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第3話:仲間との出会い

翌朝、ミナトは王都の東門でレックスを待っていた。


朝の空気は澄んでいて、太陽がゆっくりと昇り始めている。東門は王都の主要な出入り口の一つで、早朝から商人や旅人が行き交っていた。荷馬車が石畳の道を進む音、馬の蹄音、人々の話し声が混じり合って、活気のある朝の音楽を奏でている。


ミナトは昨夜、久しぶりにぐっすりと眠ることができた。柔らかいベッドと温かい食事のおかげで、体調も万全だ。《観察》スキルを使った本格的な冒険への期待で、胸が高鳴っていた。


「待たせたな」


背後から声をかけられて振り返ると、レックスが軽快な足取りで近づいてきた。今日は昨日より装備が充実しており、背中には弓と矢筒、腰には短剣と小さなナイフ、肩には小さなバックパックを背負っている。


「おはようございます。準備万端です」


「その意気だ。それじゃあ出発しよう」


古代遺跡は王都から徒歩で2時間ほどの場所にあるという。


二人は東門を抜けて、郊外へ向かう街道を歩き始めた。王都を離れるにつれて、建物は少なくなり、代わりに緑豊かな田園風景が広がってくる。農民たちが畑で作業をしており、牛や羊が草を食んでいる。


道中、レックスは自分のことを話してくれた。


「俺は元々、王都から東に300キロほど離れた『ストーンブリッジ』という小さな村の出身なんだ」


「小さな村ですか」


「ああ。人口200人ほどの、のどかな農村だった。俺も最初は農業を手伝っていたんだが…」


レックスの表情が暗くなった。


「5年前、魔物の大群に襲撃されたんだ。ワイバーンという飛竜が率いるゴブリンとオークの混成部隊だった」


「それは…大変でしたね」


「村は全滅した。家族も、友人も、皆殺された。俺だけが奇跡的に生き残ったんだ」


ミナトは胸が痛くなった。この世界の厳しい現実を突きつけられた思いだった。


「それで復讐を誓って冒険者になったのか?」


「最初はそうだった。でも、5年間この仕事をしていて分かったんだ。復讐だけじゃダメだってな」


レックスは空を見上げた。


「今は、同じような悲劇を繰り返さないために戦っている。弱い人々を守るために、な」


「立派ですね」


「お前だって、《観察》スキルで人を助けてるじゃないか。それは立派なことだ」


レックスの言葉に、ミナトは少し照れくさくなった。


「《観察》スキルって、具体的にはどんな感じなんだ?」


「細かい部分がよく見えるようになります。普通では気づかない痕跡や手がかりを発見できるんです」


「それは貴重だな。俺みたいな脳筋には真似できない」


レックスは感心したように言った。


「でも、レックスさんはCランクなんですよね。すごいじゃないですか」


「まあな。でも、上には上がいる。Bランクは化け物クラスだし、Aランクなんて英雄級だ。Sランクに至っては、もはや人間を超えた存在だ」


王国の冒険者ランクは、G、F、E、D、C、B、A、Sの8段階に分かれている。現在王国内にSランクは3名しかおらず、伝説の存在として語られているという。


「ああ、見えてきた」


レックスが指差す先に、森に囲まれた古い石造りの建物が見えた。確かに古代遺跡という雰囲気がある。


古代遺跡は鬱蒼とした森の中にあった。


高い木々に囲まれた石造りの建造物は、長い年月を経て蔦や苔に覆われている。入り口は半分崩れかけており、内部は薄暗くて不気味な雰囲気が漂っていた。


「気をつけろ。罠があるかもしれない」


レックスが弓に矢をつがえながら警戒した。彼の動きは洗練されており、長年の経験が感じられる。


ミナトは《観察》スキルを発動させた。すると、遺跡の細部まで詳しく見えるようになる。石の継ぎ目、壁の装飾、床の模様。全てが鮮明に認識できる。


「入り口に魔法陣のようなものが刻まれています」


「魔法陣?」


レックスが足を止めた。


「床に古代文字で何か書かれているようです。《観察》スキルで詳しく見てみます」


ミナトは慎重に魔法陣を調べた。複雑な幾何学模様の中に、古代文字が組み込まれている。


「『入る者は覚悟を持て、出る者は智慧を得よ』と書かれているようです」


「古代文字が読めるのか?」


「なんとなくですが…前の世界の知識が役立っているのかもしれません」


実際には、《観察》スキルが古代文字の意味も読み取ってくれているような感覚だった。


「それじゃあ、慎重に進もう」


二人は遺跡の内部に足を踏み入れた。


遺跡の内部は薄暗く、湿った空気が漂っていた。石造りの通路が奥へと続いており、壁には古代文明の装飾が施されている。松明の跡があることから、かつては照明があったのだろう。


