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第二章21 『帰り道』


 達成感、虚脱感、それからほんの少しの切なさ。黄昏の西日に街が包まれ、どこか郷愁でも誘うような甘く優しい光のなか、デリス通りからの帰り道を歩くソイルの胸中には、さまざまな感情があふれていた。


 隣にはフィオが歩き、少し前をイザルトが歩いている。成し遂げることが出来たのは、自分ひとりの力ではない。ここまでの全ての刻で、ソイルを後押ししてくれたたくさんの想いがある。その大小は関係ない。言葉ひとつだったとしても、ひとつでも足りなかったら辿り着けなかった。


 ソイルは誇らしかった。それくらい、たくさんの想いが響き合っている世界が美しく見えた。


「いろいろあったけど……これからどうするんだ?」


 ソイルはフィオに尋ねた。


「ん。まずは寝るところ、というか休むところを確保しなくちゃね。あんな感じだけど、きっと先生だって疲れてると思うし、私もさすがにぼろぼろでヘトヘトだもの」


「まあ、そうなるよな。どこかあてはあるのか?」


「どこかって。そんなのどこにでもあるじゃない。ゼルドアはこれだけ大きな街なんだもの、適当に宿屋を探すつもり。どこも満員御礼なんてことはないだろうし」


 フィオは、いったいどうしてそんなことを訊くのか? というようにソイルを見た。


「確かに宿屋はそこらじゅうにある」


「でしょう? だから――」


「けど、文無しでもこころよく泊めてくれる宿屋ってのはそう多くない。少なくとも俺には心当たりがないな」


 ソイルはフィオの言葉を遮って言った。フィオは最初ソイルの言葉を考えているようだったが、やがてそれに気づくと、サッと青白い顔になった。


「で、でも、私は文無し(オケラ)かもしれないけど、先生は違うわ! ちょっと訊いてくるっ」


 フィオがイザルトへ財布の中身を確認するために走っていく。ソイルはぼんやりと、腹の虫に合奏をさせていたイザルトの姿を思い出していた。フィオは、すぐに戻ってきた。顔色はすでに青白いを通り越していた。


「せ、先生も文無しだった……。私が持ってると思ってたみたい」


「どうすんだ。今から噴水に小銭でもくすねにいくか? 今度は露店の親父じゃなくて、宿屋の親父に、泊めてくれないなら魔法で屋根を吹き飛ばす、とでも言ってみるのか?」


「どれもしないわよ! そこまで落ちぶれるつもりはないわ……。くっ、仕方ないけど今夜はどこかで野宿する……。平気よ、こうみえてどこでも寝れるのが特技だから」


 自分に言い聞かせるようにフィオはぶつぶつと呟いている。ソイルは短く息を漏らした。


 俺の部屋に三人というのはさすがに手狭すぎる。いろんな意味で、ゆっくり休むことも出来ないだろう。そうなると、やはり頼むならあそこしかないか……。


「知り合いの家を紹介してやるよ。一泊二泊くらいならたぶん大丈夫だろう。家主はちょっと変わってるけど、良い人なのは保証するから」


 フィオはまるで神か何かでも見るような目をした。


「ソイル、ありがとう……。正直、この状態でお風呂にも入れないっていうのは、いろいろと挫けそうだったの……」


「やれやれ。風呂にもゆっくり浸かると良い。フィオと同じ年頃の女の子もいるからな。二人で入っても良いんじゃねえか。入る勇気があるなら、だけど」


「そうなの!? やった、すごく嬉しい! 絶対誘ってみる、仲良くなれると良いんだけど。というか、そんなことに勇気なんていらないじゃない? 同性なんだもの」


 (メロヌ)だけでいえば、神は不平等という言葉を地でいく組み合わせになりそうだが、想像するのは愉快なので、ソイルは何も言わないでおくことにした。


「……聞かないんだな」


 フィオがあまりにも普通にしているので、ソイルは堪えかねて言った。


「何を?」


「レトが言ってたろ。俺は存在がイカれてるって。フィオにも、イザルトにも、なにか隠してるってことくらい、気付いてるはずだ」


「ああ。そのことね」


 フィオは前を向きながら言った。残り火のような夕日が、フィオの横顔を照らし、髪を柔らかく煌めかせていた。


「私は何も訊かないわ。ソイルが話したいって言っても、ちょっと考える。ソイルはさっき言ってたじゃない、大事な人との約束だからって。あなたにそれを破ってほしくないの。たぶんそれは、先生だって同じこと考えると思う」


