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第二章20 『幕引き』


「俺は性格がイカれてるが、あんたは存在がイカれてる。正直、何がどうなってるのかまったく想像もつかねえんだ。冥途の土産に、そこんとこを話してくれるつもりはねえか?」


 レトは言った。イザルトやフィオも、いまやソイルのことを見ていた。レトの言葉にソイルは、一度そっと目を閉じた。まぶたの裏には、ミントと一緒に見た星空と、街の灯が映っていた。


「なんであんたのことを知ってるのか、ちゃんと理由はある。けど、俺はそれを死んでも誰にも話さないって決めてるんだ。たとえ相手が誰だろうと何だろうとな。大事なやつとの約束だから」


「……ふん、じゃあ、あんたにもう用はねえ。話しは終わりだ。あんたらの誰がとどめを刺してくれんのかは知らねえが、命乞いをする気はねえ。さっさと殺ってくれ。次は墓の下でくそあほ幽霊か、骸骨どもを相手にしなきゃいけねえからな。ファーガスによろしく伝えてくれよ。じゃあな、兄ちゃん」


 それきりレトは下を向き、目と口を閉じた。


 ソイルは、以前の邂逅したときのレトのとった行動や、言動をひとつひとつを思い出していた。


 ソイルは。レトを前にして、今、自分が感じているこの気持ちがいったいなんなのか。上手く言葉にすることが出来ないでいた。フィオと自分が何かで繋がっているように。ミントと自分が何かで繋がっているように。イザルトと自分が何かで繋がっているように。


 レトとソイルもまた、不可思議な何かで強く結びつけられてしまっているのを感じていた。


 そしてこの場では、ソイルしか知らない決定的で揺るがない事実があった。

 ソイルはそれを無かったことには出来なかったし、否定することも出来なかった。

 それをするならば、あの時のミントの想いまで、否定することになるからだ。


 以前の邂逅の際に、アードキルの命令によって殺されかけたソイルは、レトに一度、命を救われているのだ。


「なあ、イザルト。頼みがあるんだ」


「うん。何かな? ルーちゃん」


 ソイルは前を向いたまま言った。


「こいつの、レトの拘束を解いてやってほしい」


「……いくらルーちゃんの頼みでも、簡単にわかったとは言えないことだよね。でも、それはルーちゃんもわかった上で、それでも言っているってことは、ちゃんと伝わってるよ」


 イザルトはそう言って、顎に手をあてた。


「――私は、ソイルがそうしたいって言うなら、構わない」


 フィオが言った。ソイルは驚いてそちらを見る。フィオが微笑んでソイルを見ていた。


「実際に殺されかけたし、性格も一番嫌いなタイプの人だけど、そもそもソイルが居なかったら、ファーガスが剣を抜いた時点で私は殺されてた。こんなことじゃ、ソイルをここまで巻き込んだお詫びにもならないけれど、それでもあなたの勇気に対して、私が通せる筋は通したい」


「フィオ……良いのか?」


「良いのよ。胸のことまで散々バカにされたし・・・この場だけのことで言うなら、慈悲とか情けとか、そういう戯言じゃなくて、次はちゃんと、私が返り討ちにしてやりたいから」 


 イザルトが口元に手をあて、くすっと笑った。


「本当に良いコンビだね、君たちは。僕もそういう世界を目指しているはずなのに、目的のためなら手段はって、つい忘れちゃうことがある。でも、君たちと一緒にいれば僕も道を違えずに済みそうだ。本当の望みっていう道から」


 イザルトはそう言うと、白杖でレトを囲っている氷柱を軽く一突きした。澄んだ音が響き、それらは一斉に霧散していく。


「――さっきから黙って聞いてりゃ」


 レトはゆらりと立ち上がると、すぐに剣を抜いた。ソイルの首元にそれを突きつける。剣先がソイルの肌に触れ、そこからは血が滲んでいく。


「生まれてこの方、親からもくそみそに罵られてきたが、それでもこれだけの侮辱を受けたのは初めてだ」


 レトは言った。言葉の隅々にまで、憎悪があふれていた。


「脳みそにたんぽぽが生えてる馬糞どもが。だが、きっかけを作ったのはてめぇだ、兄ちゃん。いや、ソイル・ラガマフィン。なぜ俺を解放した? 返答によっちゃ、俺はてめぇを殺したあと、くたばる一瞬までてめぇの大事なもんを壊し続けてやる。そこの二人だけじゃねえ。てめぇの親も、ギルドの連中も全員皆殺しだ」


