第3話「魔王」
「はいはい、貴方のイージス・ゲヘナ・ファルミウムはここに。人魚の魔王ファティマ・シルヴァハートにやられた渡守翼は呪いの王冠の覚醒も待たずに再び魔王に挑む様子……憎き悪魔の王に彼女は勝つことができるのでしょうか?」
ファティマとの戦いからしばらく経った。
あれからは魔王と遭遇することも無く一般の魔族を倒す日々が続く。
そんなある日、翼はウキウキとした様子で清流院高嶺の部屋をノックした。
「翼です。今、お時間は大丈夫ですか?」
「何か用ですか?入っていいですよ」
机に向かう高嶺に、翼は緊張した面持ちで隠し持っていた箱を差し出した。
「あの、これ受け取ってください!」
「……なんです?これは」
「え、いや……その、今日って高嶺さんの誕生日ですよね。私からのプレゼントですよ」
高嶺はしばらく硬直した。
「お、お気に障りましたか?」
「いえ、今日は私の誕生日なのですか?」
「え!違いましたか!?数年前に今日だと聞いてメモに取っていたのですが……」
「……まあ、そう言うなら今日なのでしょうね」
誕生日は今日で間違いない。おかしな反応だと思ったが、気にせず続けることにした。
「私は魔王大戦で全てを失った。今生きているのは高嶺さんのおかげです。一刻も早く魔王を倒して平和な世界にしてみせます!では失礼します!」
本当はプレゼントを開封した反応を見たかったが、恥ずかしさや高嶺の迷惑になりたく無いという気持ちが勝り、逃げるように部屋を飛び出した。
その後、高嶺は黙々と箱を開いた。
「ペンダントですか……翼が着けている物に似ていますね」
それを見つめながらしばらく考えた。
「ああ、そういえば彼女のペンダントは私が買い与えた物でしたね。それで数年越しのお返しとしてペンダントを渡して来たというわけだ」
ずっと無表情だった高嶺は少し口角を上げた。
「幼稚だな。うちのお姫様は」
高嶺はペンダントを塵箱に投げ入れながら静かに呟いた。
そんな事を夢にも思っていない翼は自分のペンダントをいじりながら、高嶺が喜ぶ姿を想像して笑みを浮かべていた。
しばらくして、今日の任務の説明で召集がかかった。
今回は高嶺ではなく、鷹森綾乃という上官から説明を受けた。
高嶺がペンダントを着けている姿を見たかった翼は少々がっかりした。
今回の任務は悪魔の討伐だ。
「よし、帰るぞ」
やはり普通の魔族では翼の相手にならない。今回もすぐに終わらせて撤収の準備をする。
「おっ、魔力を感じると思って見に来てみれば……久しぶりじゃん。まだ生きてたんだ」
一瞬で緊張が走る。
「なっ、貴様……!」
翼は同行していた2人を車に帰そうとする。
「別にそのままでいいよ。私は他人を巻き込むような品のない戦い方はしないからさ。人間の魔王さん?そういえば名前聞いて無かったな。なんて呼べばいい?」
悪魔の王、宮古灯里がふらっと現れたのだ。
「……私は渡守翼、貴様を殺す者の名だ。覚えておけ」
「あー、翼ね。ともりつばさ……ともりつばさ……」
灯里はじっと翼の顔を見つめた。
「な、なんだ。あまり見るな」
「なんかさ、渡守翼って感じの顔だなって思ってさ。妙にしっくりくる感じ?名前なんて興味ない私でもこれなら覚えられそうだよ」
「興味ないなら聞いてくるな」
そんな話をしながら翼は思った。こいつなら"いける"と。
同じ王冠を持つ者とは言っても、魔族であるファティマと人間である宮古灯里には力に差がある。
「あ、そういえばさ、お前の王冠って変じゃん?それの正体についてあれからちょっと考えてたんだよね。それで一個思いついたことがあるんだけど」
自分の王冠の正体、それは翼にとって今一番知りたい事だ。
