第4話:初めてのダンジョン攻略
商隊護衛の成功から3日が経った。
ミナトは『王都の星亭』の個室で、窓の外の景色を眺めていた。報酬のおかげで、しばらくはこの中級宿に滞在できる。硬いベッドと薄いスープの生活からは完全に脱却していた。
部屋の机の上には、昨日ギルドで受け取った新しい依頼書が置かれている。《古代ダンジョン『石の迷宮』攻略》。報酬は一人につき金貨2枚という高額依頼だった。
「ついにダンジョン攻略か…」
ミナトは依頼書を手に取って読み返した。
石の迷宮は王都から北西50キロの山中にある古代ダンジョンで、全5階層の中規模ダンジョンだった。最近になって封印が弱くなり、内部の魔物が活発化しているという。そのため、定期的な魔物駆除が必要になったのだ。
依頼主は王国魔物管理局。国の正式な依頼だけに、報酬も高額だが責任も重い。
『本当に僕で大丈夫だろうか』
ミナトは不安を感じていた。これまでの依頼は調査や護衛がメインで、直接的な魔物との戦闘は避けて通れていた。しかし、ダンジョン攻略となると、戦闘は避けられない。
その時、部屋のドアがノックされた。
「ミナトさん、いらっしゃいますか?」
セリスの声だった。
「はい、どうぞ」
扉を開けると、セリスとレックスが立っていた。二人とも旅支度を整えており、明日のダンジョン攻略に向けて準備万端のようだ。
「明日の件で相談があります」
「僕も同じことを考えていました。どうぞ、入ってください」
三人は部屋の中で作戦会議を開始した。
「まず、石の迷宮について分かっている情報を整理しましょう」
セリスが地図を広げた。
「全5階層で、各階層に約10部屋。1階層は主にゴブリンとスライム、2階層はオークとスケルトン、3階層はトロールとリザードマン、4階層はミノタウルスとワイバーン、5階層は…」
「5階層は?」
「不明です。これまで5階層まで到達したパーティは少なく、詳細な情報がありません」
レックスが補足した。
「俺も以前、別のパーティで3階層まで攻略したことがある。確かに4階層以降は未知の領域だ」
「他のパーティの情報はあるんですか?」
「今回は合計で3つのパーティが参加する予定です」
セリスが説明した。
「私たち以外に、《雷光の剣》パーティと《鋼鉄の盾》パーティです」
《雷光の剣》は勇者カイルたちのパーティ名だった。転生者4名で構成された、最近注目されているパーティだ。
《鋼鉄の盾》はベテラン冒険者で構成されたパーティで、リーダーのバルド・グランはAランクの実力者として知られている。
「カイルたちも参加するんですね」
「ええ。彼らも最近、積極的にダンジョン攻略を行っているようです」
ミナトは複雑な気持ちになった。転生者の中で自分だけが遅れを取っているような感覚があった。
「大丈夫です、ミナト」
レックスが肩を叩いた。
「君の《観察》スキルは、ダンジョン攻略では非常に重要だ。罠の発見、隠し部屋の探索、魔物の弱点分析。戦闘以外でも活躍の場は多い」
「そうですね。それに、私たちには完璧なチームワークがあります」
セリスが微笑んだ。
「各階層の攻略方針を決めましょう」
三人は遅くまで作戦を練った。ミナトの《観察》スキルを最大限に活用し、セリスの魔法とレックスの弓術で戦闘を行う。慎重かつ確実に進むことを基本方針とした。
翌朝、三人は王都の北門に集合した。
そこには既に他の2つのパーティが集まっていた。
《雷光の剣》パーティには、勇者カイル、聖女エミリア、《大魔法使い》と《神速》の転生者4名。昨日のギルドでの様子とは違い、皆自信に満ちた表情をしている。
《鋼鉄の盾》パーティは、リーダーのバルド・グランを中心とした5名構成。バルドは獣人(狼族)の戦士で、Aランクの実力者だった。筋骨隆々の体格に重厚な鎧を身に着け、背中には巨大な戦斧を背負っている。
「おお、ミナトじゃないか」
バルドがミナトに気づいて声をかけてきた。
「お久しぶりです、バルドさん」
ミナトは企画書でバルドのことを知っていたが、実際に会うのは初めてだった。獣人特有の鋭い眼光と、長年の戦闘で鍛えられた威圧感がある。
「君が最近話題の《観察》スキルの転生者か。なるほど、確かに鋭い目をしている」
バルドは興味深そうにミナトを観察した。
