ヴァリバルト傭兵団——(カイト・隊長)
と、一頭の蹄の音が聞こえた。
しかし、それは少年たちの期待を裏切る結果となった。駆け付けたのは、屈強な男でも、颯爽として駆け付けてくる騎士の姿でもない。
ただ、どこにでもいるような、普通の青年だった。
それどころか、闇に溶け込んでしまいそうなほど存在感が薄い。ここら辺では珍しい、髪も目も黒で、線の細い身体をしていた。童顔なのか、子供っぽく見えてしまう。
そんな青年が、おおよそ普通の人が扱えないほどの強弓を携えて、馬に乗ってきたのだ。
「カイト殿。今、前衛部隊がオオカミと交戦中でっ! とにかく助けてくれませんかっ!」
「ん? もうほとんど終わってない?」
情けなく後ろに向かって叫ぶラムザに、カイトという男はやる気なさげに答えた。
確かに、ほぼ殲滅した状態だった。
オオカミが攻めあぐねていた所を、徐々に槍で追い詰め、陣形を組んで円を作り、狼たちが集まった所をまとめて串刺しにしていた。後は逃げ惑うオオカミたちだけで、ほぼ終わっていると言っても良かった。
「確かに、ほとんど仕留めてしまいましたけどぉ?」
「うん、大丈夫そうだね」
「そんなぁっ!」
「分かった分かった。補給部隊、もう警戒態勢解こうか」
「私たちはどうします?」
「……ラムザ、どうする?」
「少し前に出て、補給部隊の方も手伝ってください。でもくれぐれも最前線に出ないように、私たちが打ち漏らした奴だけでいいですから」
「了解しました」
「って、なんで私が指示を出してるんですかっ! カイト殿が前線に出ればいいじゃないですから、全くっ!」
「……はいはい」
前線にいるラムザに突っ込まれ、カイトは渋々馬を降りて剣を携えた。
その様子を見た周りがどっと笑った。この天然の隊長とツッコミ役のコンビのやり取りは日常茶飯事らしい。
そんな弛緩した空気が流れている。
もう先ほどまで何十頭もいた、オオカミの息遣いさえもない。数秒でその場を鎮圧してしまい、傭兵たちの対応は素早く適切で手慣れていた。だからこそこそあっけなく感じる。
その腑抜けた空気感を感じ取ったのか、ラムザは皆に活を入れた。
「まだ警戒態勢を解かないで下さいっ! 相手はこういう隙を狙って、攻めてくるんですからねっ!」
「ふわぁ……ラムザ、ちょっとうるさい」
「隊長自ら、欠伸ですかっ! 他の者にも示しが尽きませんからっ!」
欠伸をしているカイトの背中を、思わずラムザはバシっと叩いた。その勢いに、前のめりにカイトは倒れそうになる。
「もっと隊長の自覚を持ってください」
「……ラムザが指示を出してくれるからいいでしょ」
「そんな子供みたいな言い訳、通りませんからねっ!」
こんなの、隊長ではない。
なんとなく、親子関係に見えてしまう。どう考えても、ラムザの方が隊長っぽいし、カイトにはそれに相応しい風格もない。実際に指示を出しているのは、ラムザだし、カイトはそれに渋々従っているように思えた。
(カイトって、どっかの貴族のお坊ちゃんなのかな? 三男とかの、部屋住で居場所がなくなったから、道楽で傭兵の隊長をしてるのかな?)
少年のケレンにそう思われるほど、カイトという人物が隊長という役職に甘んじているとかし思えなかった。
そんな隊長の気の緩みが、他の隊員にも伝播したのだろうか。
「しっかし、こうも楽勝だと張り合いがねぇな」
「慣れたもんだ。最初にここに派遣された時には、オオカミ退治なんてほとんどやったことなかったのにな」
「我ら雇われの傭兵の身。一つのところに留まらず、仕事があればどこにでも飛んでいきますぜ」
「ハハ、違いない」
そう軽口を叩いても、彼らは決して武器を降ろさなかった。
まだオオカミが潜んでいないか辺りを探し、瀕死のオオカミでも確実に息の根を止めた。
まるで軍隊だった。
さきほどの槍の陣形にも乱れもなかったし、オオカミの殲滅も瞬きする暇もなく完了した。傭兵というよりも、組織だっているし、自らの役割を心得ていた。
なのに、カイトという男はポツンと突っ立っているだけ。
(この傭兵団を率いている人物には、到底思えない。あのラムザっていう人が、実際は隊長なのだ。カイトは、ただのお飾り隊長だ)
ケレンは口には出さないが、そう結論付けた。
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