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ヴィ・ルブニール ~un reve~(仮)  作者: さはら、かなや
一章   金烏玉兎
2/13

通信

《根源暦五十七年 五月七日》

 

 石畳の地面に、白を基調とした石造りの建物ばかりが並ぶ統一感溢れる街『エスポワールタウン』。その中心部よりも少し離れた場所に位置する『酒豪の盛り場ブレンデッド』では昼前という時間帯にもかかわらず店内は大層な賑わいを見せていた。

 その一角で目立たぬよう息を潜めている一人の少女が、怪しげに手で口元を覆い隠している。


「こちら《浮遊(フロテ)》了解しました。これより他二名と合流した後、帰投いたします」


 酒場には似つかわしくない町娘風の装いをした少女は、指輪型の通信機をはめた手を口元からどかして通信を切断した。


 少女は諸事情により現在人目を避けなければならない立場にいる。それを踏まえれば大勢の人間がひしめき合っている店内はそのニーズに適していない。幸いというのか努力の甲斐なのか、この場で浮いている少女のことを誰も気に留める様子はない。だからだろう、少女の口から無意識に愚痴がこぼれる。


「なんで合流地点にこんな場所を選ぶかなぁ。……あっ」


 しまった、と慌てて少女は辺りを見回す。今しがた口にした、この場にいる者をあたかも見下しているかのような発言を聞かれては面倒になるからだ。しかしやはり少女の言葉を耳にした者はおろか、認識している人間はこの店のマスター以外にはいなかった。それもそのはず裸で踊っている者、賭け事に熱狂している者、女房の愚痴をこぼす者。肴は違えど皆一様に酔いを回らせて快活に笑い合っている状態で、男好きするような身体を持っているわけでもなければ、酒を煽ってもいない場違いな栗毛の芋娘など誰の眼中にも映らないだろう。


(まさかこの状況を見越して、意図的にこの場所を選んだ?)


 思えば騒がしい店内は、内密な会話をするにはうってつけだ。緊急の連絡が入っても、怪しまれずに堂々と通信が出来るし、余程大きな声で喋らない限り会話が筒抜けになる心配もない。そう考えると下手に人気の少ない場所よりも、適していると言える。


(ううん。絶対お酒飲みたいだけだよね……)


 提案してきた仲間の顔を思い浮かべて、少女はポニーテイルの尾を横に揺らした。


 普段樽単位で飲んでいるような人間だ。様々な状況を想定した選択というよりかは、欲望に従ったと考える方が余程自然だ。


(結果的に私たちが紛れられる場所だからいいのだけれど。ん? 通信だ)


 耳にはめた通信機からノイズに被さるようにして、若い女の声が聞こえてくる。


『あーあー、聞こえるぅ~? 姫ちん』


 少女は再び手で口を覆い、薬指にはめている指輪に向かって二回咳払いをした。


「任務中はちゃんとシーフルネームで呼んでください《攻撃(ストライク)》。……って貴女もしかして酔っ払っていませんか?」


 聞き取りづらいのは距離が原因だと思っていたが、ゆったりとした緩急のある口調は、まさしく少女の近くで飲んだくれている中年オヤジたちのそれと同じものだ。


 少女の指摘を肯定するように、女はしゃっくりをする。


『ははは、姫ちんは冗談が上手いなぁ~。ヒック』

「だから任務中は――――」


 このまま相手のペースに飲まれれば必ず怒鳴り声をあげることになってしまう。

 自制の心が少女の言葉を本題へと移らせる。


「はぁ、返ったら説教ですよ。そんなことよりまだ時間が掛かるみたいですが、大丈夫ですか?」


 基本的に撤退指示が出た後の通信は緊急事態に陥った場合に限られる。

 少女が先程受け取ったように、彼女もまた指示を受け取ったはずだ。

 だから彼女の状態奈何について触れる前に、集合時間に遅れている原因を優先して少女は問い質さなければならなかった。


『あ~そう、それだ!《天使》のやつらが来てるみたいだから~合流は! な! し! で! 各自帰投だってさ~』

「なんでそんな重要な時に貴女はお酒を飲んでいるんですかっ!!!」


 最上級に急を要する事態だったため、少女は思わず店内に響き渡るほどの声量を上げていた。遂にと言うべきだろうか。そのあまりの大きさに、店内のほとんどの客が動きを静止させ、空気だった少女に視線を注がせる。


「~~~~~~」


 少女は羞恥で赤くなった顔を両手で隠しながら、言葉にならない声でそそくさと店内を後にした。


「こほん。すみません、取り乱しました」


 裏手にある閉じへと入り込み、周囲に人影がないことを確認してから少女は通信を再開した。


『あはは、姫ちんも大声出すんだにゃ~』

「誰のせいだとっ……」


 感情的になりそうな自分を抑えて、少女は事の追求をする。


 自分が通信を受け取ったタイミングで伝えられなかったということは、つまり発覚してからそれほど時間が経っていないということだ。

 冷静になって余裕が生まれた少女は、一先ず現作戦に参加しているもう一人のメンバーの安否について尋ねる。


「このことは《幻影(ファントム)》には伝達済みですか?」

『あ~うん。っていうか先に合流してたから、隣にいるよ~。なんなら代わろうか?」


 無事を確認して少女は胸を撫で下ろすと、彼女の提案について考え始めた。



 今のところ会話が成立出来ているとはいえ、いつ意味不明な言動をしてもおかしくないほど恐らく酔いは回っている。その点任務に忠実な《幻影》なら建設的な話を出来るのだが、わざわざ無駄な工程を挟む必要性も時間も無い。