「今回のダンジョン攻略、君の力は重要になるだろう。特に隠し扉や秘密の通路の発見には、《観察》スキルが不可欠だ」
「頑張ります」
一方、カイルたちは少し距離を置いていた。最近の活躍で自信をつけたのか、他のパーティを見下すような雰囲気がある。
「俺たちなら5階層まで余裕で攻略できるだろう」
カイルが仲間に言った。
「《雷光の剣》の実力を見せつけてやろうぜ」
その態度に、バルドは眉をひそめた。
「若いのは良いが、ダンジョンを甘く見すぎだな」
「準備はよろしいですか?」
王国魔物管理局の職員が声をかけてきた。
「それでは出発しましょう。石の迷宮まで徒歩で3時間ほどです」
12名の冒険者を乗せた馬車が、王都を出発した。
石の迷宮は険しい山道の奥にあった。
古代に作られた巨大な石造建造物で、山の斜面に埋め込まれるように建っている。入り口は高さ5メートル、幅3メートルの巨大な石扉で、古代文字が刻まれていた。
「《観察》スキルで何か分かりますか?」
セリスが尋ねた。
ミナトは《観察》スキルを発動して石扉を詳しく調べた。
「『勇気ある者のみ進め、知恵なき者は去れ』と書かれています。それと…何か魔法的な仕掛けがあるようです」
「魔法的な仕掛け?」
「石扉に触れると、侵入者の実力を測定するような魔法陣が作動するようです」
バルドが石扉に手を置くと、淡い光が発せられた。しばらくして扉がゆっくりと開いた。
「実力認定されたようですね」
「さすがAランクです」
他のメンバーも次々と実力認定を受け、全員がダンジョンへの入場を許可された。
ダンジョンの内部は、松明の明かりで薄暗く照らされていた。石造りの通路が複雑に入り組んでおり、まさに迷宮という名にふさわしい構造だった。
「1階層の攻略を開始します」
バルドがリーダーシップを発揮した。
「各パーティは連携を取りながら、慎重に進みましょう。《雷光の剣》は右翼、《鋼鉄の盾》は中央、ミナトたちは左翼を担当してください」
「了解しました」
三人のパーティには正式な名前がなかったが、今回便宜上《蒼き観察者》と名乗ることになった。
1階層の探索が始まった。
《蒼き観察者》パーティは左翼の通路を進んでいく。ミナトの《観察》スキルで前方を探索し、罠や魔物を事前に発見する作戦だった。
「前方50メートルに3匹のゴブリンがいます」
「分かりました。《風魔法》で撹乱します」
セリスが詠唱を開始した。《ウィンド・ブラスト》でゴブリンたちを怯ませ、レックスが弓で狙撃する。完璧な連携だった。
「よし、次の部屋に進もう」
通路の途中で、ミナトは床の異常に気づいた。
「この辺りに隠し扉があるようです」
「隠し扉?」
《観察》スキルで詳しく調べると、壁の一部に魔法的な仕掛けがあることが分かった。
「古代文字のパズルになっています。正しい順番で文字を押せば開くと思います」
ミナトは慎重にパズルを解いた。すると、壁の一部がスライドして隠し部屋が現れた。
「すごいですね」
中には古代の宝箱があり、中身は銀貨30枚と魔法の指輪だった。
「《敏捷性向上》の指輪ですね。ミナトさん、これを使ってください」
「僕が?」
「ええ。《観察》スキルと組み合わせれば、より効果的に探索できるでしょう」
指輪を装着すると、体が軽くなったような感覚があった。動きが機敏になり、《観察》スキルの精度も向上したようだ。
1階層の探索を続けていると、他のパーティからも成果の報告が入ってきた。
「《雷光の剣》、第3部屋制圧完了」
「《鋼鉄の盾》、第5部屋のトレジャーハントコンプリート」
カイルたちは予想以上に順調に進んでいる。転生者の強力なスキルを活かして、効率的に魔物を倒しているようだ。
「俺たちも負けてられないな」
レックスが闘志を燃やした。
1階層の攻略は約2時間で完了した。各パーティとも大きな被害もなく、順調なスタートだった。
2階層に進むと、魔物のレベルが格段に上がっていた。
オークやスケルトンが群れで行動しており、1階層のゴブリンとは比較にならない強さだった。
「気をつけてください。オークは知能が高く、連携攻撃を仕掛けてきます」
ミナトが《観察》スキルで敵の行動パターンを分析した。
「スケルトンは物理攻撃に強いですが、聖属性の魔法が有効です」
