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3-3.釜と火炙り(1)

「お嬢様。入浴の用意をしようと思うのですが、設備の使い方がわかりません」


カリーヌがさっそく入浴準備に取り組んでいるようだ。

張り切って石鹸を大量に買い込んでいたので、近いうちにやるだろうとは思っていた。


魔女様はあまり頻繁に利用している様子は無いが、ここにはかなり大きな湯沸かし用の釜がある。

ろくに鍋も無かったのに、大きな釜は2つある。

2つの釜の大きさはだいぶ違うが、小さい方でも十分に”一般家庭にこんなものは置いてない”と思うような大きさだ。


これだけ大きければ、一度に大量の湯を沸かすことができる。


釜が大きいと言っても、一度に沸かすことができる湯の量が多いだけで、釜へ水を入れるのも釜からたらいに湯を移すのも全部人力でやるので凄い重労働だ。


なので、リタは小さい方の釜を使っていた。

と言っても、まだ2回しか使っていないが。


「大きい釜は大変なので、私はこちらを使っています」

そう言って小さい方の釜を見せるが反応が良くない。

「この量では……」

「はい。(浸かるほどの量は無いが)体を流す程度には十分なのです」


釜からたらいへはといを使えば少しは楽できるが、小さい釜の方が楽に使えるのは変わり無い。

この釜の湯でも体を洗うには十分だ。


「私はお嬢様にはしっかりと入浴していただきたいのです」


カリーヌはそう言うが、リタはもう貴族令嬢ではない。

だから、そんなに手間暇かけて入浴をする資格は無い。

庶民の暮らしに慣れなければならないのだ。


「私はもう貴族令嬢じゃないからいいのよ。

 ありがとう、気にしてくれて。

 でも大丈夫だから」


そう言って、軽く体を流す程度で済ませようと思うが、カリーヌはこう言う。


「大釜に既に水を入れたのですが、どうやって湯を沸かすのかがわからなかったのです」


「あ、そ、そう?」


既に大釜に水を入れたのだ。これは凄い重労働だ。

これを断るのは申し訳ない。


大きい釜と小さい釜は使い方は同じだと思う。

それぞれの釜の横にある大きなレバーを回転させる。


どういう仕組みかはわからないが、それだけで火が出る。


「大きい方の釜に火を入れたいのですよね?

