森で出会ったモノとは?
そんなことを考えていると、連れてきた子供たちに、ケレンはコンコンと背中を叩かれた。
「なぁ、ケレン。オオカミはもう倒しちゃったみたいだけどさ」
「最初に見た、あの大きいバケモノがいないじゃん」
「俺たち、オオカミには追いかけれてきたけど……アレにビビッて逃げてきたんだぜ」
「あっ」
確かに、どこにもいなかった。
アレは別次元の生き物。確かに、形はオオカミとは似ていたが、その存在感は他と一線を画す。オオカミと混じって、討伐されているようなこともなさそうだった。
もしあれがまだどこかに潜んでいるかと思えば、身体の身震いが止まれなくなる。
「なぁなぁ、ケレン。あのラムザって、いかにも強そうな人に言ったほうがよくない?」
「カイトって、なんだか頼りなそうじゃん。隊長なのに」
「あのバケモノのことはちゃんと言ったほうがいいし」
「うん、そうかも」
確かに、ラムザに相談するべきだ。
こんな隊長に、ケレンたちが最初に会った、バケモノについて説明しても時間の無駄だろう。何も分からず、ただ突っ立っているだけに違いない。
だからケレンは、頼りがいのある背中に向かって、声を掛けた。
「あの……僕たち、森でバケモノに出会って……」
そのラムザに向けるその眼差しには、不安が入り混じていた。
最初に見たとき、アレをこの世の生き物とは思えなかった。
優雅ながらも恐ろしいその立ち姿に、別の世界での生き物をすぐに連想してしまう。
——バケモノ。そんな言葉がピッタリと当てはまってしまう。
それほどにアレは普通とはかけ離れていて、気づいたときには分け目も振らずにアレから必死に逃げていた。それほどまでに別格だった。
「ふぬ……バケモノとは一体?」
「えっと、その……」
(でもこんな話、果たして信じてくれるのか……?)
妄想の類と思われても、仕方がない。
それほどまでに、現実とかけ離れた存在を説明できる自信がなかった。そんな上手く説明できない自分がもどかしくて、視線を逸らした先でカイトと思わず目が合ってしまった。
そのカイトが、ケレンに問いかける。
「バケモノって……どういうヤツだった?」
「えっと……オオカミみたいな形をしてるっていうか」
「……」
こんな話、誰も聞いてくれないと思っていた。しかも、カイトという人物に話しても仕方のないことだと。実際に特別、カイトが何かを言ったりとかはない。
けれどその黒い瞳に、吸い寄せられた。
その瞳が、澄み切ったように穏やかで、どこか安心感があるような、その内を全て包み込んでしまうような感覚を、ケレンに抱かせた。静かな雰囲気と視線はどこか強い氣を秘めていて……でもそれは一方的でなく、むしろ柔らかいモノだ。ケレンはそんな瞳に魅入られてしまっていた。
何か、特別なモノを感じる。
それは、あのバケモノとはまた違った特別なモノ……それが何なのか分からないが、圧倒的な存在感を感じた。
そこにいたのは、頼りなさげな青年ではない。
他の兵士も作業を中断し、全員がカイトに向かって身体を向けていてた。さきほどの、お飾りの隊長感は決してない。この人がこの傭兵団をまとめているのだと、肌で感じてしまう。
「ケレンが見て感じたことを、そのまま話して」
「……うん」
言葉を返してくれたことがそのまま潤滑油になって、ケレンの口も徐々に滑らかになった。
「オオカミにしては、身体が大きかった。普通とは違った」
「どんなふうに?」
「まるでバケモノだった。毛は針金みたいに硬くて、黒くてうねうねしてたし、顔はオオカミの三倍くらい大きかった。後、身体も普通よりもずっと大きかった」
「僕たちが討伐した……このオオカミたちじゃないんだよね?」
「全然違うよ、オオカミと似てるけど全然違うもん。そのバケモノがいて、周囲のオオカミを率いている感じがしたけど……全く存在感が別物だった」
「ふぅん、そういうものか。その死体って、本当にないんだよね?」
「うん……そんな巨大なオオカミなんていないでしょ」
「……なるほどね」
カイトはケレンの言葉を信じたのか、拍子抜けするほどあっさり頷き、周囲の兵に向かって言った。
「補給部隊は直ちに撤退、前衛部隊は槍を構えて徐々に後退して……僕はここに残って調べるから」
「カイト殿だけ残るのですか?」
「うん」
「分かりましたっ! 皆の者、警戒しつつ撤退ですっ!」
ラムザが撤収の号令をかけたそのとき、どこからか強い風が傭兵団の中を駆け抜けた。
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