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蒼穹のイカロス  作者: レイチェル
第二章 ウバルト王国 海岸沿いの街:シモーネ
25/60

これがヴァリバルト傭兵団の珍解答っ!——⑤

「……ふぬ」

「へぇ、そうなんですねぇ」


 頬けているカイトとラムザを余所に、店主は若い頃に思いを馳せていた。


 昔のことを思い出しているのだろうか。


 今までこの店を運営をして、色々な苦難があった。最初は一人で切り盛りしていた。商品の管理や棚卸し、売り上げの管理など、全てこの身一つでやってきた。


 ようやく、順調になってきた。

 

 人も雇えるようになり、安定していったというのに……。


 その店を、今になって畳む。


 この事実に、涙が出そうになる。


 しかし、自分の命の方が大切だ。


 だからこそ、そういう決断をするしかないのだ。


「今まで、色んなことがあったな」

 

 ぽつりと、店主が考え深く零す。


 しかし、未だにカイトとラムザは腑に落ちないみたいで。


「……あれくらいで?」

「私、たんこぶできただけなんですけど」

 

 そんな二人に店主は、思わず肩が震える。


 哀愁よりも怒りが勝ってしまった。


「お前らにとって、あれくらいなんだろうよっ! でも、俺たちにとってはそれだけ大変なことなんだよっ! お前らが異常だって気づけバカっ!」

 

 また、怒りが再燃してしまった。

 

 それでも、カイトとラムザはどこ吹く風で……。


「……バカ? タコだったら、隣にいるけど?」

「私の頭はタコじゃないですからっ! まだ希望はありますからっ!」

「毛ほどもないな」

「一本生えてきても、心労で擦り切れてしまう誰かのせいですか?」

「覚えがない」

「酷いっ!」

 

 いつも通りのやり取りをする二人。

 

 対して、店主は呆れて物も言えなかった。


(……こいつらに、命の尊さが分かるわけがないっ!)


 普通なら、他人の命よりも、自分が大切。

 皆、必死なのだ。店主や街の人も、今は自分の命が惜しくて、こうして出ていく支度をしている。それが当たり前なのだ。


 でもカイトたちは違っている。自分の命よりも優先するものがあれば、気軽にそれを差し出せる。そういう心づもりが、いつでもできているのだ。


 だから今回のことは普通の出来事、普通の日常。

 そうやって、終わらせてしまう。領主に殴られてそうになっていた時もそうだ。カイトとラムザはいつものやり取りをしていた。この二人にとって、大した事がないのだ。


 そういった考えの持ち主に、生き延びることの大切さを教えても無意味だった。


「今日なんて大したことないよ。これからなのに」

「まぁ、私たちはこれから大戦を控えてますからね」

「そうそう、これからが本番。いや前座かな」

「今は負けても、後で追い返すつもりですから」

 

 もう店主は、この二人と分かり合えそうにもなかった。

 

 否、分かり合えたくもなかった。


「もうお前らの面は見たくもないわっ! 帰れ、帰れっ!」

「急に、どうしたの?」

「テメェらに出すもんはもうねぇ。損だ、大損だっ!」

「何か悩みでもあります?」

「話しかけんなっ! もうお前らとは金輪際関わらねぇっ! 俺は自分の命、生活が大切だからなっ! とっとと、失せろっ!」

 

店主は、怒鳴った。


物を飛んできそうで、呑気に食べている雰囲気ではなかった。


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