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第2話「幸せ」

「はいはい、貴方のイージス・ゲヘナ・ファルミウムはここに。呪いの王冠に目覚め、魔王との戦いに挑む事を決めた渡守翼……ですが、彼女は本当に魔王に勝てるのですかね?」

キマイラ・オーガニゼーション。


15年前、魔王大戦終了後に魔族達の脅威に対抗するため、稀代の天才と呼ばれた清流院高嶺によって創設された研究機関である。


魔族についての研究の一環として対魔族に特化した兵器を開発、それを使い人間に危害を加える魔族の駆除も請け負っている。


渡守翼は魔王大戦で両親を失ったのちに清流院高嶺に拾われ、同じ敬意でキマイラに所属した香椎雅、風凪奏と共に魔族と戦う日々を送っていた。


だが、そんな日々は翼の呪いの王冠が目覚めたことによって大きく変わることとなる。


「悪魔の王は絶対に殺す。それは決定事項だ」


翼はノートに向かって呟いていた。


「どうした?」


雅が特に興味も無さそうに聞いた。


「ん?ああ、これから魔王と戦わないといけないからな。そもそも魔王が何人いるのか数えてノートに書き記していた」


「魔族の種族の数だけいる訳だわな」


「そうだ。魔族は悪魔、ドラゴン、エルフ、アンデッド、獣人、人魚、吸血鬼、ゴーレム……あと、ゴーストとハーピーか。結構いるなと思ってな」


「お前含めて11人の魔王がいるんだな。確かに全員倒すのは面倒だな」


「そうだ。だから、とりあえず悪魔の王はこの手でやる。それは決まってる」


雅はノートを覗き見る。


「まあ馬鹿正直に全部倒すんじゃなくて戦う相手は選んだ方がいいわな。やっぱドラゴンは避けた方がいいだろ」


「確かにドラゴンに良い思い出はないな。まあ魔族に良い思い出なんぞ一つも無いがな」


ドラゴンは魔族の中で最も戦闘力が高いとされる種族だ。普段の任務でもドラゴンを相手にする時はキマイラの戦闘部隊をフル動員する勢いで戦力を充てる。


そうやって話していると高嶺からの招集がかかり、奏も含めた3人は本日の任務に出向いた。


「それにしたって、よくもまあ毎日毎日任務があるよね」


誰に言うでもなく奏が呟いた。


「確かにな、毎日なにかしらの魔族が勝手に人間の領土に入って暴れてるなんて、当たり前になってたが随分と治安が悪い。魔族と人間の力関係を考えたら滅ぼされてないだけ、ありがたく思えってか?」