「分かりました。《光魔法》で対処します」
セリスが新しい魔法を詠唱した。《ホーリー・ライト》でスケルトンたちを浄化していく。
しかし、2階層では予想外の事態が発生した。
「助けてくれ!」
《雷光の剣》パーティから緊急信号が送られてきた。カイルたちが大部屋でオークの大群に囲まれているようだ。
「急いで援護に向かいましょう」
バルドの指示で、3つのパーティが連携して救援に向かった。
大部屋に到着すると、カイルたちは確かに苦戦していた。オーク15匹に包囲され、《大魔法使い》の転生者が負傷している。
「《雷光の剣》、何があった?」
「隠し扉を開けたら、大量のオークが出てきたんだ」
カイルが息を切らしながら答えた。
「援護します!」
《鋼鉄の盾》と《蒼き観察者》が連携して、オークの包囲網を突破した。バルドの戦斧が唸りを上げ、レックスの弓が正確に急所を射抜く。セリスの魔法が戦場を制圧していく。
そして、ミナトは《観察》スキルで戦況を分析していた。
「オークのリーダーは後方の大型個体です。そいつを倒せば、群れは統制を失います」
「分かった!」
カイルが《勇者》スキルで一気にリーダーに突撃した。激しい一騎打ちの末、オークリーダーを撃破。
「やったぞ!」
残りのオークたちは統制を失い、散り散りに逃げていった。
戦闘終了後、カイルはミナトに近づいてきた。
「ありがとう、ミナト。君の分析がなければ、もっと苦戦していた」
「いえ、チームワークです」
「俺、君を見くびっていたかもしれない。《観察》スキルって、本当に有用なんだな」
カイルの態度が明らかに変わっていた。最初の軽視から、対等なパートナーとしての尊敬に変わっている。
2階層の攻略には4時間を要した。
オークとスケルトンの組み合わせは予想以上に手強く、全パーティが消耗している。特に《雷光の剣》は魔力の消耗が激しく、回復が必要だった。
「2階層で一度休憩を取りましょう」
バルドが提案した。
「安全な部屋を確保して、食事と休息を取ります」
ミナトは《観察》スキルで安全な部屋を探した。すると、ダンジョンの構造上、魔物が入ってこない特殊な部屋を発見した。
「この部屋は魔法的な結界が張られています。魔物は侵入できないようです」
「古代の休憩所ですね」
セリスが古代文字を読み上げた。
「『冒険者よ、ここで英気を養い、さらなる深奥を目指せ』と書かれています」
12名の冒険者は安全な部屋で食事を取った。各パーティが持参した保存食と水を分け合い、情報交換を行った。
「3階層はトロールとリザードマンが主な敵です」
バルドが説明した。
「トロールは再生能力があるので、火属性の攻撃で完全に焼き尽くす必要があります」
「リザードマンは知能が高く、魔法も使えます。油断は禁物です」
「僕たちのパーティは探索と分析に専念します」
ミナトが役割を確認した。
「《観察》スキルで敵の弱点や隠された要素を発見し、情報を共有します」
「それが一番効率的ですね」
エミリアが賛成した。
「私の《治癒魔法》と組み合わせれば、安全性も確保できます」
昼食後、3階層への進攻が開始された。
3階層は2階層とは雰囲気が一変していた。
石の通路はより古く、苔むしており、湿度も高い。魔法的な霧が立ち込めており、視界が悪い。
「《観察》スキルでも見通しが困難です」
ミナトが報告した。
「この霧には魔法的な効果があるようです。知覚を阻害する呪いのようなものかもしれません」
「《風魔法》で霧を払ってみます」
セリスが詠唱したが、霧は魔法的な力で維持されており、完全には晴れなかった。
「慎重に進みましょう」
霧の中を進んでいると、突然巨大な影が現れた。
「トロールです!」
高さ3メートルの巨大なトロールが、大きな棍棒を振り回しながら襲いかかってきた。
「《火炎魔法》で攻撃を!」
セリスの《ファイアーボール》がトロールに命中した。しかし、火傷は徐々に回復していく。
「再生能力が想像以上に強い!」
レックスの矢も効果が薄い。物理攻撃では再生に追いつかないのだ。
「弱点はありませんか?」
ミナトは《観察》スキルでトロールを詳しく分析した。すると、興味深いことが分かった。
「額の中央に魔法の石が埋め込まれています。それが再生能力の源のようです」
