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第二章26 『ゼルドアギルド』


 「オニールさん、ミントさん。何から何まで、本当にお世話になりました。こんなに良くして下さって、この御恩は絶対に忘れません」


 フィオがそう言って、イザルトと一緒にペコリと頭を下げた。その先にはオニールとミントの姿があった。


「なに、気にすることはない。こちらこそ、君たちと一緒に過ごせて光栄だったし、それにすごく楽しかったからな」


 オニールは腰に手をあてて、快活な笑顔を見せている。その隣ではミントが優しく微笑んでいた。彼女の目にはうっすら光るものさえ見える。


「イザルトくん、フィオンさん、あ、いや。フィオン様って呼んだ方が良いのかもしれないが」


「フィオンと呼んで下さい。それを成し遂げるまでは、私の立場はただの田舎娘なんですから。それに目的を果たしたあとだって、オニールさんみたいなかっこいい大人の方から様付けなんてされたら、なんだか申し訳ない気持ちになってしまいます」


「・・・そうか。では、フィオンと。今回君たちに会えたことは、俺にとってもゼルドアギルドにとっても僥倖だった。フィオンの目指しているこの国(マナディール)の在り方は、俺の理想としているものと合致していた。だからってわけじゃないが、ゼルドア冒険者ギルドは君を全面的に支援する。出来ることに限界はあるが、俺たちのことは自分の味方だと思ってくれていい」


 オニールは言った。


「昨日、ギルドに顔を出してくれたよな。もちろん、あそこに居た奴らで全員ってわけじゃないが、君の顔はみんなが覚えたはずだ。君の在り方も含めてな。俺は長いことギルドマスターをやっているからわかる。あいつらの反応は、こんな子が王様だったらな、というものだった。それは俺も同じだ。膝をつくなら、すかした根暗男よりも、とびっきりの可愛い子ちゃんの方が良いからな。わはは!」


 オニールの言葉にフィオは少し困ったような笑顔をみせたが、嫌がっているというわけではなさそうだった。そんな父親の様子を見たミントが、オニールのわき腹をガシッと肘で小突いた。


「お二人とも、こちらこそ本当に楽しかったです。この家には、お父さんとずっと二人で暮らしていたから、短い間でしたけど、私も家族が増えたみたいに思えて・・・とても・・・本当に・・・」


 堪えきれなくなったミントが、ぐしぐしと目をこする。フィオはミントに歩み寄り、その身体をぎゅうと思い切り抱きしめた。


「また必ず会いに来るわ。ミントと私はもう姉妹みたいなものじゃない。ありがとう、あなたと会えて、本当に嬉しかった。だから、もう泣かないで」


 フィオはミントの背中を優しく撫でた。少しそうしたあと、彼女はミントから身体を離した。


「フィオン、イザルトくん。君たちの旅の無事を心から祈っている。何かあったら、またいつでもうちを訪ねてくれ」


「本当にありがとうございます。是非、また立ち寄らせて下さい」


 イザルトはオニールと固い握手を交わしている。昨日はオニールと風呂に入ったと言っていたから、女の子疑惑はすでに解かれたのだろう。


「じゃあ、ソイル。私たちは先に行ってるわね」


 フィオがソイルの方を向いて言った。


「ああ、俺は明日の朝にゼルドアを出るよ。これから一日かけて、買い物やら支度やら、全部済ませないといけないからな」


「ちゃんと追いついてきてよね。まあ、もし途中で合流出来なかったとしても、メルドナで落ち合いましょう。マーキングを使えば、先生が見つけてくれると思うし」


「そうだね。その点は何の心配もいらない。安心してくれていいよ」


「助かるぜ。じゃあ、そっちも道中気を付けてな。またあとで会おう」


 そんな三人の様子をどこか寂しそうに見つめるミントに気づいたのか、フィオが再びミントの方へ駆けよった。


「ねえ、ミント。今度来るときは、あなたが着ている受付嬢の制服が着てみたいの。今までは、どちらかといえば冒険者の方に憧れてたんだけど、昨日のミントの姿を見て、受付嬢も良いなって思ったのよ。私にも出来ると思う?」


