今後の方針——②
「……でも、そんなハッキリ言う事ではないじゃないですか?」
「そうだよ、そんな簡単に諦めないでよっ!」
「じゃぁ二人とも、整理して。二人とも今持っている情報から照らし合わせてみようか。それで分かると思うよ」
これはいつも、大戦の前にやっている確認だった。情報を順番に並べていく。そして現在の状況と合わせて、照らし合わせていく。そこで何が足りないのか、どういう情報が必要なのかを、お互い確認し合う。
そうすれば、おおよその見当がつくはずだ。
「まず戦力で、負けてるね」
「そうですな。まず戦の定石は、相手よりも多くの兵を集めること。そしてその兵をしっかりと鍛錬することですが……」
「問題は私たちの戦力だよねぇ」
「ヴァリバルト傭兵団は主戦力三〇〇、補助一〇〇ですけど……未だにケモノの戦闘には慣れておりません。領主の常備兵は三〇〇〇ですけど、それは当てにできませんね。ほとんど素人の集まりですから。数で勝っても、質で負けていることになります」
「言うじゃん、毎年恒例の合同訓練で負けてないだけはある」
「この馬も装備も、常備兵からぶんどった分ですからね。領主が負けると分かって、けしかけてくるのが悪いのです。我らは隊員一人一人は、その一〇倍以上の強さですから」
「懲りないよね、あの赤ひげ」
「……話が逸れてるよ、二人とも。とりあえず、その話は置いといて」
話が脱線しかけたところで、カイトは話を戻そうとする。
「そして、情報戦でも負けてるよね」
「情報収集はユリアーネ殿がしてくれてますけど……正確な戦力は把握してませんよね?」
「迂闊に近づけないのと……あっちも戦力を悟らせないようにしてるんだと思う」
「どういうことですか?」
「こっちが少しでも近づこうとすると、すぐにその場から離れることもあった。かなり慎重だよ、今回の相手は」
「ケモノの常駐している場所も、分からないしなぁ」
「ここまで慎重だと、敵の数はたいして多くないのかもしれませんね。数で押し切られてしまう可能性も考慮してるのですかね」
「確かに、そうかも。敵の陣営が分かったら、こちらから仕掛けることもできちゃうし。数だけはいるからさ、こっちは」
敵に情報を与えないのは、戦術の基礎だ。敵に戦力を把握されないことが肝要で、無益な戦いは避けた方がいい。先ほどの戦いは、あちら側もイレギュラーだったはずで、今回初めてカイトもケモノと対峙した。それくらい、カイトたちに戦力を知られたくないらしい。
「それと……さっきの赤ひげだっけ? その領主に、ちゃんと話した? 他の領主に、応援を呼びかけるとかさ?」
「……全然取り合ってくれませんよ。大したことじゃないと思われてしまいますね。むしろ怒鳴れました」
「あと、そのさ。他には……」
「……そうですな」
「……」
そうして三人の間で、しばらく沈黙が流れる。
これでは、勝ち戦どころの話ではない。
おそらく……。
「戦力も情報戦でも負けているね」
そうして、カイトはハッキリ言った。
「勝ち目はない、だからこれは負け戦なんだ」
「……確かに、そうなりますよね」
冷静にそう分析をしつつも、焚火に照らされるラムザの表情には陰りがあった。
これは負ける戦、どこにも勝てる要素はない。戦の何たるかを知っていれば、嫌でも分かってしまう。それだからこそ、ラムザは何も言えなくなってしまった。
押し黙ってしまったラムザに対して、ユリアーネが思わず反応する。
「えっ、それって諦めちゃうってことっ⁉」
「少し並べただけでも、負ける要素がこんなにも出てきます。もう、今すぐにでも投げだして、逃げ出したい気分ですよ」
「た、確かにそうかもだけどさっ!」
勝ち目はない。それはユリアーネも、頭では分かってはいる。分かっているけれども、受け入れがたいことでもあって……。
それでも、この町を見捨てるわけにはいかない。ヴァリバルト傭兵団だけじゃない……町で慕ってくれている市民や、家族や子供たちが大勢いる。自分だけがのうのうと逃げだすわけにはいかないのだ。
そんな暗い雰囲気の中、カイトが諭すように静かに言った。
「でもね、戦で重要なのは勝ち負けじゃない。一番重要なのは――」
まるで何かを教えるように、カイトは含みがある感じで言った。
「勝つ戦ではなく、負けぬ戦を心掛けること……つまり、生き残ることだよ」
バチっと焚火の炎が燃え上がった。
照らされるカイトの後ろ姿は大きく思えた。
そこには、カイトが教えてきた全てが詰まっているように思えた。詰まるところ、全てそこに集約されるのだ、と。
「つまり、負け戦でも被害を最小限するってことですか?」
「うん。無理はしないこと、常に退路を確保しておくこと。兵站を疎かにしないこと……これくらいなら僕らでもできることじゃない? ラムザ、そっちの手配はもう済んでるの?」
