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第一章4 『使命』


 案内にしたがって歩いていくと、ほどなくして大きめの廃墟のような場所に辿り着いた。かえすがえすもわけがわからない。こんな場所で何があるというのか。


 黒騎士が扉をあける、中にはひとりの男がいた。初老の男性だった。すらりとした細見で、顔には小さな眼鏡をかけている。身に着けている地味な灰色の帽子と衣服はどこか僧侶を思わせた。黒騎士は音も無く男性のそばへ移動し、そこからは彫像のように動かなくなった。


「アードキルおじさま!」


 フィオが初老の男性に走り寄った。


「お久しぶりでございます。フィオン様。いや――見違えましたな。最後にお会いしたのはフィオン様が十の頃ですか、あれから七年。本当にお綺麗になられた」


「お久しぶりです。おじさまこそ、えっと、えと……ますますその、教会の牧師さんみたいになって、えっと」


 しどろもどろになるフィオに対して、アードキルと呼ばれた人物は、くつくつと楽しそうな笑い声を上げた。


「容姿はともかくフィオン様は本当にお変わりありませんな……。いやはや失礼。お褒めに預かり光栄でございます。この衣装は僧侶の扮装のつもりなのですが、年々、骨と皮ばかりになっていく身の上。本職の世話になる日も遠くはないでしょう」


「う。ごめんなさい……本当にごめんなさい……」


「いえいえ。先ほども申し上げましたが、私はともかく、フィオン様は大変お美しくなられましたな。下級貴族の服に身をくるんでいても、あふれ出る高貴さは隠しようがありません。本当に、そう。ご立派になられた」


 ソイルは黙って、二人の会話を聞いていた。談笑するフィオとアードキルの雰囲気は、ソイルの懸念とはまったく裏腹に、終始和やかなものだった。取り越し苦労かとソイルはふっと息をつく。


 それにしても、フィオにしろアードキルにしろ、話の節々から推察するに、改めてソイルなどが気軽に会話出来る身分ではないと思う。それは黒騎士を含めて、だ。


 そんなやんごとなき面々が集まっているのは、盗賊ですらアジトには使わないような廃墟。完全な部外者であるはずのソイルが、この場所においてはもっとも馴染んでいるという異様な状況。


「あ。すみません、おじさま。ご紹介するのを忘れていました」


 フィオがソイルに向かって歩み寄ってきた。


「ソイル、ちょっときて」


「え? は? いやいやいや! 俺のことは良いって!」


「なに言ってるの。良いわけないでしょう」


 処刑台に引っ立てられる罪人のように、ソイルは半ば強引に手を引かれて、アードキルの前まで連れてこられた。アードキルにしても、これはどうしたものかという感じで、ソイルに奇異の視線を向けている。そんな二人の間に立つフィオだけが、にこやかな表情を浮かべていた。


「おじさま、ご紹介が遅れました。この方はソイル・ラガマフィンさんです。ゼルドアギルドの冒険者で、私をここまで案内してくれたんです」


「なるほど。そう言ったご事情でしたか。お初にお目にかかります、ラガマフィン殿。私はアードキル・マクギガンと申します。フィオン様をここまでお連れいただいたこと、誠に感謝致します」


 アードキルはソイル対して丁寧に頭を下げた。


「あ、いや、そんな。俺は別に何も……。偶然が重なっただけというか、本当にそれだけで……」


「ラガマフィン殿は冒険者でしたな。ギルドマスターは確か、オニール・クレイグ殿だったかと存じております。一年ほど前にクレイグ殿とはお会いしたことがありますが、なるほど、ゼルドアギルドは謙虚で優秀な人材を抱えておいでのようだ。しかも、ラガマフィン殿はなかなか精悍な青年でもある……。しかし」


 アードキルは腕組みをしたあとで、ソイルをじっと睨みつけて言った。


「私の目の黒いうちは、フィオン様との交際を許すわけには参りませんな」


「「え゛っ?!」」


 フィオとソイルはほとんど同時に聞き返した。


「ちょ、おじ、おじさま!! なにを、いったいなんの話ですか!?」


 フィオが顔を赤くしてアードキルに詰め寄った。ソイルに至っては言葉も出ない。


「はっはっはっ! いや、大変失礼いたしました。フィオン様と、ラガマフィン殿のさきほどの様子を見ているとつい。ご勘弁下さい。初々しい若者をからかうのは、老人の少ない楽しみのひとつなのです」


 アードキルは言った。


「ラガマフィン殿。そんなに固くならずとも良いのです。私のことはあくまでフィオン様の保護者のようなものだとお考え下さい。まあ、その立場だけでいえば、フィオン様との交際をご希望なら、まず私を納得させる必要があるとだけ、覚えておいて頂ければ」


