第11話:決戦準備
エルヴァリアとの交流協定から三ヶ月が経った。
ミナトは王国魔法研究所の最深部にある特別研究室で、《真理の眼》への進化に向けた修行を続けていた。魔王ゼル・エンブリオから受け継いだ記憶を基に、宇宙の根本法則について学んでいる。
「時間の本質は、観測者の意識と密接に関係している」
古代エルヴァナ文明の最高機密文書を読みながら、ミナトは深遠な理論に没頭していた。机の上には、エルヴァリアから提供された貴重な資料も山積みになっている。
「空間もまた、固定的なものではなく、意識によって変化する可能性を持つ」
これらの理論は、現代の魔法学では到底理解できない高度な内容だった。しかし、《理知の眼》の力があれば、抽象的な概念も直感的に理解することができる。
「因果律すら、絶対的なものではない」
突然、研究室のドアが勢いよく開かれた。
「ミナト!大変だ!」
駆け込んできたのはレックスだった。顔面蒼白で、明らかに動揺している。
「どうしたんですか?」
「王都の北部で、巨大な魔法陣が出現した」
「魔法陣?」
「それも、今まで見たことがないような規模だ」
ミナトは急いで資料を片付け、レックスと共に現場に向かった。
王都北部の丘陵地帯に到着すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
直径約1キロメートルの巨大な魔法陣が地面に刻まれており、複雑な幾何学模様が不気味に光っている。中央部分には、巨大な召喚円が配置されていた。
「この規模は…」
ミナトは《理知の眼》で魔法陣を詳しく分析した。すると、恐ろしい事実が判明した。
「これは召喚魔法陣です。それも、極めて強大な存在を召喚するためのものです」
「召喚?何を召喚するつもりなんだ?」
「分析してみます」
《理知の眼》で魔法陣の構造を解読していくと、古代文字で書かれた召喚対象の名前が見えてきた。
「『ゼル・エンブリオ・オリジナル』…」
ミナトの血の気が引いた。
「魔王ゼル・エンブリオの『オリジナル』?」
「どういうことですか?」
「これまで戦ってきた魔王は、オリジナルの『影』のような存在だったようです」
魔王の記憶を詳しく調べると、衝撃的な真実が明らかになった。
1000年前に封印された魔王ゼル・エンブリオは、実は本体ではなく、真の魔王の一部分に過ぎなかった。本体は別次元に封印されており、これまでの魔王は本体から分離した意識の断片だったのだ。
「つまり、これまでの戦いは前哨戦だったということですか?」
「そういうことになります」
そして、この召喚魔法陣は、その真の魔王本体を現実世界に呼び出すためのものだった。
「誰がこんなことを?」
その時、魔法陣の中央から人影が現れた。
現れたのは、見覚えのない黒いローブを着た人物だった。フードを深くかぶっているため顔は見えないが、強大な魔力のオーラを放っている。
「ついに気づいたか、観測者よ」
その声は、男でも女でもない、不気味な合成音声のようだった。
「あなたは誰ですか?」
「我は『真理の探求者』」
謎の人物が名乗った。
「真の魔王を復活させ、この世界を真理の光で満たすことを使命とする者だ」
「真理の光?」
「そうだ。現在の世界は偽りに満ちている」
真理の探求者が熱弁を振るい始めた。
「神々が作り上げた虚構の世界、人間たちの偽善的な平和。全てが偽物だ」
「真の魔王ゼル・エンブリオ・オリジナルだけが、この世界に真実をもたらすことができる」
「それは間違っています」
ミナトが反論した。
「平和は偽物ではありません。人々の幸せは本物です」
「幸せ?」
真理の探求者が嘲笑した。
「無知ゆえの幸せなど、価値があるのか?」
「真実を知れば、人間は絶望する。だからこそ、真理の力で世界を再構築する必要があるのだ」
狂信的な思想だった。真理という名の破壊衝動に駆られた危険な存在だ。
「召喚を阻止します」
「阻止?」
真理の探求者が面白そうに言った。
「できるものならやってみろ」
「ただし、召喚は既に開始されている。もう止めることはできない」
魔法陣の光が急激に強くなり、中央の召喚円から巨大な影が立ち上がり始めた。
「来るぞ」
レックスが弓を構えた。
しかし、現れたのは魔王ではなく、別の存在だった。