 レトの目が、これまでソイルが見てきたどんな人物のそれよりも、芯まで凍てつき、暗い光を放っている。冗談や脅しなんかじゃない。この男は、一度そうすると決めたら、必ずそれをやるだろう。そんなことはわかっている。だが、それでも。ソイルは微動だにせず、レトをまっすぐ見据えていた。


「……別に大した理由じゃない。俺はあんたに一度、命を助けられてる。その借りを返しただけだ」


 レトの表情が困惑に歪む。


「冗談にしちゃ、面白くもなんともねえんだよ。俺とあんたは初対面だ。いったいいつ、どこで、この俺がてめぇみてえなゴミなんかを助けたっつーんだ」


「さっきあんたは言ってたろ。俺は存在がイカれてるって。俺があんたに助けられたのは、あんたが一生かかって足掻いても、一生考え続けても、片足だって踏み込めない場所でだ。それこそ俺にとっちゃ、そんなこと知ったことじゃない」


 ソイルは言った。


「これ以上、言うつもりはないし、あんたを説得するつもりもない。だけど、俺は嘘はついてない。これで貸し借りは無しだ。次に会うときには、ちゃんとお前を堂々と倒せる。誰の命令であれ、フィオを襲ったことを俺は一生許すつもりはないからな」


「……くくっ。たしかにさっきからずっと考えてるんだが、あんたが俺たちの名を、いや、俺たちのことを知っていたことに対する答えが、まるでわからねえ。こんなこた初めてだ」


 レトはソイルから剣を離し、鞘にそれをおさめた。


「それが解けねえ限り、兄ちゃんが言っていることを出鱈目だと断言することも出来ねえ。ちっ、そうか。俺はお前をどっかで助けちまったのか……。汚点だな。その俺を斬り刻んでやりてえ」


 レトは言った。


「もう一戦交えたいところだが、兄ちゃんとお姫さんはともかく、無傷の魔術師姉ちゃんとやり合うほどの力は残ってねえ。口惜しいが、盤面としては詰んでるか・・・ちっ」


 レトがフィオに顔を向けた。


「――お姫さん、俺はこれからじじいとファーガスを連れて引き上げる。今回のことは正直、俺ぁ最初から乗り気じゃなかった。だが、次に会う時は違うぜ。本気であんたを狩りにいくからな。そこの魔術師姉ちゃんもだ。どうだ? やっぱり今からでも殺しておくか?」


「馬鹿にしないで。さっさと尻尾まいて逃げなさい。今日のところは見逃してあげるわ、ソイルに免じてね。戻って兄によろしく伝えなさい。私を殺そうとするなら、次はもっと手練れを連れてこいって、その勇気があるなら、自分で連れてこいって言ってました。ってね」


「わははっ!! そりゃそこの気絶じじいの仕事だが、まあ善処してやるよ。んじゃ、最後に兄ちゃんとだ」


 レトはソイルを見た。ソイルもレトを見た。


「ソイル・ラガマフィン。男として、ふたつ俺に誓え。ひとつ、次に俺と会う時までは絶対に誰かに殺されるんじゃねえぞ。ふたつ、次に会う時はどっちかが必ず死ぬ時だ。これは絶対に揺るがねえ。俺も男として、同じことをお前に誓おう」


「わかった。男として誓う。レト・ティルヴィング。次に会う時は、死ぬまで戦おう。俺かお前か、どっちかが死ぬまで。必ず」


 ソイルがそう言うと、レトはふっと息を漏らしながら短く笑った。


「さて。そうと決まれば俺も忙しくなる。てめぇらの相手をしてる時間はねえ。さっさと行きな。また会おうぜ、お三方」


 レトはそのままファーガスの方へ歩いていき、ソイル達の方を振り返ることはなかった。


「……さて。じゃあ、僕たちも帰ろうか。まずはフィオンとルーちゃんの怪我を治して、それからフィオンに事情を聞いて、お説教をして、ルーちゃんとの友情を深めて――にしても、僕は男だってなんでみんなわからないのかなあ。僕はルーちゃんのことよりそっちが不思議だよ・・・」


 イザルトはそう言って、まるで散歩にでも出かけるような足取りで先に歩いていってしまう。ソイルとフィオは思わず顔を見合わせ、くすっと笑った。ソイルにとってそれは、本当に久しぶりの、心からの笑いだった。



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