「フィオンさ、フィオちゃんなら問題なく出来ると思います。私が隣で教えますから、一緒に並んでやってみましょう。すごく良い考えです! 今から楽しみですね!」


 ソイルはミントとフィオが並んでゼルドアギルドのカウンターへ並んでいる姿を想像する。いや、普通に考えて最強だなそれは。カウンターには行列が出来るに違いない。どれだけ待とうがそんなもの俺だって並びたい。


 にこにこしていたフィオだが、何かにハッと気づいたような顔になり、そこからいっきにどんよりとしてしまった。それはもうあからさまなくらいに。


「フィオちゃん・・・? どうかしましたか・・・?」


「ええ、ああ、その・・・。受付嬢として立つなら制服着なきゃだめじゃない? あの制服すっごく可愛いと私も思ってるんだけど、私じゃやっぱり着れないなって・・・。その、無いから、私・・・いろいろと・・・」


 ミントのたわわな(メロヌ)を恨めしそうに見つめながら、フィオは消え入るような声で言った。ミントもそれに気づいたのか、顔をほんのりと赤らめた。


「――フィオン。大丈夫だ、なにも問題はない」


 オニールがいつの間にかフィオの後ろに立っていて、その肩を力強く掴みながら言った。


「そんなこともあろうかと、(メロヌ)が小ぶりな少女でも着れるタイプの制服をすでに考案し、発注してある。昨日やっておいた。たとえ胸がレモムだろうと、フィオンのように、そもそも無かろうとも、ばっちり色気が出るはずだ。君のような美少女の夢や希望を守るのが大人の仕事だからな」


 オニールはフィオに白い歯をキラリと見せて言った。フィオは口ポカンと開けて、オニールを見ている。


「だから、次に訪れるときを楽しみにしているといい。いくら君に胸が無かろうと、胸を張って我がギルドの受付に立ってくれていいんだ。レモムだろうがなんだろうが胸は胸だ。何も恥じることなんかない。そう、胸の大小なんてそもそもが――」


「――落ちろ! ギラ・パルダリス!!」


 フィオの声と共に、オニールの頭上へ岩が落とされる。鈍い音が響き、オニールは地面へそのまま倒れた。


「ざぐらだっ!!」


 ひくひくと痙攣する肉塊、もといオニールを、その娘であるミントが黙って彼の襟首を掴み、ずるずると玄関の方へ引きずっていく。そしてすぐに戻ってきた。それから元気よく言った。とびきりの笑顔で。


「イザルトさん、フィオちゃん。また必ず遊びにきて下さいね! 待ってますから! 私ひとりでも!」





「で、ソイル。お前もう身体は大丈夫なのか?」


「あ、はあ・・・。ぼちぼちというところです・・・」


「フィオンはすごいな。ありゃ、本当に良い女になるぞ。でも、あーいうタイプに胸の話だけは厳禁だ。女の胸の大きさに貴賤(きせん)なんかないってことを、お前も今のうちからわかっておかないと、えらい目に合うんだぞ? これ本当の話な」


「なるほど・・・。今のオニールさんみたいになるってことですかね・・・」


「ははははっ! こいつ! 言うようになったじゃねえか!」


「は、はあ・・・。言うようになったというか、言わなければまずいというか・・・」


 オニールは快活そうな表情で笑っている。笑いながら、頭から血を流している。だらだらと。


「で、俺に話ってなんだ。女の口説き方か? それを話すと一日くらいかかるからな。お前も旅立つっていうなら、秘蔵の帳面でもやろうか? 色んなパターンが網羅してあるやつだ」


「い、いえ・・・。 気持ちだけ頂きます・・・。それよりも、何ごともなかったかのように話してもらってありがたいんですけど、大丈夫ですか? 頭とか、顔とか、頭とか・・・」