召喚されたのは、巨大な水晶でできた人型の存在だった。高さ20メートルほどで、全身が透明な水晶で構成されている。内部には複雑な魔法回路が見え、強大なエネルギーが流れている。
「『真理の審判者』だ」
真理の探求者が説明した。
「魔王復活の前に、この世界の価値を審判する存在だ」
水晶の審判者は、周囲を見回しながら何かを評価しているようだった。そして、突然王都の方角を向いた。
『この世界の文明レベルを測定する』
審判者が機械的な声で宣言した。
『測定基準:真理への到達度、知識の深度、存在の純粋性』
『測定開始』
審判者の頭部から光線が発射され、王都全体をスキャンし始めた。人々の知識、思想、魂の純度まで、あらゆる要素が測定されている。
「何をしているんですか?」
「審判だ」
真理の探求者が冷淡に答えた。
「この世界が真の魔王を迎えるに値するかを判定している」
「もし不合格なら?」
「世界は浄化される」
恐ろしい答えだった。
『測定完了』
審判者が結果を発表した。
『真理への到達度:18%』
『知識の深度:24%』
『存在の純粋性:31%』
『総合評価:不合格』
『浄化プロトコル開始』
審判者の全身が光り始め、破壊的なエネルギーが蓄積されていく。
「まずい!王都が危険だ!」
「何とか阻止しなければ」
ミナトは《理知の眼》で審判者の構造を分析した。水晶の内部に制御核があり、そこを破壊すれば機能を停止させることができるかもしれない。
「制御核を狙います」
「でも、あの高さでは攻撃が届かない」
その時、空から援軍が現れた。
「ミナト!援護するぞ!」
勇者カイルが《神速》のスキルで空中を駆け抜け、審判者に肉薄した。
「カイルさん!」
「一人で来たんですか?」
「《雷光の剣》と《鋼鉄の刃》も来ている」
カイルの指差す方向から、仲間たちが続々と現れた。エミリア、《大魔法使い》と《神速》の転生者、そしてガロンたちも駆けつけている。
「緊急事態と聞いて、急いで来ました」
セリスも到着した。
「この状況は?」
「真理の審判者による世界の浄化です」
ミナトが簡潔に説明した。
「阻止するには、制御核を破壊する必要があります」
「分かりました」
「連携攻撃で行きましょう」
三つのパーティが連携して、審判者への攻撃を開始した。
カイルの《雷光剣》、《大魔法使い》の《火炎魔法》、ガロンの投擲攻撃、セリスの《風魔法》。様々な攻撃が審判者に襲いかかる。
しかし、水晶の装甲は予想以上に堅固で、攻撃を弾き返してしまう。
「効かない!」
「より強力な攻撃が必要です」
ミナトは《理知の眼》で審判者の弱点を探した。すると、特定の周波数の振動に対して脆弱性があることが分かった。
「音波攻撃が有効です」
「音波?」
「特定の周波数で振動させれば、水晶が共鳴して砕けます」
しかし、そのような攻撃手段を持つ者はいなかった。
「どうすれば…」
その時、ミナトは魔王の記憶から重要な情報を思い出した。
「みんなで同じ音程で声を出してください」
「声?」
「はい。人間の声も音波の一種です。全員で同調すれば、十分な威力になります」
「どんな音程ですか?」
ミナトは《理知の眼》で水晶の共鳴周波数を正確に測定した。
「この音程です」
ミナトが見本を示すと、全員がその音程に合わせて声を出した。
十数名の声が同調し、強力な音波が形成される。
「効いています!」
審判者の水晶装甲にひびが入り始めた。共鳴によって内部構造が不安定になっている。
「もう少しです!」
全員が力を込めて発声を続けると、ついに審判者の制御核が露出した。
「今です!」
カイルが《雷光剣》で制御核を一閃した。
審判者は機能を停止し、巨大な水晶の山と化した。
「やったぞ!」
しかし、真理の探求者は動じていなかった。
「審判者など、所詮は前座に過ぎない」
「真の召喚は、これからだ」
魔法陣の光が再び強くなり、今度は本格的な召喚が始まった。
次元の壁に巨大な亀裂が生じ、その向こうから圧倒的な魔力が漏れ出してくる。
『ついに…ついに時が来た…』
魔王ゼル・エンブリオ・オリジナルの声が響いた。これまでの魔王とは比較にならない威圧感だ。
『1000年の封印を破り、我が真の姿を現す時が来た』
『観測者よ…汝はよく戦った…』
『だが、真の魔王の前では無力だ』