「明かりが必要だな」


レックスは携帯用の魔法灯を取り出した。淡い光が通路を照らす。


ミナトは《観察》スキルで周囲を詳しく調べながら歩いた。すると、床や壁の細かい部分まで見えるようになる。


「あ、ちょっと待ってください」


「どうした?」


「床に不自然な継ぎ目があります。圧力をかけると何かが作動するかもしれません」


ミナトの指摘で、レックスは足を止めた。確かに、床の一部が微妙に色が違う。


「本当だ。よく気づいたな」


レックスは小石を拾って、その部分に投げつけた。すると、壁から矢が飛び出してきた。


「危なかった。君のおかげで助かったよ」


二人は慎重に遺跡の奥へと進んでいった。ミナトの《観察》スキルのおかげで、いくつもの罠を事前に発見することができた。


落とし穴、毒針、回転する刃。どれも命に関わる危険な罠ばかりだった。


「古代文明の技術は侮れないな」


レックスが感心したように言った。


「でも、君がいなかったら確実に死んでた。《観察》スキルって、本当に有用なんだな」


ミナトは少し誇らしい気持ちになった。戦闘はできないが、こうした場面では確実に役に立っている。


しかし、遺跡の奥に進むにつれて、違和感を覚え始めた。


「レックスさん、何か変じゃないですか?」


「変?何がだ?」


「この遺跡、あまりにも無人すぎます。古代遺跡なら、魔物が住み着いていてもおかしくないのに」


確かに、これだけ進んでも魔物の気配が全くない。それが逆に不気味だった。


「言われてみれば…」


その時、遺跡の奥から微かな声が聞こえてきた。


「助けて…誰か…」


微かだが、確かに人の声だった。女性の声のようだ。


「誰かいるぞ」


レックスが警戒しながら声のする方向に向かった。


「待ってください。罠かもしれません」


ミナトが制止する。古代遺跡で人の声がするなんて、あまりにも不自然だ。


「でも、本当に困っている人かもしれない」


「それは…そうですが」


二人は慎重に声のする方向に進んだ。すると、遺跡の一角で倒れている人影が見えた。


薄紫の髪をした美しい女性だった。エルフの特徴である長い耳を持ち、上品な顔立ちをしている。年齢は120歳くらいに見えるが、エルフの若者相当だろう。


しかし、彼女は明らかに怪我をしていた。ローブは破れ、腕に血が滲んでいる。


「大丈夫ですか?」


レックスが駆け寄ろうとしたが、ミナトが腕を掴んで止めた。


「待ってください。《観察》スキルで調べさせてください」


ミナトは《観察》スキルを使って、その女性を詳しく調べた。すると、興味深いことが分かった。


怪我は本物だが、そう深刻ではない。それに、彼女の装備は高品質で、相当な実力者であることが推測される。杖には強力な魔法の気配が感じられ、ローブも魔法的な防御力を持っているようだ。