 ソイルが言うと、オニールはいきなり怒り始めた。


「大丈夫なわけないだろ!! 頭に岩を落とされたうえに、火かき棒で四発ぶん殴られてるんだぞ!?」


 オニールは言った。


「俺じゃなきゃとっくに死んでるわ!! なあんでこうなる前に俺を止めないんだよ!? その話をしたら頭に岩を落とされるかもしれませんよ? って言ってくれよ!?」 


 ソイルとオニールは、オニールの自室にあるテーブルをはさんでそれぞれ椅子に座り、話していた。ソイルの横にはミントがちょこんと座って、静かにお茶を飲んでいる。


「す、すみません・・・。でも、俺も岩を落とされたことがあるわけじゃ・・・」


 いや。落とされたことは確かにある。しかも(レモム)がらみでだ。 


「うっうっ、これでまたしばらくミントが二人きりのときに、口を利いてくれなくなるんだぞ・・・。フィオンだって次に会った時、口を利いてくれるかもわからない・・・。はははっ! 笑えないんだよ! ぜえんぶおまえのせいだ! どうしてくれる!?」


「あー・・・いや。ほんとすんません・・・まさかこんなことになるとは・・・」


「そうだそうだ! 責任取って、一緒にフィオンとミントが許してくれるまでお前も謝れよ!」


 と、オニールは言ったが、


「・・・お父さん」


 手に持っていたカップをテーブルに置いたミントが、にっこり笑って言った。氷のような声だった。


「どうしてソイルさんが悪いことになるんですか? しかもフィオちゃん相手にあんなこと、私、恥ずかしくて申し訳なくて、フィオちゃんに顔向け出来ません。火かき棒のおかわり、いりますか?」


「ヒイッ!! や、やだなーミント! ほんの冗談だぞー!?」


「なら良かったです。ちゃんとソイルさんのお話を二人で聞きましょう。大人しく」


 ソイルは疲れたような息をつき、おもむろに切り出した。


「オニールさん、俺、ギルドを辞めようと思っています」


 ピクリとオニールの眉が動き、真剣な表情へ変わった。ミントも驚いたようにソイルを見ている。


「・・・そうか。辞めるのはもちろんお前の自由だ。だが、理由だけは聞かせろ」


「はい。俺はアードキルや黒騎士からフィオを助けました。運良く生き残ることが出来たけど、殺されても何も不思議じゃなかった。それでも、自分のしたことを後悔はしていないんです」


「そうだな。だが、お前のしたことを俺は誇りに思ってる。どうしてそれがギルドを辞めることに繋がるんだ?」


 ソイルは一度俯いて、ぎりっと拳を握った。


「・・・ゼルドアギルドが俺は好きなんです。六年前からずっと、ギルドは俺の家だった。フィオを助けたけど、逆にいえば、それはアードキル達の邪魔をしたってことになる。アードキルの裏にいるのは、王太子かもしれないんです」


 ソイルは顔を上げて言った。


「そんなものに目を付けられたら、ギルドはどうなるんだ・・・。俺の素性なんかすぐに調べられる。だから、俺がギルドを辞めて、在籍した記録を抹消すれば・・・。付け焼刃でしかないことは、わかっています。でも、俺に出来ることがあるなら、そう考えて」


 オニールがすっと立ち上がった。その表情を見て、経験的にソイル悟った。これは怒っている時の顔だ。そしてぶん殴られるときの顔だ。そう思ったとき、ゴツンと頭に何かがぶつかった。


 痛みはない、ほとんど無いが・・・。


 ソイルはハッとして隣を見る。涙目になったミントがソイルの頭にぐーぱんを叩き込んでいた。


「み、ミント・・・?」


「・・・そんな理由でソイルさんがギルドを辞めるなんて、私は許しません。いくらお父さんが良いって言っても、私が絶対に許しませんから」


 ソイルとミントの姿を見て、オニールは毒気を抜かれたように大笑いした。


「さすがは俺の娘だな。ミントが先にお前を殴ったから、俺はやめておいてやる。だが、ソイル。言いたいことは俺もミントと同じだ。そんな理由で辞めようとしてるなら、俺だって許可しない。だってお前、本当はギルドを辞めたいわけじゃないんだろ?」


 目の奥が熱くなった。最近の自分は涙もろくなったとソイルは思う。以前よりも、圧倒的に人の優しさに触れる機会が多くなったせいだろうか。


「・・・辞めたくなんか、ない。俺だってずっと、ゼルドアギルドの冒険者で居たい。でも、これからフィオと一緒に居るってことは、必然的に国と戦うことになっちまう・・・。俺はギルドのみんなに迷惑をかけたくないんだ。みんなのことが好きなんだ。レーベン達だけじゃない。オニールさんや、ミントに、何かあったらって思うと、俺は・・・」


