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ヴィ・ルブニール ~un reve~(仮)  作者: さはら、かなや
一章   金烏玉兎
8/13

『誰か』を助けるために

 言葉通り数秒で硬直が解けるや、彼方は身体を反転させて咲の後を追う体勢に移る。


「待てッ!」

「待つのは君の方だよ」


 彼方の行く手を阻んだのは、背後から繰り出されたルナの右ストレートだった。


 存在を忘れていたわけではない。殺意の塊のような人間から視線を逸らすなど、自殺行為に等しい。だから目端だけではあったが、確かに彼方はルナの一挙手一投足を捉えていた。

 振り向くまでは、マイペースに店外に置いてあるメニュー板や辺りを散見する姿しか見られなかった。仮に接近を許したとて、十分対処できる自信が彼方にはあった。


 だが現実は違った。


 回避できたが、その影響で位置は入れ替わった。それもルナが敢えて左側に作った余白に、彼方が誘導されたに過ぎない。結果的に無傷で済んだのは、行く道を塞ぐことに重点が置かれていたからだ。もしルナが本気で――――殺す気で攻撃していたのなら、間違いなく彼方は致命傷を受けていた。


「どうして手を抜いた?」


 矜持を傷つけられた彼方は、ルナを睨みつける。それを受けても当の本人はどこ吹く風。むしろ親しみを感じさせるような陽気な声で答える。


「時間稼ぎが私の役目だからね~。私的にはこのまま雑談だけして過ごしたいかな~って感じ。なんなら恋バナでもする!?」


 場違いな提案に彼方は沸点を上昇させるが、すぐにそれは収まった。

 相手を苛立たせるのが目的なのではなく、本気でおしゃべりがしたいようで「私は~」と独り言のように彼方に話しかけているからだ。


 真面目な答えを期待していたわけではないが、ふざけた態度をとるルナに舌打ちして彼方は逃げ道を探る。


 辺りの地形を把握しようと、彼方は視線を一瞬ルナから離す。途端、甘い花のような匂いと底冷えするような声色が耳元に届く。


「あー、ダメだよ。眼を離しちゃ」


 ルナとの距離はおよそ200m弱。その差をたった一足で埋め、ルナは殺意が帯びた拳を彼方に突き出す。


「ほら、ちゃんと防がないと死んじゃうよ?」


 声のおかげで、彼方は振り返って確認するという動作を省き、即座に回避行動に移った。そして身を屈めて、カウンターを狙う。

 予想通り上半身を捉えていた拳は、紙一重で彼方の頭上を通り過ぎて空振りで終わる。そのままカウンターも狙い通りに決めると思いきや、彼方はその場でうずくまってしまった。

 青ざめた表情。頭から足まで全身隈なく汗で濡れた身体。

 彼方は回避したのではなく、唐突に襲われたルナの威圧感によって膝を崩されただけだった。

 対峙している状態ではぼんやりとしか分からなかった実力差というものを、如実に感じ取ってしまった彼方の身体は、出血も相まって身震いが収まらなくなっていた。


 当然ルナはその隙を見逃さない。


 拳を振り抜いた勢いのまま、回転蹴りで彼方に追撃する。


 いくら心身共にボロボロだといえ、そんなあからさまな攻撃を防げないほど彼方は剣客としてまだ折れていなかった。

 反射的に彼方は直剣の刃を面にして防ごうと試みる。


「重ッ――――」


 ルナの足が直剣に触れた瞬間。彼方は手に伝わる衝撃の異変に気がつき、下に向けていた切っ先をすぐさま地面に突き刺した。だがその抵抗空しくただの蹴りによって店内へと、地面を削りながら彼方は飛ばされていく。


「かはっ……ゴホッ、ゴホッ……」


 彼方は理解できなかった。


 折れた肋が内臓に刺さった影響で喀血を起こし、口からは血が滴り落ちている。立つのも不可能なほど血液が不足しているせいで、まともに思考を巡らすこともままならない。だからと言って考えるのを辞めたわけではない。自分が何をされたのか、今でも懸命に痛みを我慢して頭を働かせている。それでも思考が状況に追いついてこない。


 皮肉にも彼方の意識を現実に繋ぎとめたのは、予め結果が分かっていたかのような口ぶりのルナの言葉だった。


「だから言ったでしょ? ちゃんと防がないと危ないって」


 ちゃんと防いだだろ、というツッコみはルナに相応しい言葉に押し退けられて、喉奥にしまわれた。


「化け物……だな」


 彼方の罵倒をルナは苦笑いで受け止める。


「一応聞いておくけど、諦める気はないのかな?」

「憐れんでいるのか?」

「まさか、ただの親切心だよ。だって君、骨もそうだけど内臓はもっと酷いことになってるでしょ。次に私の攻撃受けたら死んじゃうよ?」


 ルナの指摘は、的確に彼方の状態を指し示していた。


 水中にいるような息苦しさと閉塞感。動かそうするたび電流が走ったかのような痛みを感じる手足。意識を保つのすら怪しい満身創痍の身体。


 それでも彼方を立ちあがる。


 まだ『誰も』助けられていないから。


「執念深いな~。君も」

「当たり前だ。もし俺がリアを見捨てて生き延びたとして、その先十年後。二十年後。必ず後悔する。自責の念で、気っと死んだような人生を送る。それなら俺はここで、誰かを助けようとした人間として死にたい。だから俺は何を言われようと、リアと助けることを諦め――――――」

「計四件だったかな」


 彼方の命を懸けた叫びが、ルナの退屈そうに呟かれた一言に掻き消される。


「軽い物を含めれば、三十件はくだらないかな」


 理解し難いルナの言動が、彼方に当惑を与える。


「……さっきからお前は何をいっているんだ?」

「助けた人間が人殺しだったら、君はどうする?」


 その言葉で、彼方の脳裏に悪い予感が走る。


「それでもまだ助けて良かったと、後悔しないって言える自信が君にはある?」

「何が……言いたい?」

「君がリアと呼んでいる人間は正真正銘、人殺しの犯罪者だよ」


 否定したかった言葉をルナの口から告げられた瞬間、どうしようもない無気力が彼方を襲った。崩れそうだった膝は完全に地に着き、手に握った直剣は指の間からスルリと抜け落ちた。

 突き付けられた現実から眼を背けるように、彼方は出涸らしのような気力でルナに吠える。


「そ、そんなの嘘に決まっている。訂正しろ。リアはそんなことをする人間じゃない」

「『そんな人間じゃない』 『罪を犯すなんて信じられない』『良い人間だ』。全部犯罪者を擁護する人間の常套句だ。だけど残念なことに、そうされてきた人間が白だった件はゼロだよ」


 彼方の身体は既に死に体。残す精神が折れるのも時間の問題だった。


 ルナは警戒されないように、ゆっくりとした歩調で彼方に近づく。


「今のやり取りで確信した。君は大きな大方彼女に嘘を吹き込まれたんだろうね。ともあれ君が『誰かの為に』と願うのならこっち側に来るべきだよ。なんたって私たちは悪い奴を懲らしめる『正義の味方』なんだから」


 耳心地の良い言葉で逃げ道を用意して、ルナは救いの糸を垂らすように手を彼方に差し出した。

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