赤ひげ(領主)の嫌がらせっ!——①
「それでよう――」
そう、店主が世間話に花をさせようとしたとき。
辺りが急に静かになった。
先ほどまで騒がしかったのに、人の声すら聞こえなくなった。
空気が、静寂が、ラムザと店主を包んでいた。普段は騒がしい市場だが、打って変わって異様な光景だ。この市場は夜さえも静寂とは無縁なのに、物音一つないのは不自然なことだった。
そうして閑散とした市場に、ある童歌が聞こえてきた。
『ドンピシャコン、ドンピシャコン。おっとさんが呼んでも、おっかさんが呼んでも、出て言っちゃダメよ。顔出したのはだぁれ?』
それは、蹄の音。
ドンピシャコンと、形容しがたい大きな音が鳴り響いている。
この市場の狭い路地に、馬で入ってくる人はあの人しかいない。しかもその脚音は、どうやらこちらに向かってきたようだ。
「店主、もう戸締りしたほうがいい」
「……あぁ、店の奥に引っ込んでる」
「赤ひげがやってきますっ!」
そして現れたのは、巨大な馬だった。あのラムザが見上げるほどに大きい。
その蹄は象に匹敵するほどに大きく、毛並みは黒く艶やかで圧倒されてしまう。その巨体が、目の前をギリギリ止まったのだから尚更。
それでも、ラムザは地に触れ伏し、即座に跪いた。
「変な入れ知恵をしているのは、貴様かっ!」
その問いに答えず、ラムザは平伏したままだった。
しばらく間があり、辺りは静寂に包まれた。
そしてようやく一言、頭上からぶっきらぼうな言葉が振り下ろされた。
「よし、面を上げろ」
「ははっ」
ラムザは短く答え、顔を上げる。
そこには、領主ヨゼフ・シャイデマンが顔を赤くして、馬に跨っていた。
通称、赤ひげ。
髭は蓄えているが、別にそれが赤いというわけではない。
そうではなく――彼は常に苛立っており、ちょっとした些細なことでも腹を立てる。そんな彼の顔まっかにして怒る姿が、まるで髭が赤く染まるほど怒って見えることから、赤ひげと呼ばれていた。
そして領主には、誰にも逆らえなかった。
このシモーネで一番の権力者だからだ。
彼が常に正しく、町民が何か粗相をした場合、その場で殺されてもおかしくない。だからヨゼフが通り過ぎると、関わり合いにならないよう、皆は家の戸を閉めておく。先ほどの童歌は、そのことを皮肉っているものだ。
そして礼儀やしきたりにうるさい。だから最初に許可があるまで頭を上げなかった。今もラムザも完全には頭を上げない。常に地面の斜め先を見つめるように跪く。
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