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ヴィ・ルブニール ~un reve~(仮)  作者: さはら、かなや
一章   金烏玉兎
6/13

奇襲

「早速で申し訳ないですが、私たちのアジトに案内させていただきます」


 そう前置きしてから退店のため、リアが店のドアに手をかけた時だった。


 鋭く、音も無い、一瞬の軌跡が彼方の眼の前に描かれた。


 気づけばリアの肘から先が消えていた。代わりに赤い液体が周囲に飛び散る。


 呆気に取られている彼方を置き去りにして、リアは怪我など二の次と言わんばかりに懐にある端末で現在時刻を確認する。


「嘘……。まだ二十分以上も時間があるはずなのに――――――まさかたった一、二秒で感知された……? それに今のは……」


 当然の様にリアは遠くへと飛ばされた自分の腕を拾って、状況を把握していない彼方の腕を取る。


「すみません。どうやら詳しい説明をしている暇はないようです」

「そんなの後でいい。それより止血!」


 そのまま出口に向かおうとするリアを止めて、彼方は急いでテーブルに置いてあるナフキンを切断部分に巻き付ける。


「ありがとうございます」


 完全な止血には至っていないものの、目に見えて腕から滴り落ちる血の量は減っている。

 彼方はひとまず安心して、リアにこの惨状の心当たりを尋ねる。


「礼はいいから、何が起こっているのか分かる範囲で教えてくれ」


 少し迷う素振りを見せたリアだったが、もう彼方が当事者になったからか観念したようにすらすらと事情を話し始める。


「……簡潔に言いますと、私は命を狙われています」

「腕が無くなったのもそれが原因か?」

「はい……」


 努めて冷静に身の危険を告げたリアは、申し訳なさ気にこの先に起こるであろう展開を彼方に聞かせる。


「……そして中途半端でも関わってしまった以上、彼方さんも狙われると……思います」

「とばっちりってこと、か」

「そういうことになってしまいますね……」


 彼方の痛言に、リアは深く頭を下げる。


「本当に申し訳ないです」


 彼方は大きく息を吐いて、腕に巻いていたボロボロの麻の紐で髪の毛を後ろで結わく。


「切迫している状況での謝罪は余計だ。今はどうするればこの場を乗り切れるかだけを考えよう。……正体不明の敵を相対した場合、ざんとく一択なんだが……リアはどう思う?」


 リアは責められる覚悟をしていたようで、彼方の言葉に眼を丸くしている。ましてや意見を求めてくるとも思わなかったようだ。

 戸惑いながらも、リアは予めこのような事態を想定していたかのように即答する。


「森林地帯に逃げるべきです」


 リアの意見に彼方も無言で頷く。


 何故リアの腕が無くなったのかすら彼方は未だに方法を掴めずにいたが、遠距離からの攻撃であることは確かだった。その時点で撃退出来る見込みは相当薄い。こちらには攻撃する術はおろか、敵の位置や人数すら特定に至っていないからだ。逆に相手からは少なくとも居場所は筒抜けで、一人は重傷だ。狭い店内が相手の眼を妨げている形にはなっているが、それも時間の問題。必然的に戦略は逃げの一手になる。

 逃げ道として他にもショッピング通りや、傍にある海域も候補に挙がるだろうが、どれも結局は森林地帯に逃げ込む羽目になるからだ。森林地帯と海域に囲まれているこの街はいわば袋小路だ。その中では逃げ隠れするのにも限度があるし、海域に関しては未知数。安全性が担保されていない現状ではリスクしかない。遠距離攻撃に備えつつ追っ手を撒くには消去法で、紛れやすい森林地帯がベストというわけだ。


 そこまで一緒の結論に行き着いていたのに彼方がリアに選択を委ねたのは、根本的な問題を解決できていないからだ。


 彼方はリアの出血が収まったのを見て、窓から森林地帯との距離を測る。


「300mくらいか?」


 あくまでそれは直線距離であり、途中には街灯や民家の塀といった障害物がある。中でも森林地帯との境界を示す鉄柵と鉄門扉は鬼門になると予想できる。


 三十秒もあれば彼方には辿り着ける自信があった。しかしリアの状態を気遣いながらとなると最低でも二分は必要になる。


「どう切り抜けるつもりだ?」


 吹きさらしの店外に出れば言うまでもなく、二人は恰好の的になる。店に入る前に居たはずの人波もいつの間にか霧散してしまっている。無策に飛び出せば次は腕だけでは済まないかもしれない。

 都合よく進んで二分。その間遠距離攻撃がこないという保証は無いし、それに賭けるには心許ない距離だ。


 リアもそのことを十分に理解しているのだろう。苦虫を噛み潰したかのような表情で答える。


「二人で一緒に逃げる、というのは残念ながら不可能です。ですが、一人が敵を引き付けるのなら……私が囮に成れば彼方さんだけでも逃がすことが出来る……と思います」


 何の根拠もない漠然とした作戦に異議を申し立てる前に、彼方はキッパリと前提を否定する。


「ダメだ。逃げるなら二人でだ」

「時間があればそれも可能でした。ですが先手を打たれてしまった以上もうこれ以外に助かる方法は無いんですっ! ……安心してください。必ずやり遂げてみせますから……!」


 感情を押し殺すように下唇を噛みしめて、リアは自らが犠牲になることを選択した。


 現状を的確に把握していて、この先の展開もある程度予想出来ていて、そのうえ彼方よりも力がある。だから自分の方が囮としては適任だと。

 なるほど。誰の眼から見ても、それはひどく合理的で、彼方も納得する他なかった。

 それでも年端もいかない少女が自己犠牲を強いられる現実を、この後を想像して涙を流さなければならないリアのことを、彼方は間違っていると断言出来る。


「それなら俺が残る」


 しばらく思案した末に、彼方はボサボサの頭を掻いてリアの決断を切り捨てた。


 彼方の思いがけない返答に、リアは否定の気持ちを露わにする。


「酷な言い方になりますが貴方では無理です! 少なくても囮としての役割は、私の方が果たせると思います。分かってください! これが最善なんですっ!」

「片腕が無いのにか?」

「それは――――」


 捲し立てたリアだったが、彼方の返しの一言で言葉を詰まらせる。


 それもそのはず、リアの言葉には初めから諦観が見え隠れしていた。それは仮に両腕が健在している状態で対峙しても、生存が絶望であると考えているからだ。それなら五体満足で、変な先入観などがない自分が相手する方がまだ勝算があると、彼方は踏んでいた。


 加えて彼方には負けられない理由があった。


「腕相撲でリアに負けた俺じゃ役不足かもしれないが、それでも剣を用いた勝負なら俺は負けない」


 敗北前提のリアと勝気な彼方。そして剣客として自負が、覚悟を揺らがせる。


「ですが……」


 なおも言い淀むリアの、潤んだ瞳に映る彼方の顔が険しいものから優しい笑顔に変わった。


「大丈夫。俺は死なない」

「…………分かりました。ですが絶対に死なないでください。絶対です」


 強くそう念押しすると、リアは淡く光る奇妙な石がはめ込まれた首飾りを彼方に渡した。


「冥途の土産か?」


 茶化そうとすると、リアは困ったように涙を拭って精一杯の笑みを作る。


「それはお守りです。肌身離さず持っていてください。必ず見つけ出しますので。必ずっ!」


 そう言葉と共にお守りを置いて、リアは店の外へと飛び出した。

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