「お前の王冠って親から継承されたものじゃないの?」
一瞬思考が停止した。そして、笑いが止まらなくなった。
「何を言い出すかと思えば……ふふっ、 呪いの王冠は魔族の王に与えられるものだろ?私が魔族に見えるのか?人間は魔族なのか?」
ファティマに言われたことをほぼそのまま言い返した。
「なんで?呪いの王冠を持つ人間がここに2人もいるのに?」
「……あ」
翼は自分でも間の抜けた声だと思った。
「お前の親が呪いの王冠を持ってたんなら説明がつくだろ?まあお前もいい歳なのにそんなに王冠が未熟なのはよくわからないけどな」
「確かにそうだ!ファティマめ、適当な事言いやがって!やっぱり私の親が王冠を持っていたんじゃないか!」
1人で騒ぐ翼を、灯里はにやにやしながら見ていた。
「あ、そうだ。お前にもう一個言いたいことがあってさ?」
「あ?なん……」
言い終わるより先に、灯里の魔力は翼の肩を射抜いていた。
「うちの可愛いメイドに傷つけてくれてありがとうよ」
ただ圧縮した魔力を射出しただけの魔法ですらない代物だが、翼は全く反応できなかった。
「お前に言いたい事は全部言い切った。じゃあな、私はちょっとやらないといけない事が出来たから帰るよ」
「ま、待て!貴様ァ!ぶっ殺……」
「やめとけ、翼」
翼の腕を掴んだのは雅だった。
「なんだ、香椎!私はあいつを……」
「勝てると思うのか?」
いつに無い真剣な眼差しだった。
「な、なんだよ……私は……」
「私もよくわかんねえけどよ?呪いの王冠が覚醒ってのをしないと戦いにならないだろ。今戦っても無駄死にするだけだ」
「そっちの姉ちゃんの方がよくわかってるじゃんか。死にたくなかったらちゃんと話を聞いておくんだな」
そう言い残して灯里はふらふらと去っていった。
「魔王に勝てる人間は私しかいないんだ、私が1人でも魔王を倒して世界を少しでも平和にしないと……」
「だったら尚更死なないように立ち回れよ。お前は唯一魔王に立ち向かえる人類の希望なんだからな!」
「……わかったよ。これからは魔王と遭遇しても逃げる事にする」
「話はまとまったみたいだね。私の意見も雅と大体同じって事で」
「ふふっ、風凪、お前適当なやつだな」
そんな話をしていると、心の中でもう1人の翼が話しかけてきた。
「肩に穴が空いてるって言うのに楽しそうだね」
「お前か、最近よく出てくるな。なんなんだ」
「うーん……言わば私は君の理性だ。理性的に行動しないと死に直結する局面だからね。私も出張らせてもらうよ」
「それで、今回は何の用だ?」
「いや、王冠が覚醒するまで待てって私が言った時は無視するのに雅ちゃんが言えば素直に聞くんだね。自分よりも他人を信じるなんておかしくないかい?」
顎に指を当て、小首をかしげながら尋ねる。
「私の顔でそんな可愛らしい動作をするのはやめろ。なんかむず痒くなってくる」
「ふふっ、まあいいや。これでわかっただろ?結局、君は私が言った通り、王冠の覚醒を待つ事になった。私が言っている事に間違いはないんだ。これからは素直に私が言うことに従ったらどうかな?」
「はっ、結果的にそうなったからといって偉そうに言いやがって。お前が常に正しいなんて決まってるわけじゃない。私は私の好きにさせてもらう」
「……ない」
もう1人の翼は小さな声で呟いた。
「なんだって?聞こえないぞ」
「……私は間違ってない。私はヘンじゃない。私が間違うことはないんだ……」
うわごとのように何度も何度も繰り返していた。
「ちょっ、お前どうしたんだ!?」
「私は何もおかしくなんかない!おかしいのはお前だ!間違ってるのはお前だ!私はヘンなんかじゃない!」