「額の石?」
「はい。そこを破壊すれば、再生能力を封じることができると思います」
「分かった!」
レックスが精密射撃でトロールの額を狙った。矢は見事に魔法石に命中し、石が砕け散った。
すると、トロールの再生能力が停止した。
「今です!」
セリスの《火炎魔法》でトロールを完全に焼き尽くした。
「やりましたね」
「ミナトの分析が的確だった」
しかし、トロール戦はまだ序の口だった。3階層の奥に進むにつれて、より強力な敵が待ち受けている。
霧の中から、今度はリザードマンの群れが現れた。人型の爬虫類で、鱗に覆われた体と鋭い爪を持っている。そして、魔法を使うことができる知的な種族だった。
「《氷結魔法》!」
リザードマンの一体が氷の矢を放ってきた。
「散開してください!」
ミナトが指示を出した。《観察》スキルで魔法の軌道を予測し、回避ルートを示している。
「リザードマンは鱗が硬いですが、腹部と首の境目が弱点です」
「了解!」
レックスが弱点を狙って正確に射撃した。リザードマンが一体ずつ倒されていく。
3階層の攻略には6時間を要した。トロールとリザードマンの組み合わせは、これまでで最も困難な戦いだった。
3階層をクリアした時、すでに夕方になっていた。
「今日はここまでにしましょう」
バルドが提案した。
「4階層以降は更に困難になります。十分な休息を取ってから挑むべきです」
一行はダンジョンの安全地帯でキャンプを張ることになった。各パーティがテントを設営し、夕食の準備を始めた。
「今日は本当にお疲れさまでした」
セリスが言った。
「ミナトさんの《観察》スキルがなければ、ここまで順調には進めませんでした」
「皆さんの戦闘があってこそです」
ミナトは謙遜したが、内心では大きな達成感を感じていた。ダンジョン攻略で確実に貢献できている。戦闘はできないが、自分なりの方法で仲間を支援できているのだ。
夕食後、カイルが話しかけてきた。
「ミナト、今日は本当にありがとう」
「いえ、当然のことです」
「俺、最初は君を見くびっていた。《観察》スキルなんて地味で役に立たないと思っていたんだ」
カイルは反省したような表情を見せた。
「でも、実際にダンジョンを攻略してみて分かった。君のスキルは俺たちの戦闘スキルと同じくらい、いや、それ以上に重要なんだ」
「ありがとうございます」
「これからは対等なパートナーとして、お互い協力していこう」
カイルが手を差し出した。ミナトはその手を握り返した。
その夜、ミナトは星空を見上げながら考えていた。
『俺にも、ちゃんとやれることがある』
《観察》スキルは確かに地味で、直接的な戦闘力はない。しかし、仲間を支援し、危険を回避し、隠された要素を発見する能力として、非常に有用だった。
『明日は4階層か…』
未知の領域への挑戦に、不安もあるが期待も大きかった。仲間たちと一緒なら、どんな困難も乗り越えられる気がした。
翌朝、4階層への挑戦が始まった。
4階層は今までとは全く異なる雰囲気だった。天井が高く、巨大な石柱が立ち並ぶ大空間が広がっている。そして、空中に浮遊する魔法的な光球が不気味に明滅していた。
「ミノタウルスとワイバーンの生息域ですね」
バルドが緊張した表情で言った。
「ミノタウルスは牛頭人身の魔物で、怪力と頑強さが特徴です。ワイバーンは小型の飛竜で、空中からの攻撃が厄介です」
「《観察》スキルで周囲を調べてみます」
ミナトは4階層の構造を詳しく分析した。すると、これまでの階層とは大きく異なることが分かった。
「この階層は部屋ではなく、巨大な一つの空間になっています。敵は自由に移動できるため、より戦術的な戦闘が必要です」
「厄介ですね」
「それと…何か巨大な存在がいるようです。階層の中央奥に」
「巨大な存在?」
「詳細は分かりませんが、相当強力な魔物のようです。おそらく4階層のボスでしょう」
一行は慎重に4階層を進んでいった。しばらくすると、遠くから重い足音が聞こえてきた。
「ミノタウルスです」
石柱の陰から現れたのは、高さ2.5メートルの牛頭人身の魔物だった。筋骨隆々の体に巨大な戦斧を持ち、鼻息を荒くしながら一行を睨みつけている。
「散開!」