 ミントは、ぽろぽろと涙をこぼすソイルの頭を優しく撫で続けた。


「なあソイル。俺は今、初めてお前に会った時のことを思い出してる。野良犬よりちょっとはマシってくらいだったお前が、こんな強い男になるとは、思ってたのは正直半々くらいだった。お前はフィオンを守っただけじゃない。お前はもしかしたら、この国のいちばんの宝を守ったんだ。ダンジョンなんかに置いてあるやつとは、比べ物にならないほどのな。ビシッと胸を張っていいことだ」


 オニールもソイルのかたわらへ来て、しゃがみこんだ。


「俺はお前のことを家族みたいに思ってる。ギルドに籍を置いてるからってのもあるが、それ以上に、どこか息子みたいに思ってるんだ。宝を守っただけじゃなく、持ちかえってきた冒険者を、お上に目を付けられるから、なんて理由で追い出すギルドマスターがいるか? 息子が命賭けで女の子を守ったってのに、なんでそんなことしやがった? なんて言う親父がいるか? あんまり俺のことを舐めるなよ、ソイル」


 オニールはソイルへ語りかけるように言った。その声音はとても優しかった。


「・・・お父さんの言う通りです。これまでも、これからだってずっと、ゼルドアギルドは変わらずソイルさんのお家なんですよ。ゼルドアギルドはフィオちゃんの味方です。それは、もしものときは、ソイルさん達だけでなんか戦わせないって意味でもあるんですよ?」


 ミントは言った。


「レーベンさん達も、私達も含めて、みんなで一緒に進んでいくんです。ソイルさんは、そんな私たちの代表です。だからこれは、ゼルドアギルドからソイルさんへの依頼みたいなものなんです。ちゃんと依頼を達成して、受付嬢の私に報告してもらわないと困ります」


 本当に、本当に、人の涙腺をたたき壊すのが好きな親子だな・・・まったく。ソイルは涙をぐいっと拭った。その表情は、晴れやかだった。


「こっちのことは心配するな。いくら王太子だろうが、表だってギルドに直接の嫌がらせは出来ない。この国(マナディール)への貢献度も含めて、そんなに小さな組織じゃないからなうちは。だから安心して行ってこい。そして必ず、生きて帰ってこいよ。ソイル・ラガマフィン」


 オニールはそう言って、片目をつむってみせた。


「・・・ありがとう。ミント、オニールさん。俺は行ってくるよ。二人の家族として。仲間として。ゼルドアギルドの冒険者として。俺に出来る精一杯のことを、してくるから」


 ミントは泣き笑いの顔で、いつもの笑顔で、いつもギルドの受付で、全ての冒険者を送り出すときと同じ笑顔で、ソイルに言った。



「はい! 冒険(クエスト)の無事をお祈りしています。いってらっしゃい、ソイルさん!」





「――よし。こんなもんか」


 旅袋の口をぎゅっと閉じながら、ソイルは立ち上がった。部屋の窓からはうっすらとした明かりが零れてきている。もうすぐ夜明けが近い。部屋を出る直前に、ソイルは一度振り返った。


 ほぼ六年間を過ごしたボロ部屋だ。たいしたものは置いてない。木製のベッド。くすんだテーブル。入った時から壁に飾られている小さな風景画。目立つものといえばその程度だ。一般的に見れば、ほとんど何の価値もないものたち。しかし、それらのひとつひとつに思い出が染みついている。


 はじめてこの部屋へ足を踏み入れた時の、あの、なんともいえない高揚感をソイルを思い出していた。そして今、ソイルはこの部屋を後にする。多少は感傷的にもなるというものだ。


「ありが――」


 ソイルは言いかけて、思い留まり、こう言い直した。


「――いってくるよ」


 もちろん、大家の気分次第ではあるのだが、いつかゼルドアで再び暮らそうと思ったときに、戻ってきたいのはこのボロ部屋だった。一番最後に、ただいまと言いたいのも。



 ギルドへこんな早朝に顔を出すのは初めてかもしれない。ソイルは扉をそっと開けて中に入った。もう少しすれば、ただでさえ血の気が多いのに、二日酔いでさらに機嫌の悪い荒くれものたちが、どかどかと床を踏み鳴らしながら入って来る。