「ふん、わざわざ向こうから来てくれるんだ。殺しに行く手間が省ける」


この強気な態度は呪いの王冠に目覚める前から一切変わっていない。しかし、王冠による圧倒的な力を得た事で、その発言はビッグマウスでは無く分相応の言葉となる。


これまではそう強くない魔族と戦うのも命懸けだった。


「終わりだ。帰るぞ」


今回はエルフが3人で街を荒らし回っていたとの報告を受けて駆けつけたが、現場に着いてから1分もかからないうちに3人の首を刎ねた。


雅と奏は、呪いの王冠の正体が未だ不明であるため、不測の事態に備えて付いてきているだけだ。


翼は、早く魔王と戦いたいと思っていたが、出会わないことにはどうしようもない。


任務を終え、車に戻ろうとした時、そんな願いに答えるようにそいつは現れた。


「あれ?人間じゃん」


下半身が魚のようになっている女がニヤニヤした表情を翼に向けていた。


一目見た瞬間に分かった。人魚の魔王だ。


「香椎、風凪、離れていろ」


「お、おい!逃げなくて大丈夫か?」


「ようやく出会えたんだ。逃げるわけがないだろ」


雅は奏に引っ張られて車に戻ったのを確認し、魔王に向き直るとさっきまでのニヤついた表情は鳴りを潜め、少し驚いたような顔になっていた。


「あんたさ、なんなの?人間のくせに呪いの王冠を持ってるってのはまだ理解できるけどさ、なんで王冠が未覚醒なわけ?」


「なんだ、何かおかしいのか?」


「そりゃおかしいでしょうよ。その王冠はどいつからもらったわけよ?」


同じ魔王でも人間であった宮古灯里より、魔族であるこいつの方が色々知っているかもしれない。翼は色々探ってみることにした。


「知らん。ある日突然目覚めたからな。そんなにおかしいことなのか?」 


魔王は急に王冠が生えてくるわけあるかい、と漏らしてからうーんと唸った。


「惚けてるってわけでは無さそうねぇ。じゃあ仕方ない、ちょっと私が今のあんたのおかしさについて教えてやるわ。先生の名前はファティマ・シルヴァハート。魔王様からの授業よ?ありがたく拝聴なさい」


魔族に教えを乞うなど、翼にとっては癪な事この上ないが、全く情報が足りていないのは事実だ。ここは素直に聞いておこうと思った。


「まずねぇ、呪いの王冠は魔族の王に与えられる証。呪いの王冠は、王冠を持つ者の一番最初に産まれた子供に継承されるものなのよ」


「一応確認だが、人間で王冠を持って」


「魔族の王に与えられるって言ったでしょ。人間は魔族か?話聞いてた?」


ファティマは食い気味に答える。


「う、うるさいなァ!一応確認って言っただろ!私の親が王冠を持っていたらそれで解決する話だからな。ちなみに魔族の穢れた血など入っていない私は純血の人間だ」


「あっそ。それでね、呪いの王冠は子供に受け継がれたら、親の方の王冠は、子の王冠の成長に合わせて弱くなっていくのね」


「王冠の成長か……そういえば私の王冠はまだ完全じゃないんだよな」


「王冠はね、成長して行くものなのよ。激情に反応して一気に覚醒する場合もあるんだけどね、大体は時間経過で身体の成長に合わせて成長するって感じ?人間で言うところの成人になるくらいにはみんな覚醒してるわね」


ちなみに翼は現在18歳。もう覚醒していてもおかしくない頃ということだ。


翼は手の甲に紋様を浮かべ、ファティマに見せてみた。


これ覚醒してるんじゃないのか?そう聞こうとしたが、それは甲高い笑い声に掻き消された。


「アヒャヒャ!なにそれ!私が赤ん坊の頃と変わんないじゃん!」


「な、なんだとォ!」


「紋様はね、王冠の成長と共に広がっていくのよ。手の甲に浮かぶタイプだったら覚醒したら腕を覆い尽くすくらいにはならないとねぇ」


そう言うとファティマは背中を向けた。


「わかりやすく言えばこんな感じ?」


その背中は禍々しい紋様で埋め尽くされていた。


「そんな小さい王冠を見せびらかすなんて恥知らずな奴」


いやらしい笑みを浮かべていたファティマだったが、ふと思い出したかのように緩んだ表情を引き締めた。


「それにしてもそんなに王冠が小さいってのは本当におかしな話ねぇ」


「さっきも言っていたが王冠が未覚醒なら何が問題なんだ」


「別にさ、人間なのに王冠を持ってること自体は説明できる事象なのよ。王冠は譲渡できるからね」


確かに宮古灯里は譲渡されたと言っていた。


「じゃあ何がおかしいんだ。言っておくが私は魔王に力を託された記憶など無いぞ」


「そんな事は私は知らない。でも、とりあえず今回は誰かに譲渡されたものと仮定しましょう。私はこんな素晴らしい力を他人に渡そうなんて思ったことないから知らないけどさ、王冠の譲渡って結構な高等技術らしいのね?」


「魔王ならそれくらいできるんじゃないのか」


「そうそう、王冠が覚醒するような魔王なら誰でもできるわ。でもね、王冠は譲渡した場合、元々の魔王が持っていた状態で譲渡されるのよ」


なんだか頭がこんがらがってきた。


「えと、つまりは王冠が覚醒した魔王から譲渡されたら覚醒済みの王冠が貰えるってわけだ」


「だからさ、あんたの王冠の小ささはおかしいのよ。それだと赤ちゃんから王冠をもらったことになっちゃう。いくら魔王とは言っても赤子の状態じゃ譲渡なんて出来るかしら?」