 だったら、これをこうするだけ。

 これ、どうなってるのかしらね?」


「これで火は出ているのですか?」


「はい。たぶん。

 しばらくすれば釜が熱くなると思いますけど、覗けば隙間から火が見えますよ」


そう言いながら火が出ているかを確認する。


「ああ、ちゃんと出てますね」


「お嬢様、小さい方の釜でやってみてもらえますか?」


「ええ。小さい方もやりかたは同じ。

 こっち。これを、こうするだけ。

 火出てるでしょ?」


「はい。一度止めてもらえますか?」


「ええ。止めるのも簡単ですよ。さっきと逆にするだけ」


操作は簡単なので、カリーヌがこの説明を聞いて理解できないとは思えない。

何か深い意味があるのかと思う。


「何か気になることがあるの?」


「お嬢様、私がやるので見ていてください」

「はい」


カリーヌが操作するが、火は出ていない。

「火出てますか?」

「出てないです」


「もう一度やります。

 火は出てますか?」


カリーヌの操作が間違っているようには見えないが、火は出ていない。


「いえ、出ないですね」


このあたりで、カリーヌが何を言いたいのかがわかった。


「お嬢様、再度やってみてください」


「はい。やりました」


これで火がついたら、火がつくかどうかは操作した人によって結果が変わることになる。


「火は?」


「出てます」


リタが操作すると火は出る。

カリーヌが操作しても火は出ない。


「消しますよ」

「はい。消えました」


「どういうこと? 特にコツは無いと思うのだけど」


「はい。そのように見えます」


ああ、カリーヌは早い段階で、こうなると思っていたのだわ……

カリーヌが簡単な操作に気付かないはずもなく、リタはちょっと恥ずかしくなる。


ただ、どうして差が出るのかはわからない。


「魔女様に聞いてみましょう」


……………………


「魔女様、裏にある釜の火が調子が悪いみたいなのですが、

 何かコツがあるのですか?」


軽く聞いたつもりが、驚くような言葉が返ってきた。


「あれはおぬしらには使えぬ。よく火が出ることがわかったのう」


かまどのようなものに、釜が設置されているのだから火を使うことは容易に想像できると思う。

風呂の湯沸かしなどした経験のないリタ(マルグリット)にも容易に想像できたのだ。

そして、実際に火は出た……リタ(マルグリット)がやれば。


「いえ、火は出るのですが……」


「あの中に薪をくべたのか」

「いえ、薪が無くとも火が出たので」


薪をくべる前に操作したら火が出たので、リタはそういうものだと思ったのだ。


「釜の火? 何を言うておる?」


「ん?」


あれは薪が無くとも湯を沸かすことができる道具ではあるようだが、

魔女様は、自分以外は使えないと言っているようだ。


「すみません、魔女様、実際に見てもらえますか」


……………………

……………………


釜の様子を見に来る。

もう既に大釜から湯気が出ている。


「お、およ?」


(およ?)


「カリーヌがやっても火が出なくて……」


「お主が火をつけたのか」


「使っちゃいけませんでしたか?」

「これは火炎輪じゃ」


火炎輪と言うと、もっと凄く大きなやつが思い浮かぶ。


「火炎輪……って森の周りのやつですか?」


「それの小さいものじゃ。わしと婆様以外にも使えるものが居ったとは」


それじゃ、私も魔女狩りの対象に???


