2-1.魔女様、はじめて町に来る(1) たくさん人が居る!
2-1が最初の投稿部分になります。そういう仕様です。
時系列で読みたい場合は1-1から読んでください。
なお作品名は”没落令嬢と森の魔女様”です。
書式は『加齢臭と転移する竜』と同じです。
見ればわかると思いますが、段落字下げ無し、カッコ内字下げありです。
リタさんの名前はマルグリットさんで、リタは愛称です。
「ひー! 人が歩いておる!」
「魔女様、ここは町ですから、人が居ることくらい気にしないでください!」
若い女性が2人。
普通の平民の格好をしているが、明らかに普通ではない2人が町にやってきた。
片方は挙動不審で、もう片方は歩いているだけで町民には見えない気品がある。
片方はおそらくお忍びの貴族。
もう片方は、よほどの田舎からやってきたのだろうか?
かなりの訳あり、或いは、貴族様の戯れ。
周りの者からはそのように見えていた。
……………………
周囲の者には遊びに来たように見えるかもしれないが、遊びではない。
これにはリタの命がかかっている。
元貴族令嬢のリタは、なんとか”森の魔女様”の説得に成功し、町に連れ出すことに成功したが、ここからが本番だ。
匿ってもらうために、命からがら魔女様の森に逃げ込むことには成功したものの、長期滞在の許可が得られなかった。
この状況で森から出て行かなければならないとなると、おそらくリタは逃げ切るのは難しい。
リタにとっては、魔女の森に滞在できない……それは即ち、死を意味する。
そこで、リタは、滞在の許可を得ようと画策していた。
リタの滞在が許されない理由は不明確であったが、魔女様は、何かを極度に恐れ、長年森に引き籠っている。
そのため、魔女様は実際の町を知らない。
魔女様は、子供の頃から人里離れた場所で隠れるように住んできた。
8歳の時に一緒に暮らしていたお婆様が亡くなると、それ以来、人との接触がほぼ無い生活を送ってきた。
そのため、魔女様は町がどんなところなのかは、あまりよく知らない。
来ようと思えばすぐに来られる距離なのに、その割に魔女様は、町で簡単に手に入るような生活必需品の不足で、大変不自由をしている。
そのためリタ(マルグリット)には、魔女様が実際の町を知らずに、過剰に恐れているように見えた。
知らずに恐れているだけ……ではあるが、魔女様は町での生活を全く知らず、買い物も満足にできそうもないので、魔女様が避ける気持ちも、一部はわかる。
だが、リタなら簡単に町で必要なものを入手できる。
それに、町がそんなに怖い場所ではなく、有用な場所であることを証明できれば、魔女様の持つ町に対する謎の恐怖心を解くことができるのではないかと考えた。
というのも、リタが聞いた範囲でも、魔女様の言っていることは、実際の町の状況とは全く異なるように感じたから。
実際に見せれば何かがわかるかもしれないと思ったのだ。
……………………
”ひー! 人が歩いておる!”
魔女様はといえば、人通りの少ない路地でこの反応なので、おそらく本当に人がたくさん居る場所に来たことが無いのだと思う。
魔女様は森に住んでおり、町に来ることは無い。
森から町までは道が整備されておらず、往復するだけで一日がかりになると思う。
気軽に行くには遠すぎる……というわけでもなく、町の近くまで一瞬で来られる魔法があった。
リタが死ぬ気で逃げたあの距離を一瞬で……
リタはいろいろ思うところはあるが、今は前を向いて進もうと思う。
「もう人を10人以上見た。今日は帰ろう」
魔女様がまだ騒いでいる。
だが、町に来て”10人見たから帰ろう”だと、菓子も買えない。
「ダメです。魔女様、そういう単位だと何回来ても買い物できません」
「単位とはなんじゃ?」
魔女様には単位では話が通じなかった。なんと説明するか。
「数字の桁のことだと思ってください」
「数字の桁?」
「10の次が100、100の次が1000。
0が1個増えるごとに桁が変わります。意味は分かりますか?」
「ようわからん」
魔女様には伝わらなかった。
魔女様は頭が悪いわけでは無いようだが、普通の町民が知っていて当たり前のことを知らないことも多かった。
※金を使わない自給自足の生活してると、大きな桁での計算が必要な場面は
あんまり多くないので仕方ありません。
「とにかく、人はたくさん居ますが、気にしないでください」
「わしは、こういう場所は好かんのじゃ」
それはわかっているが、なんとか有用性を認めてもらう必要がある。
「魔女様、この先が大通りです。
ここは物価はちょっと高めですが、安心して物が買えます」
”物価”という言葉も通じないとは思う。
……が、魔女様の反応は、そこには無かった。
「大変じゃ! 何人おるのか数えられん」
魔女様は、なぜか何人居るか数えている。
町で今視界の中に何人居るかなんて数える意味は無い。
「数える必要ありませんから!!