「彼女は本当に怪我をしています。でも、相当な実力者のようです」


「実力者?」


「装備が高品質ですし、魔法の気配も強い。おそらく、私たちより格上の冒険者だと思います」


それを聞いて、レックスは慎重に近づいた。


「大丈夫ですか?」


女性はゆっくりと目を開けた。美しい緑色の瞳が、レックスとミナトを見つめる。


「あなたたちは…冒険者ですか?」


「ええ。レックス・ハンターです。こちらはミナト・カワグチ」


「私はセリス・フェリア。エルフの魔法使いです」


セリスと名乗った女性は、ゆっくりと体を起こした。


「ありがとうございます。もう大丈夫です」


「何があったんですか?」


「この遺跡を調査していたのですが、罠にかかってしまって…」


セリスは立ち上がると、軽く魔法を唱えた。すると、傷が徐々に治癒していく。


「《治癒魔法》ですか?」


「はい。基本的な魔法ですが、応急処置には十分です」


ミナトは《観察》スキルでセリスを詳しく見た。彼女のスキルレベルは相当高く、おそらくBランクかそれ以上の実力者だ。


「あなたたちも遺跡の調査ですか?」


「ええ。古代文明の宝物を探しに来たんです」


レックスが答えた。


「でしたら、一緒に行動しませんか?この遺跡は一人では危険すぎます」


セリスの提案に、レックスは考え込んだ。


「どうだ、ミナト?」


「僕は構いませんが…」


実際のところ、セリスのような実力者が仲間になってくれるなら心強い。しかし、なぜ彼女がこんな場所で一人でいたのかは気になった。


「それでは、よろしくお願いします」


こうして、三人での遺跡探索が始まった。


セリスが加わったことで、一行の安全性は格段に向上した。


彼女の魔法知識は豊富で、古代文字の解読も得意だった。ミナトの《観察》スキルで罠を発見し、レックスが戦闘を担当し、セリスが魔法でサポートする。理想的なチーム構成だった。


「この遺跡は『エルヴァナ文明』の遺産ですね」


セリスが壁の装飾を見ながら説明した。


「エルヴァナ文明?」


「約1000年前に栄えた古代文明です。魔法技術が非常に発達していたことで知られています」


「それで、こんなに高度な罠があるのか」


レックスが納得したように言った。


遺跡の奥に進むにつれて、罠はより複雑になっていった。しかし、ミナトの《観察》スキルとセリスの魔法知識があれば、それらを回避することができた。


「ミナトさんの《観察》スキルは本当に優秀ですね」


セリスが感心したように言った。


「普通の冒険者では気づかないような細かい罠まで発見している」


「ありがとうございます」


ミナトは少し照れくさくなった。実力者に褒められるのは嬉しい。


「あなたは転生者でしたね?」


「はい。どうして分かるんですか?」


「最近、王都で転生者のことが話題になっているんです。特に《観察》スキルの転生者が活躍しているという噂を聞いていました」


セリスは微笑みながら答えた。


「それに、あなたの持つ知識は、この世界の人間のものとは少し違います」


確かに、ミナトは現代日本の知識を持っている。それが古代文字の解読などに役立っているのかもしれない。


「セリスさんはなぜ一人でこの遺跡に?」


「実は、私には特別な事情があるんです」


セリスの表情が少し暗くなった。


「私は王国の魔法研究所に所属していたのですが…最近、研究所内で政治的な対立が激化しているんです」


「政治的な対立?」


「魔法技術をどう使うべきかについて、意見が分かれているんです。軍事利用を推進する派閥と、平和利用を重視する派閥が対立しています」


セリスは溜息をついた。


「私は平和利用派なのですが、軍事利用派が力を持ち始めています。それで、研究所にいるのが難しくなって…」


「それで冒険者として活動を始めたんですか?」


「はい。自分の魔法を人々のために使いたいと思ったんです」


ミナトはセリスの話に共感した。自分も《観察》スキルを人のために使いたいと思っている。


「でも、なぜこの遺跡に一人で?」


「実は、軍事利用派がこの遺跡の情報を掴んでいるという話を聞いたんです。彼らより先に古代魔法の知識を確保したくて…」


「危険でしたね」


「ええ。一人では限界がありました。あなたたちに出会えて良かった」


三人は協力して遺跡の最深部を目指した。


遺跡の最深部で、ついに大きな部屋に到達した。


天井は高く、壁には美しい壁画が描かれている。古代エルヴァナ文明の栄華を物語る、荘厳な空間だった。そして、部屋の中央に石造りの台座があり、その上に宝箱が置かれていた。