次元の亀裂から、巨大な手が現れた。それだけで地面が激しく震動する。
「これが真の魔王…」
ミナトは《理知の眼》で分析を試みたが、あまりの力の差に正確な測定ができない。
これまでの魔王が小川だとすれば、オリジナルは大海のような存在だった。
「どうすれば…」
その時、心の奥から懐かしい声が聞こえてきた。
『観測者よ、慌てることはありません』
意識の魔王ゼル・エンブリオの声だった。
『私の記憶の中に、オリジナルを封印する方法があります』
「封印方法?」
『《真理の眼》の力が必要です』
「でも、まだ《真理の眼》には到達していません」
『緊急時の覚醒方法があります』
『ただし、リスクが伴います』
「どのようなリスクですか?」
『覚醒に失敗すれば、あなたの意識が消滅する可能性があります』
「…やります」
ミナトは迷わず決断した。
「世界を守るためなら」
『分かりました。では、手順を説明します』
意識の魔王から、緊急覚醒の方法を教わった。《理知の眼》を無理やり《真理の眼》に進化させる危険な技術だ。
「みんな、僕から離れてください」
「ミナト、何をするつもりだ?」
「《真理の眼》への緊急覚醒です」
「危険すぎます!」
セリスが反対した。
「失敗すれば死んでしまいます」
「でも、他に方法がありません」
ミナトは仲間たちの心配を振り切り、覚醒の準備を始めた。
『まず、自分の存在を完全に理解してください』
意識の魔王の指導に従い、ミナトは自己観測を極限まで深めた。肉体、精神、魂、そして存在そのものの本質まで。
『次に、宇宙の法則を直感的に把握してください』
これまで学んだ理論的知識を、直感的な理解に昇華させる。時間、空間、因果律、確率。全ての法則が頭の中で統合されていく。
『最後に、観測対象との境界を消去してください』
これが最も危険な段階だった。自分と宇宙の境界を曖昧にし、全てを一体として認識する。
「うあああああ!」
激痛が走った。意識が拡散し、自我の境界が崩壊していく。
このまま消滅してしまうかもしれない。
しかし、仲間たちの声が聞こえてきた。
「ミナト!頑張れ!」
「君ならできる!」
「私たちを信じて!」
仲間たちの声が、ミナトの意識を繋ぎ止めてくれた。
そして、ついに覚醒の瞬間が訪れた。
《真理の眼》——宇宙の根本法則を直接操作する究極の力。
世界の見え方が完全に変わった。時間の流れ、空間の構造、因果関係、存在確率。全てが数式のように明確に見える。
そして、魔王オリジナルの正体も完全に理解できた。
「あなたは…宇宙の法則そのものなんですね」
『気づいたか、観測者よ』
魔王オリジナルが現れた。その姿は、これまでの魔王とは全く異なっていた。
具体的な形を持たず、純粋なエネルギーと法則の集合体。まさに宇宙の根本原理が意識を持ったような存在だった。
『我は宇宙の「混沌」を司る法則』
『秩序に対する混沌、調和に対する不調和』
『存在するものを非存在に導く根本原理』
「なぜそんなことを?」
『それが我の本質だからだ』
『宇宙には秩序と混沌が必要』
『しかし、この世界は秩序に偏りすぎている』
『だからこそ、混沌を注入する必要がある』
魔王オリジナルの理論は、ある意味で正しかった。宇宙の均衡を保つためには、確かに混沌も必要だ。
しかし、その方法が間違っている。
「混沌は必要かもしれません」
ミナトが《真理の眼》で対話した。
「でも、破壊的な混沌ではなく、創造的な混沌があるはずです」
『創造的な混沌?』
「はい。多様性、可能性、創発性。これらも混沌の一種です」
ミナトは《真理の眼》で新しい均衡理論を構築した。
破壊ではなく創造による混沌。対立ではなく協調による多様性。
「この世界には、既に適度な混沌があります」
「人々の個性、文化の違い、価値観の多様性。これらが創造的な混沌です」
『興味深い理論だ』
魔王オリジナルが考え込んだ。
『確かに、破壊だけが混沌ではない』
『創造もまた、混沌の一面か』
「そうです。だから、破壊的な混沌は必要ありません」
『…理解した』
魔王オリジナルが決断した。
『汝の理論を受け入れよう』
『我は破壊的混沌の道を捨て、創造的混沌の道を歩む』
『この世界の多様性を見守る存在となろう』
こうして、史上最大の危機が、対話によって解決された。
