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蒼穹のイカロス  作者: レイチェル
第二章 ウバルト王国 海岸沿いの街:シモーネ
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赤ひげ(領主)の嫌がらせっ!――②

「直言失礼します……入れ知恵とは?」

「お前らが、住民の不安を煽り、ケモノの軍勢が攻めてくると言っておるそうだなっ!」

「領主様に報告した通りでございます。最近になって魔物と思われるケモノが各地に出現しております」

「それがどうした?」

「そのケモノは、遥かに人間の域を超えている存在なのです。まだ戦力も把握できていない状況ですが、国を脅かすほどの存在で――」

「黙れっ!」


 ラムザの眼前に、象の蹄ほどの脚が振り下ろされた。

 

 まるで巨大なハンマーだ。目の前の地面が抉れるほどで、辺りに地響きが伝わり、家の中に潜んでいるものも悲鳴を挙げた。


 小石や泥がラムザの顔に飛び散るが、微動だにせず動じなかった。


 その態度が気に食わなかったのか、ヨゼフは唾を飛ばしながら怒鳴った。


「シャイデマン家二〇〇年の歴史の中で、このシモーネが侵略されたことはないっ! 我が軍の水軍は他を寄せ付けぬっ! 難攻不落の砦なのだぞ、ここはっ!」

「敵は海から攻めてくるわけではありません。陸からなのです。ウバルト王国にどうやって潜伏したかは分かりませんが……そのケモノの軍勢が北から攻めてくるのですよ」

「えぇい、我を侮辱するかっ!」

 

 馬から飛び降り、ラムザの頭に杖を振り下ろした。


 ズンと音が鳴る。


 それは鈍い音だった。それは鉄製の杖で、自分の体重すらも載せているのだから、例え剣を握ったことのない赤ひげでも、普通の人なら昏倒して失禁するレベルだ。


 それでもラムザは微動だにしなかった。

 

 いや、それは違う。


 こればかりは、頭にクラッとした。


 意識が遠のきそうだった。

 目の前が真っ赤に染まるほど、頭から血を垂れ流し地に落ちていく。頭がぼんやりしてとして、意識が途絶えそうになる。


 しかし、必死になって意識を保とうとした。

 痛みと共に、自然に涙も溢れそうになるが必死に堪える。膝の上で握りこぶしを作り、唇を噛んで意識を繋いでいた。


 何故なら――。

 

 虚言になるからだ。

 これは自分だけの問題ではないのだ。今まで必死になって避難勧告してきたのに……それが全部嘘になってしまう。ここで倒れてしまっては、今まで自分たちがしていたことが否定されたことになる。


 それでは、領主の思惑通りだ。

 屈服させたがっている。だからこそ、この市民の前でラムザをひれ伏させている。己が正しいのだ、と。

 

 だからラムザは微動だにせず、ただ領主を静かに睨んだのだ。


「ぐっ」

 

 ラムザのその姿に一瞬怯むも、ここで引き下がるヨゼフではない。

 

 どちらか引けば、それは嘘となる。この世は弱肉強食。強者は常に正義で、弱者は悪だ。だからこそ、両者退くわけにいかない。悪になるのが嫌だから。

 

 だからこそ、ヨゼフは領主としての切り札を投入した。


「お前……分かっているのかっ! 私に逆らうということは、忠誠を誓った私に対する冒涜だ。つまり大罪人なのだぞっ!」

 

 忠誠を誓った人に対する裏切り行為は、大逆罪である。

 つまり、死罪だった。これはこの時代に住む人ならば常識であり、いかなる理由があっても目上の人には逆らってはいけなかった。階級の上下関係は絶対に揺るがず、脅かされるものなど到底考えられない。下剋上などもっての外だ。

 

 それは傭兵団の副隊長にも適応される。市場では顔を利くラムザでも、社会での立場ならば領主の部下だ。どんな理由でも逆らえば反逆罪になってしまうのだから、本当なら従うほかない。

 

 だけど、それでも……。

 

 ラムザは己の胸に問う。

 

 それが、本当に正しいのか、と。


 たしかに従ってれば、主君に褒められ武功となる。


 でも、反対意見を申し出るのが一番の功名。


 それは命を懸けているからだ。主君に処罰される、その覚悟で意見するのだから、主君への意見こそ一番の功名なのだ。

 

 だからラムザは大罪人になろうと、領主に意見する。

 

 街の人間の命が掛かってるから?

 

 手筈は整っていて、もう後に引けないから?

 

 副隊長として意地は通すべきだから?

 

 違う、そこに命を懸ける理由があるからだ。

 

 ラムザは傭兵団も、そして街の人も守りたい。

 

 だから……。


 「お前、漂浪してきた一族にそそのかされているのかっ! 変な入れ知恵をされて、頭がおかしくなったのかっ!」


 (あぁ、ここまでですかね)

 

 ヨゼフが杖を振りかぶった瞬間、ラムザの頭に死がよぎった。

 

 意識が朦朧としているところに、杖がそのまま振り下ろされる。頭が真っ白になり、目の前が一瞬にして暗くなったそのとき——。


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