カイトの兄上——⑤
「はあぁぁぁぁっ!」
今度は、指南役が連撃を繰り出す。
しかし、先ほどのようなフェントは混ぜていない、力任せの連撃。
道場全体に、刃風が飛んでいきそうなくらいの勢いがあった。
それは焦りから来るモノだった。
これは命の取り合い。
通常の戦いとは違い、命という重みがのしかかってくる。
だからこそ、冷静でいられるわけがない。
しかし、兄上は反撃する様子はなかった。
先ほどのような果敢な打ち込みはなく、冷静に捌いては飛びのいて後退していく。
しかし――。
このまま下がり続けては、壁まで追いやられてしまうだろう。
それでも兄上の目は、相手を真っすぐ見据えていた。
そして臆することなく。
下段へと構えた。
「えっ?」
思わず、周囲の者は声を上げた。
剣道において、下段の構えはない。
そこに理が全くないからだ。
剣道において、面・胴・小手・突きの四ヶ所で、全ての打突部位が上半身。下半身の有効部位などない。下段で構えてしまったら、一度上げてからそららの部位を狙わなければいけない。ワンテンポ遅れてしまう。
それに加えて、下段の構えは無防備。
突きと面を晒してしまっている。防ごうとしても、やはり遅れてしまう。これでは、打ち込んでくださいと、言っているようなものだ。
あまりにも下策。剣の道に学んでいる身からすると、あり得ない選択。
攻めにも、守りにもならない。
全く理のない、ただ隙だらけの構え。
「……ははは」
指南役から乾いた笑いが零れた。
それは、安堵から来るものだった。
こうして無防備に隙を晒してくれる相手がいる。
打ち込んでくれと言ってくれる相手がいる。
じわりじわりと、徐々に胸の中に焦りが溜まっていく中で、相手の方から差し出してくれた一筋の糸。
これには、笑わずにはいられない。
面白いと思って頂けた方は、ブックマークと評価をして頂けると幸いです!
何卒よろしくお願いします。




