赤ひげ(領主)の嫌がらせっ!——③
風が横切った――。
「えっ?」
思いっきり杖を振り下ろした領主が、勢い余って前方に転んだのだ。
何が起こったのか、領主は理解できなかった。
唯一分かったのは、痛み……それも激痛だった。勢いのあまり、身体が右肘から地に落下し鈍い音が鳴る。それが身体の芯まで伝わった。
「……ぐぁああ」
声にならない呻き声が、領主の喉から響いた。
振りかぶった領主すら何が起こったのか、分からずにいた。
だけど、ラムザは理解してしまった。
そう、目の端で捉えていたのだ。
杖の先端が宙に舞う瞬間を――。
だからヨゼフは杖を空ぶったのだ、と。
「ラムザ、大丈夫?」
そうして、跪くラムザに手を差し伸べる男がいた。
眼に血が入って、目の前が見えていないが――存在自体は感じる。
その人は、とても朧げだった。それほど希薄な存在だ。手を刺し伸ばしてしまうと、そのままどこか霧散してしまう幽霊のようだ。
だけど、手を伸ばして立ち上がらせてくれた瞬間——。
確かな感触が伝わる。
暖かい、そんな小さな手の感触が伝わる。
「……隊長? 隊長殿ですか」
「うん、そうだよ。ラムザ、丸い頭がジャガイモみたいだ」
「デコボコって言いたいんですか? 私の頭を一番悩ませているのは、あなたなのに?」
「……僕は頭をスッキリさせてるだけ」
「怖いこと言わないで下さいっ!」
そんないつものやり取りをしている二人を、領主は地面で蹲りながら恨めしそうに見つめた。
「き、貴様、何をした?」
「杖が古くなっているみたい。ほら、先端が折れてる」
「は?」
カイトは、領主が握っていた杖の先を指差した。
その先端が――。
綺麗さっぱりなくなっていたのだ。
「ど、どぅいうこと?」
領主はマヌケな表情で呟く。
頭にクエスチョンマークが浮かぶのも無理はない。
折れたような断面ではない。振り下ろしたその杖が地面に当たって砕けわけでもない。その奇怪な現象に、頭がフリーズしそうになった。
(……隊長、やってくれましたね)
ラムザは、理解していた。
それは達人の業だった。
ラムザもその一部始終を捉えたわけではない。それは一瞬の出来事だったのだ。
領主が、杖を振り下ろしたそのとき——。
腰を低くしたまま跳躍したカイトが刀を鞘から抜いた。
それは、僅かに視認できるほどの細い閃光。
その閃光が到達する先に杖の先端があり、青白い光が弧を描く。
そして気づいたら、カイトは抜いた剣を鞘に納めてしまっていた。
「あぁ、ああああ」
情けない声を上げながら、領主は慌てふためく。
ようやく理解したようだ。
つまり、これは居合。
飛んでもない速さで、斬ったということを。
「お前、まさか斬った……というのか?」
「ん? 刀は鞘に収まっているけど? 斬ったというのなら、抜いてみる?」
「ひひぃぃぃっ!」
刀身が僅かに鞘から顔を覗かせる。次は杖どころの話ではない。まるで刀に手をかけるカイトは、今度は首を斬るといっているようだった。
「お、覚えてろぉっ!」
まるで典型的な悪役の捨て台詞みたいだ。その姿はみすぼらしい。しがみつくように、背の高い馬に昇り、何度も馬の腹を蹴って去っていった。
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