バルドの指示で、各パーティが連携して戦闘に入った。
ミノタウルスは予想以上に強敵だった。《雷光の剣》パーティの攻撃をもろともせず、戦斧を振り回して反撃してくる。
「硬い!《雷魔法》も効いていません」
カイルが苦戦していた。
「《観察》スキルで弱点を探します」
ミナトはミノタウルスを詳しく分析した。すると、興味深いことが分かった。
「左脚の膝の裏に古い傷があります。そこが弱点のようです」
「膝の裏?」
「はい。過去の戦闘で負傷した箇所で、完全には治癒していないようです」
「分かった!」
レックスが弱点を狙って射撃した。矢が膝の裏に命中すると、ミノタウルスがよろめいた。
「今です!」
バルドの戦斧とカイルの剣が同時にミノタウルスを襲った。遂に強敵を撃破することができた。
しかし、戦闘の音に誘われて、空中からワイバーンが飛来した。
「上空に注意!」
翼長5メートルのワイバーンが、鋭い爪と毒の息で攻撃してくる。空中の敵への対処は困難だった。
「《観察》スキルで飛行パターンを分析します」
ミナトはワイバーンの動きを詳しく観察した。
「一定の周期で急降下攻撃を仕掛けています。タイミングを合わせれば迎撃可能です」
「タイミングを教えて」
「3、2、1、今!」
セリスの《火炎魔法》が急降下するワイバーンに命中した。炎に包まれたワイバーンが墜落し、レックスの矢で止めを刺した。
「やりましたね」
4階層の前半戦は何とかクリアできた。しかし、真の試練はこれからだった。
4階層の奥に進むと、巨大な円形の空間に到達した。
中央には高さ10メートルの石像が立っており、その周りを魔法の光が取り囲んでいる。明らかにボス戦のフィールドだった。
「あれが4階層のボスですね」
ミナトが《観察》スキルで石像を調べた。
「『石の巨人ゴーレム』のようです。古代魔法で作られた人工的な魔物で、非常に強固な防御力を持っています」
「弱点はありますか?」
「胸部に魔法のコアがあります。そこがエネルギー源のようです」
「でも、あの高さではコアに攻撃するのは困難です」
その時、石像が動き始めた。巨大なゴーレムが立ち上がり、一行を見下ろした。
「戦闘開始だ!」
ゴーレムの攻撃は凄まじかった。巨大な拳で地面を叩くと、衝撃波で全員が吹き飛ばされそうになる。足を踏み鳴らすと、床が震えて立っているのも困難だった。
「物理攻撃が全く効かない!」
カイルの剣も、バルドの戦斧も、ゴーレムの石の体には傷一つつけられない。
「魔法攻撃も効果が薄いです」
セリスの《火炎魔法》も《氷結魔法》も、ゴーレムには軽微なダメージしか与えられなかった。
「どうすれば…」
一行が苦戦している中、ミナトは《観察》スキルで戦況を詳しく分析していた。ゴーレムの動き、魔法のコアの位置、周囲の環境。全てを総合的に観察している。
そして、ついに突破口を発見した。
「皆さん、ゴーレムの足元を見てください!」
「足元?」
「ゴーレムが動くたびに、足元の床に魔法陣が浮かび上がっています。あれがゴーレムの力の源です」
確かに、ゴーレムが歩くたびに、足の下に複雑な魔法陣が光って現れていた。
「つまり、魔法陣を破壊すれば…」
「ゴーレムの力を封じることができるはずです」
「でも、どうやって魔法陣を破壊するんだ?」
ミナトは更に詳しく観察した。魔法陣の構造、エネルギーの流れ、破壊可能なポイント。
「魔法陣の四隅に制御石があります。それらを同時に破壊すれば、魔法陣は機能停止するはずです」
「同時に?」
「はい。一つずつでは意味がありません。4つの制御石を同時に攻撃する必要があります」
バルドが作戦を組み立てた。
「《雷光の剣》と《鋼鉄の盾》で2つずつ担当しよう。ミナト、正確な位置とタイミングを指示してくれ」
「分かりました」
ミナトは《観察》スキルで制御石の正確な位置を特定した。
「北東の石柱の根元、南東の壁際、南西の床の窪み、北西の天井近く。4つの制御石があります」
「天井近くは俺が弓で狙う」
レックスが担当を決めた。
「俺とカイルで床と壁の石を担当する」
バルドとカイルが連携した。
「私が魔法で残りの一つを攻撃します」
セリスも準備を整えた。
「タイミングを合わせます。3、2、1、今!」