それより、欲しいものはありませんか?
無ければ菓子を扱う店に行きます」
「ひー! リタ、大変じゃ」
大変? 魔女様が恐れる魔女狩りとかいうやつが出たのだろうかと思う。
「どうしました?」
「肉が火炙りになっておる」
視線を魔女様が見ている方に向けると……まあ、確かに、肉が火炙りになっている。
でも、普通に店先で肉焼いているだけだ。
この匂いで客を集める。
人を集めるためにやっていることであって恐怖の対象ではない。
「落ち着いてください。魔女様、それは調理です」
「そうか、調理か」
「はい」
”はい”とは答えたが、あまりあっさり納得されると、それはそれで妙に思える。
さらには次の言葉。
「わしも調理されてしまうのか?」
なぜそうなる?
「されません!!」
リタは一瞬からかわれているのではないかと疑うが、そうでも無いようだ。
だが、これは、どう見ても怪しい人だ。
「魔女様、人聞きが悪いので、そういう騒ぎかたしないでください。
魔女様だってお肉焼きますよね」
魔女様が急に落ち着いて答える。
「おお、そうであったな」
なぜ急に落ち着く!!
騒いでいるのが私みたいで騙された気分だ。
まあ、でも、魔女様のこの反応は、どこからどう見ても怪しく見えるだろう。
少し先まで行けば、おそらく魔女様が好みそうな品が売っているが、あっちは人が多いし、動くと騒ぐので、ここで待っていてもらう。
「良いものが有ります。
魔女様はここで座って待っていてください。
ここから勝手に動かないでくださいよ?」
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人が多くてリタが見えなくなった。
ついさっきまでは、人が多くて怖かったが、これだけ多いと逆に気にならなくなる。
町には魔女狩りがたくさん居たはずだが、ここにはそれらしき集団は居ないように見える。
「確かに魔女狩りはおらんようじゃな?
昔はいっぱい居ったのじゃが」
魔女は一人で話まくる。
ずっと一人で生きてきた癖だ。
「それはそうと、リタがどこにおるかもわからんのに、
いつまで待てば良いのかの?
こんな人が多い場所で待たされるのは心細いではないか」
そんな心配をしているそばから、リタが戻ってくる。
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「これをどうぞ。
私の持って行った焼き菓子が大変お気に召したようですので、
たぶんこれも喜んでいただけるかと」
見たことも無いようなものを受け取る。
食べ物のようだ。
「食べて良いのか?」
「もちろん。魔女様に食べていただくために買ったものですから」
ここは購入した品を座って食べることができる場所。
あまり品が良いとは言えないが、町民であれば許される。
「この白いものは何かのう?」
そんなことを言いながら恐る恐るという感じで一口食べる。
「いかがですか?」
焼いた生地でクリームを包んだもの。
「おお甘いのう。良い香りもする。柔らかいのう。こんなものははじめて食べた」
「中の白いものはクリームです」
「おおおお、なんと、この世には、こんなに美味いものが有ったとは……」
リタは、魔女様の幸せそうな笑顔がとても好きだった。
確かにリタにとっても美味しいものではあるが、ここまで幸せそうに食べる人をはじめて見た。
魔女様は妙なことを言うが、美味しいものを食べているときの顔は嘘偽りのない本物の表情に見える。
「これは是非ともいくつか持ち帰りたい」
リタも、魔女様はそう言うかもしれないとは思っていた。
「残念ですが、これは持ち帰るには向かない品です」
リタも持ち帰ろうとしたことがあるが、器が無いと溶けるように崩壊してしまうのだ。
それに、時間が経つと、その場で食べるのと比べて、ベタっとして味がかなり落ちる。
「凄く価値が高いということか? この石いくつと交換すれば良いか」
「価値ではなく、時間が経つと形が崩れるのです。
価値はそこまで高くないです。その石1個で、いくつも買えますから。
このくらいのものであれば買えるだけのお金は私が持ってますから大丈夫です」
「そうか、金か、そんな便利なものが有ったとは」
「今までどんな生き方してたんですか」
「金など無くてもたいがいのことはどうとでもなる」
「いえ、知ってますよ。知ってますけどね、、」
魔女様は、一切人と接触せずに生きてきたのだ。
金なんて使ったことが無くても生きてきた。
それはわかるが、金の使い方さえ知っていれば、魔女様はもっと楽に幸せに暮らせたと思う。
リタはお金の存在と、町に来れば美味しいものが食べられることを知ってもらいたかった。
ひとまず、ここまではうまく行ったと思う。