「わ、わかったわかった!私が悪かった!悪かったから!私はもう現実に帰るからな!」
翼が去った後も、もう1人の翼はずっと呟き続けていた。
「私に間違いなんてない……私は間違ってないんだ……そうだよね?フィナ……」
その後、翼は肩の治療のため入院することになったが、呪いの王冠による膨大な魔力により身体の能力が向上しており、穴は数日で傷跡すら無くなった。
傷が完治して数日後、翼達は高嶺からの指令を受け、いつもの任務に向かった。
「なんか機嫌悪そうだな?もうちょい休んでたかったのか?」
「いや、別に不機嫌ってわけじゃない。たださ、高嶺さん……ペンダント着けてなかったから……」
「ペンダント?そんなのいつもしてないじゃないか」
「そうじゃなくてな、丁度この前の肩に穴を開けられた日が高嶺さんの誕生日だったからさ、ペンダントをプレゼントしたんだよ。それで今日、プレゼントしてから初めて高嶺さんと会ったけど着けてなくてな……」
「それってつまり入院中の見舞いにも来なかったって事?」
奏は呆れたように言う。
「そ、それは仕方ないだろ!高嶺さんは忙しい人だから……」
雅も奏も口にはしないが、内心はなぜ高嶺をそこまで慕うのかと疑問に思っている。確かに高嶺に拾われていなければ2人も死んでいたかもしれないが、高嶺にはあまり良い印象がないというのが正直なところだった。
15年前の魔王大戦で高嶺に拾われ、それからキマイラに所属し生活しているが、高嶺が笑っている所など一度も見たことが無かった。
15年間の間、全く笑顔も見せずに淡々とした敬語で話しかけてくるだけの機械のような人間というのが2人の所見だ。
「……なんだよ?その視線は」
だが、翼だけは高嶺に対して信仰とも言えるような絶対の信頼を置いている。翼の性格的に、高嶺を貶すような事を言っても怒り狂うだけだろう。だからこそ、2人は何も言わないのだ。
「別になんでもねーよ。まあ高嶺さんも毎日同じペンダント着け続けたりはしないだろ。今日はたまたま外してただけさ」
「そうそう、毎日肌身離さず高嶺さんから貰ったペンダントを着けてる君とは違うんだよ」
「まあ……そうだなぁ」
今日の任務はドラゴンの討伐だった。ドラゴンは非常に強力な種族ではあるが、今の翼の敵ではない。
「まあ、他の魔族よりは強かったかな」
「ほえー、ドラゴンすら瞬殺できんのか……やっぱ敵は魔王だけだな」
その時だ。数日前に感じた気配がふらふらと近付いてきた。
「はは、お前は魔力隠すのが下手だからすぐに見つかるなぁ」
「み、宮古灯里……!」
魔王に遭遇したら逃げる。戦おうとするなと、自分に言い聞かせていた。
「今日はたまたまじゃないよ。お前のこと探してたんだ」
「な、なんだ!私はお前と戦う気は無いぞ!」
「それは私にもないよ。私さ、思い出したんだよね。お前のこと」
雅はそんな話してないで逃げろとジェスチャーを送るが、それよりも翼は話の内容が気になっていた。
「お前の名前聞いた時さ、なんか聞き覚えがあったんだよね。それで記憶修復魔法とか色々試してみたらさ、私とお前は昔に出会った事があったんだよね」
「な、なに?」
「いやー、なんか忘れてるって事に気付けて良かったよ。忘れてる事を忘れたらもうお終いだもんね」
灯里は普段から締まりの無い顔を更に緩ませた。
「そんな事はどうでもいい!私とお前はどんな関係なんだよ」
「まあ正直、あんま大した関係でもないんだけどね?私たちは魔王大戦の時に出会ってたのさ」
「魔王大戦の時だと……?」
それは15年前の事だ。
