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蒼穹のイカロス  作者: レイチェル
第一章 剣×狼
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焚火——②

「ヤッホー、ホント飽きないね、二人とも」


 柔らかい女性の声が辺りに響いた。

 

 足音も立てずに、急に声を掛けられてケレンの背中はびくっと跳ねた。そもそも、男ばかりの傭兵団に女性がいることにも驚いているのだが……。


「……ユリアーネか。偵察は終わったの?」

「うん。帰りの道中で隊長たちがいるのを知ってね。私たちも一緒にいい?」

「えぇ、いいですよ……と言いますか、もうだいぶ混じってるじゃないですか?」

「うん、そうだね」

 

 いつの間にか、数人の女性たちが焚火を囲んでおり、ある者はささやかな踊りを披露し、黄色い笑い声が木霊していた。


「おっ、坊やなの? 迷子になってたのはさ?」

「子ども扱いするな、僕はもう一四だぞっ!」

「まだまだ子供でしょう、照れちゃって可愛いね」

「うっ」

 

 オデコを人差し指で突かれて、思わず押し黙ってしまう。

 

 ユリアーネの声はそれだけ優しく、弾むような響きがあった。

 いたずらっぽく、けれど完全にふざけているわけでもない。その本気かどうか分からない笑顔に、思わず見入ってしまった。 

 

 子供っぽいようで……大人のようにも感じる不思議な笑顔。なんだか年上の女性から優しく頭を撫でられたような気恥ずかしさを、ケレンはなんとなく感じた。


「ウリウリ~、まだ子供なのに背伸びしちゃって」

「だ、抱き着くな……や、やめてよ」

「ハハハ、子供はいいですなぁ……大人なんてやってもらえませよ、トホホ」

「じゃぁ、ラムザにもやってあげる」

「え? そ、そんな私なんて……って、染みるぅっ!」


 抱き着いたかと思えば、ラムザは即座に悲鳴を挙げた。

 ユリアーネがラムザの肌に緑色の軟膏を擦りつけていたのだ。草をすり潰して作ったのか、それが思いっきり染みこみ、大の男であっても震えあがってしまう。


「また戦ったでしょう、無茶しすぎ」

「うっぐぐ、まぁ我慢しますけど。でも隣の人の方が凄いですよ。私よりも重症ですから」

「隣の人?」

「……もぐもぐ?」

「うん、じゃぁ次はカイトの番——」

「えっ、ぼ、僕……ぜ、絶対やだ」

 

 ユリアーネの声を遮り、食べるのもやめたカイトは明らかに動揺していた。まるで子供が注射器を撃たれる寸前のように、怯え切った様子で軟膏を見つめていた。


「……染みるの、怖い」

「そう言わずに。ほら隊長の傷、ラムザよりも酷いじゃん。どうすればそんな全身擦り傷だらけになっちゃうの?」

「あのぉ、隊長。図体がデカい私が痛がってるのもそうなんですけど……隊長として、それはどうなのですか?」

「いや、こんなもの唾とか付ければ治るから」

「治りません。絶対放置するでしょ」

 

 ユリアーネはにっこりとほほ笑んでいる。いつの間にか、ラムザの手当ても終わっていた。そんな様子を見て、カイトが即座にその場から立ち去ろうとすると――。


「ほいっと」

 

 カイトが立ち上がり最初の一歩が地面に着く瞬間、ユリアーネはそこら辺にあった薪でその足を払いのけた。


「ぐはっ!」


 地面に着く足が跳ね上げられ、バランスを崩したカイトはなすすべなく転んでしまう。


「凄いっ、お姉さん」

「私だって、隊長に仕込まれたんだから……これくらいできなきゃダメだよ」

「……あのさ、怪我が増えそうなんだけど」

「素直になれない子供には、たぁんとお仕置きしなきゃね」

「ひっ!」

 

 本当に嫌なのか、カイトは眉根を寄せて、顔を背けながら、子供のように目に涙を貯めている。まだ軟膏を塗られてすらいないのに。


「ひ、痛い。染みる、怖いっ!」

「そんなこと言って傷が膿んだらどうするの? 隊長はこの傭兵団の要だよ。それをちゃんと自覚したほうがいいよ?」

「……ユリアーネ」


 不意に真面目な顔をして、カイトの顔を覗き込むユリアーネ。その表情は聖母のように優しくて――とその隙に、ラムザに手首を取られ、腕を伸ばされる。


「隙ありっ!」

「ひぃっ!」

「あっ、ここにも傷見っけ? なんか、隊長の傷見つけるの、楽しくなっちゃうかも。ぬりぬり~」

「いてぇっ、卑怯だっ!」

「不意打ちは私の得意とするところだからね、隊長にみっちり教え込まれたし」

「仇を恩で返された⁉ って、染みる、染みるぅっ!」

「はいはい、大人なんだから我慢我慢」


 そう話しながらも、ユリアーネは手際よく軟膏を塗り、いつの間にか包帯までくるくると巻き付けてしまう。


 結局、ラムザに抑えられ逃げ出されないカイトは、全身隈なく治療されてしまった。


「……しくしく」


 肩を落としながら、涙目になっているカイト。

 その姿は、まるでミイラみたいだった。今や、全身包帯に包まれた状態。そんなミイラがしょんぼりと俯いている姿は、どこか滑稽だった。


「ホント、隊長は傷を放置しすぎ」

「……はい」

「ばい菌が入って、膿んだらもっと酷くなるんだからね? もっと自分を労わって、隊長の自覚を持ってよ。これでも心配してるんだから」

「…………はい」


 カイトは素直に頷いた。分からされたのだ。ここで頷かないと、また軟膏を塗られると身体に刻み込まれ……否、染み込まれるのだ、と。

 それほどに、軟膏が嫌だった。

 

 やはりこの男、隊長らしくない。童のように喚くカイトに、やっぱり大人らしさというか隊長らしらを、全く感じなかった。子供のケレンですら、こんなに喚いたことはない。


(というか、大人の威厳すら感じなくなっちゃったよ)

 

 運営面でも、生活面でも、なんか終わっている。むしろサポートされすぎだろう。戦闘に特化しているけれど、それを抜きにしたら完全にダメ人間だった。


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