「あったぞ!」


レックスが興奮した。しかし、ミナトは慎重に周囲を観察していた。


「待ってください。何かおかしいです」


「おかしい?」


「宝箱の周りに魔法陣が描かれています。それに、宝箱自体にも複雑な鍵がかけられています」


《観察》スキルで詳しく見ると、宝箱には古代文字で作られた複雑な鍵が付いていた。


「これは…パズルのような仕組みになっているようです」


「パズル?」


セリスが興味深そうに近づいてきた。


「古代文字を正しい順番で押すことで、鍵が開くようになっているんです」


ミナトは宝箱の周りを詳しく調べた。台座にも古代文字が刻まれており、それがヒントになっているようだ。


「『智慧ある者のみが宝を得る』『順序を間違えれば災いが降る』と書かれています」


「つまり、正しい順番で文字を押さないと、罠が作動するということですね」


セリスが分析した。


「そのようです」


ミナトは慎重に古代文字を読み解いていった。壁画にも手がかりが隠されており、《観察》スキルでそれらを総合的に分析する。


「壁画が物語になっています。古代エルヴァナ文明の歴史を描いているようです」


「どんな内容ですか?」


「最初は平和な時代、次に戦争の時代、そして滅亡…最後に希望の象徴として、知識を後世に残すという内容のようです」


ミナトは壁画の順序を元に、古代文字の正しい組み合わせを推理した。


「この順番だと思います」


慎重に文字を押していくと、宝箱から淡い光が発せられた。そして、鍵が外れる音がした。


「やったな!」


レックスが興奮した。


宝箱を開けると、中には古代の魔法具や金貨、そして古代文字で書かれた書物が入っていた。


「これは…すごいですね」


セリスが書物を手に取って調べていた。


「古代エルヴァナ文明の魔法理論書です。現代では失われた技術が記録されています」


「価値があるものですか?」


「計り知れない価値があります。この知識があれば、魔法技術が飛躍的に向上するでしょう」


しかし、セリスの表情は複雑だった。


「でも、これが軍事利用されてしまったら…」


彼女の懸念は理解できた。強力な魔法技術は、使い方によっては大きな災いをもたらす可能性がある。


「どうしましょうか?」


「まずは、この知識を安全な場所に保管しましょう。そして、平和利用の方法を研究するんです」


セリスの提案に、ミナトとレックスは同意した。


遺跡から無事に脱出した三人は、王都への帰路についていた。


夕日が西の空を染めており、一日の冒険を終えた達成感に満たされていた。


「今日は本当にありがとうございました」


セリスがミナトに感謝の言葉を述べた。


「いえ、こちらこそ。セリスさんがいなかったら、あの謎解きはできませんでした」


「あなたの《観察》スキルがあったからこそ、罠を回避できたんです」


三人の連携は完璧だった。それぞれの特技を活かし、互いの弱点を補完し合うことができた。


「これから、どうされるんですか?」


ミナトが尋ねると、セリスは少し考え込んだ。


「しばらくは冒険者として活動するつもりです。研究所の状況が改善されるまでは、戻れそうにありませんから」


「でしたら、時々一緒に依頼を受けませんか?」


レックスが提案した。


「今日の連携を見ていて思ったんですが、俺たちはいいチームになれそうです」


「私も同感です」


セリスが微笑んだ。


「ミナトさんはどう思いますか?」


「僕も一緒にやりたいです」


こうして、三人のパーティが結成された。


王都に戻ると、まずは今日の成果を報告することになった。古代遺跡で発見した宝物は、ギルドを通じて適切に処理される。


「報酬は銀貨30枚になりました」


受付のリリアが説明した。予想以上の高額だった。


「三人で分けると、一人10枚ずつですね」


銀貨10枚は銅貨100枚に相当する。ミナトにとっては大金だった。


「今夜はお祝いをしましょう」


セリスが提案した。


「私が知っている美味しい店があるんです」


三人は王都の中級レストラン『緑の庭』で夕食を取った。エルフ料理が得意な店で、野菜中心のヘルシーな料理が自慢だった。


「乾杯!」


三人はグラスを合わせた。ミナトにとって、異世界で初めて本当の仲間ができた瞬間だった。


翌日、三人は新たな依頼を受けることになった。


「《商隊護衛》の依頼です」


リリアが説明した。


「王都から『グリーンヒル村』までの商隊護衛で、報酬は一人銀貨5枚です」


グリーンヒル村は王都から100キロほど離れた農村で、往復で一週間程度の旅になる。


