顔は見えませんが、魔法研究所の関係者のようです」


セリスの表情が暗くなった。


「やはり研究所内部に裏切り者がいるのですね」


その時、古書店から魔族と人間が出てきた。人間の方はフードを深くかぶって顔を隠しているが、体格や歩き方から中年男性であることが分かる。


「尾行してみましょう」


しかし、二人は別々の方向に分かれてしまった。


「どちらを追いますか?」


「人間の方を追いましょう。内通者の正体を知る必要があります」


三人は慎重に人間を尾行した。その人物は研究所の方向に向かって歩いている。


「やはり研究所の関係者ですね」


研究所の裏口に到着すると、その人物はカードキーで扉を開けて中に入っていった。


「研究所の職員で間違いありません」


「でも、正体が分からないのでは対処のしようがありません」


「明日の総会で何とかしましょう」


三人は一旦引き上げることにした。


総会前日の夜、三人は最終的な作戦会議を開いていた。


「魔族の計画は把握できました」


ミナトが整理した。


「明日の夜、地下から総会会場に侵入し、新技術の発表を阻止する。研究者たちを人質に取り、魔王復活への障害を除去する」


「私たちだけで阻止できるでしょうか?」


「正面からの戦闘は困難です」


レックスが分析した。


「相手は4名の魔族と内通者。こちらは3名。戦力的に不利です」


「戦闘ではなく、計画を事前に破綻させる方法を考えましょう」


セリスが提案した。


「転移ポイントの設置を阻止する、内通者を無力化する、警備を強化させる」


「問題は、まだ確証がないことです」


ミナトが指摘した。


「王国騎士団に報告しても、信じてもらえるかどうか…」


「それなら、現行犯で押さえるしかありません」


「現行犯?」


「魔族が転移ポイントを設置している瞬間を押さえて、証拠を確保するんです」


リスクは高いが、他に方法がなかった。


「分かりました。やってみましょう」


三人は深夜、総会会場である『王国学術会館』に向かった。


王国学術会館は王都の文教地区にある立派な建物だった。


明日の総会に備えて、既に厳重な警備が敷かれている。王国騎士団の兵士が巡回し、魔法的な結界も張られていた。


「警備は確かに厳重ですね」


「でも、地下は盲点かもしれません」


三人は会館の周囲を調査した。ミナトの《観察》スキルで、建物の構造と警備の配置を詳しく分析する。


「地下への入り口は正面の階段と、裏手の非常口の2箇所です」


「警備は?」


「正面は厳重ですが、裏手は手薄になっています」


「魔族もそこを狙うでしょうね」


三人は裏手の非常口付近で待機した。深夜2時頃、ついに異変が起きた。


「魔法の反応があります」


ミナトが《観察》スキルで感知した。


「転移魔法の兆候です」


「ついに来ましたね」


空間に歪みが生じ、4体の人影が現れた。魔族たちだった。


「あの中に指揮官クラスがいます」


「どれですか?」


「一番後ろの、杖を持った魔族です」


魔族たちは慎重に会館の地下に侵入していく。三人も後を追った。


地下は薄暗く、会館の設備や倉庫が並んでいる。魔族たちは総会会場の真下にあたる場所で作業を始めた。


「転移ポイントの設置を開始しているようです」


複雑な魔法陣を床に描き、魔法の石を配置している。完成すれば、明日の総会中に大量の魔族が転移してくることが可能になる。


「阻止しましょう」


「でも、4対3では…」


「大丈夫です。《観察》スキルで弱点を見つけます」


ミナトは魔族たちを詳しく分析した。すると、興味深いことが分かった。


「指揮官クラスの魔族が転移魔法陣の制御を担当しています。あの魔族を無力化すれば、魔法陣は機能停止するはずです」


「分かりました」


レックスが弓を構えた。


「合図と同時に指揮官を狙撃します」


「私は他の魔族を魔法で牽制します」


セリスも準備を整えた。


「ミナトさんは安全な場所で状況を分析してください」


「了解しました」


三人は息を合わせて攻撃を開始した。


レックスの矢が指揮官魔族の急所を正確に射抜いた。


「ぐあああ!」


指揮官が倒れると同時に、転移魔法陣の制御が失われた。魔法陣が不安定になり、配置されていた魔法石が次々と爆発している。


「魔法陣が暴走しています!」


セリスが《風魔法》で他の魔族を攻撃した。突然の奇襲に混乱した魔族たちは、統制を失って逃げ出そうとしている。


「逃がしてはいけません!」


ミナトが《観察》スキルで逃走ルートを予測した。


「北東の階段から逃げようとしています」


「待ち伏せしましょう」


レックスが先回りして弓で狙撃した。魔族の一体が矢に倒れる。


残りの魔族たちは転移魔法で逃走を図ったが、指揮官を失った状態では精密な転移は困難だった。セリスの妨害魔法もあり、2体の魔族の捕獲に成功した。


「やりましたね」


「でも、まだ終わりではありません」


ミナトが指摘した。


「内通者がまだいます。総会当日に別の妨害工作をする可能性があります」


「そうですね。明日の総会も警戒が必要です」


三人は王国騎士団に通報し、捕獲した魔族と破壊された転移魔法陣を証拠として提出した。


「よくやってくれた」


騎士団長のアルベルト・ハイムが感謝の言葉を述べた。


「君たちの功績により、大惨事を防ぐことができた」


「でも、まだ内通者の問題が残っています」


「それについても、捕獲した魔族から情報を得られるだろう」


翌日、魔法学会の総会は予定通り開催された。厳重な警備の中、王国の魔法研究者たちが一堂に会した。


「新たな封印技術の発表」も無事に行われ、魔王復活への対策が大きく前進した。


総会後、三人は特別功労者として王国から表彰された。


「《蒼き観察者》パーティの活躍により、王国の危機が回避されました」


国王自らが表彰状を授与してくれた。


「特にミナト・カワグチの《観察》スキルは、従来の概念を覆す素晴らしい能力でした」


「ありがとうございます」


ミナトは深く頭を下げた。


表彰式の後、三人は王都の高級レストランで祝賀会を開いた。


「今回は本当に大変でしたね」


セリスがグラスを掲げた。


「でも、多くの人々を救うことができました」


「ミナトの《観察》スキルがなければ、計画を見抜くことは不可能でした」


レックスが感謝の言葉を述べた。


「皆さんの協力があってこそです」


ミナトは心から嬉しかった。最弱スキルと言われた《観察》だったが、使い方次第では国家の危機すら救うことができる。


「これからも三人で協力して、様々な困難に立ち向かいましょう」


「はい!」


三人はグラスを合わせた。


しかし、ミナトはまだ知らない。今回の事件は、やがて起こる更に大きな戦いの前兆に過ぎないということを。


魔王復活の脅威は去ったわけではなく、むしろ本格的な戦いはこれから始まるのだ。


そして、《観察》スキルには、まだ誰も知らない秘められた力があることを——。


第5話 終

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