魔王オリジナルは破壊者ではなく、多様性の守護者として新たな役割を見つけた。
しかし、真理の探求者は納得しなかった。
「馬鹿な!魔王が人間と妥協するなど!」
「これは我が計画ではない!」
真理の探求者が暴走し、独自の破壊魔法を発動しようとした。
『愚か者め』
魔王オリジナルが手を振ると、真理の探求者は一瞬で消滅した。
『真理を歪める者は、混沌の敵でもある』
こうして、全ての脅威が排除された。
《真理の眼》への覚醒により、ミナトは宇宙レベルの存在と対等に対話できるようになった。
そして、魔王オリジナルという最強の協力者を得ることができた。
「ミナト、大丈夫か?」
意識を失いかけたミナトを、仲間たちが支えてくれた。
「はい…何とか」
《真理の眼》の力は強大だが、使用後の反動も大きい。しばらくは安静が必要だった。
「すごい力でしたね」
セリスが感嘆した。
「魔王と対等に対話するなんて」
「でも、危険すぎます」
レックスが心配した。
「今度はもっと慎重に使ってください」
「はい」
数日後、ミナトは完全に回復していた。
《真理の眼》は通常時は封印し、緊急時のみ使用することにした。日常的に使うには、あまりにも危険すぎる力だった。
「魔王オリジナルはどこに行ったんでしょう?」
「宇宙の均衡を見守るため、別次元に戻りました」
ミナトには、魔王オリジナルとの精神的なリンクが残っていた。必要な時には連絡を取ることができる。
「これで本当に平和になりますね」
「はい。少なくとも、魔王関連の脅威は終わりました」
しかし、ミナトは《真理の眼》で見た未来の断片を思い出していた。
この世界には、まだ多くの危険が潜んでいる。異次元からの侵略者、古代文明の遺産、そして宇宙規模の脅威。
魔王との戦いは終わったが、真の冒険はこれから始まるのかもしれない。
「でも、今は平和を楽しみましょう」
「そうですね」
しかし、その平和は長くは続かなかった。
翌週、王都に緊急事態が発生した。各地で空間の歪みが報告され、異次元からの侵入者が確認されたのだ。
「また新たな脅威ですか」
ミナトは王国政府の緊急会議に召集されていた。
「《真理の眼》で状況を分析してもらえませんか?」
国王の要請により、ミナトは慎重に《真理の眼》を発動した。すると、驚くべき事実が判明した。
「魔王オリジナルとの戦いの影響で、次元の壁が不安定になっています」
「つまり?」
「複数の異世界から、様々な存在がこの世界に流入している可能性があります」
事態は予想以上に複雑だった。
魔王オリジナルとの戦いで使用された強大な力が、時空連続体に影響を与えていたのだ。その結果、通常では絶対に交わることのない異なる次元の世界が、一時的に接続されてしまった。
「どのような存在が侵入しているのでしょうか?」
「様々です。機械文明の世界からは自律兵器、魔法文明からは古代の魔術師、そして…」
ミナトの表情が曇った。
「『虚無の世界』からは、存在を消去する能力を持つ『イレイザー』という種族が侵入しています」
「存在を消去?」
「はい。触れたものを完全に無かったことにする能力です」
恐ろしい敵だった。物理攻撃も魔法攻撃も、存在自体を消去されてしまえば意味がない。
「対処法はありますか?」
「《真理の眼》なら対抗可能ですが…」
ミナトは躊躇した。《真理の眼》の使用は、自分自身にも大きなリスクを伴う。
「でも、やるしかありません」
その時、会議室のドアが開き、意外な人物が現れた。
「失礼します」
現れたのは、エルヴァリアの調査官アリエルだった。しかし、その表情は深刻で、明らかに緊急事態を告げに来ている。
「アリエルさん?なぜここに?」
「実は、エルヴァリアでも同様の現象が起きています」
彼女が持参した報告書には、衝撃的な内容が記されていた。
「『次元大崩壊』の兆候が観測されています」
「次元大崩壊?」
「複数の世界の次元壁が同時に崩壊し、全ての世界が一つに融合してしまう現象です」
それは宇宙規模の大災害だった。もし次元大崩壊が起きれば、無数の世界が混沌の中で消滅してしまう。
「原因は?」
「魔王オリジナルとの戦いで使用された《真理の眼》の力が、時空連続体に予想以上の負荷をかけたようです」
ミナトは愕然とした。自分の力が、宇宙規模の災害を引き起こしていたのだ。