「つまり……やはり私の王冠は無から生えてきたということか?」


「……いえ、一つだけ考えられる可能性があるわ」


ファティマは真剣な眼差しで告げた。


「あんたに力を託したのは天才キッズだったって事でしょ!アヒャヒャヒャ!」


「き、貴様ァ!バカにしているのかァ!」


「そりゃそーよ!バカにしてるに決まってるっしょ!私の力の源を教えてください〜なんて愚の骨頂じゃなーい?知るかっての!敵に向かってそんな事聞いてくんなっての!」


そりゃそうだ、と思う気持ちもあったが、そんな僅かな理性よりも沸騰した感情が先行するのが渡守翼という人間だ。


「う、うるさい!うるさいうるさい!」


「あんたはさぁ、私が強い理由を教えてください〜なんて言われたらなーんて答えるわけぇ!?あ、この場合の答えは簡単ね〜!何故なら!私は!王冠が覚醒してるから!あんたのカスみたいな王冠と違ってねぇ!」


「うぐぐぅ!一通り知りたい事は聞けた!もう貴様は用済みだ。ぶっ殺してやる!」


翼は持っていたブレードに魔力を注いだ。すると、それは歪んだ形に変形した。王冠の力を試している時に発見した力だ。威力も耐久度も比べものにならないほど強化される。


「持ってる武器に付与する不完全な形だけど武器の生成は出来るのねぇ」


ファティマは杖を生成した。


「でもやっぱりさ、無から生み出す方が良いわよねぇ?」


「下半身だけ刺身にして食ってやる!」


翼は高速で距離を詰め斬りかかったが、するりと回避される。


その後も何度も攻撃を繰り出すが、全て避けられる。 

「さっきはあんたにために色々話してあげたんだからさ、今度は私が話したい事を話すわね」


ファティマは邪悪な笑みを浮かべながら言った。


「私はね、この世の全ての魔族に!人間に!幸せになって欲しいのよ」


「はっ、そんな戯言は気色の悪いニヤけ面を引っ込めてから言うんだな。適当なことほざきやがって」


「何言ってんのよ。私はみーんな幸福の絶頂に至って欲しいと心の底の底から思ってるわよ」


話をしている最中も当然戦闘を続けているが、一撃も当たらない。


「だからさ、私はあの天使にみんなを幸せにするように頼みたいのよ」


「天使?まさか貴様はあいつが言った事を信じているのか?」


「まあ信じない気持ちもわかるけどさぁ。あの自称天使ちゃんからは魔力を一切感じなかった。人間の赤ん坊でも魔力を持ってるんだからさ、魔力が0ってのはおかしくない?だからあの子がこの世界の住人じゃ無いってのは間違いないと思うのよね」


まあ、だからと言って天使かどうかは知らないけど。と付け加える。


「そう言われると魔力を感じなかったような気もしてくるな……」


「でしょ?私たちの知らない別の世界からこの世界にやって来たのよ?願いを叶えてくれるってのも案外嘘じゃないかもって思うわけよ」


「それなら私が勝って魔族の全滅を願うだけだ。貴様の望む平和な世界が訪れるだろうな」


「私が望むのは平和じゃなくて幸せなんだけどね。とにかくさ、私はとっても悩んでるのよ。みんなを幸せにするためには魔王を倒さないといけない。魔王を倒したら魔王を幸せにできない。それってすっごくジレンマじゃない?」


またファティマは邪悪な笑みを浮かべた。


「だからさ、私は決めたの。幸せそうな魔王は殺して不幸せそうな魔王は生かしておく。それでさ、幸せそうになったらぶっ殺す!魔王を幸せな状態で殺すことで魔王の全滅と全員の幸せを両立するってわけよ。だからさ、あんたの事は見逃してあげるわ」