「まったく気にならないってことか?」


「そうじゃないわよ。先生をここに呼んだのだって、きっとソイルがしたことなんでしょ? いったいどうやったのか、レトじゃないけど、私だって本当にわからないもの。それに、間違いなくあなたとは初対面のはずなのに、私自身、本当にそうなのかなって疑うくらい、なんというか……あなたとはしっくりくるというか……初めて会った人に、こんな気持ちになったことなんてないの。たぶん、これから先どんな人に会ってもないと思う」


 そこまで一口で言ってから、フィオはすっとまた空気を吸い込んだ。そして、まるで自分の宝物に向かって話しかけるような口調で言った。


「私があなたにそれを訊かないのは、指輪を買ってくれたからじゃない。助けてもらったからでもない。ソイルを信じてるから。この先どこかで裏切られたとしても、それでも私は後悔なんて絶対にしないと思う。誰だって秘密のひとつやふたつはあるし、それを言うなら私だって自分の正体を隠してたしね。そんな私をソイルが信じてくれたように、私もただあなたを信じるの。相手の言葉や事情に合わせて信じることをやめたり、変えたりするのは、そんなのは本当じゃないって私は思うから」


「ありがとな……フィオ」


「どういたしまして。ちょっとは元気が出た?」


 フィオはにっこり笑って、ソイルの頬を細い指でからかうようにつついた。


 適わないなと、ソイルは改めて思い知る。この精神性の高さ。あんな目に遭った直後だというのにだ。いったいどれだけの痛みや覚悟を越えたら、ここまで至れるというのだろうか。思わず彼女の前にひざまづきたい衝動に駆られる。


 フィオン・レアルタ。突然ソイルの前に現れた、白い星の少女。彼女の歩みは、きっと世界をも変えていくのだろう。今日よりもっと、素晴らしい明日に。


「えっと、フィオ。今日の日付がどうたらってやつだけど、あれは無理しなくてもいい。正直、こんな風になるとは思わなくて言ってたことだからさ」


 それは嘘だった。ループする瞬間の、その最後まで一緒にいれたらというのは、ソイルの感傷であり、わがままでしかないのだが、それでも彼にとっては大事なことだった。そのためだけに、ここまで走ってきたようなものだった。


 次のループでフィオを助けることが出来たとしても、こんなことを言うのは今回が最初で最後にしようということも、心に決めていた。それでもソイルはフィオを気遣って言った。


「ソイルがどうしてもやめろって言うならそうするけど、でも、そうじゃないなら私は嫌」


 フィオは言った。


「もう、指輪のお礼のことだけじゃ無くなっちゃったもの。あなたをここまで巻きんで、あまつさえ命まで助けてもらって……。お金がどうこうで返せる恩じゃない。それに……わ、私だって今日は少しでも一緒に居たいし……」


 もはや様式美のようになってきた、後半はごにょごにょと聞き取りにくいものだったが、ソイルの耳にははっきり届いた。胸にあたたかいものが込み上げてくる。報酬という意味でなら、すでに充分過ぎるほど貰ってしまっているのだが。


「ははっ。じゃあ、改めてよろしく頼む。日付変わるときに、広場で待ち合わせしよう。出来たらイザルトも連れてきてくれ」


「うん、わかった。先生ったらやたらとソイルのこと気に入ってるから、きっと喜ぶと思う。何があるのかわからないけど、そんなのはいいの。あなたと一緒にいるわ。私がそうしたいから」


 そこからソイルとフィオは黙って歩いた。言葉はいらなかった。心と心が響き合っていた。



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