 入ったばかりの頃は、依頼をひとつ貰いにくるだけでもビクビクとしていたのに、いまではその音が無いギルドの中は、やけに寂しく感じてしまう。早朝勤務の受付嬢の一人が、ソイルの姿を見つけペコリと頭を下げた。たしか、ひと月ほど前に入った新しい子だ。ソイルは彼女に軽く手を振った。


 ギルドの中は、控え目にいって良い匂いがするとは言えない。どちらかといえば、古道具箱の匂いがするといっていい。男の汗と、涙と、血と、武器の柄と、夢が交じり合ったような蠱惑的な匂いがする。ソイルはその空気を思い切り吸い込んだ、そしてわずかばかり顔をしかめた。


「この男くっせえ匂いも、そのうち懐かしくなるのかもしれねえな」


 一人呟くソイルを、新米の受付嬢が不思議そうな顔で見ている。ソイルは少しばつが悪くなり、もう一度彼女に手を振って、ギルドを後にした。



 ソイルはまだひとけの少ない大通りを歩いていく。ここで俺はフィオに出会った。それからいろいろな物事が全て変わってしまった。いや、別に周りはなにも変わっていない。変わったのはソイル自身だ。こんなに清々しい気持ちで通りを歩くのは初めてだった。


 仮に、もしあのとき俺がここにへたり込んでいなかったら、フィオと出会うことはなかった。いや、すれ違うことはあったかもしれない。それでも互いに意識することなどなかっただろう。


 いろいろな物事を辿っていけば、ソイルが大家から叩き出されそうになっていたことに行き着く。もし、あのゴブリンのような老婆にわずかばかりの慈悲があって、金を払わなくてもひと月ほどは居させてやってもいい、と言われていたとしたら、ソイルがミントあれほど縋ることもなかっただろうし、レーベンと殴り合いをすることもなかった。


 そう考えると、物事というのは本当にどう転ぶかわからないし、いっけんなにも意味がないように思えることでも、のちのち重大な意味を持つものに繋がるかもしれないのだ。俺が取った行動の何がループへ繋がってしまったのかはわからないが、今考えたことは覚えておいた方が良いような気がした。


 

 ソイルは街の入り口に立っていた。依頼で街の外に出たことは何度もあったが、何日も歩くほどの長旅をするのは、田舎を出てゼルドアへ来たとき以来だった。


 ちょうど朝日が顔を覗かせるところで、ソイルの身体をオレンジと白が混じったような曙光が、くまなく照らした。その眩しさに、ソイルは目を細める。彼はおもむろに立ち上がり、剣を抜くと輝く光に刀身を晒した。鈍色の鋼はぎらりと光っている。この修繕作業が一日遅れたために、ソイルはフィオ達と同じ日に出発することが出来なかったのだ。


「お前を置いてくわけにはいかねえもんな」


 ソイルはそう言ってから、剣を鞘に戻した。カチャリと、頼もしい音が鳴った。


 目指すメルドナは、徒歩ならおおよそ一週間というところだろう。支度金として、オニールに半ば強引に持たされたのは三万ディール。大小合わせても、街は途中にいくつかあるはずで、全て宿屋に泊まっても良いのだが、半分は野宿で済ますつもりだった。


 そういったところからも、意識は少しずつでも変えていったほうがいい。自分のためにも、そしてフィオやイザルトのためにも。あの二人にはまだまだ及ばないだろうが、ソイルも戦力のひとつになりたかったのだ。


 ソイルはもう一度、旅袋のきつい紐をゆるめ、中身をがちゃがちゃと確認した。


 「これと、これと、これと・・・これと、よし、あとは――」


 旅立つ冒険者にとって、一番大事なもの。


 それは夢と希望。


 見えなくても、それらは旅袋と胸の中にこれでもかと詰め込んである。

 ソイルはフィオの顔を思い浮かべると、にっと笑って立ち上がった。

 

 彼はゼルドアの街へ背を向け、一歩を踏み出した。


 振り返る必要はない。


 

 忘れ物は、何もなかった。





ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

第二章はこれにて了となります。幕間をふたつ挟んだのち、新章へ入ります。

楽しんで頂けたなら幸いです。


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