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蒼穹のイカロス  作者: レイチェル
番外編——幼少期の兄上(朧げな夢の中で)
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カイトの兄上——⑤

 だから、指南役は躊躇いもなく――。

 

 上段から刀を振り下ろした。


「はぁっ!」

 

 対して、兄上は下段から斬り上げるようにして救い上げた。

 

 兄上と師範代の、刀と刀が重なり合う。


 その瞬間——。

 

 兄上は、刀を平らにした。


 そして下に巻き込むようにして指南役の刀を逸らす。


「っつ!」


 指南役は勢いよく突っ込んでいるため、止まるすべはない。半身になっている兄上の横を大きく逸れて空振った。

 

 待ち受けているのは、兄上が突き出している刀。


 ――スッ。


 そこには、肉を断った音すらもなかった。


 平突き。


 あばらをすり抜けて、心臓を一突きする。


 刀は横に対しての抵抗は弱い。

 少しの力が加わることで、逸れていってしまう。だから兄上は、刀と刀が面で接した瞬間に、手首を返して指南役の刀を逸らしたのだ。


 これは、木刀同士では有り得ない事だった。手首を返しても、弾かれるようにして浮き上がるだけ。刀と違って厚みのある木刀では、ただ弾くような格好になってしまう。


 だが、兄上は刀の特性を知ってか、それをやって見せた。あの土壇場で、迷いもなく、指南役の胸を貫いて見せた。


 あの短時間の打ち込みで、刀というものを理解してしまったのだ。


 しかも、技だけではない。


 心理戦も、真剣勝負に用いた。


 兄上が攻め相手が焦っていることを見るや、今度は撃ち込まれ、壁際まで追い込まれる。そして下段という無防備な隙を作って見せた。


 相手にとって、またとない好機と映ったことであろう。


 そして思いっきり打ち込んできたところを――。


 平突きで、返す。

 

 余りにも、冷静かつ非情。

 

 それを、刀を初めて握った七歳でやってみせた。

 

 しかも四〇を超えた、剣術指南役を相手に、だ。

 

 刀をスッと抜き、兄上は横に逸れた。

 

 指南役の息は、既にこと切れている。所在なくした身体が道場の壁にもたれかかって、ずるずると落ちていった。


「立ち会っていただき、ありがとうございました」

 

 兄上は深々とお辞儀をした。

 

 そこには、奢りなど微塵も感じなかった。腰を深く曲げ、とても丁寧なもの。まるでその姿は蕾が頭を垂れる姿のようで、優雅で美しい。内面からにじみ出る品格があった。

 

 兄上は、七歳でその境地に至っている。


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