「最近、街道で盗賊が出没しているという情報があります。注意が必要ですね」


「盗賊ですか…」


ミナトは少し不安になった。今まで戦闘を避けてきたが、護衛任務では戦いは避けられない。


「大丈夫です。私とレックスさんがいますから」


セリスが安心させるように言った。


「それに、ミナトさんの《観察》スキルがあれば、盗賊の待ち伏せも事前に発見できるでしょう」


確かに、《観察》スキルは偵察にも使える。戦闘は無理でも、情報収集で貢献できるはずだ。


「分かりました。やってみます」


こうして、三人は商隊護衛の依頼を受けることになった。


商隊は明日の朝、王都の南門から出発する予定だった。荷馬車5台と商人10名、そして護衛として他の冒険者も数名参加する大規模なものだった。


「それでは、明日の朝、南門でお待ちしています」


商隊のリーダーである商人のギルバート・マーチャントが挨拶した。


50代の恰幅の良い男性で、長年商売をしてきた経験豊富な商人だった。


「よろしくお願いします」


三人は明日の出発に備えて、それぞれ準備を始めた。


その夜、三人は『王都の星亭』のロビーで作戦会議を開いていた。


「商隊護衛の基本は、事前の情報収集です」


セリスが説明した。


「盗賊の手口、よく襲撃される場所、時間帯などを把握しておく必要があります」


「最近の盗賊事件について調べてみました」


レックスが情報を共有した。


「『ブラッドウルフ団』という盗賊グループが街道で活動しているようです。メンバーは20名ほどで、リーダーは元軍人のボルガという男です」


「元軍人ですか?」


「ああ。戦術に長けていて、組織的な襲撃を行うことで知られています」


それは厄介な相手だった。普通の盗賊なら散発的な攻撃しかできないが、軍事的な知識があれば計画的な襲撃を仕掛けてくる可能性がある。


「でも、私たちには秘密兵器がありますから」


セリスがミナトを見て微笑んだ。


「《観察》スキルがあれば、盗賊の待ち伏せも事前に発見できるでしょう」


「そうですね。頑張ります」


ミナトは決意を新たにした。


「それから、もう一つ重要なことがあります」


セリスが真剣な表情になった。


「今回の商隊には、王国の重要な物資が含まれているという情報があります」


「重要な物資?」


「魔法の触媒となる『月光石』という鉱物です。軍事利用も可能な貴重な資源です」


それを聞いて、ミナトは嫌な予感がした。


「もしかして、その情報が盗賊にも漏れているのでは?」


「その可能性があります。だからこそ、今回の護衛は重要なんです」


三人は遅くまで作戦を練った。ミナトの《観察》スキルを活用した偵察計画、セリスの魔法を使った防御戦術、レックスの弓術を活かした迎撃作戦。


「明日は長い一日になりそうですね」


「ええ。でも、私たちなら大丈夫です」


セリスの言葉に、ミナトとレックスは頷いた。


翌朝、王都の南門は商隊の出発準備で慌ただしかった。


5台の荷馬車には様々な商品が積み込まれており、商人たちが最終確認を行っている。食料品、衣類、工芸品、そして秘密裏に月光石も含まれているはずだった。


「おはようございます」


ギルバート・マーチャントが三人を迎えた。


「今日は一日よろしくお願いします」


他の護衛冒険者たちも集まっていた。Dランクの戦士が2名、Eランクの魔法使いが1名、Fランクの盗賊が1名。合計で7名の護衛がつくことになった。


「皆さん、今回の護衛任務について説明します」


ギルバートが護衛たちを集めた。


「グリーンヒル村までは100キロの道のりです。途中、『ダークフォレスト』という森を通らなければなりません」


ダークフォレストは盗賊の隠れ家として悪名高い森だった。木々が鬱蒼と茂り、昼間でも薄暗く、複数の隠れ場所がある。


「最近、ブラッドウルフ団の活動が活発化しています。十分注意してください」


「護衛の配置はどうしましょう?」


Dランクの戦士の一人が尋ねた。ガルムという名前の筋骨隆々な男で、大きな盾と剣を装備している。


「先頭と後尾に戦士、側面に魔法使いと盗賊を配置しましょう」


レックスが提案した。


「俺たちの班は偵察を担当します。ミナトの《観察》スキルで前方を探索し、危険を事前に察知する役割です」


「それは良い案ですね」


ギルバートが賛成した。


こうして商隊は王都を出発した。


商隊は街道をゆっくりと進んでいった。


荷馬車は重い荷物を載せているため、速度は時速5キロ程度だった。馬の蹄音、車輪の回る音、商人たちの会話が混じり合って、のどかな旅の音楽を奏でている。