「は?どういう意味だ?」


「え?わからない?今のあんたはしょぼくれちゃって不幸そうって言ってるのよ」


「な、なんだと?」


「あんたさぁ、私には勝てないって悟っちゃったんでしょ?最初はあんなに元気だったのに完全に萎えちゃってるじゃない」


さっきからかすり傷すら与えられていないのだ。実力の差はあまりにも大きい。


「だから今日は帰りなさい。王冠が覚醒したらまた相手してあげてもいいわよ」


このまま戦っても勝てるわけがない。逃げるのが正しいとわかっていても、いや、正しいからこそ翼は退くことが出来ないのだ。


「ふざけるな!今日ここで殺してやる!」


「え?逃げないの?ここまで来るとただの死にたがりね。じゃあもうちょっと力の差を教えてあげましょう。ミルザ・ズミラ」


ミルザ・ズミラは水属性の最下級魔法だ。この戦いで初めてファティマが攻撃に移った。


「そんなもの、王冠が目覚める前から大した脅威でも無い下らん魔法だ」


淡い光を放つ水色の球が杖から放出される。いつものように回避しようとしたが、反応できないほどのスピードで翼に向かって飛んできた。


その直撃を受けた翼は吹き飛んだ。


「な……こんな威力」


「私の魔力から放たれる最下級魔法はそんじょそこらの最上位魔法より圧倒的に強いわよ?これでわかったでしょう?早く去りなさい」


全身に痛みが走る。それでも、憎き魔王に背中を晒す事など翼にはできなかった。


「ふざけやがって!私は絶対に……」


翼は立ち上がり、ファティマに向かい走る。


「うーん、困ったわねぇ。下手に出力を上げて死んでも困るし……あ、そうだ。あれでいいや。カナテ・ツグ・タリルーディア」


これは水属性の中級魔法の詠唱だ。水で生成した刃を飛ばす技だ。最下級魔法でもあの威力なのだから、これを喰らうとまずい。


「へ?」


翼は間抜けな声を漏らすことしか出来なかった。刃は翼ではなくファティマの身体を斬りつけていたのだ。


近づいたら自分も巻き込まれそうだ。自分の魔法で全身を何度も切り付ける姿をただ眺めていることしかできなかった。


「ハビル・ンラミザ・テメト・ンラミザ」


ファティマは全身から血を流しながら訳のわからないことを呟いた。魔法の詠唱だろうが、聞いたことの無いものだ。


何が起きるのか警戒していると、突然身体に異変が起きた。攻撃を受けたわけでも無いのに全身に激痛が走った。


「あがっ!なんだ……これ!」


翼は絶叫しながらのたうち回った。


そして死を覚悟した時、翼の意識は闇に沈んだ。


「私は……死んだのか?」


「いや、君は生きてるよ」


もう1人の翼が言う。


「そうか、ここは精神世界か」


2人の翼以外は何も無い真っ暗な空間だ。


「君って変な子だよね。彼女に勝てないのはわかりきってたのになんで逃げなかったのさ」


「……勝てると思ったんだよ」


「ふふっ、まあこれでわかっただろう?呪いの王冠が覚醒するまで大人しくしておくんだね。それか仲間になってくれる魔王でも探してみるかい?」


「何を言ってるんだ。私は魔王なんかとは組まないし、私はさっさと魔王を倒して世界を平和にしなければならない。立ち止まってられるか。あいつが魔王の中でも強い方だったんだよ、他の魔王なら倒せる」


もう1人の翼は呆れたように笑う。


「いや、彼女は魔王の中では平均か、ちょっと上くらいじゃない?最後に使ってきたあれはちょっと厄介そうだけどね」


「そんなの、他の魔王も見てみないとわからんだろ」


「まあ、君がしたいようにすれば良いよ。せいぜい死なないようにね」


「無論だ」


そう言い残すと、翼は精神世界から抜け出し現実に戻ってきた。あまり見慣れない天井……医務室だ。


「あ、目を覚ました」


「ん……風凪か」


「外傷が一切無いのに苦しんで3日間目を覚まさなかったんだけど……大丈夫?」


「3日だと!?今はなんとも無いな。寝続けてたから身体が怠いくらいか」


「ま、それなら良かったよ。先生を呼んでくるね」


のんびり歩いて行く背中をぼんやりと眺めながら考えていた。


「私は魔王に勝てる……勝てるんだ……」

「はいはい、貴方のイージス・ゲヘナ・ファルミウムはここに。こっぴどくやられてしまった翼さんは懲りずにまた魔王に挑むようですね。お次の相手は最初に出会った魔王である宮古灯里……正直、結果はなんとなく予想出来るような気もしますがとりあえず応援してあげましょう」

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