 少女は合理的に基づいた思考で、彼女の提案を断る。


「いえ、大丈夫です。それよりも把握できている《天使》の情報を教えてください」

『んーにゃ。二人ってことくらいしか聞いてないかにゃ~。その内の一人はなんとあの『剣聖』様とかなんとか。あ、あとあとあと! お頭は三十分以内には戻って来いって言ってたでござろううう~」


 泥酔に一歩前進。彼女の言語は最早言葉として完成しないものばかりになっていた。

 少女はここが潮時だと見極めて、挨拶を済ませる。


「了解しました。情報伝達ありがとうございます。私もすぐに帰投しますので、先行してもらって大丈夫です。少し早いかもしれませんが、作戦お疲れ様でした」


 事務的な少女の言葉遣いとは対照的に、彼女はしゃっくりを繰り返しながら、精一杯の言葉を吐き出す。


「良いってこちょよ~。帰ったら姫ちんも一緒にのm――――」


 何を言われるのか察した少女は、間髪入れずに通信を切断した。


 第三者がもし今の会話を聞いていたら、少女が彼女に悪感情を抱いていると思うかもしれない。現に一緒の作戦に赴くことが多い《幻影》からは、仲を疑われている。アジト内で度々受ける彼女からの酒宴も断っているのだから、日増しにその印象は強くなっていることだろう。

 それでも少女にとっては、むしろ数少ない友人の一人で、大切にしたいと思える希少な存在だ。 

 言動こそ稚拙だが所々で言葉の意味を理解して、適切な返答をしてくれる要領の良さや、仲間思いな所は素直に尊敬している。加えて身体能力は常人を遥かに凌駕し、何より彼女の能力は特異性があり団内でも非常に重宝されている。そもそも今回の作戦も彼女がいなければ成立すらしていなかった。


 そんな相手と険悪な関係が築けるはずがないという打算。彼女が良い人間だという心情。少女の内にはその二つが仲良く手を繋いでいるため、なんやかんやで上手くやっていけているわけだが、


「めんどくさい人なんだよなぁー」

 

 彼女が自分に及ぼす影響を表す一言として、少女の口からこぼれたのはこれ以上ないものだった。


 挨拶を終えてすぐに通信を切ったのも、長い付き合いを経て培われた経験から、面倒事の匂いを感じ取ったからだ。九分九厘帰ってからも同じ様なやり取りが待ち受けているだろうから、取り越し苦労に成ることが多いが。


 少女は何度目か分からない溜息を吐いて、エプロンワンピースのポケットから板型の電子端末を取り出して起動させる。そして画面をワンタップすると少女の現在位置、《第四都市ルークリデ》が千分の一程までに縮小された半透明の立体映像が端末から浮かび上がった。


 計六都市ある内の一つ。《第四都市ルークリデ》は、都市の七割弱が木々で埋め尽くされいてる。そのことからも《深緑都市》の名としても広く知られている。


 メインタウンである『エスポワールタウン』は、そんな都市の別名には似つかわしくないほど人工物が乱立している。まるで緑の浸食から必死に逃れようと、その部分だけを都市から切り抜いたように。それ故地図を見れば『エスポワールタウン』の位置は一目瞭然だが、逆を言えばそれ以外の地域はほとんどが緑に染め上げられている。辛うじて海域が残っているが、そこは現在……というよりは少女が生まれる前から立ち入りが禁止されている。

 必然的に街の出入りには、森林地帯を通らなければならないということになる。森林地帯は舗道されている箇所が少なく、辺り一面似たような風景が広がっているせいで、頻繁に街を行き来する少女ですら簡単に迷子に成り下がってしまう。そこで重要になってくるのが、少女が広げいている立体地図だ。現実の情報がリアルタイムで表示されていて、もし倒木や土砂崩れなどの災害が起こっても即座に知ることができる優れ物だ。森林地帯を抜けるのに必須と言っても過言ではない。


 少女は地図を指で拡大縮小させながら帰り道に主だった異常がないことを確認した後、路地を抜けてショッピング通りへと爪先を向ける。


「よし、買い物をしよう!」


 時間指定された撤退指示は、大概が伝えられた時間の倍までは安全という意味が込められている。今回の場合だと一時間くらいだろうか。


 よく街に訪れるといっても私用ではなく、任務であることがほとんどの少女にとって自由に歩き回る機会に恵まれるのは稀だ。つまりこれはさしずめ三十分余りの些細な休暇。多少の危険は承知で満喫しないと損というものだ。


 少女は端末を素早く操作して、三十分後にアラームをセット。意気揚々と迷わずアパレルショップを目指す。

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