ミナトは商隊の先頭を歩きながら、《観察》スキルで周囲を監視していた。街道沿いの草むら、岩陰、木の影。盗賊が隠れていそうな場所を注意深く調べている。


「何か見えますか?」


セリスが声をかけてきた。


「今のところ異常はありません。でも、あと1時間ほどでダークフォレストに入ります」


「そこが一番危険ですね」


王都を出発してから3時間が経過し、昼食の時間になった。商隊は街道沿いの休憩所で休息を取ることになった。


「お疲れさまです」


ギルバートが護衛たちにパンとスープを配ってくれた。


「ここまでは順調ですね」


「ええ。でも、これからが本番です」


レックスが地図を広げて確認した。


「ダークフォレストは約20キロの区間です。通過するのに4時間ほどかかるでしょう」


「森の中では視界が悪くなります。《観察》スキルの出番ですね」


セリスがミナトを見た。


「頑張ります」


昼食を終えた商隊は、いよいよダークフォレストに向かった。


森の入り口に差し掛かると、空気が一変した。木々が日光を遮り、薄暗く湿った雰囲気が漂っている。鳥の鳴き声も少なく、不気味な静寂が支配していた。


「警戒レベルを最大にしてください」


レックスが護衛たちに指示した。


ミナトは《観察》スキルを最大限に使って、森の奥を見通そうとした。普通なら見えない暗がりの奥、木の陰、茂みの中。細部まで詳しく調べている。


そして、ついに異常を発見した。


「待ってください!」


ミナトが緊急停止の合図を出した。


「どうしました?」


「前方300メートルの木の上に人影があります。弓を構えているようです」


《観察》スキルで、木の枝に隠れている弓兵を発見したのだ。


「盗賊か!」


レックスが弓を構えた。


「他にもいるかもしれません。詳しく調べます」


ミナトは森全体を《観察》スキルで調査した。すると、複数の人影が隠れていることが分かった。


「左右の茂みにも3名ずつ隠れています。後方にも2名。合計で9名の盗賊がいます」


「9名か…多いな」


「でも、事前に発見できたのは大きなアドバンテージです」


セリスが冷静に分析した。


「奇襲を防げれば、十分対応可能です」


護衛たちは迎撃の準備を始めた。


「ブラッドウルフ団め、ついに出てきたな」


ガルムが盾を構えた。


「皆さん、慌てずに対応しましょう」


レックスが冷静に指示を出した。


「ミナト、盗賊たちの詳しい位置を教えてくれ」


「前方の木の上に弓兵が1名。左の茂みに3名、右の茂みに3名。後方の岩陰に2名です」


「分かった。セリス、魔法で茂みの敵を炙り出してくれ」


「了解しました」


セリスが魔法の詠唱を始めた。《風魔法》で茂みを揺らし、隠れている盗賊を暴き出す作戦だ。


「《ウィンド・ブラスト》!」


強力な風が茂みを襲い、隠れていた盗賊たちが慌てて飛び出してきた。


「うわあああ!」


「バレたぞ!」


盗賊たちが次々と姿を現した。粗末な武器と防具を身に着けた、いかにも悪人という風貌の男たちだった。


「総攻撃だ!」


盗賊のリーダーらしき男が叫んだ。元軍人のボルガだろう。鎧を着込んだ屈強な男で、大きな戦斧を振り回している。


戦闘が始まった。


レックスが弓で木の上の敵を狙撃し、ガルムが盾で前線を支えた。セリスは《火炎魔法》で敵を牽制し、他の護衛たちも各自の武器で応戦している。


しかし、ミナトは戦闘に参加できない。《観察》スキル以外に戦闘能力がないのだ。


「ミナト!商隊の安全を確認してくれ!」


レックスが戦闘中に指示を出した。


「分かりました!」


ミナトは商隊の方に駆け戻った。商人たちは荷馬車の陰に隠れて震えている。


「大丈夫ですか?」


「あ、ありがとう…」


ギルバートが青ざめた顔で答えた。


ミナトは《観察》スキルで荷馬車を調べた。すると、月光石が隠されている場所が分かった。第3番目の荷馬車の底に、厳重に梱包されて隠されている。


「この荷馬車を特に守らないといけませんね」


「え?なぜ分かるんですか?」


「《観察》スキルで見えるんです」


その時、戦闘の音が変化した。金属がぶつかり合う音が激しくなっている。


「レックスさんたちが苦戦してるようです」


ミナトは戦場に目を向けた。《観察》スキルで状況を分析する。


レックスは木の上の弓兵を倒したが、ボルガの戦斧に苦戦している。セリスは魔法で複数の敵を相手にしているが、魔力の消耗が激しそうだ。ガルムは盾で頑張っているが、押され気味だった。