「ええ? それじゃ私が火炙り?」

「何故じゃ!」


※魔女様でも突っ込み入れることあるのですね。


……………………


リタは頭を抱える。

私は魔女なの? 魔法なんて練習したことも無い。

触ったら火が出たから使っていただけだった。


釜の横に操作したら火が出そうな仕掛けがあったのだ。

操作したら火が出たから使っていた。

確かに変だとは思った。

1回目は元から燃料が入っていたのだと思ったが、リタは燃料を入れていないので2回目は使えないかと思ったが、2回目も使えた。

どんな仕組みなのか疑問に思っていたが、燃料を使わずに何度も使えるのは、魔法だからだった。


魔法を知らなくても道具があれば魔法は使えるのだ。


……………………


少々悩んだが、ひとまずは悩むのは後回しにする。


今まで試した人が少ないから気付かなかっただけで、私以外にも使える人はたくさん居るかもしれない。

気持ちを切り替える。


「というわけでお風呂です! 魔女様どうぞ!」

リタが言うとカリーヌが抵抗する。

「お嬢様、私はお嬢様のために!」

そうだ。

準備したのはカリーヌなので、カリーヌの意思を優先すべきだったかもしれない。


だが魔女様は乗り気ではなかった。

「わしは後で一人で洗う。湯だけ用意してもらえるかの」

そう言い残して、さっさと戻って行った。


湯を釜からたらいに移す。

不器用なといがあるのだが、溝が浅くて零れやすい。

いずれもう少し使い勝手の良いものに替えたい。


「魔女様洗って差し上げようとしても断られちゃうのよね。お風呂嫌いなのかしら?」


「では、お嬢様、どうぞ」


魔女様の話は凄い勢いで流された。

魔女様は、カリーヌにとっても命の恩人だし、嫌っているわけではないと思うのだけれど、何故かこの反応。

確かに、本人が一人で洗うと言っているのだけれど、あの髪を見ると、どう見ても手伝いが不要とは思えない。


「服ここで脱ぐと土がついて汚れそう。

 服を掛ける場所が無いから不便ですよね」


「確かにそうですね。どういたしましょう?」


リタは家の中で脱いでしまった方が良いだろうと思う。


「脱いでから来るから、ちょっと待って」


「はい」


町民が着るような服なので、手伝ってもらわずとも簡単に脱ぐことができる。

近いとはいえ裸で歩き回るのは()()()()()が、もう貴族令嬢では無いので問題無いだろう。

どうせ、ここは誰も見ていない。


「先に手足を軽く拭いてからにしますね」


お屋敷で貴族令嬢やってた頃とは違って今は手足が汚れることがある。

そのまま入るとたちまちお湯が濁ってさわやかな気持ちが萎えてしまう。


「お嬢様、わたしがやります」

自分で拭こうとするとカリーヌが拭いてくれる。


「このくらい自分でやるのに」


私はもう、そういう身分ではないのだ。


「ではどうぞ」


「ありがとう」


とはいえ、ちゃんとした湯に浸かることができるのは有り難い。

以前は洗われる義務感みたいなものがあった。


ここに来てからは手間との天秤で、ちゃんと湯に浸かることは無かった。

今日も無理やり入れられたような気もするが、とてもありがたい。


それに今までは石鹸も無くて、どうも体を洗った気がしなかった。


「ああ、なんだかひさしぶり。

 死ぬ気で走ったあの日の汚れがついに洗い流せた気分よ。

 カリーヌも、酷い目に遭った記憶といっしょに洗い流しちゃいなさいよ。

 私が背中洗ってあげるから、全身ぴかぴかよ」


「それは光栄です。命を懸けた甲斐があります」


「あなたは命がけで私を守ってくれた。

 その程度で恩返しができるとは思ってないわよ」


「もし、恩をお感じになるのであれば、引き続きお世話をさせていただけると嬉しいです」


ピンときた。

今日の過剰サービスの理由はこれだろう。

たぶん、これを言うために頑張って湯を沸かしたのだ。

だが、私はもう貴族令嬢ではない。

まあ、生きてさえいれば、貴族の嫁ぎ先は見つかるのかもしれないが、私はあまり貴族暮らしは好きではない。


「私はもう貴族令嬢ではないし、この先の給金が出せるか心配だから約束はできないんだけど」


「お嬢様。わたしは衣食住があれば給金はほんの少しでもかまわないのですよ」


「そういうわけにもいかないでしょう。

 あなたならまともな貴族の侍女になれるでしょうから」


「私がそれを望んでいるのです。

 恩を感じていただけたのなら、お世話をさせていただきたいです」


カリーヌはちゃんとした貴族の侍女として働いた方が、絶対に将来につながると思う。

リタはもう自分は貴族令嬢では無いことを強調する。


「髪と背中以外は自分でどうにでもなるから大丈夫よ。

 私、もう、そういう身分じゃないし。

 私は元々貴族令嬢とかガラじゃないのよ」


ところがカリーヌはこう答えた。

「そこが違うのです。私が好きでやっているのです」


「好きでやっているというのは?」


「給料のためではないということです」


”好きでやっている”

この一言で、過去に漠然と感じていた疑問が一気に収束する。

屋敷に住んでた頃、お風呂はいつもカリーヌだった。

侍女だって下女だって居るのに、湯の準備は他の者がやっていたと思うが、お風呂はカリーヌだった。

他の侍女であっても構わないはずなのに、常にカリーヌだった。

カリーヌは特別なのだが、入浴くらい別の者がやっても問題無いはずなのに、いつもカリーヌだった。


何かあれば、体に些細な傷は残る。

リタ(マルグリット)は、そういったものを管理するためにカリーヌが確認しているのだと思っていた。

全身をチェックされているという感覚はあった。

リタ(マルグリット)は、カリーヌにはそういう役目があるのだと思っていた。


そうではなくて、好きだから観察していたのだとしたら。

カリーヌは女性が好きだと言っていた。


あ、あれ?

私のことが好きって、そういう種類の好き?


「もしかして、私をお風呂に入れたいからお湯を用意したの?」


リタが恐る恐るカリーヌの顔を見ると、カリーヌはにっこり笑う。

「私が好きでやってることですから」


給金のためにやってることでは無い?

女性が好きだって、そういうこと?


女の子の体が好きってことなの??


「ううううう(ぶくぶくぶく)」


「今まで通りです。いまさら気にされることではありません」


そうかもしれないけれど、知ってしまうと凄く気まずい。


「でも、髪はお願いします。私一人だとうまく洗えなくて」

「はい、もちろん」


「先にお体を洗いますよ」

「背中とか、()()()()()()ところをお願いします」

「はい」


カリーヌは”はい”と言ったはずなのに、どう考えてもリタが自分で洗えるところまで洗ってくれる。


「あ、あの、そのあたりは自分で洗えますから」


「はい。わかっております。命がけで守ったお嬢様の体ですから」

つまり”つべこべ言わずに洗わせろ”と言われているのだ。


「うううううう」


今まで気にしていなかったから何ともなかったのに、気にすると凄く気まずい。


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