「私のせいで…」
「いえ、あなたのせいではありません」
アリエルが慰めた。
「魔王オリジナルとの戦いは避けられませんでした。そして、《真理の眼》を使わなければ、もっと悪い結果になっていたでしょう」
「でも、責任は感じます」
「ならば、その責任を果たしましょう」
アリエルが提案した。
「エルヴァリアの『世界修復技術』と、あなたの《真理の眼》を組み合わせれば、次元大崩壊を阻止できるかもしれません」
「世界修復技術?」
「時空連続体の損傷を修復する古代技術です。ただし、極めて高度な観測能力が必要で、これまで実用化されていませんでした」
「《真理の眼》なら可能ということですね」
「はい。しかし、作業は非常に危険です」
アリエルが警告した。
「失敗すれば、修復者の存在そのものが時空から消去される可能性があります」
重大な決断を迫られた。
しかし、ミナトに迷いはなかった。
「やります」
「ミナト…」
セリスが心配そうに見つめた。
「私たちも一緒に行きます」
「でも、危険すぎます」
「一人で背負う必要はありません」
レックスも決意を示した。
「俺たちは《蒼き観察者》だ。一緒に戦ってきた仲間だ」
「そうです」
カイルも同意した。
「《雷光の剣》も協力します」
「《鋼鉄の刃》もです」
ガロンが力強く宣言した。
「みんな…」
ミナトは仲間たちの支援に深く感動した。
こうして、次元大崩壊阻止作戦が開始された。
作戦の舞台は、『次元の狭間』と呼ばれる特殊な空間だった。
エルヴァリアの技術によって作られた転移装置で、一行は次元の狭間に送り込まれた。
そこは常識を超越した世界だった。
上下の概念がなく、重力も存在しない。時間の流れも不安定で、過去と未来が混在している。そして、無数の世界の断片が漂っており、それぞれ異なる法則で動いている。
「これが次元の狭間…」
セリスが呟いた。
「魔法の反応が全く読めません」
「物理法則も不安定だ」
レックスが困惑した。
「弓の軌道が計算できない」
しかし、ミナトには《真理の眼》があった。混沌とした次元の狭間でも、根本的な法則は見抜くことができる。
「皆さん、僕の後についてきてください」
ミナトが先導し、一行は次元の狭間を進んでいった。
途中、様々な異世界の住人と遭遇した。
機械文明の自律兵器、魔法文明の古代魔術師、そして虚無の世界のイレイザー。どれも強大な敵だったが、全パーティの連携により何とか撃退することができた。
「あそこです」
ミナトが指差した先には、巨大な亀裂があった。
そこから無数の世界が漏れ出しており、混沌とした光景を作り出している。これが次元大崩壊の震源地だった。
「どうすれば修復できるのですか?」
「《真理の眼》で亀裂の構造を完全に理解し、エルヴァリアの修復技術で元の状態に戻します」
しかし、修復作業は想像以上に困難だった。
次元の亀裂は、単純な物理的損傷ではない。時空連続体の根本的な構造が歪んでおり、複数の現実が重なり合って混沌を生み出している。
「複雑すぎます」
ミナトは《真理の眼》で分析を続けたが、完全な理解には至らない。
「このままでは修復できません」
その時、心の奥から懐かしい声が聞こえてきた。
『観測者よ、手伝いましょう』
意識の魔王ゼル・エンブリオの声だった。
『私の記憶には、時空連続体に関する深い知識があります』
「魔王…」
『そして、魔王オリジナルも協力してくれるでしょう』
突然、次元の狭間に巨大な存在が現れた。魔王オリジナルだった。
『観測者よ、我も力を貸そう』
『この混沌は、我が本来望んだものではない』
『真の混沌とは、秩序の中に隠された多様性のこと』
『このような破壊的混沌は、排除されるべきだ』
魔王オリジナルの協力により、修復作業は大きく前進した。
《真理の眼》と魔王の知識、そしてエルヴァリアの技術を組み合わせることで、ついに次元亀裂の完全な構造を把握することができた。
「修復開始です」
ミナトは《真理の眼》を最大出力で展開し、亀裂の修復を開始した。
時空連続体の歪みを正し、漏れ出した世界を元の次元に戻していく。膨大なエネルギーと精神力が必要な作業だった。
「頑張って、ミナト」
仲間たちが精神的に支援してくれた。その想いが、ミナトの力を増幅させる。
『我々も力を貸そう』
