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第一章5 『王位継承権』


 王位継承権を放棄はしない。

 

 フィオがアードキルへ告げたとき、場の空気がひといきで塗り替えられた。まるで、巨人のガラクタみたいなただの廃墟が、一瞬で神殿にでも造り替えられたかのような。


 ……王位? 


 フィオ、が? 


 継承権……ってことはまさか王様の?


 ソイルは自然に身体が震えだしていた。


 街で偶然出会っただけの女の子が。まさか。そんな。そんなばかなことが。

 

 夢のなかでみた夢のほうが、まだ現実感がある。激しく混乱しながらも、ソイルはなんとかその場に踏みとどまった。


 この場に残ることを選んだのは俺だ。なら、聞くしかない。最後まで。

 

「……なるほど。フィオン様の御意思はわかりしました。しかし、それを聞いたからとて、私の意思が変わることもございません。継承権は放棄すべきです」


 アードキルは言った。


「我が国の承継法では、確かにフィオン様にも王位継承権が存在します。しかし、それは相応しい男系男子の候補がいない場合か、候補の人格、人間性に著しく問題があると判断された場合のみ。第一王子のアンガス殿下がいらっしゃる以上、継承権の第一に上がるのはアンガス殿下です。それについてはフィオン様もご理解しているはず、それに」


 アードキルは悲痛ともいえる表情を浮かべた。


「隣国との戦争のこともございます。ここでもし、アンガス殿下とフィオン様との間で、継承権による争いが起こり、国が混乱するようなことがあれば、隣国はその好機を決して逃しません。マナディールは間違いなく、これまで以上に侵攻の脅威にさらされるでしょう」


 隣国との戦争。


 ソイル達が暮らすマナディールは五年前から隣国エクイデムと戦争状態にあった。最初のきっかけが何であったのか、ソイルは知らない。戦争が始まったばかりのころは、ゼルドアギルドにも応援要請や依頼がひっきりなしに届いていた。


 ソイルは戦争に行ったことはなかった。単純に怖いという思いもあったが、戦争で誰かを殺すために冒険者になったわけではないという、わずかな矜持もあったのだ。


 ギルドマスターのオニールは、明確に戦争へ反対の立場を取っていたため、当時はゼルドアギルドと名乗るだけで白い目で見られることも少なくなかったことをソイルは思い出す。


 現在は小休止状態になっているが、戦争そのものが終わったわけではない。前線の近くでは、取っては取られ、取られては取り返しという状態が続いているというのも、冒険者仲間から聞いたことがあった。


 それが土地なのか、街なのか、あるいはそれ以外のものがあるのか。それは定かではないものの。


「エクイデムとの戦争には、私も心を痛めています。いまこのときも、私たちの平穏のために、必死で前線で戦われている方々には、本当に頭が下がる思いです。継承権を持ち出し、いたずらに国を混乱させ、兵士の方々の努力や、勇気や、決意を、無下に扱おうなどとは思っていません。しかし、戦争はどこかで止めなければいけないのです。必ず」


 フィオは言った。


「私は、王の正当な嫡子ではありません。兄と、いえ、アンガス殿下と王位を争おうなど、これまで考えたこともありませんでした。一年前までは。アンガス殿下の心が、本当の望みが、私と真に同じであったならば」


「……つまり、フィオン様はアンガス殿下の御心に猜疑の目を向けていらっしゃる、と。王の世継ぎとして相応しくない、そうお考えになっているということですかな?」


 アードキルは、眼鏡をわずかに正しながら尋ねた。


「はい。アンガス殿下は、戦争を止めようなどと、お考えになってはいないのではないか。さらに言えば、戦争そのものを楽しんでいるのでないか。そのように考えたからこそ、私は今ここに居るのです」


「お言葉ではございますが、殿下は常に戦争を憂い、平和を願っておいでです。それはフィオン様の御心と寸分の違いもございますまい。国王陛下が病に伏せてからはなお、殿下は常日頃から対話の道を――」


「それならばなぜ!」


 フィオはアートギルの言葉をさえぎって、叫んだ。


「なぜ、殿下は、ボドの街に軍を率いて、自ら侵攻されるようなことをなされたのですか?」


「――ッ!!」


 フィオの問いに、アードキルは明らかに顔色を変えた。ソイルも驚いた。ボドは国境の近くにある街だ。生まれがそこに近かったソイルも、幼い頃は、戦争が起こる前はよく遊びにも行っていた。自然が豊かで、そこへ暮らす人々も穏和な街だった。


 戦争という言葉からは、ほど遠い街だったと記憶しているが……。

 まさか、あそこに侵攻したのか……? 


「……ボドは以前より、よからぬ噂が流れておりました。軍事施設の建設が始まったという情報、そのための設備や人員がすでに運び込まれているとの話が」


「いいえ、それは嘘です」


 フィオは言った。


「一年前。私は侵攻の話を聞いて、すぐにボドの街を訪れたのです。ボドは……私の、母の故郷だから。よく、手をひかれて遊びにもいっていました。本当に穏やかで、美しい街だった。けれど」


 フィオはそこまで言って、拳を固く握りしめ、俯いた。


「街はみるかげもなくなっていました。木々は燃やされ、建物は壊され、道は踏み荒らされ、人は……。大人の男性はほとんど全て殺されていました。それだけじゃない。お年寄りや、子どもまで……。彼らはみな兵士などではなかった。私はもちろん調べました。しかし、軍にかかわるような、ましてや戦争にかかわるようなものなど、ボドには何もなかった!!」


「そ、そのような行き違いも時には……」


「行き違いなどというで言葉で片づけられる問題ではない!!」


 フィオは怒鳴った。


「壊れた建物に、よりかかるようにして座り込む生き残った街の人たち……。千切れた子供の手を抱いて、何を語りかけても泣き続ける母親。動かない父親の手を握って、ずっと離れない男の子……。あんなもの戦争ですらない、ただの虐殺です!!」


 ソイルは知らなかった。何も変わらないように見える世界が、こんなにも大きく、うねりを上げているなど。いや。気づいていても、知ろうともしなかった。


 眼下の遥か下。うごめく不安定な揺れがそのままに、ソイルの鼓動を速くさせていた。


「私はそれから、アンガス殿下の御心がわからなくなりました。……こんなことを繰り返していたら、本当に取り返しのつかないことになってしまう。憎しみと復讐は連鎖して、より多くの罪もない人の血が流れることになる。エクイデムもマナディールも」


 フィオは言った。


「私は、アンガス殿下の本当の気持ちが知りたい。直接会って、目を見て話して、どうしてボドの街で虐殺をしなければならなかったのか。その全てを。それまでは、私は王位継承権を放棄するつもりはありません。戦争の全てを、振り上げられた拳から、身を守ることまで否定するつもりはないんです。だから、殿下の本当の望みが私と同じなら、私はよろこんで継承権など放棄します。しかし、そうでないのなら」 


 フィオは顔を上げ、アードキルへ言い放った。


「たとえ王位をめぐって兄と争うことになっても、私は、一歩も引くつもりはない!」


 空気は痛いほど澄み渡り、全ての音がひざまづく。

 まるで新たな王の誕生を、諸手で迎え入れるかのように。


 そうさせたのはフィオだ。ソイルからは彼女の横顔しか見えないが、射貫くような視線をアードキルに向け、口はキッと結ばれている。フィオの内を渦巻くすさまじい熱が、堪えきれずに外に漏れだしているのかと錯覚するほど、立ち姿は一対の白い炎のようだった。



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