ケモノが現れた――(ラムザと対峙)
そのとき、突き刺すような気配がよぎる――。
それに気づき、辺りを見回した時には、もう終わっていた。
――突如、カイトの横から黒い塊が飛び込んできたのだ。
一瞬のことで、誰も何が起こったのか理解できなかった。
唯一、反応できたのは、カイトだけで……。
咄嗟に剣でガードしたものの、衝撃をいなすことができず、カイトの身体は宙に飛ばされた。背中から地面に叩きつけられ、カイトはそのまま起き上がってこなかった。
アレは別格だった。
その毛並みは黒々しく輝き、まるで鉄の塊のような力強さを感じる。頭部は通常のオオカミよりも大きく、牙は顔面から収まりきらないくらい巨大で、一瞬で獲物をしとめる力を秘めていた。この世の者とは思えないほどの存在が、そこにいた。
「怯むなっ、全員でかかれっ!」
ラムザの声で、兵の者が一斉に槍で貫こうとするも、
「なっ!」
兵の槍は虚しくも空を切るだけだった。
その黒い身体はとても素早く、俊敏な動きで相手の攻撃をかわし、迫りくる攻撃を全て回避した。隊員の攻撃が掠っても、そのうねる様な毛並みで滑り、誰一人ケモノを捉えられなかった。
「皆の者、退けっ! 私に任せろっ!」
兵を後ろに下がらせ、ラムザは地面を蹴って一気に距離を詰めた。
ラムザの、大気を引き裂くほどの槍の突きが、そのケモノの脳天へと目掛けて飛び出す。あのひと振りでオオカミどもを蹴散らしたほどの一撃。喰らえばひとたまりもない。
……しかし俊敏なケモノには当たらない。
「まだまだっ……ここからっ!」
それでもラムザは構えた槍を突き出しては引き、引いてはは素早く突き出だしていく。
一呼吸の間に一〇の突きを繰り出し、その内の一つがケモノの身体に掠った。
右へ、左へと、上から下へと……槍の穂先を自在に動かし、時に緩急をつけては少なく繰り出し、また時に一〇よりも多くを繰り出した。
ラムザの槍撃は徐々にケモノを圧倒し、その穂先がケモノの肉体へと届いたそのとき。
「——っつ」
完璧に捉えたっ!……と思ったら、弾かれてしまった。
まるで鋼鉄の塊だった。
渾身の一撃だったのに、ケモノはビクともせず、逆にこちらの手が痺れるほどだった。それほどに、無慈悲なほど手ごたえがない。
これでは無理だと、誰もがそう思ったとき。
「うおーーーーっ!」
それでも諦めずに、ラムザは気合の声を発しながら槍撃を繰り出す。
最初は一つも当たらなかったのに、今は二〇の内その半分がケモノの身体に届いていた。
例え勝てなくても、このケモノを退くことはできるかもしれない。
そう思い、ラムザは必死に槍を振るった。
「どっ……せいっ!」
そうして力の籠った一撃が、ケモノに入った。
ケモノがいた場所の地面が抉れ、大きく後退したことが分かる。槍の猛攻の内の一つが、ケモノの脳天に直撃し、よろけながら一歩後退させた。
「よ、よっしゃ……ラムザが、ケモノを退かせたっ!」
「あぁ、勝てなくてもいい。このまま、あのケモノが諦めてくれればっ!」
周囲で見守っていた者も、歓声を上げる。
それほどに、今まで手ごたえのあった一撃だった。
これを一〇の内三つほど入っていければ、ケモノは退いてくれるだろう。そんな期待が、皆の胸の中にあった。
だが、ラムザは肌で感じていた。
ケモノの目には未だに諦めの色など、微塵も感じない。ハッキリ言って、これ以上は空しく感じる。その直感は当たっていて。
今度はケモノの方から仕掛けてきたのだ――。
ラムザが突き出した槍の穂先を横から叩かれ、ラムザの身体が僅かに傾いた。その瞬間————。
「ごふっ……⁉」
横から回り込まれ、鈍い音と共に、ラムザは吹っ飛ばされる。
ただ、ケモノは防戦一方だったわけではない。ラムザの動きを見ていただけだ。そして虎視眈々と、反撃のチャンスをうかがっていただけだった。
あのラムザでも、勝てなかった。
他に勝てるものなど、いない。
そう思わされるほどに、化け物は規格外だったのだ。
「ぐるぅぅ……!」
黒い獣のオオカミは、凶暴な眼差しでケレンを見つめていた。
その巨体は大きく、赤い舌を出しながらケレンに近づいてくる。 このケモノと最初に出会ったときに感じた恐怖を、ケレンは再度思い出すことになる。
(僕は死ぬ。ここで殺されてしまう……っ!)
ここのままでは、喰わるのでは――そう思ったとき。
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