魔王オリジナルと意識の魔王も、修復作業に参加した。
三つの力が合わさることで、ついに次元亀裂の修復に成功した。
漏れ出していた世界の断片が元の次元に戻り、時空連続体の安定性が回復した。
「やりました!」
「次元大崩壊を阻止できました」
しかし、作業の代償は大きかった。
ミナトは《真理の眼》の過度な使用により、意識を失った。そして、なかなか目を覚まさない。
「ミナト!しっかりして!」
セリスが必死に呼びかけたが、反応がない。
《真理の眼》の力は強大すぎて、人間の精神には負荷が大きすぎるのだ。
その時、魔王オリジナルが提案した。
『観測者の精神を安定化させましょう』
『我が力の一部を分与します』
『これにより、《真理の眼》の使用によるリスクを軽減できるでしょう』
魔王オリジナルの力により、ミナトの精神は安定化された。そして、ついに意識を取り戻した。
「みんな…」
「ミナト!良かった」
仲間たちが安堵の表情を見せた。
「心配しました」
「すみません。でも、成功しました」
次元大崩壊の危機は去り、宇宙の均衡が回復した。
そして、ミナトは魔王オリジナルから新たな能力を授かった。《真理の眼》をより安全に使用できる『調和の力』だった。
『これで、汝は真の意味で宇宙の守護者となった』
魔王オリジナルが祝福の言葉を述べた。
『観測と調和の力で、宇宙の平和を守り続けてくれ』
こうして、史上最大の危機が解決された。
次元の狭間から現実世界に戻った一行は、王都で盛大な歓迎を受けた。
「宇宙を救った英雄たち」として、各国から賞賛の声が寄せられた。
しかし、ミナトにとって最も嬉しかったのは、仲間たちと共に過ごせる平和な日々だった。
「これからどうしますか?」
セリスが尋ねた。
「引き続き冒険者として活動しますか?」
「はい」
ミナトは迷わず答えた。
「でも、今度はもっと身近な人々を助ける冒険をしたいです」
「身近な?」
「迷子の猫探しから始まった僕の冒険を思い出してください」
ミナトは初心を忘れていなかった。
「小さな問題でも、困っている人にとっては大きな問題です」
「そうですね」
レックスが同意した。
「俺たちの原点は、人々を助けることだった」
「宇宙を救うのも大切ですが、目の前の一人を救うことも同じく大切です」
カイルも納得した。
「僕たちは原点に戻りましょう」
こうして、《蒼き観察者》《雷光の剣》《鋼鉄の刃》の三つのパーティは、再び日常的な冒険者活動に戻ることになった。
しかし、今度は特別な使命も背負っている。
ミナトの《真理の眼》は、宇宙の均衡を監視し、新たな脅威を早期発見する役割を担うことになった。平和な日常を守るための、見えない戦いを続けていくのだ。
数ヶ月後、ミナトは再び王都のギルドで依頼書を眺めていた。
《迷子の猫探し》《失くした指輪の捜索》《古代遺跡の調査》。
様々な依頼が張り出されているが、どれも等しく重要に見える。
「今日はどの依頼にしますか?」
セリスが尋ねた。
「そうですね…」
ミナトは《観察》スキル——いや、今は《真理の眼》だが、日常では控えめに使用している——で依頼書を見回した。
「これにしましょう」
ミナトが選んだのは、《行方不明の子供の捜索》だった。
「心配している家族のために、急いで解決してあげましょう」
「はい」
仲間たちも同意した。
こうして、最強の力を手に入れた《蒼き観察者》の新たな日常が始まった。
宇宙を救った英雄たちが、今日も小さな幸せのために活動している。
それこそが、真の英雄の姿なのかもしれない。
ミナトの冒険は、これからも続いていく。
最弱スキルから始まった物語は、最強の力を得てもなお、人々を助けるという初心を忘れることはなかった。
そして、平和な世界で多くの小さな奇跡を起こし続けていくのだった。
時折、《真理の眼》で宇宙の状況を確認する。今のところ、大きな脅威は見当たらない。魔王オリジナルは約束通り、創造的混沌の守護者として宇宙の多様性を見守っている。
『平和な時代が続きますように』
ミナトは心の中で祈った。
しかし、平和は与えられるものではなく、作り続けるものだ。
《蒼き観察者》として、仲間たちと共に、一日一日を大切に過ごしていこう。
それが、ミナト・カワグチという少年が異世界で見つけた、本当の意味での冒険だった。
第11話 終