4人の攻撃が同時に制御石を襲った。レックスの矢、バルドの戦斧、カイルの剣、セリスの魔法。全てが正確に制御石を破壊した。
すると、魔法陣の光が消え、ゴーレムの動きが鈍くなった。
「今がチャンスです!胸部のコアを攻撃してください!」
力を失ったゴーレムは膝をつき、胸部のコアが攻撃可能な高さまで下がってきた。
「総攻撃だ!」
全員の攻撃がコアに集中した。ついに強固なコアが砕け散り、ゴーレムは崩れ落ちた。
「やったぞ!」
4階層のボス撃破に、全員が歓声を上げた。
ゴーレム撃破後、隠されていた宝物庫が現れた。
古代の武器、防具、魔法のアイテム、そして大量の金貨。4階層にふさわしい豪華な報酬だった。
「皆さんで山分けしましょう」
バルドが公平に分配を提案した。
「ただし、今回の勝利はミナトの分析があってこそです。特別配分があっても良いのでは?」
「いえ、皆で協力した結果です」
ミナトは遠慮したが、結局《観察》の指輪と《知力向上》のアミュレットを受け取ることになった。
「これで《観察》スキルが更に強化されますね」
セリスが喜んだ。
「5階層への挑戦も期待できます」
しかし、5階層への扉の前で、一行は重要な決断を迫られた。
「5階層は完全に未知の領域です」
バルドが説明した。
「これまでの情報では、5階層に到達したパーティはわずか3組。しかも、全て大きな犠牲を払っています」
「どのような危険があるのでしょうか?」
「分かりません。それが問題なのです」
ミナトは《観察》スキルで5階層への扉を調べた。しかし、強力な魔法的遮蔽により、内部の情報は全く得られなかった。
「扉の向こうが見えません。相当強力な魔法で保護されています」
「今日はここまでにしよう」
バルドが決断した。
「十分な準備と情報収集をしてから、5階層に挑戦すべきです」
一行は4階層での成果に満足して、ダンジョンから撤退することになった。
王都への帰路、ミナトは深い達成感に包まれていた。初めてのダンジョン攻略で、確実に仲間の役に立つことができた。《観察》スキルは戦闘には直接役立たないが、戦略的な分析と支援において非常に有用だった。
「今回は本当にお疲れさまでした」
カイルがミナトに感謝の言葉を述べた。
「君がいなければ、4階層のクリアは不可能でした」
「皆さんの戦闘があってこそです」
「いや、君の貢献は特別だ。俺たちは戦闘しかできないが、君は戦場全体を見渡し、最適解を導き出している」
カイルの言葉に、他のメンバーも同意した。
「ミナトさんは真の戦術家ですね」
エミリアが微笑んだ。
「これからも一緒に冒険しましょう」
王都に戻ると、ダンジョン攻略の報酬として約束の金貨2枚に加えて、ボーナスとして金貨1枚が追加された。合計で金貨3枚。ミナトにとっては空前の大金だった。
「今夜は盛大に祝賀会ですね」
セリスが提案した。
「『王都の星』で豪華な食事を楽しみましょう」
三人は高級レストランで祝賀会を開いた。美味しい料理とワインで、ダンジョン攻略の成功を祝った。
「《蒼き観察者》パーティ、正式に結成ですね」
レックスがグラスを掲げた。
「これからも三人で協力して、様々な冒険に挑戦しましょう」
「はい!」
ミナトは心から嬉しかった。ついに自分の居場所を見つけることができた。戦闘はできないが、《観察》スキルで仲間を支援し、共に成長していくことができる。
その夜、ミナトは宿の部屋で今日の出来事を振り返っていた。
『俺にも、ちゃんと役に立てることがある』
最弱スキルと蔑まれた《観察》だったが、使い方次第では非常に強力な能力だった。敵の弱点を見抜き、隠された要素を発見し、戦術的な分析を行う。戦闘以外の分野では、他の誰にも負けない自信がついた。
窓の外では、王都の夜景が広がっている。無数の灯りが瞬き、多くの人々が生活している。
『もっと強くなって、もっと多くの人を助けたい』
ミナトは新たな決意を固めていた。《観察》スキルを極めて、真の支援specialist になる。仲間と共に成長し、いつか世界を救うような大きな冒険に挑戦したい。
明日からまた新しい冒険が始まる。どんな困難が待ち受けていても、セリスとレックスと一緒なら乗り越えられる。
異世界での新しい人生は、ようやく本格的な軌道に乗り始めたのだった。
第4話 終