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蒼穹のイカロス  作者: レイチェル
番外編——幼少期の兄上(朧げな夢の中で)
55/60

カイトの兄上——⑤

「はあぁぁぁぁっ!」

 

 今度は、指南役が連撃を繰り出す。

 しかし、先ほどのようなフェントは混ぜていない、力任せの連撃。


 道場全体に、刃風が飛んでいきそうなくらいの勢いがあった。

 

 それは焦りから来るモノだった。


 これは命の取り合い。


 通常の戦いとは違い、命という重みがのしかかってくる。


 だからこそ、冷静でいられるわけがない。

 

 しかし、兄上は反撃する様子はなかった。

 先ほどのような果敢な打ち込みはなく、冷静に捌いては飛びのいて後退していく。

 

 しかし――。


 このまま下がり続けては、壁まで追いやられてしまうだろう。


 それでも兄上の目は、相手を真っすぐ見据えていた。


 そして臆することなく。


 下段へと構えた。


「えっ?」


 思わず、周囲の者は声を上げた。


 剣道において、下段の構えはない。


 そこに理が全くないからだ。

 剣道において、面・胴・小手・突きの四ヶ所で、全ての打突部位が上半身。下半身の有効部位などない。下段で構えてしまったら、一度上げてからそららの部位を狙わなければいけない。ワンテンポ遅れてしまう。


 それに加えて、下段の構えは無防備。

 突きと面を晒してしまっている。防ごうとしても、やはり遅れてしまう。これでは、打ち込んでくださいと、言っているようなものだ。


 あまりにも下策。剣の道に学んでいる身からすると、あり得ない選択。


 攻めにも、守りにもならない。


 全く理のない、ただ隙だらけの構え。


「……ははは」

 

 指南役から乾いた笑いが零れた。

 

 それは、安堵から来るものだった。


 こうして無防備に隙を晒してくれる相手がいる。

 

 打ち込んでくれと言ってくれる相手がいる。


 じわりじわりと、徐々に胸の中に焦りが溜まっていく中で、相手の方から差し出してくれた一筋の糸。


 これには、笑わずにはいられない。


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何卒よろしくお願いします。

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