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ヴィ・ルブニール ~un reve~(仮)  作者: さはら、かなや
一章   金烏玉兎
3/13

灰被りの迷惑人

 スキップでもしようかと考えていた少女の前進を止めたのは、すれ違いざまにぶつかった少年の肩だった。


「あっ、すみません――――」


 振り返り少年の方を見ると、バランスがくずれたのかうつ伏せで地面に倒れ込んでいた。


「だ、大丈夫ですか? 怪我はありませんか!?」


 呼びかけても一向に返事は聞こえない。焦燥感で吃りながらも慎重に、少年の肩を揺らして意識の有無を確認する。しかしピクリとも動かない。最悪の事態を想像した少女は、素早く少年の手首に触れて脈拍を測る。

  

 脈は正常で、目立った外傷はない。どうやら少年は単に気を失っただけのようだ。


「良かった。死んではいないみたいですね」


 気が軽くなり落ち着きを取り戻した少女は、ふと気になって少年の姿を注視し始めた。


 服というにはあまりにも薄く、土や泥で変色したであろうたった一枚の布で身を隠した格好。何かの毛皮で作られたであろう腰巻には、一本の錆びた直剣が携えられている。


 少女は知っている。


 彼らは孤児、あるいは退役兵であることを。恰好からして彼は後者だろう。


 七年前、この都市で戦争が勃発した。


 戦争の爪痕は今ではもう見る影が無くなったが、未だに両親を亡くした子供や、精神が壊れて次の仕事が見つからない者が街を彷徨っている。

 病院や孤児院はしっかりと機能している。だが、数が多すぎるせいで収容されずにあぶれた者たちは街を徘徊して食べ物を恵んでもらう生活を余儀なくされた。それが戦争の傷が癒えないこの都市の現状だ。中にはわざと身体をぶつけてきて、治療費を寄越せなんて宣う乞食もいる。


 そう、まさに今みたいな状況だ。


 幸いなことに何故か少年は意識を失っている。何食わぬ顔でその場を立ち去ることも可能だが、知らぬ存ぜぬで通せないほど、既に周囲の視線が少女を射ていた。このまま少年を放置して立ち去れば、悪印象を周囲に抱かせてしまうに違いない。


 人は悪意に敏感だ。正しいことをしている人間よりも、悪い行いの方に注目は浴びせられる。

 目立つことが許されない立場として、それは何が何でも避けなければならない。

 

 少女は懐から少ない有り金の一端を少年の前に置いて、森林地帯の方へと足を向ける。少女は少量の金銭と少しばかりの休暇を引き換えに、難を逃れようとしたが少年はそれを許さない。気絶していたはずの少年の手が、この場を後にしようとしていた少女の足首を掴んでいた。


「ちょ、えっ、なんなんですか!?」


 咄嗟の出来事に少女は慌てて、少年の手から逃れようと強く足を引っ張るがなかなか離れない。


「ぐぅ~~~~~~」


 返ってきたのは少年の腹の音だけだ。


 この人は『天使』の仲間で、もしかしたら自分は足止めをされているのかもしれない。


 そんな思考が頭に過ったが、少女の想像を否定するように少年の腹の音は周囲にまでその音を轟かせて人を寄せつけていた。


 人の眼を憚るのは、少女だけではない。『天使』もむやみやたらに人前で事を起こそうとはしない。だから少年が『天使』だとしたら、人垣を募らせているこの状況を良しとしないだろう。


(まさかこの人、お腹空きすぎて倒れただけなのかな……?)


 少女の頭に浮かんだ選択肢として、それが一番まともな結論だった。

 しかし用心するに越したことはない。何とか少年から離れようと、今度は手も用いて少女は懸命に引っ張り続ける。


「すぐ! そこに! 食事処があるので! 自分で――――」

「ぐぅ~~~」


 少女の言葉を遮って再び少年の腹の音が鳴る。どうやら提案内容に不満があるようだ。

 そうこうしているうちに、二人の周りにはちょっとした人だかり形成されていた。これ以上時間が経てば更に人が増えるかもしれない、という危惧が少女の心を折る。


「分かりました。分かりました。手持ちはそんなに無いですが、代金は私が出しますので二人で行きましょう。とりあえずまずは足から手を離して、立ってください」

「ぐぅ」


 肯定するように三度腹の音を鳴らした少年は、ようやく地面から顔を上げて姿勢を正した。

 

 年齢は恐らく少女に近い。十六……あるいはそれ以上か。180cm以上ありそうな高身長に似つかわしくない、幼さを残した顔立ちが少女の眼を惑わしていた。 

 しばらく無言で少年のことをまじまじと見つめていると、ボサボサで伸ばしっぱなしの灰を被ったような髪の奥から、気怠げで焦点の合っていない黒い瞳が少女を捉えていた。

 まだ行かないのか? と訴えているようだ。

 

 少女は咄嗟に顔を逸らすと、そそくさと最初に目についた店へと足を踏み入れた。

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