 ソイルはようやくアードキルの意図を理解する。良い人、というかめちゃくちゃ良い人じゃないか。今度こそ本当に、ソイルは全ての緊張から抜け出せたような気がした。


「ありがとうございます。肝に銘じます」


 アードキルはニコニコと頷いている。


「お、おじさま! ソイルさんはお金も取らないで、私をここまで案内してくれたのです!」


 ソイルまで悪ノリしたと判断したフィオが、ぶんぶんとおおげさに手を振りながら話の軌道修正を試みようとしていた。ソイルとは真逆の方を向きながら。


「なんと。それはいけません。フィオン様、なぜ報酬を支払われなかったのですか?」


「そ、それは。私が今持っているお金が200ディールしかなかったからです」


 さすがにアードキルも目を丸くして、フィオはいくつかの小言をもらっていた。


「大変失礼しました、ラガマフィン殿。フィオン様から相場の話はお聞き致しました。謝礼として、のちほど私から八万ディールをお支払い致します」


「は、はち!?」


 ざっと家賃の半年分である。いくら金に困っているとはいえ、やったぜありがとうと受け取れる金額ではなかった。 


「いやっ! ほんとに良いんです! たかが道案内で――」


「ラガマフィン殿にとっては、そうかもしれません。しかし、たかがではないのです。これはひいき目などなく、正当な額の報酬であると私は考えます」


 アードキルの口調は、あくまで真剣なものだった。ソイルは何も言えずに黙っていたが、それを肯定と取ったのか、アードキルは満足そうにうなずいた。


「ラガマフィン殿への挨拶も済みました。では、フィオン様。本題に入ると致しましょう」





 ソイルは少しだけ離れた場所から、フィオとアードキルの姿を見ていた。八万ディールのこともあり、頭と身体はまだわずかに上気していた。それにこの状況。ただの冒険者でしかない自分が、まるで歴史の一部始終に立ち会っているかのような、いまでは少しだけ誇らしささえ覚えていた。


 なぜこの場に居続けることが出来るのかは不明だったが、フィオと二人だけで話すというアードキルに追い出されるような気配もなかった。


「まずはフィオン様。このような場所にお連れしてしまい、大変申し訳ございません。人目をはばかるため、という意図もございましたが、同時に――」


「はい。私に見せておきたかった、というふうに理解しています」


 フィオは言った。


「その通りでございます。光ある場所には必ず影が出来る。その光が強ければ強いほど、闇もまた深く暗くなるのです。表だけを見ているのでは、真の内情というのは理解出来ないもの。それはゼルドアも、王都とて例外ではないのです。大変失礼いたしました」


 アードキルは言った。


「おそれながら、私はフィオン様と、腹の探り合いなどしたくはないというのが本当のところです。それを踏まえて、書簡への御返答、お聞かせ頂ければ幸いでごさいます」


「……もちろんです。しかしその前に」


 フィオはソイルの方をちらりと一瞬だけ振り返った。


「ソイルさんは、もちろん一般の方です。おじさまにご紹介したかったのでお連れしましたが、ここから先の話は、ソイルさんには無関係なこと。退出して頂く必要があると思います」


 追い出されるとしたらアードキルにだと勝手に考えていたソイルは、フィオからその言葉を聞いたことで、少なからずショックを受けた。


「……ソイル。ごめんなさい、でも、あなたを巻き込みたくないの」


 フィオは言った。


「あ、ああ。いやいや、全然構わないぜ。わかった、じゃあ俺は外で待ってることにするよ」


 ソイルは後ろ髪を引かれながらも、フィオのどこか、どこか思いつめたような表情を見て、そう答えるしかなった。


「ありがとう……。終わったらメロヌ。忘れてないからね」


「はは、わかった。じゃあまたあとでな」


「……お待ちください」


 立ち去ろうとするソイルを呼び止めたのは、アートギルだった。


「フィオン様。僭越ながらラガマフィン殿には、これからのお話も、この場で聞いていただいた方がよいかと存じます」


「え? ど、どうしてですか?」


 フィオが驚いたようにアードキルへ尋ねた。驚いたのは、もちろんソイルも同様だ。


「フィオン様の御意思いかんによっては、これが国民へ対しての、最初の所信表明となるやもしれないからです。私はフィオン様の御意思を尊重致しますが、私がどう考えているかは、すでに書簡にてお伝えさせて頂いた通り」


 アードキルは言った。


「であるならば、フィオン様の御心を、私だけでなく、ラガマフィン殿にも納得させる必要があるのは道理かと存じます。ラガマフィン殿も、かけがえのない国民のひとりなのですから」


 話が難しく、言葉も難しく、ぶっちゃけ全部難しくて、ソイルには半分ほどしか理解出来なかった。


 ようは、お前もここでフィオの話すことを聞いとけ。それで、ん? って思うようなところがあったら言え、ということなのだろうか。


 もちろん聞きたい気持ちはあるが、フィオには出て行けと言われているし……。


 ソイルが苦悩していると、フィオが声をかけてきた。


「……ソイルが構わないなら、私は」


「……わかった。俺にも聞かせてくれ。まあ、なんの話かはわからないけどさ」


 こんな機会がまたとあるとは思えない。そんな俗物的な好奇心も確かにある。


 しかし。


 ソイルはフィオを見る。今日初めて出会ったばかりの、どこか風変りな少女。彼女のことをもっと知りたいと、ソイルの心がソイルに言っていた。


 フィオと目が合う。彼女はどこか、どこか一瞬だけ。ソイルに寂しそうな顔を見せた。


 彼女が、すっと息を吸い込んだ気配がした。



「では、簡潔に。おじさまのお心遣い、心より感謝しています。しかし、私は王位継承権を放棄するつもりはありません」


 

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