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蒼穹のイカロス  作者: レイチェル
第三章 ケモノの軍団VSヴァリバルト傭兵団っ!
30/60

ラムザの過去——①

 夕暮れのなか、カイトは、木刀で素振りをしていた。

 

 それも、素早い。

 

 素人が見たら、その動きを捉えることができなかった。


 最初は脇腹から斜めに上げる逆袈裟斬り、次に振り下ろして唐竹斬り、下から鳩尾を狙うような水月斬り。瞬きする間もなく三撃が走った。


 そして最後に……カイトは片手で木刀を振り、ピタッと水平に、一切のブレなく切っ先を止めて見せた。

 いうのは簡単だが実践するのはかなり難しく、それなりの腕力と鍛錬が必要だ。


 しかし傍目から見て、素人のラムザにはそれが分からなかった。


 それは、ラムザがカイトと出会って、まだ日も浅い。ラムザが一四歳のときに、稽古を見せてもらったときのことだった。


「ふふん、別にそれ、対人戦で必要かな? 私みたいに、もっと身体を鍛えないと」


 ラムザは、まだ未熟だったのだろう。

 

 あろうことか、カイトの鍛錬を鼻で笑った。

 

 本当に、鍛錬の何たるかを分かっていなかったのだ。


 だから、カイトは教えるように木刀を構えた。


「例えば、自分よりもスピードもパワーもある、そんな相手がいるとして……そんなとき、ラムザならどうする?」

「え~と、そういうときは」

 

 言葉に詰まったラムザに、カイトは木刀を何度も素振りして見せた。


「なら、相手にタイミングを掴ませなければいいだけ。間合いを掴ませなければいいんだ。出を遅らせ、達するを早くする」

「と言われても、私には何だか分からない……立ち会うことはできる?」

「分かった、槍を構えて」

「はい」

 

 カイトが、何度もラムザに打ち込んできた。最初は適当に振っているかと思われたが……しばらしててから、ラムザの目にも分かるようになった。


 寸前まで止まっていた切っ先が傲然と動き出し、気づいたときには、重い一撃をカイトは繰り出していた。そして別の方向からきたと思えば次の瞬間、スピードの乗った一閃が全く別の角度から切り込んできた。


(ただの木刀なのに……槍よりも、ずっとリーチが長いっ! いや、そう感じさせるくらいに……間合いの管理がっ!)


 そうして、瞬く間にラムザの手から槍が宙に飛びあがった。

 

 自分よりも、小柄な男に、だ。

 それも一瞬だった。必死に抵抗したのに、まるで赤子の手をひねるくらいに、呆気なかった。


 そうして最後に、カイトは最小限の動きで、ラムザの首筋に木刀を当てる。


「な、なるほど。タイミングをずらすことで、相手を翻弄してるのか」

「うん、最初はフェイントでタイミングを遅らせて、本命は次の二撃から死角を突く。そうやって相手の態勢を崩すんだ」

 

 カイトは、当たり前のように言う。

 

 まるで簡単でしょ? と言わんばかりの表情だった。


 理屈は分かったが、実際にやるのでは話が違う。


 カイトだから普通にできること、なだけだ。

 

 だからこそ、自分はもっと努力しなければと、ラムザは思った。

 

 カイト殿と違って、自分は凡才なのだから、と。


「これから毎日、槍で千回ほど素振りします」

「凄いね、なんでそんなに?」

「……自分はカイト殿とは違って、私は凡才なので」

 

 ラムザは、カイトを侮っていた。


 どこか、勝てると思っていたのだ。


 自分よりも小柄な彼にここまで圧倒されるとは思いもしなかった。


 彼の卓越した剣術は分かっていたのに。

 

 だからこそ、彼を師として尊敬する。

 

 もう舐めた態度なんてとらない。


(もっと敬いの態度で接しよう)


 そう胸の内で、ラムザは自分の態度を改めた。


「もっと、私に教えてくれませんか?」

「別に大したことない。槍って、間合い掴みやすいだけ」

「リーチが長いから、余計にですよね。その分、基本動作が単純だから」

「そうだね、よく分かったね」

「だったら、もっともっと鍛錬しないと。緩急つけて、タイミングずらす。そこには筋力が要ります。もっともっと、身体を鍛えないといけませんね」

 

 今でも、ラムザは一八〇cmほどある巨体だ。

 

 しかも誰よりも、鍛錬している彼が、だ。さらに鍛錬しようとしている。

 

 そんなラムザに、カイトはつまらなそうに言った。


「そんなにやる気あるんだったら……一週間に一回くらいは立ち会ってあげるか」

「ありがとうございます」


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