「えぇ、もう一部の市民には伝えてますし、もしものために退路も考えてあります。非常時の食料も備えてありますし」
「うん。生き延びていれば、まだ戦える。一矢報いるチャンスがある。だから、生き延びることを第一に考えよう」
負け戦であっても、こちらの被害を最小限に抑えることを考える。いや、勝ち戦でも被害が甚大では負け戦と同義だ。次に攻められたら、終わりなのだから。
「生き延びること、それが一番大切。そして最後の最後に、勝てばいいんだ。だから二人とも、このことを改めて皆に周知しておくように」
「「応っ!」」
ラムザとユリアーネに、自らの胸に刻むように応えた。
生き延びること。
カイトは、この二人にとって、いやヴァリバルト傭兵団にとって、生きる術を教えてくれる師匠なのだ。
最後に決まってこの人は、それを教えてくれる。
それが一番大事なのだ、と。
「じゃぁ、ラムザは僕の戦闘のサポートをよろしくね。ユリアーネは引き続き、物見役をお願い」
「えぇ、分かりました」
「うんうん、で隊長はどうするの?」
「僕は戦いに専念するから」
「はい?」
「ん? え、そんだけ?」
思わず、ラムザとユリアーネは首を傾げた。
なんとなく、違和感を感じたのだ。確かに、カイトの後ろ姿は焚火の炎で照らされて大きく見える。しかし覗き込むようにして、正面から見ると……。
「なっ! カイト殿っ!」
「えっ! ヤバッ!」
カイトの、その口元がニヤけていたのだ。
この男、こんな絶望的な状況でも楽しんでいた。
「あのさ、隊長。質問があるんだけど、いい?」
「うん、いいよ」
「隊長はこれからどうするん?」
「戦いに備えるんだよ」
「……ん、それだけ?」
「うん、それだけ」
笑顔だった。
焚火で仄かに照らされる背中のせいで、シリアスな感じに見えただけで、本当は違ったのだ。……きっと、最初から口元が緩んでいたのだろう。ニヤケ面が顔に張り付いていた。最初からこの男、楽しんでいたのだ。
それは師匠の顔とは違った。童のような無邪気な表情だった。まるで火事を見てはしゃく子供みたいで、ただ単純に戦いが楽しみといった感じだった。そして厄介なことに……他の後始末や面倒ごとは他人に押し付けるという我が儘っぷりもあった。
「さぁて、戦だ戦。楽しみだなぁ」
「この人、雑用を押し付けただけだっ!」
「私たちに面倒ごとを放り投げているだけで……カイト殿は戦いたいだけじゃないですかっ!」
「うん、そうだよ」
「頷かないで下さいよ、ホントに」
「はぁ、真面目に聞いて損した」
「だって、戦いだよ。楽しみに決まってんじゃん」
「何なんですかっ! さっきのあの感じはどこにっ! この負け戦のどこに楽しむ要素があるんですかっ!」
「どんな強敵なんだろうなぁって……なんかすごくワクワクしちゃった」
「呑気かっ……はぁ、やっぱ隊長が一番おかしいかも。感心して損した」
ラムザとユリアーネは呆れて息を吐く。
このカイトという男、普段は何も考えていない。空を見て、物思い耽っていると思えば、ただ単純に食べ物に似た雲の形を探したいたりする。傭兵団の隊長を引き受けたときもそうだが、短絡的で深く考えない性格であった。
だから真面目な話をしているかと思えば、すぐに自由奔放な一面がすぐに顔を出す。そんな子供らしい一面が、カイトにはあった。
「危うく、騙されるとこだった。普段は朝から酒飲んでたり、昼はお菓子を食べてほのぼのと過ごしている人が……まともなわけなかったのに」
「えぇ、基本ダメ人間ですからね。うちの隊長殿は」
最初は、カイトという存在が希望の光のように思えた。夜の闇が深まる中、一筋の光がそそり立ち、不安や恐怖が支配しようとしても、その光が道を照らしてくれるのだ、と。
しかしそれは違った。その光があまりにも朧気で頼りないからこそ、他の者が頑張ろうとする。闇夜の中で切り開けるのは、自分の手でしかないのだと思い知らされる。そうやって、ヴァリバルト傭兵団は成長していったのだ。
それを、ラムザとユリアーネは改めて思い知った。
「はぁ、今回も私たちが頑張らなきゃいけないのですね」
「隊長を見ているとさ、将来のことを気にしてるのがバカバカしくなっちゃうね。こんなんでも生きていけるんだって」
「……そんなにダメかな。僕」
「うん、全然ダメダメだね。私たちだけでも頑張ろうっ!」
「私たちはいつでも動けるようにしましょうっ! 再度、市場に言って避難勧告していきますっ! 街の人たちは、危機感ありませんしっ!」
「私も、物見役を強化する。不穏な動きがあったら、すぐ伝えられるようにするから」
ラムザとユリアーネは、暗闇の中で声を上げた。
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