シモーネの街——①
ウバルト王国は、リベルト海の中央に浮かぶ、小さい島国だった。
エーゲ海とイオニア海に囲まれ、北と東はレアンドロ大陸、南はレオニダ大陸に囲まれており、二〇五万㎢の国土と言えど、その中では一番大きな島国。
そんなウバルト王国では交易が盛んであり、様々な文化が行き交っていた。
祈りのときになったら礼拝を飛びかける人の声と、教会の鐘桜からは、こちらも祈りの時間になると鐘の音が鳴り響く。
異なる宗派でも異教徒扱いせずに、お互いに認め合っていた。
どんな宗派であっても、他を一掃せずに宗教の自由を認めた。
ウバルトの人々は、共生という道を選んだのだ。
だから国は豊かになった。多種多様な商人や船乗りが行きかうようになり、様々な品物が流通するようになる。貿易や航海の技術が発展し、ウバルト王国はますます栄えていった。
そんなウバルト王国の最南端である都市、シモーネも賑わっていた。
特に市場は、活気があった。彩りの香辛料や布地が目を楽しませ、新鮮な食材を求めて人々が群がる。 商人や騎士が行きかい、市場は肩がすれ違うほどの密度だった。
そんな市場を、昼間からラムザを歩いていた。
窮屈だった。
大柄な体格故に、そんな場所で堂々と道の真ん中を歩けない。肩が隣と当たり過ぎて、擦り切れてしまうほどだ。ラムザはできるだけ道の端に身体を寄せながら、邪魔にならないよう歩いていた。
「……久しぶりですけど、私みたいなものが来るところではないですね」
ラムザは一人ごちる。
本当は来たくなかった。買い物はいつも他の者に任せていたのだ。だから買い物にきたわけではなくて、他に用事があって来ただけで――。
「よぉ、ラムザ。こっち寄ってけよ」
「はい」
肉屋の店主が手招きでラムザを呼んだ。ラムザは人込みを掻き分けながら、店の前までたどり着く。
「いつも混んでますね、ここは」
「活気のあることはいいことよ」
「あの、今焼いているのは何ですか?」
「あぁ、これな。ラムザ、今度隊長にお礼を言っといてくれよ。この前、イノシシのさばき方を教えて貰ったんだがな……これが今、客に好評でよ」
「イノシシなんて……独特な臭みのある肉をよく食べられますね」
「それが全くないのよ。隊長の肉捌きの知識は凄い。一晩茹でて、油を抜くと臭みがなくなるのよ。ラムザひとつどうだ?」
小皿に出された分厚いイノシシ肉に、ラムザの喉が鳴った。
この香ばしい匂いがたまらない。
最近忙しかったせいか、やはり身体は肉を欲していた。昨日のオオカミの肉もそうだが、戦闘後の肉は格別で溜まらない。
思わず手を伸ばしそうになったが、ラムザは首を仕切りに振って断ろうとする。
「い、いえ大丈夫です。道草喰ってる場合じゃないですし。ここにきたのは、店主と大事な話をするためで」
「これ食ってからでもいいだろ」
「……美味しそうですし、一つ頂ましょうか?」
「素直で宜しい。もちろんタダでいいぞ」
ラムザは、イノシシ肉を手で摘まんで口の中に放り込む。
「うん、プリプリして美味しいですね。しつこさが全くない。噛み応えもありますし、口の中に広がる独特な風味も嫌じゃない」
「上手いだろ? 全然いけるだろ?」
「えぇ、私たち傭兵団も取り入れていいですかね。隊長が捌いているのを見たことはありますが、奇妙なものばかりで……誰も食べなかったんですよね」
「イノシシなんて、獣臭くて食べようとも思わんしな。他にどんなものがある? 隊長が食ってて、他が食いそうにないヤツは?」
「タコとか、ですかね」
「あのうねうねしたヤツを、食ってるのかっ! やっぱ東洋から来た一族は変わり者が多いなっ!」
「基本何でも食べようとしますもんね、隊長。……私たちは遠慮したいもんですけど」
「でもタコかぁ……やってみようか。このイノシシ肉も商品展開するつもりだし」
ギラリ。そう店主の目が光ったのを、ラムザは見逃さなかった。
「……まさか高く売りつけようとしてるんじゃないでしょうね?」
「そりゃぁ、高級品の肉として売るさ。捌き方を知ってるのは、ここいらじゃ俺と隊長くらいなもんだろ。他では真似できねぇしな。もちろんタコもな」
「はぁ、相変わらず性格悪いですね」
「商売上手と言ってほしいな」
「私には、売りつけないで下さいね」
「つれねぇな、稼いでるんだろ? ここには色んなもんが揃ってるし、そういう変わった買い物はしねぇのか?」
「興味はありませんよ。もっと安い所にいきますし。私は技巧を凝らしたパンよりも、もっと素朴で大きい田舎パンの方が好きです」
「欲のねぇヤツだな。最近はパイなんていうデザートも、売れるようになったのによ」
「店主、私も忙しいんです。世間話をしに来たわけではないので。非常事態ってこと分かってるでしょう?」
先とは違い、声のトーンを少し下げると、店主は信じられない表情でラムザを見つめた。
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