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フラット姉の話3

作者:
掲載日:2010/02/03

「海に行こう!」

 夏も真っ盛りだというのに我が家の洗濯板様は今日も元気です。

 夏の強すぎる太陽光や高すぎる気温や不快過ぎる湿度からなにか未知のエネルギーでも抽出しているのでしょうか。

 そうとしか思えません。

 残念ながら僕のDNAには組み込まれなかった器官が存在しているようです。

 全く羨ましくはありませんが。



 どうも。僕です。

 受験生です。言うまでもないことですが。夏は勝負を分ける季節です。

 当然に却下です。僕の脳は遊んでる間に英単語も数式もどんどんとこぼれ落ちて行くステキ忘却機能付きなのです。

 だいたい三日で空っぽになる自信があります。

 適度な休養が能率を上げる。はい。そうですね。

 わかりましたから。居間でテレビでも見てて下さい。

 だいたい姉さん水着なんて持って。来てるんですかそうですか。

 わざわざ買って帰ってきたんですか。計画的ですね。

 それなら二階のベランダにでもお子様用のプール膨らませればいいじゃないですか。

 納屋にたぶんまだありますよ。二回しか使われなかったあれが。

 ついでに我が家の愛犬平八郎も洗ってあげればみんな幸せですよ。

 はい、決定です。いってらっしゃい。しっし。

 僕はこれから出かけるのですよ。参考書と問題集を買いに。



 なぜ着いて来たかは問いません。ヒマなのでしょう。

 ただ電車での移動中にどこぞのおばあさんから飴をもらってこないで下さい。詐欺ですよー。それは明確な詐欺ですよー。

 しかし。少しだけ考えてしまいます。誰も不幸にしない詐欺はむしろ善行でしょうか?僕には解りません。

 停車する度にドアからドライヤーを当てられたような熱風が吹き込んで来ます。遠くを眺めると風景が揺らめいています。

 暑いです。暑すぎます。とーけーてーしーまーいーそーうー。

 早く目的地のバカみたいにでっかい本屋に着きたいものです。

 始めから買う参考書が決まっていればアマゾンさんでポチっとすればそれで済むのですけど。

 よくわからないので実際に見に行くしかないのです。

 わざわざ電車に乗って普段は来ない街のバカでっかい本屋へと。

 少しだけ潮の匂いのするこの街へと。



 駅から本屋までの道はいっそ殺してくれという程に暑いです。

 肌を焦がす音が聞こえます。ジリジリではなくジューという食欲を刺激する音が。

 太陽にほんの少し近づいただけなのに。なぜこんな仕打ちを。

 そりゃイカロスも地に落ちて行く訳です。

 空は今日も青いです。ちょっとは曇れ。だけど雨は勘弁な。

 本屋に入ってしまえばもうここは天国です。

 広いフロアには至る所に木製単座の椅子が置かれていてゆっくりと本を選ぶことができます。

 すばらしい。マラヴィロッソ。マラヴィロッソ。

 温度差で一斉に出てきた汗が冷えて気持ち悪くはあるのですが。

 漫画のコーナーに心惹かれつつも一応はまっすぐに目的の参考書の並んだ棚の前に立ちました。

 僕は受験生。僕は受験生。僕は受験生。

 心の中で繰り返す言葉はまさに呪いのようです。

 吹き出している汗の意味合いを完全に変えてしまうような。

 我が家の誇るべきパーフェクトフラッター様はちょこちょこといろいろなところを見つつ歩いているようです。

 何かしら持って僕のところまで戻り。またそれを戻しに行くという行動を繰り返しています。

 あらやだ。なんだかとっても癒し系。

 高いところの本が取れずに背伸びして手を伸ばしているところなんか特に。

 姉さん。姉さん。踏み台はそっちにありますよ。

 そう言った雑誌はまだ早いのではないでしょうか?

 痛いです。蹴らないで下さい。でも見ても仕方ないでしょう。

 確実にサイズありませんよ。だから蹴らないで下さい。

 まったく。どこに出しても恥ずかしい姉です。

 


 しかし。パラパラとページをめくってみたり本の後ろ側を見たり筋トレとして上げ下げしたりしてみましたが。

 参考書というものは高いものですね。そして差がよくわかりません。

 問題集というものも高いものですね。そして差がよくわかりません。

 とりあえず安いのを揃えて余剰金で夏を満喫してしまってもいいような気がしてきました。

 一通り買うものを決めてレジに向かおうとしたところに。まさかの姉チェック。

 ため息と共に本の選定と入れ替えの開始です。

 あんたまったくここの棚なんて見てなかったじゃん。何その迷いのない入れ替え速度。



 持参したトートバック一杯に参考書と問題集を詰め再び灼熱地獄の中へ。

 夏を満喫するほどの紙は残らずにお財布の中は鉱物で無駄に重くなってしまいました。

 くそう。このAAAめ。なんだよそれ。どこの格付け会社の発表だよ。

 まっすぐ帰るのもなんとなく負け犬のような気がしてしまったので。

 歩いて行ける程度の距離にある海辺まで行くことにしました。

 


 途中スポーツドリンクとアイスクリームと花火を買わされました。僕のお金で。ガッデム。

 姉の出した条件は買ったばかりの参考書の必須、重要項目と僕の弱点部分のピックアップ。

 僕が一人でもできるように。



「私は帰らなきゃいけないからね」

 そう言って波際まで砂浜を一直線に走る姉さん。

 どんな顔でそう言ったのかは見ませんでした。

 姉さんは姉さんの生きたいように生きてくれればそれでいいんです。

 前だけを見ていて下さい。後ろは振り返らなくていいんですよ。

 もうそんな風に走れるのですから。どこまでも走っていって下さい。

 

 僕はこんなバカですけど。姉さんの邪魔にならないようにしますから。

 海に一緒に来るのなんていつ以来でしょうね。

 あーあ。思いっきり波にさらわれてるじゃないですか。

 帰りも電車なのに。どうするんですか。そんなにずぶ濡れになって。バカですねぇ。本当に。

 まったく。どこに出しても本当に恥ずかしい姉です。

 僕はどこにも出せない不肖の弟ですけどね。

 久しぶりに心から笑った気がします。 



 まぁとりあえずは。ありがとう姉さん。

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