『何か手伝えることはないか』


ミナトは《観察》スキルで戦場全体を詳しく調べた。すると、興味深いことに気づいた。


ボルガが立っている場所の足元に、古い落とし穴の跡があるのだ。おそらく昔、別の盗賊が掘ったものだろう。草で覆われているが、《観察》スキルなら見抜くことができる。


「レックスさん!ボルガを左に3歩誘導してください!」


ミナトが大声で叫んだ。


「3歩左?分かった!」


レックスは意味を理解せずとも、ミナトの指示を信じて行動した。巧みな弓術でボルガを左に移動させる。


そして、ボルガが落とし穴の真上に来た瞬間。


「今です!」


ミナトが叫ぶと同時に、ボルガは地面に崩れ落ちた。


「うわああああ!」


落とし穴にはまったボルガは、一時的に戦闘不能になった。


「やったぞ!」


その隙に、レックスとガルムが他の盗賊たちを制圧した。セリスの魔法と合わせて、見事に勝利を収めたのだった。


戦闘が終わると、護衛たちは安堵の表情を浮かべた。


「ミナト、ナイスアシストだった!」


レックスが興奮して言った。


「どうして落とし穴があると分かったんだ?」


「《観察》スキルで地面の異常を発見しました。昔の落とし穴の跡が残っていたんです」


「すごいですね。戦闘に参加しなくても、十分に貢献していますよ」


セリスが感心したように言った。


捕らえられた盗賊たちは、王都の衛兵に引き渡すために縛り上げられた。ボルガも落とし穴から引き上げられ、怪我の治療を受けた後で拘束された。


「今回は本当にありがとうございました」


ギルバートが深々と頭を下げた。


「皆さんのおかげで、貴重な荷物を守ることができました」


月光石の件は表立って語られなかったが、ギルバートの感謝は本物だった。


商隊は無事にダークフォレストを抜け、夕方にはグリーンヒル村に到着した。のどかな農村で、住民たちが温かく迎えてくれた。


「今夜は村の宿でゆっくり休んでください」


村長が言った。


「明日は村の特産品を見学していただけます」


三人は村の宿『麦の穂亭』で夕食を取った。地元の食材を使った素朴な料理が美味しかった。


「今日は本当にお疲れさまでした」


セリスがグラスを掲げた。


「ミナトさんの活躍がなければ、もっと苦戦していたでしょう」


「そんなことありません。皆さんの戦闘があったからこそです」


「でも、君の《観察》スキルは本当に有用だな」


レックスが感心したように言った。


「戦闘以外でも、これだけ活躍できるとは思わなかった」


ミナトは嬉しかった。ついに、本当の意味で仲間の役に立つことができたのだ。


「これからも、三人で一緒に頑張りましょう」


「ええ、もちろんです」


三人はグラスを合わせた。


翌日、商隊は王都への帰路についた。帰りは荷物が少なく、盗賊に襲われる心配もないため、気楽な旅だった。


王都に戻ると、報酬として約束の銀貨5枚に加えて、ボーナスとして銀貨2枚が追加された。盗賊の捕獲に貢献したからだ。


「今回の件で、君たちの評判は大いに上がったよ」


受付のリリアが言った。


「特にミナトさんの《観察》スキルは、多くの冒険者の注目を集めています」


実際、ギルド内でミナトを見る目が変わっていた。最初は「最弱スキルの転生者」として軽視されていたが、今では「有能な調査specialist」として認識されている。


「次回の依頼も、楽しみにしています」


三人は満足してギルドを後にした。


ミナトにとって、この日は重要な転換点だった。戦闘はできないが、《観察》スキルを活かして仲間を支援することができる。それが分かっただけでも、大きな成長だった。


そして何より、信頼できる仲間ができたことが一番の収穫だった。セリスとレックス。彼らと一緒なら、どんな困難も乗り越えられる気がした。


『俺にも、やれることがある』


ミナトは心の中でそう確信していた。


異世界での新しい生活は、ついに本格的に動き出したのだった。


第3話 終

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