魔族の争いによって人間の街は崩壊。まさに地獄絵図の中で、渡守翼は両親に連れられ逃げていた。3人はボロボロの状態だった。
その時だ。翼の父が瓦礫に埋もれた人の手を発見した。満身創痍の状態ではあったが、その手がわずかに動いたのを見て、父は瓦礫を掻き分けてその手を引き上げた。それこそが当時3歳の宮古灯里であった。
「君、お父さんとお母さんは?」
「みんなしんじゃったよ」
「そうか……僕たちと一緒に来てくれるかい?」
「うん」
翼の両親は2人の子供を抱えて走った。全員、今にも意識を失いそうなほどの極限状態の中、さらに傷だらけの者が現れた。
当時の悪魔の王だ。
獣人の王との戦闘で大きな傷を負ったが、命からがら逃げ出してきたのだ。
自分が助かるために逃げたのではない。悪魔の王には子供はいなかったため、このままでは呪いの王冠が途絶えてしまう。王冠を継承する相手を探すために逃げてきたのだ。
悪魔の王の眼前には、悪魔との遭遇に絶望する2人の男女と何が起こっているのかも理解していないような小さな2人の子供が映った。
もう自分には残された時間はない。人間如きに託さなければいけないのか。
もう誰でも良かった。残された力を使い、王冠の譲渡をする。受け取ったのは2人の少女のうちの1人だった。
「このちから……すっげ」
突然もたらされた莫大な魔力により、死に瀕していた灯里は体力が完全に回復した。
「なんかよくわからないけどげんきになったよ。ありがとな」
灯里は魔力を放出し、悪魔の王にとどめを刺した。
魔法の使い方も何も知らなかったが、魔力の使い方がなんとなく頭に浮かんできたのだ。
自らが命をかけて力を託した相手に殺された悪魔の王は死の瞬間にとても満足していた。
自分が王冠を譲渡した相手は間違っていなかったと。
「おじさんたちもげんきないね。いまらくにしてあげるよ」
次は翼の父と母の頭を射抜いた。
「つぎはおまえだな。おまえもすごくいたそうだ、すぐにおわらせてやるよ」
霞んだ視界で両親の死を目の当たりにした翼は、体力の限界なのか、それとも精神の限界だったのか気を失った。
「あれ?なんもしてないのにしんだ?まあどうでもいいや。なにもかもどーでもいい」
その後、宮古灯里は王冠の継承者として悪魔達に拾われ、王としての道を歩むことになる。
話し終えた灯里は軽く息をついた。
「ごめんな、お前の王冠は親から受け継いだものかもって言ったけど間違いだったよ。お前の両親はただのカスだったからさ、王冠の持ち主とは程遠かったよ。やっぱりそれ正体不明だな、あはは!」
「ふ……ふざけるなァ!貴様ァ!!!貴様……貴様がァ!!!」
悪魔の王に全てを奪われたという朧げな記憶。それは全て宮古灯里が引き起こした事だったのだ。魔王と遭遇したら逃げるなんて言葉は、翼の脳内から完全に消え去っていた。
魔力で強化したブレードに灯里に襲いかかる。
「お、おい!魔王と戦うなって!」
「そんな事言ってられるか!死んでもこいつだけは殺す!」
「え?お前なんでそんな怒ってるの?お前の両親はあのままだと野垂れ死んでたよ?私が楽にしてやったのに……あ、自分だけ殺してもらえなかったのが不満なのか?」
挑発してるわけではない。心の底からそう思っているのだ。
「うるさい!黙れ!黙れェ!!」
灯里は魔力で大剣を創造し、翼の攻撃を全て剣で弾く。
「よくわかんねえけど、そんなにお怒りならストレス発散に付き合ってやるよ。私もたまにはちょっと本気出して戦ってみるかね」
「はいはい、貴方のイージス・ゲヘナ・ファルミウムはここに。怒りに任せて悪魔の王に挑む渡守翼。圧倒的な実力差なんだから逃げれば良いのに……おっと失礼、ついつい素で話してしまいました」